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暁の社、笹の葉の栞。  作者: 雅乙
第一章
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第二話 疑念

 風鈴の音。

 またこの夢だ。

 あの声が響いてくる。しかし、前よりも何を言っているか聴き取れる気がする。


「……って……が………で………」


 もう少し。


「まだ…………思う。早…………らないと……」


 だめだ、うまく聞き取れない。このままだとまた……。

 背筋を強張らせた時、いつもと違うことが起きた。

 なんだ? どこだ、ここは?

 暗転するように色が変わり辺りに景色が現れた。

 誰かに手を握られている。大きくて皺くちゃな手だ。

 顔はよく見えないが何を言っているかは分かる。

 そしてその人は細道の方を指をさし、僕の背を押した。

 慌てて振り返るとそこには、影が佇んでいた。

 人にも見えなくはない影は目とも分からぬ穴を僕に向けていた。

 そしてそいつは僕の方へ走り出した。


「ヨルに追いつかれないようにね」




「うぅあっ……!」


 窓から朝日が差し込んでいる。何時の間に寝てしまったのか、文庫を枕にして突っ伏していた。

 あまりの寝覚めの悪さに顔を洗おうと部屋を出て階段を降りる。時刻は朝六時。誰も起きていない。部屋に戻ってもう一眠りしようにも、顔を洗ってからは出来そうにない。とりあえず本でも読むかと思った時、スマホの明かりがついた。

 SNSの着信だ。


ポリス: 今日暇?


 ポリスとは啓司のあだ名だ。啓司がケイジで刑事だからポリス。


「あいつ、何時だと思ってんだ……」


自分: 何時だと思ってんだよ

ポリス: すまんすまんww

ポリス: で、どう?

自分: 暇だけど、なんか用?

ポリス: おっけ、遊び行かね?

自分: いいよ

自分: 何時に待ち合わせる?

