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暁の社、笹の葉の栞。  作者: 雅乙
第一章
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第一話 帰省



 涼しげな風鈴の音がする。

 暗い暗い微睡みの中、その声は変わらず響いてくる。しかし何を言っているかはよく聞き取れない。

 視界が茜色に染まり、その中央に小さな影が落ち、僕に何かを語りかけている。それもつかの間、不意に何処かへ消えてしまう。

 僕は毎回その影を追おうとするが、まるで金縛りにあったかのように動けない。そのあと、急に辺りが暗くなり、背後から何かが迫ってくる感覚に襲われる。

 僕は既に恐怖心から走り出していて、振り向く事なく闇の中を駆け抜けた。光の差す方向へ。ただ、ひたすらに。



 急な揺れとアナウンスで目が覚めた。

 いつの間にか寝てしまっていたようだ。慌てて読みかけの文庫に栞が挟まっている事を確認して、ついほっとする。

 空気が抜けるような音とともに車両の扉が開く。


「やっべ…」


 僕は慌てて電車を飛び降りた。



 久しぶりに帰ってきた地元。ホームの階段を登り、改札へ向かうと、いつもの幼馴染三人が僕を待っていた。


「あっ、カナちゃーん。こっちこっち!」


 ショートヘアの少女、東山茜(ひがしやま あかね)が僕を見つけるなりすかさず手を振ってきた。


(だからその呼び名はやめてくれ……)


