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魔女物語  作者: 夜行
第二章「士官学校」
10/90

第二幕


 アルビノとリンドウは机に屈服していた。

 士官学校は主に二つの事柄を身につける。まず一つが学だ。語学、数学、教会、そして王都の歴史について。

 二人はある程度読み書きは出来ていたが、それ以外はさっぱりだった。

「……意味がわからん」

 アルビノは頭を抱えて、リンドウは口から魂が上に抜けている。まさか強くなるにあたって、学力がいるとは思わなかったので最低限以外の勉強はしなかった。

 その結果がこれだ。

「アルビノ……僕もうだめかもしんない」

「同意するが、これがあと六年もあるんだぞ」

「言わないでええええええええええ」

 そんな二人はクラスでかなり浮いている。まったく勉強ができない二人はいい笑い者だ。

「こんなんもわからないのかよ」

「どうやったらそんな頭になるんだ」

「あいつらに合わせて勉強が遅れるの嫌なんだけど」

「おいていこう」

 などなど、さまざまな声が聞こえる。

 だが、そんな最下位の二人が他を引き離してトップになる事がある。それが戦闘訓練だ。

 ローブと狼の毛皮を使って幼い時から切磋琢磨してきた二人は、それらを着なくても常人以上の動きが出来ていた。それは他を引きつけぬほど圧倒的で、同期はおろか、六回生よりも上だという声もあがっている。

「あの二人の身体能力は素晴らしいですな」

「将来が楽しみだ」

「有望有望」

「二人は教会騎士団がもらうぞ」

「いやいや、あの二人は王都騎士団こそふさわしい」

 などなど、さまざまな声が聞こえる。

 あんな馬鹿の癖に動きだけは良いともっぱらの評判だ。それが気にくわない生徒が少なからず存在した。

「ちっ、馬鹿なくせに」

「ありえねーよな」

「俺たちも頑張らないとは」

「お前はどっちの味方だよ!」

 三人組がアルビノとリンドウの組み合いを見ながら、そんな会話をしている。真ん中に立っている金髪の少年の名前はファルト。古くからの騎士の家に生まれたお坊ちゃまだ。その右隣りの茶髪の短い少年はガータ。左隣りの黒髪のがっちりした体格の少年はジン。

 三人とも幼馴染だ。

「俺らが見習うことは多いと思うぞ」

 ジンがそう言った。

「あいつらに教わることなんかねーよ」

 それにファルトが否定的な言葉を返す。

「そーだそーだ」

 それを肯定するガータ。

 ジンは二人を素直に尊敬出来ているが、他の二人は嫌っていた。妬みと嫉妬の視線がアルビノとリンドウを見やる。

「なーんか嫌な視線感じねぇ?」

「よっと。あーそうだね。ファルトたちでしょ」

「うおっ、あぶねっ。まぁだろうな」

 勝負はつかない。

「そこまで!」

 なので教官が止めに入った。

「二人とも素晴らしい。が、これだけではなく、勉学も励むように」

「いや、頑張ってはいるんですけどね?」

「どーにも頭に入ってこないよねぇ」

 あはは、と二人で笑うと教官も呆れたように笑った。

「バランスだ。何かに特化するのもいいが、バランスを求めよ。それが経験となる」

「はーい」

 言いたいことはわかるが、どうにもならない。どうしたものかと二人で頭を悩ませるが、いつも答えは出てこないのが通例になっている。

「ままに頭の良くなる薬でも作ってもらおうかな……」

 半ば冗談でぼそりと呟いたが、アルビノにはそれが半分以上は本気だなとしっかりとバレていたのだった。



「じゃ、僕帰るから」

 そう言ってリンドウはそそくさと部屋を後にした。リンドウは毎日リリーが待っている家へと帰る。普通なら三時間以上かかる距離だが、きっとリンドウは裏技を使っているのだろう。

「絶対毛皮使ってるだろあいつ」

 狼の毛皮を使って高速で帰っているのだろう。そうすれば時間の短縮にはなる。だが――。

「バレたらどーすんだよ……」

 二人部屋なのに一人しかいない部屋でアルビノは一人ごちる。

 魔女の力を持っているという事が、魔女と関係性があると知れたら、確実に士官学校から追い出されるだろう。そうなったら二度と士官学校へは戻れない。

 それはつまり自分の目的が遠のくという事になる。

「それだけは勘弁してほしいな」

 技術だ。

 教会騎士団としての技術を知りたい。それが今のアルビノの目標だ。だから絶対に魔女の力を扱えるのがバレてはいけない。

 だからアルビノは士官学校に入校してから一度もローブに袖を通してない。

「着たくない訳じゃない。ただ今は我慢のときだ」

 そうローブに言う。服に話かけるなど気でも狂ったかと思われても仕方がない。それでもこのローブには命を救われたし、相棒だと思っている。筋を通さない訳にはいかない。

 実際この士官学校に入ってからハラハラしている。いつローブが自分を助ける為に動きだすのかわかったもんじゃないし、もしそれが目撃されたときの苦し紛れの言い訳をいつも考えている。