自分: もうお前ん家の前いるで


「はぁ?」


 あまりの返答に意表を突かれ、カーテンを開く。


「よっ!」


 見おろすと、啓司がバイクに跨りいつも通りニコニコと笑っていた。



「お前いつの間に免許とったんだよ」

「浪人してる時にちゃちゃっとな」


 啓司の相棒の後ろに跨る。


「檀、怒ったろ」

「お袋より恐ろしかったな」

「こりねぇやつ」

「言ってろ」


 飄々と笑う啓司をみて、こいつらしいとなと思った。


「で、こんな早くからどこに行く気だ?」

「……」

「おい」

「そんじゃ、とりあえず飯でも行くかな」

「今何時だと思ってる、どこもやってないぞ」

「……」

「なぜこんな時間に呼び出したんだ……」

「他の奴にお前取られるかもだし?」

「キモっ……」

「酷っ!」


 結局近くのコンビニまで行き、適当に朝食を買って街中をぐるぐる走り回って公園まで戻ってきた。


「ちくしょう、なんで俺らの街にはコンビニがないんだ」


 啓司が悪態を吐く。


「地区の条例で決められてるんだと」

「バイクあってホントよかったぜ」

「俺は家で食えたのだが……」

「ん、なんか言ったか?」

「いいや、なんでも」


 そう言いながら二人してベンチに腰掛ける。


「昔はここでよく遊んだよな」

「あぁ、そうだな」

「ジャングルジムの上で鬼ごっこしたりな。鼎まじでトロかったもんな」

「うるさい、運動は苦手なんだ」

「にしても毎日のように四人で遊びまわってたよな」

「お前に引きずられて山の中這いずりまわったり大変だったんだぞ」

「あったあった。でもいい思い出だろ?」

「よかねぇよ」

「素直じゃねぇなあこいつは。……それとさ、小六の頃鼎、白山神社んところで寝てた所、俺らに見つけられたことあったよな?」

「……どうしたんだよ、急に」


 啓司の表情が硬くなったのに気付き、僕も少し強張る。


「いや、俺さ、浪人したじゃん」

「頭悪いからな」

「お前そんな風に俺のこと思ってたん?」

「冗談だよ。それで?」

「受験の時俺さ、自分が一体何をしたいんだか分からなくて、好きなこととか一年間考えてみようと思ったんだ」

「へぇ…」

「それで、自分には決定的に何かが欠けてるんじゃないかって思い始めたんだ。何か大切なことを忘れ続けているってな」


 お前もか……。


「何を、忘れてたんだ?」


 僕は恐る恐る聞いてみる。もしかしたら自分にも関わる重要なことなのではないかと思ったから。


「それがさっぱり思い出せん。ただ、八年前のそん時ぐらいからじゃなかったかなって」


 上がっていた心拍数が一気に下がった気がした。


「だから、お前に合えば何か思い出せるんじゃないかと思って、誘い出したわけよ」

「なるほど」

「そりゃ仲よかったし、他の奴らとはいつも顔合わせてるし。お前ならと思ったけど見当違いだったな」


 啓司が笑う。


「悪かったなハズレで」

「すまんすまん、けどもう少しだけ付き合ってくれねぇか?」

「そうだな、どうせ暇だし、付き合うよ」

 そうは言いつつ、内心僕もも気になっていたのだった。



 それから僕と啓司は子供の頃によく遊んだ場所を歩き回った。湖畔にハイキングコース、神社、小川。たくさんの場所に足を踏み入れていた事から、子供の頃の好奇心に少し感心していた。


「ここよく初日の出見にきてたよな。鼎はいつも寝坊しそうになってたけど」

「わざわざ早起きして朝日を見る意味がわからんかったからな」



「そういえばよう、ここの地蔵なんで首取れてんだ?  昔から気味悪かったんだよな」

「廃仏毀釈で落とされたか、或いは雨風で強度が落ちてもげたか。どちらかじゃないか」



「そういや女子二人は?」

「蚊に刺されるのはごめんだと」

「僕ならよかったのかよ」



「おっ沢蟹だ」

「大人気ないぞ、逃してやれ」



「そこの空き家、なくなったんだな」

「それもう高校の頃のことだぜ」


 それぞれの場所で、そんなありふれた会話をしながら僕らは懐かしの場所を巡っていった。


 


