《勇者、戦う!》~次はあいつとあいつが現れた!?~
仲間割れまで始まって大混戦! 血みどろの展開が始まる寸前、あの人が現れて…!?
気分的にも戦い的にも、ヒビノワムは圧倒的に押されているようだと、タツヴォラは思った。
回りを見れば、突然現れた騎士とヒビノワムが騎士同士で戦い始めたので、全員が呆気に取られている。
と、タツヴォラと対峙しているボボスが、にやりと底意地の悪い笑みを浮かべる。
「あれは、“愛顔の聖騎士”シューゲン・ハット…。なんだか知らないが、芝居とは思えん…。いくら悪魔の子とはいえ、あっさりと除くことはできねぇだろう」
タツヴォラが、それに気付いて怪訝な顔をする。
「おい、野郎ども! やつら、仲間割れを始めやがった! 今なら敵に悪魔はいねぇ! やっちまえぇ‼」
頭を務めているだけあって、号令の声はよく通る。ボボスの声は広場一帯に響き渡り、聞こえなかった者はいないだろう。
『おぉ~‼』
それに答えて雄叫びを上げる盗賊団、雑魚群。
「コスイやろうめ‼」
そう叫んだのはヒビノワム。
「どうとでも言ってろ、嫌われ騎士ぃ!」
ヒビノワムの心にぐさっと突き刺さる言葉を言って、ボボスがタツヴォラを睨みつける。
「ボウズをさっと片付けて、あの悪魔と聖顔以外を片付け、そして逃げる! これが、ボボスの頭脳経路よ!」
「逃げるってとこはいただけないけど…、賢い選択かな…」
タツヴォラがそう言いながらちらりと後ろを見る。
「タツヴォラ、悪いが援護は期待するな。我らはあの雑魚どもを叩く。絶対にそっちにやったりはしないからそこは安心しろ!」
「安心してね~♪」
双子が頭と勇者の戦いから離れていく。タツヴォラの心の重責が、また一段と増えた。
正直な所、後ろにあの二人が控えていてくれたから、なんとかタツヴォラの中で一握りの安心があったのだ。それが今、正真正銘の一対一。助けてくれるものはもはや誰もいない…。
強く強く、タツヴォラは剣を握りなおした。
「おうおう、みんな元気に頑張り出したねぇ。あたしらもこの辺で決着、付けようじゃないの?」
「ああ、ま、死ぬのは老いぼれたほうだろうがな」
「やかましい!」
ババ…、もといレインのムチがうねりながら伸びる。リアラは、数箇所にあざを作りながら、だんだんとムチへの反応を良くしていた。
「どうした、剣を抜く前に死ぬ気か!?」
シューゲンの猛攻に、ヒビノワムは完全に押されていた。
「騎士殺しは死罪だぞ…!」
「お前を殺せるなら、それもいいだろうさ!」
シューゲンが袈裟に斬り付けるが、ヒビノワムはそれを強引に弾き返し、距離を取る。すかさずナイフが二本飛んでくるが、一本は首をひねってかわし、もう一本は手で掴み取った。
「仕方がないな…」
掴んだナイフを投げ返し、ヒビノワムが剣を抜く。シューゲンは、ナイフをかわした後にも、剣を抜くのを待つようにじっとしている。
「ゼリエル、すまないが剣をかしてくれ!」
ヒビノワムの叫びに、ゼリエルが雑魚を蹴り倒しながら、疑問を抱く前に剣を投げる。ゼリエル自身は、懐から短剣を出した。
「使ってください、ヒビノワム様!」
「悪いな」
キン、自分の剣と受け取った剣をかみ合わせる。
「ヒビノワム様、本気を出す気だな…」
ゼリエルが呟く。飛び掛ってくる盗賊を殴り、イシュエルがそれを体当たりで集団の方に吹き飛ばし、混乱させる。
「そうなのかな~?」
イシュエルが首を傾げる。その間にも後ろ蹴りできっちり一人屠っている。
「二刀流にしたのは、力を落とすためだ。あれなら一刀流の時と比べて、本気を出してもシューゲン様を殺してしまうようなことはないだろうからな。ただ、シューゲン様も相当の実力。逆に自分を追い詰められたのではないか…」
ゼリエルが不安げに言う。その背後を一人の盗賊が狙うが、イシュエルの剣の柄がその後頭部を痛打する。
「大丈夫だよ、ヒビノワム様だから」
「そうだな」
笑みを浮かべて、ゼリエルとイシュエルは盗賊団抑制に全精神を集中するのだった。
「二刀流だったとは驚きだな、ヒビノワム!」
若干の苛立ちを顔に出しながら、ヒビノワムに斬りかかるシューゲン。
左剣で受け流し、右で斬り付ける。
シューゲンがそれを半転してよけ、爆発的な突進力で突きを繰り出す。それを剣の交差で防ぎ止めるヒビノワム。
「手加減できんぞ!?」
「それで死んだらただの間抜けだ!」
剣を薙ぐヒビノワム。それを飛んでかわすシューゲン。その体を捻りながら回転させ、ヒビノワムの背後に着地、斬り付ける。それは体を屈めて上へ弾く。もう一本の剣がシューゲンの腹を狙う。
「くっ‼」
ギィン!