「……頼むから動くなよ?」

 と、毎日のように言い聞かせているのが日課になってしまいそうだった。

 ベッドへとダイブして今日あった出来事を思い返していく。このまま目を閉じれば夢の中へと真っ逆さまだろう。

 夜は基本的に自由だが、それが逆に何をしていいのかわからなかった。いつもの話相手は家に帰ってしまったし、暇である。と言ってもペストの家にいたときは、いつも自分は何をしていたのだろうかと考えてしまう。

 きっとどこに居てもたいして変わってない。特に何もしていなかったのだろう。

「さて、どうするか」

 自主練でもしてみるか。

 勉強はさすがにする気が起きなかったので剣の稽古でもしてみようと思い、アルビノは外に出る。

「と、一応こいつを着ていくか」

 久しぶりにローブを着てみる。身体が軽くなり、久しぶりに空を飛んでみたくなったが、見つかったら大ごとなのでやめておいた。

「まぁ休みの日に、また、な」

 と自分を言い聞かせてみる。

 もう辺りは真っ暗だが、外灯もついているので普通に歩く分にはいい。誰もいない、来ないような場所を探して歩きまわってみる。あんまりうろちょろしていると注意を受けるかもしれないので、コソコソと人に見つからないように移動した。

「おっ、ここなんかいい感じだな」

 士官学校は壁で囲まれている。その壁を背にして目の前には建物の壁がまたある。壁と壁に挟まれた空間だ。

 なので他の場所よりは暗かった。が、それがまた訓練をするにあたって、好都合だと考えた。一応あたりをキョロキョロと見渡す。

「……よし、誰もいないな」

 今日習った剣の太刀筋を復讐する。何度も、何度も、繰り返し身体に覚えさせていく。今までナイフを使ってペストを殺そうとしていたが、剣の方が自分に合っている気がした。顔中汗だらけになって、いったいどれぐらいの時間が経ったのかわからなくなったときだった。

「頑張ってるねぇ」

 集中の糸は切れた。

 誰もいないと思っていたはずの空間に人の声がした。アルビノは身体をびくりと振るわせて声の主を探す。しかしあたりは真っ暗で人影は見えなかった。

「誰だ」

「はっはー、違うよ。こっちこっち」

 声のする方向を見る。それでもその場所はただの壁だ。まさか壁が喋っているとは思えない。だが、声は確実にそっちの方向から聞こえた。

「違うよ。上だ。上」

「うえ?」

 そう言われてアルビノは無意識に上を見上げた。するとそこには壁の上の腰かけている人がうっすらと見えた。

「……だれだ?」

 まだ顔が認識できない。そう思っているとその人影は、ゆうに四メートルはあろうかという壁から飛び降りたのだ。もちろん着地を失敗するようなヘマはしなかった。暗闇の中からゆっくりと歩いて来る。

「やあ、アルビノ。こうして話をするのは初めてだね。私の顔なんて記憶にないだろうが、一応自己紹介をしておこう」

「…………」

 ようやく月明かりに照らされて顔が見えた。

「私の名前はロゼという。君の同期だよ」





「私は君の同期だ」

 そんな事を言われても、同期を全員覚えているはずがない。

 赤黒い髪。身長はアルビノと同じぐらいだ。

「まぁそうだろうな。君は私の事を知らない。だが、私は君の事を知っている。リンドウの事も知っている。一方的に、な」

 最後の言葉は何か含みのある言い方だった。

「君たち二人はもっと自覚した方がいいと思うぞ?」

「……何にだ?」

 そんな事を言われても心当たりがない。

「君たち二人は有名人だ。私たち、同期で、という事ではないよ。この士官学校すべてでだ」

 もちろんそんな自覚などまったくない。

「腑に落ちない、という顔をしているね。まぁ君たちにとっては何も心当たりないだろうな。それが当たり前だと思っている節がある。だが、それは世間一般的に見て、異常だ」

「……何がだ」

「その才能が、だよ。しかも君たちはそれに気が付いていない、というのがさらに稀有な事なんだよ。先ほども言ったが、それが当たり前だと思っている。だから、こうやって私は君に会いに来たわけさ。ずっとこの機会を伺っていたんだ。本当はリンドウもこの場にいてほしかったんだが、まぁ、仕方がないか」