 家の近くの山道に入った時、ふと思い出した。


「この獣道の先に秘密基地とかいってなんか作ったよな」

「そういやそうだな。ちょっと行ってみっか」


 そうして道無き道を進んでいくと少し開けたところに出た。そこには不器用に木材を継ぎ合せ作った骨組みにブルーシートをかけた謎のテントが残っていた。


「たまげたなぁ、まだ残ってらぁ」

「うん、正直もうなくなってると思った。八年近く誰も来ないとか、現代っ子は随分インドア派みたいだな」


 啓司がテントに入っていく。


「狭っ! 昔はこの中四人で入ってなかったか? って懐かしいなこれ、赤猫漢字スキルのシールじゃん! おっ、これは……」


 もぞもぞと中で啓司が感動を繰り返している。


「啓司、周り少し見てくるな」

「おう、なんかあったら携帯に連絡くれ」

「了解」


 啓司をみて、僕も少し童心がよみがえってきたようで、基地の周りを歩き回った。


「この木、そういえばブランコ作ってたな……、ん?」


 茂みに足を入れた時、何かが転がった。


「なんだ?」


 そこにはボロボロになった袋が落ちていた。


「何か入ってるな……」


 つまみ上げひっくり返すと、小学生用の小さな上履きが出てきた。


「誰のだ……?」


 上履きを踵部分に目をやる。


「うえの……みず……き?」


 バクンと心臓が脈打った。後頭部を何かで殴られたような強い衝撃に襲われる。


「いったい誰だ……、知ってる? 」


 ここにあるということはここに来ていたメンバーになる。


『昔はこの中四人で入ってたよな』


 そうだった、そうだったはず……。


『決定的に何かが欠けてるんじゃないかって思い始めたんだ』


『何かを置き去りにしてきてしまったような、そんな感覚に襲われるの。日常から何か抜け落ちたような……』

『まだ…………思う。早…………らないと……』


 頭の中で啓司と檀の言葉が回想される。そして、あの夢の声が鳴り響く。

 頭痛が酷くなり、頭が真っ白になる。次第に耳鳴りが大きくなってゆく。

 そして。


『ヨルに、追いつかれないようにね』


「おい、鼎!」

「うわぁっ!」


 気付くと啓司がいた。


「大丈夫か、顔色悪いぞ? 熱中症か?」


 呼吸が荒い。


「あぁ、大丈夫だと……思う」


 相当汗をかいていたらしく、服がベタついていて気分が悪い。


「とりあえず一旦帰ろう」


 立ち上がると僕はそっと上履きを茂みに押し入れた。




「悪いな、朝っぱらから無理させちまって」

「いや、僕も少し運動しなさすぎだったかも」


 実家の居間に寝転がり天井を見上げた。

 啓司は台所でそうめんを茹でている。


「なぁ、啓司」

「なんだ?」

「変なこと聞くけどいいか?」

「変かどうかは聞いてみにゃ分からん」

「そうだね」


 僕は小さく深呼吸し をした。


「小さい頃、僕たちって本当に四人だったかな?」

「そうだったろう? 何変なこと言ってんだ」

「うっ。そ、そうだよな」

「やっぱお前変だぞ」

「うん、変だね」


 蝉が鳴いてる。お湯が沸騰する音とそうめんの匂いが空間を支配する。


「それじゃあ、うえ……」


 上野瑞樹。そう言いかけた時、タイマーの音が鳴った。


「うっし出来た。 鼎、ざるどこある~?」


 僕は一気に気が抜けてしまい、何も言い出せなくなってしまった。


「今出す」


 僕は胸の内の疑惑から逃げ出すように立ち上がった。




「今日は付き合ってくれてサンキューな」

「ああ、久しぶりに楽しかった」

「なら良かった、そんじゃあな。しっかり休めよ」


 西の空が茜色に染まってきた頃、啓司は帰っていった。

 僕は何故だか空をずっと眺めていた。


「カナちゃん?」


 不意に呼ばれ、振り返ると茜がいた。どうやら犬の散歩をしているらしい。


「よう」


 僕は短く応えた。



「今日は言わないんだね」

「何を」

「そのあだ名で呼ぶな!って」

「あぁ、うん。気分じゃないなって」

「なにそれ」


 無言のまま少し歩き続けた。


「なぁ、茜はさ、何か欠けているものってあったりするか?」

「え?どういう意味?」


 僕の質問に茜は少しおどけた表情になる。


「その、なんていうかな。何か大事なことを忘れてるとか、するべき事をしないでいるとか、無くしちゃいけないものをなくしてしまってるとか、あと……、誰か、大切な人を忘れてしまっているというか」


 ひぐらしが鳴いている。沈黙というにはうるさすぎる時間だ。しばらく茜は考え込むようにしていたが、やがて口を開いた。


「ない……かな、私は。あるような気もするけど、今が大事だから。おじさんとおばさんには良くしてもらってるし、例え何かを忘れていたとしても、私は今を楽しみたい。それに、思春期ってそういう事よく考えるっていうし。私は気にしないでいくかな」

「どうして?」

「だって、勿体無いじゃん。せっかく生きてるんだから。後ろばっかり向いてたら、きっと躓いちゃう。私、バカだから」


 そう言って茜はニッと笑って見せた。


「たしかに、お前らしいや」

「でしょ?」

「バカっぽくて」

「ひどいです……」




 散歩も終わり、茜の家の前まで来た。


「送ってくれてありがとね」

「いいって、おじさんとおばさんによろしく」

「わかった。そういえば、さっきなんであんなこと聞いたの?」

「し、思春期だから、かな」

「嘘。気になるじゃん、教えてよ!」


 茜がポカポカと僕を叩く。


「わかったわかった。それじゃあそうだな、茜は、上野瑞樹って子に心当たりあったりするか?」

「上野瑞樹さん?」

「そう。小学校のぐらいの時」

「クラスにそんな子いたかな……。んー、ごめん、わかんないや」

「そうか、ならいいんだ」


 僕は内心とてもほっとしていた。上履きの記憶がフラッシュバックする。きっと何かの思い過ごしだと。

 しかしここで事は終わらなかった。


「で、その瑞樹ちゃんって女の子だよね? も、もしかしてカナちゃんが好きだった子……とか?」

「な、何故そうなる」

「やっぱり、なんか怪しい!」

「あー、うるさい! さっさと中入れ!」

「今なんか誤魔化したでしょ! やっぱり怪しい! ねぇ、何隠したの!?」

「なんでもないって! もう帰るね! じゃあな!」

「こら! 逃げるなぁ!」




 風呂に浸かりながら今日の事を思い返す。


「上野、瑞樹……」


 そもそもこの上野瑞樹という人物が一緒にいたという保証はどこにもなかった。たまたまあそこに来て落としていった可能性もある。なにせあの山は子供の遊び場だったからな。


「茜、元気そうだったな……」


 夕陽に照らされる茜の笑顔を思い出す。

 なんだかむず痒い。


『も、もしかしてカナちゃんが好きだった子とか?』

「にしても……、スッキリしねぇ~」


 僕は羞恥心から逃げるように、湯船に頭ごと潜った。


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