力に任せてシューゲンがそれを下に叩き付けた。だが、ヒビノワムの動きはそれでは止まらない。空いた剣で突く。シューゲンが半身でかわす。今度は叩きつけられたほうの剣を突き出す。これは剣で弾くシューゲン。だが、すでにもう一本の剣が再びシューゲンの喉を狙って突き出されている。
「う、うおおおお‼」
ヒビノワムの猛烈なスピードの突きが隙間なく襲い続け、シューゲンはそれを避けている。
しかし、完全に避け続けているわけではない。喉に赤い線が走り、頬から血が流れ出る。剣を握る手からも血が弾け飛ぶ。
決まるか、とヒビノワムが思う突きを放った瞬間、シューゲンは予想外の攻撃をしてきた。
喉を深めに斬らせるほどの動きでかわし、そのまま前に出て来たのだ。さすがに面食らったヒビノワムは、後ろに跳んだ。
直後、ヒビノワムのいた場所を銀光が駆け抜ける。服の胸部分が裂けた。
そこまで、俺を殺したいのか…。
ふと思ったのはそれだった。
今のは、明らかに死をいとわない行動だった。そうまでして、相打ち覚悟で、自分を殺しに来た。
「シューゲン…」
「ここで、決着を付けると言ったはずだ!」
シューゲンの目には、まるで意志が具体化して表れているようだった。今にも、それが自分に向かって襲ってくるような…。
(お前を、殺すことになるのか…?)
このままならば、そうなるだろう、自分が死ぬか、シューゲンが死ぬか…。
「行くぞ‼」
シューゲンが気合の声を上げた。走り出すシューゲン。
ヒビノワムは、未だ決意が付かない。
逃げるか、逃げてしまうか?
無理だ、と思う。無理なのだ。ずっと戦場では逃げ続けた。タツヴォラの言った“戦場のウサギ”という言葉も、本当のことだ。
しかし、ここでは逃げられない。シューゲンとの決着を、自分の心のどこかで付ける気になっているのだ。しかし戦ってもし勝てば、また戦場に戻ることになるだろう。そして、悪魔に戻ることだろう。例え昔の力を失っているとしても…。
シューゲンの剣が煌いた。自分の手が剣を振り上げる。
「シューゲン!」
「ヒビノワム!」
再び、二人の剣は交わり始めた。
ゼリエルとイシュエルは盗賊を殺すことなく叩き伏せていた。ゼリエルなどは短剣しか持っていないが、そうてこずるほどの盗賊でもない。
イシュエルは楽しそうに、盗賊と戯れているように戦っている。ゼリエルと付かず離れずの距離で、絶対にタツヴォラやリアラの方へは行かせないようにしていた。
「ヒビノワム様…」
見るだけで、心の葛藤が分かるようだった。シューゲンに迷いがないのも分かった。たとえヒビノワムの方が実力は上だとしても、それでは結果は分からない。
しかし、自分に手出しできる戦いでもない。ただ、ヒビノワムを信じて戦うしかない。
「イシュエル、リアラの方はどうだ?」
ゼリエルからでは、盗賊の集団が邪魔でリアラの方は見えない。
「大丈夫、結構傷ついてるけど、善戦してるよ~」
イシュエルが、一人の盗賊の肩に乗って言った。怒り狂った盗賊がその足を殴ろうとするが、イシュエルはひょいと飛んでそれを避け、その盗賊は自らの頭を痛打する結果になった。
「後は、タツヴォラか…」
戦局は整理されてはいるが、必ずしも優勢とはいえなかった。なにより、誰のための戦いかを考えると、劣勢だともいえる。