「……何が言いたいんだお前」

 そう言われてロゼはアルビノにどんどん近づいていく。そしてピタリと止まった。手を伸ばせば確実に届く距離だ。

 これ以上は危険だ。ローブが反応するかもしれない。そう思って一歩後ろに下がろうとした時だった。ロゼが先に手を出したのだ。

「私と友達になってくれ」

 満面の笑みで握手を求められた。

「……は?」

 一瞬言葉の意味がわからなかった。

「私は君たちと友達になりたいんだ。仲良くなりたいんだよ。だから友達になってくれ」

 ほら、と右手を差し出して早く自分の手を握れと手を動かしている。はっきり言って、とても胡散臭いというか、アルビノの中で警報が鳴りっぱなしだ。

 何か裏があるようにしか思えなかった。

「うん、まぁ、実際に裏はある。あるにはあるが、別に隠すことじゃないしなぁ。まぁ、とりあえず――」

 アルビノがいっこうに自分の手を握らないので、ロゼは自分からアルビノの手を握りにいった。

「ちょっ――」

 しかしアルビノが恐れていたローブは、何も反応しなかった。それはつまりこのロゼという女は、自分に対して敵意はないという事なのだろう。

「これからよろしく、アルビノ」

「…………」

 返事はしなかった。




 翌日の昼。

 アルビノとリンドウは食堂へとやって来ていた。それぞれ食べたい物を選んで座る席をキョロキョロと探す。すると――。

「おーい。アルビノ。こっちおいで!」

 少し離れたところから大きな声をあげて、手を振っているロゼがいた。

「…………」

「呼んでるよ?」

 正直、行きたくない。が、いつまで経っても呼ぶのをやめないので、仕方がなくそちらに行く事にした。

「やぁ、アルビノ」

「……あぁ」

「なに? 知り合いなの?」

 アルビノは昨日のことをまだリンドウに話していなかった。というかこの昼食中に話そうと思っていたのだ。

「そうだ。昨日友達になった。名はロゼという。ぜひリンドウも友達になってくれ」

「うん、いいよー」

 迷う事なく言って握手をする二人。

 適応力というか、リンドウは人当たりが良い。もうすでに二人の間には壁はないようだ。

「見てみなよ、周りを。あの羨ましそうな目。ゾクゾクするな」

「……いい迷惑だ」

「ロゼはどうして僕たちと友達になりたかったの?」

「なんか裏があるんだと」

「へぇ」

「あぁそれか。今話そうと思ったら話せるんだけど、さすがに他の連中に聞かれたら困るからなぁ」

 最後に、君たちが、と言った。

「どうして俺たちが困るんだ?」

「そうだなぁ。まぁギリギリのところで言ってみようか」

 アルビノとリンドウは顔を見合わせた。

「君たちなら次の言葉の意味がわかるはずだ。だから声をかけた。友達になりたかった」

 何を言い出すのだろうかと少しワクワクしていたが、それはとんでもない言葉だった。

 ロゼはぐいっと身を乗り出して、出来る限り顔を近づけて言った。

「私はな、魔女になりたいんだ」






「……どういう意味だと思う?」

「どういう意味ってそのままの意味だと思うけど」

 時刻は夜の八時をまわったところで、今二人は自分たちの部屋にいた。ロゼのあの言葉の意味する事はなんだったのだろうか。それを確かめるためにリンドウはリリーの待つ家には今日は帰らなかった。

