営業周りは大変なんです
この作品は短編で出していました『(有)者っていったい何なのさ?』の長編改稿となります。
前回完結した『てんやわんやで異世界転移』の主人公が向かった大陸での話となりますが、この話から見ても問題ありませんので気軽にお読み下さい。
心地良い風が吹く午後の時間、甘い花の匂いが運ばれて来る畑の真ん中で、俺は鍬を使い畑を耕している。
周りにいる子供達も自分と同じ様に一生懸命に泥まみれになりながら畑を耕している所だ。
「ピャーッ! 」
背中に背負った赤ん坊が泣き出した! ミルクは飲んだし、オシメかな?
背負い紐を取り外し、赤ん坊を抱えると近くにある木の下で赤ん坊のオシメをてきぱきと外していく。
「んー小さい方か。オシメの予備はあったかな? 」
最近は使い慣れてきた【アイテムボックス】を呼び出して、中に予備のオシメがあるかどうか確認する。
はたから見ると、宙に浮いた黒い穴に手を突っ込んでゴソゴソする変なおじさんだ。
目当ての物が見つかったので(生活魔法)でお股を洗い、汗疹対策にパウダーをちゃちゃっと付けて布のオシメを綺麗に巻いて完成だ。
この間約30秒、いつの間にか慣れてしまった作業に哀愁を感じながも元気に育つコタロウを軽くあやして背中に戻す。
「キャッキャ! 」
泣いた子が笑うとはこの事か? 背中で上機嫌になった赤ん坊を愛おしく感じながら畑に戻る。
「とーさーん。このいしがおおきくてとれないよー 」
子供の1人から助けを求める声がする。
この声はジロウかな? 声のした方向に向かうと8〜9才程度の少年が、石の前でへばり込んで座っている。
「こりゃ大きな石だな。こいつは俺に任して他の所を手伝ってくれ。タロウのところがいいだろう。それ、行ってきな! 」
そう言って立たせると、尻を軽く叩いてタロウの方に向かわせる。
「わかったー。にいちゃんをてつだってくるー 」
そう言って笑いながらジロウは手と尻尾を振って、タロウの元に走って行った。
耳もピコピコ動いているからきっと嬉しいのだろう……
もうお判りだとは思うが、ここは地球ではない。
太陽系、いや銀河系ですらないんじゃないかな?
なぜなら所謂ファンタジーな世界なのだ。
俺はこの世界に(有)者となり5人のコボルトと4人のゴブリン、そして俺がここにくる原因となった1人の悪魔と共に生活している。
自分でも何を言っているかよく分からない。
大体悪魔が勇者を呼ぶなと突っ込みたい。
まぁ俺は(有)者なんだけどな……
真夏の日光が容赦無く降り注ぐアスファルトの道を、俺こと加藤 勝(38才)は次の営業訪問の為に自転車で走っていた。
丁度お昼に差し掛かる頃なので、どこか公園で飯を食うことにしようと考えている所である。
お昼にお客の所に行くのはマナー違反だと思うしな。
お客に向かう途中で良さそうな公園を発見したので日陰になる所を探して見る。
2つある内の1つのベンチには屋根が付いていたので、公園内ということもありそこまで自転車を押して行く。
公園の中では5,6人の子供が遊んでおり、周りに若いママさん達が世間話をしながら子供達を見守っているようだ。
元気な子供達が遊んでいるのを目の隅に捉えながら、コンビニで買った弁当とお茶、そして今回提案するシステムキッチンの設計図を取り出して食べ始める。
設計図を見ながら説明の順序をもう一度おさらいの為、見直して行く。
今の俺は水周りのリフォーム会社で働いており、日々住宅を訪れながら営業販売をしている。
世の中では悪徳リフォーム会社が多い為、玄関口で断られるのが殆どだ。
そんな中、今回のお客は何度か訪ねて信頼を得ることが出来た久しぶりのお客様だ。
その信頼に応えるべく業者と何回も話し合って出来た設計図だ。
これを早くお客に見せてあげたい。
考え事をしながらの弁当が終わろうとした時、足元に小さなボールが転がってくる。
ボールが来た方向を見てみると、先程の子供達が若干不安そうな顔でこちらを見ている。
出来るだけ怖がらせないよう笑顔で軽くボールを返してあげると、子供達の「ありがとうございます」と言う言葉と、ママさん達の軽い会釈が返ってくる。
こんな公園で1人で飯を食うおっさんなら警戒されても仕方がないかなと思いつつ、残りのお茶を一気に飲み干す。
先程の光景を思い浮かべながらお客の元へと自転車を走らせる。
自分も既にアラフォー世代。
あんな子供がいてもおかしくないのだが、現在は独身期間を更新中だ。
どうしてこうなったのかな? やっぱり最初の仕事を辞めたのが原因か? でもあの会社だと精神的にやばかったしな……
今の会社はきついけどやり甲斐はあるし充実している。
でも、子供は可愛いよな……
ママさん達もいい笑顔でいたし、田舎に帰って農業を継げって親父からはよく言われるが、都会の生活に慣れたこの体には小さな島でのネット無し人生なんて到底無理だと思うしな……
嫁さん候補も田舎じゃ難しいし、気分転換に商談が終わったらペットショップにでも寄って子犬でも見て癒されるか。
「…ってなんじゃこりゃー ⁈ 」
余計な事を考えていたせいか、目の前で起こっている異常な現象に気づくのが遅れてしまった。
3m程離れた目の前の空間に、黒い渦のようなものが存在しているのだ!
急ブレーキをかけるが時すでに遅く、勢いのついたまま俺を乗せた自転車は渦の中へと入ってしまう…
渦の中に飛び込んでしまった俺は、前後左右すら分からなくなり、昇っているのか下っているのかすら分からなくなる……そんな状態の中、突然引き寄せられる力に己の身を引き寄せられながら、俺は意識を失う前に自分の無念の思いを叫んでしまう。
「システムキッチンの商談だけは誰か何とかしてくれー! 」
そうして俺の意識は途切れていった……
本日12時に次話を投稿しますのでよろしくお願いします。