「死ぬなよ、この程度の戦いで…。勇者なんだろう。お前は?」
イシュエルから飛んできた盗賊一人に膝を入れながら、ゼリエルは彼を見ていた。
何かが来るな、と思っていた。
ボボスの攻撃からは逃げ回っていた。さすがに盗賊として名を鳴らそうと思っただけはある。疲れは見えなかったが、タツヴォラもその動きを見ることができるようになっていた。そうなるまでに、肩を浅く斬られ、腹に横一文字の赤が引かれていた。
「いい加減に逃げ回るのはやめな、ボウズ!」
「じゃあ攻撃するのを、止めてよ」
避けながら、軽口とも言える言葉を吐くタツヴォラ。
「たいしたガキだ! ただのヒビノワムの従者じゃないな!?」
「……」
元々従者ではない、と思ったが、所詮自分は下賎の民だった。まだ騎士の従者の方がいいだろう。
ボボスに、思い出したようにたまに斬りかかってみるが、避けられるか、弾かれるか、そのあとのボボスの反撃を避けるのがかなり困難だった。だから、攻撃するのは恐れていた。
何かが来る、という予感は漠然としたものだったが、頭に血が上るとでもいうのだろうか。今のところ確実なものだった。
ヒビノワムは、あの美顔の騎士と死闘を繰り広げているようだった。リアラは、あの武器屋の裏から聞こえてくる声が聞こえる限り、心配はないだろう。
「どうした、どうしたぁ!?」
リアラが叫ぶ。
ムチは、その無軌道な動きと威力に力を持つ。剣のような綺麗な傷を与えず、その打つ痛みが大きな武器だった。リアラはそれを三度まともに受けた。腫れ上がった腕と足、それに脇腹は今も痛々しく充血しているが、それ以降は直撃はかわしている。射程は長いものの、やはり最大の威力を発揮する部分は限られている。それを狙って、リアラはあまり痛まないように受けていた。無理に避けようとはしない。
「ちっ! ちょろちょろとうるさい奴だね!」
レインがムチを振る。当たってはいるが、うまく直撃を避けているのは、手応えで分かるだろう。
「おらぁ!」
レインが、焦りをムチに伝えて振る。リアラは、その動きの鈍ったムチを避けて肉薄する。
「くっ!?」
だが、レインもムチを遊びで使っているわけではない。猛スピードで戻ってくるムチが、リアラの背後を追う。
「ちっ!」
危険を感じて体を投げ出すリアラ。棘が軽くその服を裂いて、ムチは走り抜けた。
確かに、リアラはレインのムチを脅威にしてはいないが、容易に近付くこともできない。要するに、一進一退だった。
リアラは焦っていた。口調は変わるが、心の底は同じ。タツヴォラが心配だった。できれば、目の前の敵を早急に倒してタツヴォラの援護をしてやりたい。それが、体を前に前にと押し出させる。しかし傷をつけられ押し返され、その繰り返しだった。
なんとか、なんとかこの状況を打開するなにかを…。
そう強く思ったリアラの視界に、あるものが現れた。
レインが最初に使っていた円形をしたあの武器だ。
「……」
リアラが、その方向にじりじりと動く。
レインが、その挙動に不審を感じた。
「何を企んでるんだか!?」
ムチが飛ぶ。ここぞとばかりに走るリアラ。レインが追うようにムチの軌道を変える。
リアラが、目的に向かって飛び込む!