『今日の夜、君たちの部屋に行くよ。そこで話そうか』

 ロゼは昼食の時にそんな事を言っていた。とは言うものの、ここは男子寮だ。ロゼが這入って来れる訳はないのだが、そんな事は関係なさそうに思えた。

「……俺たちが関係者だって知ってる、ってことだよな」

「まぁ、普通に考えたらそうだろうね。初めて会った時に裏があるって言ってたんでしょ? だったらそれが理由だろうね」

 普通に考えたらそういう事になるのだろう。そしてそれ以外にはありえなかった。

 もう少しリンドウと話をまとめておきたいと思っているとコンコンと音がした。しかしその音は部屋の入口からではなく、窓からだったのだ。

 窓を見れば、そこには件のロゼが窓の鍵を開けてくれと、口をパクパクと動かしていた。

 とりあえず大急ぎで窓をあける。

ここは三階だ。

「やぁ、お二人さん。ご機嫌麗しゅう」

「……麗しゅうじゃねーよ。どうやって這入って来てんだよ」

ロゼは屋上からロープを垂らして、それに掴まって降りてきたようだった。

「危ない事するねぇ。女の子なのに怖くないの?」

「怖いはずがあるはずないだろう。これぐらいは普通だ」

 そのまま何事もなかったかのように、見事に侵入を果たしたロゼはベッドに腰を下ろした。

「ふぃー。この寮の警備はチョロイな。こんなんじゃ将来が不安だよ」

 そんな冗談を言う。でもそれも一瞬のことですぐに確信をつく。

「さて、昼間に言っていたことだけど、ようやく腰を落ち着けて話ができるね」

「……そうだな。こっちから質問してもいいのか?」

「もちろんいいよ。そっちの方が手間が省けるしね。さて、何から知りたい?」

 アルビノとリンドウ顔を見合わせた。そして先に口を開いたのはリンドウだった。

「じゃ、おさらいってことで。ロゼは魔女になりたいの?」

「そうだ。魔女になりたいと思っている。まぁ思っていてもなれるもんじゃないのは知っている」

 次はアルビノが口を開く。

「……なぜ魔女になりたいんだ?」

「幼い頃に魔女に命を救われた事がある。そして憧れた。まぁ残念なことに私は魔女には拾われなかったけどな」

 そう言われて、ロゼはどこまで自分たちのことを知っているのだろうかと思った。

「お? その顔は私の予想が見事に当たっていたようだ。君たちは魔女に拾われた人間。そして魔女に育てられた人間で間違いはないみたいだね」

 否定するのは簡単だ。しかし、なぜか二人は肯定をした。自ら魔女の関係者だとバラした。

「羨ましい限りだよ。あー先に言っておくが、まぁ遅いが、誰にも言うつもりはないから安心してくれ」

「なんで魔女の関係者だってわかったの?」

「それを問われて納得させる答えを残念ながら持ち合わせていない。でも言うならば、なんとなくだ。この二人には何かある。それが魔女関係だったらいいなーと思ってな」

「つまり僕らは見事に罠にはまったと?」

「そうなるな。気分を害したなら謝るよ」

「いや、別に大丈夫だ」

「そう言ってくれると助かる」

 ふふふっとロゼは笑った。年相応の笑顔だ。

「次は私から聞いてもいいか?」

「どうぞ」

「君たちはここへ何をしに来たんだ?」

 核心をつくような質問だった。答えによっては敵か味方かにわかれるだろう。だが、アルビノとリンドウは偽ることなく同時に口にした。

「魔女を殺すため」

「魔女を護るため」

 言葉の真意をロゼは探る。静かに瞼を閉じて一言「そうか」と言った。

「だったらなぜ君たちは仲良くできるんだ?」

 そう聞かれて二人はキョトンとした。

「……なぜ?」

「……それは考えたこともなかったなぁ」

「君たちの利害は一致していない。まったくの逆だ。相手の意思は自分の目的の邪魔だろう?」

「まぁ、そうなんだけど。なんていうのかなぁ……」

「俺が殺したい魔女とこいつが護りたい魔女は同一人物じゃないし、俺はその一人の魔女が殺せればいいわけで、こいつはその一人の魔女が護れればいいわけで、他の魔女には興味がないんだ。ってな感じだよな?」

「まぁそうだね」

「なるほどね」

 納得できたようだった。

「ちなみに私は、私を助けてくれた魔女を探し出してもう一度礼が言いたいよ。どっちかというと、リンドウの魔女を護る派だな」

「まぁ俺はどっちでも気にはしない」

「人は人、自分は自分ってやつだね」

「ところで君たちの知っている魔女とはどんな魔女でどんな関係なんだ?」

 これは話が長くなりそうだ。全部が全部話す必要はないのかもしれない。だが、今までにそれを話した相手など相棒をおいて他にいなかったし、ロゼの反応も気になるところだ。

「俺から話そうか」

 リンドウは無言でどうぞと手を差し出したのだった。




「へ~。君は苦労しているね。魔女を恨んで当然だ。逆にリンドウは恵まれているね。最悪の出会いと最高の出会いって感じだ。なおさら君たちが仲がいいのが理解できなくなったよ」