 僕の名前が早矢仕鼎なので彼女は昔から僕をそう呼ぶのだ。

 正直、女の子みたいで好きじゃない。

 僕は小っ恥ずかしくなり、小走りで改札機にカードをかざした。

 ブザーが響き、改札機が赤く点滅する。


「あっ…」




 駅を出たあと、他愛もない会話を繰り返しながら街中をふらつく。


「カナちゃんって昔から抜けてるよね~! 」

「だからその呼び方やめろ……。あとお前にだけは言われたくない」

「いいじゃん、可愛いよ!」


 後半を無視し、茜は歯を見せてからかうように笑う。


「んにしても、待たせすぎだぜ。約束から一時間遅れだぞ」


 長身の男子が文句を垂れる。幼馴染の一人、松沢啓司(まつざわ けいじ)だ。


「僕が遅れたんじゃない……、お前らが時間を早めたんだ」

「昨日の夜には連絡したろ?」

「急すぎるんだよ。こっちにも予定ってもんがある」

「寝坊する予定か?」

「…………」


 図星かよ。ちくしょう。

 何故だか少しイラっとする。


「その様子じゃ、電車でも寝てたみたいだけど?」


 突然違う方向から話しかけられる。鋭いようなくぐもったような、なんとも言えない声質。朝倉檀(あさくら まゆみ)、他と同じく幼馴染の一人だ。


「寝不足なんだよ、意外と大学の課題が忙しいんだ…」


 見せつけるように欠伸をすると、「大変そうね」と呟き、檀はいつも通り無表情に笑った。


「まぁまぁ、せっかく久しぶりに四人集まったんだし、早く遊び行こうよ!」


 静寂を打ち破るように茜が僕たちを急かす。


「それもそうだな。よっしゃ、どこいっかな~」

「私カラオケ行きたい!」

「お、いいねぇ!んじゃまずカラオケな」

「え、私はちょっと……」

「カナちゃんもそれでいい?」

「ん……、あぁ」

「ちょっと」


 檀の意見はそっちのけで、茜と啓司が二人で盛り上がる。僕もその場の空気に合わせ頷いていた。




 グラスを持ちカラオケボックスを出ると、檀が一人不機嫌そうに立っていた。


「お前もよく付き合うな。嫌になんないのか?」

「別に、騒がしいのが苦手なだけ。彼女たちが悪いわけではないから」

「いや、騒がしいのはあいつらだろ?」

「そうだけど……、違うの」

「何が……?」


 不機嫌そうだった表情が更に不機嫌そうになる。


「その騒がしさを受け入れられない、私が一番が悪いのよ……」

「ふぅん……」


 僕ではきっと役に立てない、難しそうな話が始まる前に話を切り替えようと思考を巡らす。


「私の中で何かが欠けていて、それが原因なのかわからないけど、日々が灰色に見えるの。ハリボテのように、薄っぺらく……」


 手遅れだったか。始まってしまった。檀先生のオハナシが。


「やっぱり俺たちといると楽しくないって言ってるようにしか聞こえないのだが?」

「いいえ、そうじゃないわ。みんなといる時間は楽しい。小さい頃からずっとそれは変わらないの。今も、この四人で集まれて嬉しいと思ってる」


 その表情からじゃそんな感情読み取れんのだが。

 そう思いつつ聞きに徹する。


「……でも、何かを置き去りにしてきてしまったような、そんな感覚に襲われるの。日常から何が抜け落ちたような、入れ替わったような、そんな感じ……。鼎にもそういうこと、ない?」


 檀から、今までに見せたことのない焦燥感が伝わってくる。


「……分からない、かな。少なくとも僕は現実を謳歌してると思う。行きたい大学にも行けたし、それなりに成功してきたと思うよ?」

「そうなんだ……。私はてっきり……。ううん。なんでもない、変なことを聞いたわね。ごめんなさい」

「いや、いいよいいよ。なんか悩みとかあったら相談してくれていいからな。幼馴染なんだし」

「ありがとう」


 微笑む彼女が最後に何を言おうとしていたのか、僕には分かっていた。だから僕はいつも以上に優しい言葉を彼女に投げかけたのだ。


「あ、そうだ。啓司のことありがとな。勉強みてやったんだろ?」

「大したことないよ。鼎がお礼をするようなことでもないわ」

「そんなことないよ。やっぱり友人の進路は気になるものだよ」

「優しいね、昔から」

「甘いとも言う」

「ふふ、そうね」


 檀が微笑むのを見て僕は安堵する。しかし握られた拳は酷く汗ばんでいる。


「ところでお二人さん、お熱いじゃないの、俺っちも混ぜてくんね?」

「うわっ、びっくりしたぁ」


 突然後ろから啓司がのしかかってきた。


「もしかして大事なお話の途中だったか?」

「そ、そうなんですか! カナちゃん、まゆみんのこと……!」


 茜がおろおろと僕と檀を交互に見る。


「バカっ!ちげーよどあほ!」

「あなたたち……」


 この後、僕たちは昔と変わらない、他愛もない時間を過ごしたのだった。




 駅から徒歩四十分。話しながら歩き、実家の近くの公園まできた。

 小さい頃、よく待ち合わせ場所にしていた公園。別れる時もいつもここだった。


「すっかり暗くなっちゃったね~、もう少し遊びたかったな~」

「まあ、まだ夏休みも残ってるしいつでも平気だろ。なぁ#カナちゃん__・__#?」

「黙れ。まぁ、しばらくこっちにいるつもり。大抵暇してると思う」


 ニヤニヤしている啓司を肘でど突きながら答える。


「いてて、だってよ、茜」

「もう、啓司!」


 何なんだこいつら……。


「それじゃ、私もうそろそろ帰るわね。親うるさいから」

「お、そういえば檀ん家はそうだったな。わりぃ遅くなっちまって」

「いいよ。もう大学生だし、そこまでとやかく言われないから。それじゃ」

「おっす、じゃあな」

「またねまゆみん!」

「また」


 檀の家は確か門限にうるさかった記憶がある。大学生になってまでとは、過保護すぎやしないか。


「それじゃあ、私もうそろそろ帰るね。おばさん心配するし」

「そうだな、そんじゃこの辺でお開きにするか」

「もう既に一人帰ったがな……」

「細けぇことはいいんだよ!」

「ということで解散!」


 啓司の号令と共に、僕達は手を振り合いそれぞれの帰路に着いた。




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