「何を考えてる!?」
レインが叫ぶ。
「甘いんだよ!」
ムチがリアラを捕らえる寸前、腕を突き出す。腕に棘を突き刺しながら巻きついていくムチ。リアラは苦痛に顔を歪めながら、足でそれを蹴り付ける。
レインは、リアラを捕らえて油断していた。飛んでくるものに、若干反応が遅れる。
「円月輪!?」
レインがそれをかわす。体勢は完全に崩れたが、レインはすぐに視線を戻す。戦闘中に敵を見失うことは、死を意味する。
が、遅い。
腕にムチを巻かれたまま、レインの目の前までリアラは肉薄していた。
「ちぃぃぃっ‼」
「死ねこらあああぁ‼」
リアラの剣がレインの体に触れるか否かの瞬間、だった。
突然広がる空間。何もかもが消し飛び、草原が目の前に出現する。
「えっ!?」
一方、斬られると覚悟をしていたレインは花畑に立っていた。ムチなど持っていない。ただ、ふらふらとその一面の花畑を歩いている。その花には一輪一輪顔があって、可愛くお喋りをしていた。
それを見たのは、二人だけではなかった。
タツヴォラの目の前で、ボボスがへらへらと突然笑い出し、斧を落とした。
イシュエルとゼリエルの目の前の盗賊たちが、突然熱い熱いと叫び、眠いといってその場に横たわる。ある者は苦しそうに喉を押さえ、ある者は目を必死につぶって、何かを手探りで探している。
「こ、これは…!?」
それに気付き叫んだゼリエルも、いつの間にか何もない雲の浮かぶ空に立っていた。いや、浮いているのか。地上が見えない、無限の空に浮いているのだ。
「わ、わ?」
イシュエルは、大鳥に乗って空を飛んでいる。雲ばかりの空を、透明な大鳥に乗っている。透明なのに、その大鳥がいることは分かる。
さらには、全く戦いには関係していない、ずっと演説台に座ったままのプギャさえも、迫ってくる滝が目の前に現れ、恐怖に涙を流している。
「まったく……」
広場のまた違う入り口にまた二つ、いや三つの影が現れた。
「ヒビノワム、本気で戦おうとするとはのう」
二つの影の一つ。それは杖を持ち、皺に埋め込まれた目を片方を吊り上げて、苦い顔をしているようだった。
デュデュ・クロック。
勇者鑑定士にして王国魔術育成士であり、王子お目付け役でもある老人だ。
「シューゲンを追ってみれば、案の定これか…」
「あ、あの、お、俺はもういいですか?」
そう言ったのは、ヒビノワムたちを案内した出目金の盗賊だった。彼は目が覚め、再び一応見張りに付くために戻る途中で、入り込んでいたデュデュに見つかって、案の定案内させられていたのだった。
「うむ、まあ、命は取らん」
「や、やっぱり~!?」
そう言った出目金にデュデュが杖を向ける。直後、出目金は口から涎を垂らしながら、えへえへ、と気持ち良さそうに洞窟の奥に消えて行った。
「お兄様が、戦っている…」
三つの影の中の最後の一つ。これは、人間ではない。いや、正確には中身は人間だ。しかし外見は、直立二足歩行の巨大ウサギ。そのはみ出たサーベルタイガーのような牙がとてもチャーミングだ。
「うむ、ヒビノワムを殺そうとしておる。しかしあやつら、わしの術が効かぬほど集中しておるとはな。ヒビノワムならまだしも、シューゲンは本気のようじゃな…」
ふらふらする者やへたり込むもの、ボーっとしているものなどさまざまな人間がいるかなり異様な雰囲気の中で、ヒビノワムとシューゲンは、変わらず甲高い音を立てながら、剣を交え続けていた。
しかし、デュデュの術にかかっていない人間がもう一人。
それは、デュデュの視線の先で、眠そうな顔をしながら一息ついている。
「タツヴォラ、なぜあやつにもかかっておらん…?」
考えられる理由はごく単純なものだが、とても考えられることではない。
デュデュがまさかと見ていると、距離は離れているのに、まるでそれが聞こえたかのようにタツヴォラがデュデュがいる方向を見た。
「あ、じいさん」
「誰がじいさんじゃい!」
もちろん、デュデュには聞こえる。
タツヴォラの足に突然生えた葦が絡まって、彼を倒す。
べちゃ。
「いて!」
顔面をしたたかに打ったタツヴォラは、その体勢のまま、しばらく場の流れを観察することになった。
ヒビノワムの蹴りがシューゲンの腕を跳ね上げる。その勢いのまま体を回転させて剣を振るう。だが、シューゲンはくるりと宙を舞ってかわすと、すかさずナイフを飛ばす。それを片剣で弾きながら突進するヒビノワム。懐に入り、剣を叩きつけるように斬る!