 二人の身の上話を聞いてロゼは純粋にそう思った。

「俺の問題だ。リンドウは関係ないしな」

「君は人間が出来上がってるねぇ」

「アルビノのいいとこだよね」

「やめろ」

 それから三人は他愛のない話をして盛り上がった。夜も更けて世界から光が消える時間になったとき。

「君たちの親に会わせてくれ」

 ロゼはそんな事を言ってきた。

「なんだか結婚報告するみたいな言い方だね」

「誤解を招く発言だな」

「そんなつもりは毛頭ない。さきほども言っただろう。私は私を助けてくれた魔女を探しているんだ。君たちの親がその魔女の可能性だってある」

「まぁなくもないだろうね。ちなみにロゼを助けてくれた魔女ってどんな見た目の魔女だったの?」

「見た目? 見た目か。見た目は子供だったな。当時の私ぐらいの見た目だ」

「じゃ俺んとこの魔女は違うな。見た目二十歳ぐらいだし」

「見た目子供の魔女ならまだうちのままの方が合ってるかな。うちのまま、見た目は十四、五ぐらいだし」

「いや、もっと子供だ。それこそ十歳ぐらいだった」

「そんな魔女いるのか?」

「実際にいたんだからしょうがないだろ」

「僕も魔女は二人しかしらないしなぁ」

「だから君たちの親にも聞いてみたいんだ。それに魔女についてもな」

 魔女になりたい。ロゼはそう言った。それは冗談ではなくて本気の言葉だ。しかし懸念もある。全部嘘だったら? そうは思えないが、所詮自分たちは子供で子供を騙すのは簡単だ。

「いや、アルビノ大丈夫だと思うよ」

「なぜそう言い切れる?」

「僕は君より鼻が効くからね。ほら、あれが反応してないじゃないか」

「あぁ、なるほどな」

「なになに? 二人だけで理解しちゃう会話?」

 あれというのは狼の毛皮とローブだ。嘘発見器とまではいかないが、それなりに反応はしてくれる。だが、反応はまったくない。この部屋の中にロゼが這入った時から大人しいものだ。

「あ~、自分で言うのもなんだけど、僕らの強さの秘密ってやつがあってさ。それが何も反応してないからロゼは安心だって事」

「それは聞き捨てならないね。君たちの強さの秘密? ぜひとも教えてもらいたいもんだよ」

「あれだよあれ」

 そう言ってリンドウは狼の毛皮を指さした。

「うん? 毛皮? あの毛皮がどうかしたのか?」

 普通の反応だ。これが普通だ。毛皮は毛皮でそれ以上でも以下でもない。寒さから身を守る防寒具だ。

「う~ん、なんて言ったらいいかなー……」

「実際見せた方が早いんじゃね?」

「そうだねぇ」

「お? なになに? どんな面白いものを見せてくれるんだい?」

 ロゼの目は子供のそれだ。今にも身体が踊りだしそうだった。

「今日はもう遅いし明日は休みだ。明日にしよう。それに今から森に入るのは危険じゃないが、まぁ危険だ」

「?」

 ロゼは可愛らしく首を傾げた。アルビノの言葉の意味がまったくわからなかった。

「そうだね。また明日にしよう」

「ここじゃ見られないのか?」

 そんな森にまで移動しないといけないような事なのだろうか。

「ちょっと無理だねぇ。教会の人に見つかっちゃうかもしれないし。ちょっと王都から離れないと」

「俺の方は比較的大丈夫なんだが、リンドウの方は無理だな。波動が凄すぎる」

「波動?」

「まぁまぁ。明日を楽しみにしておいてよ」

「わかった。明日の昼食を一緒に食べてそれからでいいか?」

「いいぞ」

「決まりだな」

 こんなにも心が踊っている。この二人は一体なにを見せてくれるのだろうか。

 これから自分の部屋に戻って眠れるか心配になったロゼだった。




 次の日の昼過ぎ。

 三人は森の中を歩いていた。理由は自分たちの秘密を打ち明けるため。王都でその力を使う事はしなかった。それに感づかれる危険性があったからだ。特に教会の中にはそれに特化した者もいるだろうし、見つかれば士官学校を追い出されることだって考えられる。少しでも危険があるならば、それを排除しなければならない。

