表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

初めてのおつかいと、春色ランチ4

「いらっしゃいませ! 朔之介さんの? よく来たねえ。爺ちゃんに挨拶していきなよ!」


 やってきたのは、鶴岡八幡宮に続く若宮大路沿いにある、鎌倉銘菓を販売している菓子店だ。店内は観光客や修学旅行生でごった返していて、大変忙しそうではあったが、店員さんは私が声を掛けるとにこやかに対応してくれた。案内されて、店の奥に一歩足を踏み入れる。するとそこには、巨大な何かが鎮座していた。


(……なんだこれ)


 それはどこまでも丸かった。よくよく見ると、全身が羽毛で覆われている。けれど、足も手も頭すらないので、ただの灰色の毛玉にしかみえない。しかし、その存在感たるや、今にも天井に届きそうなほど大きい。


(コレに、どうやって挨拶をしろと……?)


 私がひとり固まっていると、店員さんは容赦なくそれを揺さぶった。


「爺ちゃん、起きて。ほらお客さん!」


 どうやら、それは眠っていたようだ。ようやく覚醒したらしい灰色の毛玉は、ぶわりと羽毛を大きくふくらませると、もぞもぞと体を動かして――頭頂部からひょっこりと顔を出した。


「ほろっほー」

「……」


 ――それは、どうみても巨大な鳩だった。頭を忙しなく動かし、おもむろに灰色の羽毛にくちばしを突っ込む。時折、バタバタと羽ばたく真似をすると、辺りにとんでもないサイズの羽が飛び散り、店員さんが散らかさないでと文句を言った。


「クルル……?」

「ひっ!」


 真っ赤な丸い瞳でぎょろりと見つめられて、思わず後退る。素早く、それでいて直線的にカクカクと動く鳩の巨大なくちばしが、今にも襲ってきそうで足が震える。


(は、早く用事を済ませて帰ろう……)


 私は、使命(・・)をまっとうするために、勇気を出して紙袋を差し出した。


「いつもお世話になっています。さ……朔之介さんからのおすそ分け、です」


 すると、その鳩はぬうと顔をこちらに近づけると、カクンと首を傾げた。

 眼前に迫った巨大な鳩のくちばし。私は悲鳴を飲み込むと、ぎゅっと目を瞑る。すると、何かふわふわしたものに全身が包まれた感覚がしたので、恐る恐る目を開けた。


「ほろっほー」

「わっ……」


 それはあの鳩だ。何故か私の傍に近寄ってきていた鳩は、卵よろしく私をそのふわふわの羽毛で包み込んで、うっとりと目を瞑っていた。すると、店員さんの豪快な笑い声が聞こえてきた。


「あっはっは! アンタ、爺ちゃんに好かれたね! やるじゃない!」

「ええー……」


 私はやけに心地良いその感触に包まれながら、店員さんのよかったねという言葉に、戸惑いを隠せなかった。




「はあ……どうなることかと思った」


 店外で待っていてくれたサブローと合流して、今度は鎌倉駅を目指す。残る包みはふたつだ。これでやっと半分……と胸を撫で下ろし、サブローの後をついて歩いていく。やがて駅の構内が見えてきた頃、りぃんと鈴の音が聞こえて、思わず立ち止まる。

 見ると、そこにひとりの雲水が立っていた。深く笠を被り、無言で佇んでいる。托鉢を行っているのだろう。その姿は、どこか独特の雰囲気を纏っており、どうにも近寄りがたい。


 ここ鎌倉では、こういった雲水の姿を度々見かけることができる。

 托鉢とは、禅宗の修行僧たちが、日々の糧を得るために行っている修行なのだと、誰かに聞いたことがある。鎌倉では彼らが生活の一部に馴染んでいて、こうやって街角に立っているだけでなく、人々の自宅を訪れてお布施をもらうこともあるのだとか。こういう、他ではあまりみない文化が浸透していることが、鎌倉が古都である所以なのだろう。


 すごいなあ、なんてのほほんと考えながら雲水の前を通り過ぎようする。すると、先程まで先導していたはずのサブローが、雲水の前にちょこんと座っているのに気がついた。


「こら、サブロー。邪魔しちゃ駄目でしょ」

「何言ってるのさ。次のおすそ分けの相手は、この人だよ」

「えっ!?」


 思わず顔が引き攣る。私とサブローが話している間も、雲水は黙したままで何のリアクションもない。


(……やっぱり近寄りがたい)


 ごくりとつばを飲み込んで、遠慮がちに雲水の前に立つ。それでもなお、何の反応もない彼に、そっと朔之介さんから預かった包みを差し出した。


「……お、おすそ分けです」

 ――りぃん。


 すると、彼はまた鈴を鳴らすと、包みを受け取って私に向って深く一礼した。


財法二施(ざいほうにせ) 功徳無量(くどくむりょう) 檀波羅蜜(だんばらみつ) 具足円満(ぐそくえんまん) 乃至法界(ないしほっかい) 平等利益(びょうどうりやく)……」


 そして、低い声で何やら唱えると、ゆっくりと顔を上げた。


「……っ!」


 その時、ちらりと笠の内部が視界に入り、思わず息を飲んだ。

 少しこけた頬。薄い唇。すっきりと剃髪された頭。禅僧らしいストイックさを滲ませているその顔の真ん中には――巨大な目が、ぽつん、とひとつだけ存在していたのだ。


 何の感情も宿していないように見える、その瞳。

 まるで凪いだ湖面のような瞳に、視線が奪われる。

 私と雲水の間に、目に見えない何かが繋がっているような感覚を覚えて、途端に動けなくなる。この瞳を見ていれば、世界の真実の一欠片を知り得るような――そんな、根拠のない確信。澄んだ瞳に囚われてしまった私は、無心でその瞳を見つめ続け、徐々に周囲の喧騒が遠くなっていった。


 ――りぃん。また、雲水が鈴を鳴らした。

 はっとして我に返る。ぞわぞわと全身に鳥肌が立って、慌ててその場から一歩退いた。そして、激しく鼓動している胸を宥めながら、失礼しますと足早に駅に向かったのだった。


夕方に投稿します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