が、剣は空を裂いただけで、シューゲンの姿はない。
「上か!?」
ヒビノワムが叫びながら上を振り仰ぐ。シューゲンは空中でヒビノワムの弾いたナイフを取り、再び投げる体勢に入っていた。
「甘い!」
ヒビノワムがそれより早くシューゲンを突き上げにかかる。
「ちっ!」
体を捻ってそれをかわすシューゲン。
「どうしても俺を殺すのか!?」
着地したシューゲンは、間を置かずヒビノワムに斬りかかる。
「お前のせいで、何人の人間が犠牲になった!?」
「……」
シューゲンの剣を受けるヒビノワムは返す言葉も発せず、ただ軽いシューゲンの体を押し飛ばす。
「いや、騎士として、人の命を奪うこともある。それは私とても同じ! だが!」
足を踏ん張り耐えて、シューゲンが再度斬りかかる。
「お前は、我が妹、シュールから言葉を奪った‼」
ガキィン……!!
鍔ぜり合いになって近付いたシューゲンの顔が、色んな感情を浮かべていて、ヒビノワムは何も答えられなかった。
「じゃが、このワシが与えたじゃろう?」
観戦していたデュデュが、眼光鋭く光を放った瞬間、シューゲンの視界が真っ暗になった。
「うっ!?」
「こ、これは!?」
同時にヒビノワムの視界も闇に包まれている。
「デュ、デュデュ様…」
しばらくの後、ヒビノワムがそう言うと、術は解けた。目の前に白い大きなウサギが立っていたので、ヒビノワムはどきりとした。
「お兄様、私のために戦うのは止めて下さい…! デュデュ様の言うとおり、私はこうして話すことができます」
「シュールか…。それは、それはデュデュ様に魔法をかけていただいたわずかな時間のみだろう!? ずっと、ずっと話していることはできない…、デュデュ様が遠くにおられればずっと話すことはできないのだぞ!? その着ぐるみだって…」
「それでも、ヒビノワム様が死んで治るものとも限りません!」
シリアスな場面だが、ヒビノワムには巨大ウサギの背しか見えない。
「あいつのせいで、この国の気候や風景は変わった…!」
「もうみんな慣れてしまっていますよ!」
「あいつのせいで、あのとき罪のない人間がたくさん死んだんだ!」
「あれ以来、ヒビノワム様は一人も殺めてはいません! 戦場でも、逃げてばかりだと聞きます!」
「シュール、今がどうであれ、過去は消せないんだぞ!?」
「お兄様…」
そんなことを言うつもりはないのだ。シュールは、それが痛いほど分かっていた。自分の兄の心の優しさを知っている。一番ヒビノワムの事に関して傷ついているのは、シューゲンだということも。
「シューゲン、ここでヒビノワムを殺したとしても、何にもならん」
近付いてきていたデュデュが、言葉の奥に力を込めて話をする。
「ヒビノワムは、今は悪魔と呼ばれてはおらんし、情けない毎日を送っておる」
「ですが…」
「なに、今すぐはなんの意味もないとワシは言っただけじゃ。今、こやつは新しいことを始めておる。勇者の育成をな。それが、今のヒビノワムを表す結果を生み出すじゃろう。そのとき誅すれば、意味は大いにある。正義の鉄槌ということでな」
「…」
「じゃから、それまで待ってもよかろう? 盗賊とて、盗賊を始める前は、無実な人間なのじゃからな。ヒビノワムの罪は大きすぎて、誰も気付いてはおらぬ。人々が罪と認めて初めて、シューゲンのやろうとしている行いに意味が表れるのではないかのう?」
デュデュの言葉は、シューゲンの真っ直ぐ鋭く向かっていた心を、横から膨らませた。向きは変わらずとも、他の方向にも気が行く余裕を持たせた。
「勇者、育成…」
「そうじゃ、あそこで立ち聞き、いや倒れ聞きしておるあやつが、その候補らしいぞ」
「タ、タツノオドシゴ・ヴォラグラム……」
これまたシューゲンの心に複雑な形で存在している人間だが、シューゲンの中で、決意は固まっていたようだ。
「よし、ヒビノワム。見せてもらおうか、お前の選んだ勇者とやらが本当に世界を救うことができるのかどうか。お前が、自分のために一つの力を育てようとしているのではないということを、証明して見せろ」
「一つの力、ねぇ…」
ヒビノワムが振り向くと、そこには眠そうな顔に軽く笑みを貼り付けた勇者候補が、足に葦を絡ませて匍匐前進の構えを取っていた。
「話し、終った? じい、じゃなかった、デュデュ、これ解いてよ…?」
「ふん、頼りがいのある勇者じゃのう、ヒビノワム?」
「……」
相変わらず何も答えられない、ヒビノワムであった。