「ねぇ、まだか~。もうだいぶ歩いたと思うんだが、まだ歩くのか?」

 ロゼは目的地が見えないので疲れてしまっている。先がわからないのにそれを目指して歩き続けるのは神経がすり減ってしまう。

「あと少しだ。あの山の側面に崖みたいなところが見えるだろう。あそこの頂上に行こうか」

「うえ~。あれ登るの?」

 ロゼは嫌な顔も隠すことなく、舌を前にべっと突き出した。

「ロゼ、これくらいの体力ないと士官学校でやっていけないよ」

「それとこれとは話が別だ」

「見たいと言ったのはお前だろ」

「まぁ、そうだけどさぁ。こんなに苦労するとは思わないし」

「その苦労に見合った事があるから大丈夫だよ」

「ほんとにぃ?」

 こうしてみると、その辺の子供と変わらないなぁと思う。

 それから数十分後、目的地に到着した。山の側面に岩肌がある壁。地面までは三十メートルはありそうなぐらい高い。落ちれば命はないだろう。崖の上は見晴らしは良く、王都がはっきりと見える。

「ま、ここなら大丈夫か。リンドウ俺から見せるぞ」

「うん、いいよ」

「ロゼ、この崖の下には何があると思う?」

「? なにって、森でしょ?」

「本当にそうか? 確かめてみろよ」

「えぇー? 私、高いところあんまり得意じゃないんだよ」

 まだ崖の端っこではないのに、すでに覗き込むようにゆっくりと近づいている。それを見るだけで、ロゼは得意じゃないのではなくて嫌いなんだろうと思える。

 そんなロゼを横目にアルビノはスタスタとギリギリのところまで歩いていった。

「ちょっとちょっとアルビノ、見てるこっちが怖いんだけど?」

 だがアルビノはそんな言う事を聞く訳もなく、崖の下を覗き込んだ。

「ん? なんだあれ」

「え? どうしたの?」

 つられてリンドウもアルビノの隣に並んで下を覗き込んだ。

「うぁ、なにあれ」

 などと二人で何かを発見して驚いている。気になる。いったい二人は何を見つけたのだろうか。

 人の感情の中でもっとも厄介な感情は好奇心である。それは良くも悪くも、どちらの意味でもだ。

 そんな好奇心に負けてロゼはアルビノにしがみついて崖の端っこにやってきた。そして下を見るのも怖いが意を決して下を覗き込んだ。

「あ、あれ?」

 するとロゼの目に飛び込んできたのはただの森だった。

 どういう事だ。自分が来る前にその不思議なものは消えてしまったのだろうか。そう思ってアルビノの顔を見た瞬間だった。

 アルビノがシニカルにうっすらと笑っていた。

 トン、と。

「え……」

 アルビノがロゼを突き飛ばした。崖から先に。当然ながらそこに地面はない。地面は遥か下にある。浮遊感はあるものの、重力にしたがいロゼの身体は落ちていく。

「ぇ……ぇえぇえええええッ!」

 何がなんだか理解できない。無意識にアルビノの方に手を伸ばすが届くはずもない。しかしここでもう一つ驚いた。突き落とされたことよりも驚いたかもしれない。なんとアルビノが自分のあとを追うように崖から飛んだのだ。

 自分を助ける為?

 あのシニカルな笑いを思い出すとそうとは思えなかった。

 二人はどんどんと落下していく。崖の半分ぐらいまで落下した時だった。アルビノが落下しているはずだったが、そこには黒い球体があった。その球体から一対の黒い何かが飛び出したが、それが何かは分からなかった。

 突然上に吊られて胴体が締まった。

「ぐっは」

 激痛に悶えているとある事に気が付いた。地面が近づいてこない。

「あ、あれ……」

 身体は空中に浮いていた。何がなんだかわけがわからずに上を見上げる。すると――。

「よう。絶景だろ?」

 腰から一対の大きすぎる黒い翼のはえたアルビノが自分を見下ろしていたのだった。





 景色を楽しむ余裕などあるはずがなかった。地上から何メートルも離れた場所とは言えない場所で、どういうカラクリかもわからずに吊られているからだ。とうの本人は遥か彼方を見つめて満足気だ。それに少し腹が立った。

「は、早くおろしてくれ!」

「おろしてくれ? ここで放して下におろせと?」

 ああ言えばこう言う。ただの屁理屈だ。とりあえず地面に足をつけたらぶん殴ってやろうとロゼは心に決めていたのだが、地面におろされた瞬間にそんな考えは消え去ってしまった。ただ助かったと安堵の気持ちで胸がいっぱいになったのだ。

「ロゼってさ、高いところ大丈夫じゃなかったっけ?」

 アルビノとリンドウの寮へと侵入したときは、屋上からロープを使って降りてきた。当たり前だが、それなりに高い。

「あ、あれとこれとは話が別だ。あれはしっかりと安全対策してあるし」

「そんなもんなのかなぁ」

 どうやらリンドウは納得していないようだった。

「とにかく、これが俺の秘密だ」

 言ってアルビノは自分の腰から生えている翼を親指で指さした。

 ロゼはやっと頭がもとに戻ってきて状況を理解しだした。常識的に考えてありえないものが自分の目に映っている。

「これは、なんだ?」

 当然の反応だ。普通の人間は翼なんてものはない。ロゼは思った事を口にする。

「アルビノ、君は……悪魔なのか?」

 そんな事を聞かれて笑わずにはいられなかった。アルビノとリンドウは腹を抱えて笑う。

「いやいや、すまん。そうかそうか。普通に見たらそう見えるのか。新しい発見だ」

「……まぁ本気でそう思っている訳じゃないよ。いや~、驚いた」

 アルビノのまわりをグルグルと回ってロゼはそれを見る。

「これ、触ってみてもいいか?」

「あぁ」

 許可をとって翼に触れてみた。滑らかな肌触りだ。どうしてこれが動いているのか理解できなかったが、これが魔女の物なのだろうという事はなんとなく理解できた。

「魔女はこんなものまで作ってしまうのか。いやはや恐れ入る」

 ひとしきり観察を終えてロゼは満足したらしい。

「じゃ、次は僕かな」

 そうだ。まだリンドウの秘密が残っていたとロゼは思い出した。いったいどんな秘密なのだろうか。アルビノとは逆で白い天使の翼でも生えているのだろうかと予想を立てる。

「ロゼ、ちょっと離れていた方がいいぞ」

 そう言われてアルビノとリンドウから離れた。これから何が起きるのか。先ほどのことよりも驚く事はないだろうと思った。それほどアルビノの秘密に衝撃を受けたのだ。

「じゃ、いくよー」

 リンドウはまるで散歩に行くかのように軽い言葉を口にした。その言葉からは角のない優しさを感じる事ができるほどだ。

 だから、そのギャップは凄かった。

 リンドウが毛皮を被ったその瞬間だった。一回り、いや確実に二回り以上はその身体が巨大化した。毛皮に包まれたリンドウは眼光は鋭く、口からは鋭利な牙が突き出て白い吐息が漏れている。

 空に向かって咆哮が木霊する。

 それを聞いたとき、ロゼの身体に言いようのない恐怖がイカヅチのように走り抜けた。

「ぁ……ぁあ……」

 どうすればいいのだろうか。あれに睨まれて動ける人間がいるとは到底思えないほどだった。すでにロゼの頭の中はあれがリンドウだという事は忘れている。

 すべてが吹き飛んだ。

 ただ今、目の前には巨大な獣がいるという事実しかない。そしてその矛先は自分に向けられている。

 ワーウルフの動作は緩やかな水を早送りしたかのような動きだった。気が付けば目の前に迫っていて、その爪牙が自分の目の前に迫っていた。

「おっと」

 そんな冷静な声が後ろから聞こえた。

 ガンという音。アルビノの翼が自分の顔とワーウルフの爪牙の間に割って入った。それでも爪牙は翼を貫通していて、少しこちら側から爪が見えている。そしてその爪が消えた瞬間だった。

 自分の真後ろから唸り声と荒い息が聞こえてきた。

 ロゼは気絶する寸前だった。目からは自然と涙が溢れてきて、身体は生きることをすでに諦めている。

「そこまでだ」

 そんな緊張の糸を切る声が聞こえたら、それに続いていつものリンドウの優しい声がした。

「ごめんね、びっくりした?」

 ロゼは腰を抜かして地面へとへたり込んだ。後ろを振り返れば、罪悪感からか頬を掻きながら困った顔をしたリンドウいたのだった。




 アルビノとリンドウは困りはてていた。見たいと言ったのはロゼだ。だがたしかにやり過ぎたと思っている。

「ぐっ……ぅ……ひっく……ぅう……」

 未だに地面に座り込んで泣いている。声をかけてもまともに喋ることも出来ずに、湧き水のように溢れる涙を必死で拭うばかりだ。

 さすがに二人とも対処の使用がわからずに戸惑うばかりだった。

「いや、ごめん。本当にごめん、なさい」

 謝ることしか出来ない。

 それからどれだけの時間が経ったかわからなかくなった頃、ようやくロゼの涙が止まった。そしてそれが怒りへと変換される。

「私は、こう見えても、女だ。そうだろう。私が男に見えるか?」

 二人は急いで首を横に振った。

「だろう。そしてまだ子供だ。さっきのは子供大人関係なく恐怖するのは間違いがないと思う。私が弱い人間とかそういった事ではない。言っている意味がわかるか?」

 今度は上下に首を振った。

「……怖かった。正直、ちょっと漏らした」

「えっ?」

 誰が発言の許可をしたとばかりにロゼは二人をキッと睨みつけた。

「ショック死してもおかしくない状況だった。少々漏らすぐらいマシな方だ」

「そ、そうだね」

 はぁー、とロゼは深い溜息をついて俯いてしまった。それを見て二人は無言で会話をする。

『お前が調子のるから』

『仕方がないじゃん』

『お前が元凶なんだからお前が声かけろよ』

『やだよ、これは同罪だよ同罪』

 お互いに罪を擦り付けているとロゼが顔をあげた。瞬間、二人の背筋はピンと伸びた。

「君たちは私の言う事を聞く義務があるよな?」

 これは確認ではない。決定事項のようなものだ。だから二人はどんな無理難題を言われても断ることなど出来ない。むしろこれから先ずっとこの話を蒸し返されてしまいそうだ。

 それを利用しない手はない。

 ロゼの目が光った気がした。

「前にも言ったが、君たちの親に会わせてくれ」

 ロゼは魔女に憧れ、魔女になりたいと思っている。本物の魔女に色んな事を聞きたい。そして過去に自分を助けてくれた魔女を探し出して、もう一度礼を言いたいと思っている。

 それともう一つ。

「君たちの親に会ってどんな教育をしているんだと説教をしたい」

 真顔で言われた。もちろん冗談ではない。だからと言って拒否することなど出来はしない。

「わかったよ。段取りをつけてみるけど」

「魔女たちが拒否をしたらどうするんだ? 魔女なんてもんは気まぐれだぞ」

「その時は諦めて、また数日後なり数年後なりチャレンジしてみるさ。気まぐれというのなら気が向くのを待てばいい」

 どうやら意思は固いようだった。

 三人は一度王都へと戻って、アルビノとリンドウは一度家に帰ることにした。

「なぁ、どう思う? 魔女たちが会ってくれると思うか?」

「うーん、どうだろうねぇ。うちのままは案外あっさり承諾しそうだけど、アルビノのところは難しいんじゃないかなぁ」

「俺もそんな気がする」

「むしろ嫉妬して大変そうな気がするよ」

「……そんな気がする」

「でも、約束しちゃったし、出来る限りの事をしてみよう。じゃないと僕たちずっと恨まれ続けるし、最悪バラされても困るしね」

「それはないと思うが」

「僕もそう思うよ。ただ理由を付けたかっただけだよ」

 こうしてアルビノとリンドウは一度家へと帰って、自分たちの親に事情を説明した。

 ペストとリリーの答えは二人とも構わないという事だった。意外にもあっさりと承諾がとれて嬉しいようなそうでもないような複雑な気分になった。




 ロゼは部屋に戻って熱い風呂に浸かった。きっと今日の出来事は一生忘れる事が出来ないだろう。それほどに衝撃的だった。

 彼らは言った。

『俺たちは六歳の頃からこれを着て訓練をしてきた』

『そしてこれからもずっとそうしていくんだと思うよ』

『俺たちには人間の動きは遅すぎる』

『慣れ、ってやつだよロゼ』

『まぁ慣れるまでにはそうとう訓練したし、何回ケガをして泣き喚いたかわからない』

『それでも僕たちはやめなかった』

『その理由は一つだけだ』

『君たちと僕たちとじゃ覚悟の重さが違うんだと思うよ』

『これが俺たちの秘密』

『魔女から与えられた贈り物』

『俺はこれを使って』

『僕はこれを使って』

『魔女を殺す』

『魔女を守る』


 納得した。たしかにたかが十二歳程度であれほどの覚悟を持っている者はいないだろう。いや、この士官学校全体を見てもいるかどうかはわからない。

 それほどの覚悟が伝わった。正直、熱かったし、羨ましかった。それほどの志を持っているという事が羨ましかった。自分はいったいいくつになればそんな志を持つことが出来るのだろうか。

 いくつになっても持てる気がしない。

「……こんなことじゃ魔女にはなれないな」

 口を湯につけてブクブクと泡を立てる。

 考え直すべきことは限りなくあるに等しい。だが、それをいつまでも答えが出ぬのに考えているのは、ただの時間の無駄だ。

「まぁ魔女には会える事になりそうだし良しとするか」

 少々やりすぎたとアルビノとリンドウは思っているかもしれないが、それはお互い様だった。

「やはり涙は女の最大の武器、か」

 これでおあいこだと自分に言い聞かせて、ロゼは湯船に潜った。



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