《遂に突入、勇者一行!》~奴と奴が現れた!?~
盗賊団のアジトに潜入するタツヴォラ一行。そこに待ち受けていたのは盗賊だけでなく、彼や、彼の存在でありましたさ!?
アジトの唯一の正面入り口を見ると、かなり守るに適した砦と言えたが、配置された見張りの数が三人というのが失敗だった。
ゼリエルとイシュエルが音もなく二人を気絶させ、それに気付いて仲間に知らせようとした残り一人を、ヒビノワムが捕らえた。
「案内、してくれるな?」
「ひ、ひぃ」
かなり怖がっている盗賊の首根っこを掴んで、ヒビノワムが奥へと押しやる。
「それにしても、なんでこんなに無防備なんだ? 盗賊だから誰も押し入ってくるわけない、なんて考えじゃあないんだろ?」
ヒビノワムの嘲るような言葉に、その盗賊はただ一言、
「今は演説の時間なんだよ……」
そう、言っただけだった。
「?」
その言葉の意味を知るものが五人の中に理解できる者がいるはずもなく、ただ進んでいくのだった。
「意外と奇麗だな~」
タツヴォラが、ぽつりと感想を漏らす。
「そうですね」
リアラがタツヴォラに微笑みかけながら答える。
盗賊のアジトにしては、確かにさっぱりしていた。情報通り確かに道は入り組んでいたが、床は平坦にしてあるし、壁も奇麗に削ってあり、柔らかい部分なのか、所々コンクリートで舗装さえしてある。
「お前、俺達を罠まで誘い込んでいるんじゃなかろうな?」
「め、滅相もない! 第一、俺はあんたに捕まってるんだから、俺も巻き込まれちまうじゃないか!」
「自分ごと仲間のために、ってこともあるが?」
「お、俺がそんなにいい奴に見えるか!?」
その台詞にヒビノワムはいったん立ち止まって、その盗賊の出目金のような顔を見る。
「ま、その辺は安心だな」
「……」
盗賊にとっては複雑な心境だろうが、その顔を見たタツヴォラもリアラも、実はヒビノワムと同じ意見だった。ちなみに双子のプラダ兄弟は左右と背後を警戒しながら、少しタツヴォラたちよりも後を歩いている。
と、今までと違った雰囲気の曲がり角が一行の前に現れた。
「そこを曲がったら、いつもみんなが集まる広場になってんだ」
「広場、か?」
「ああ、今はそこで演説を聞いてると思う」
再び耳に入る演説という単語に、顔を見合わせる三人。
「まあ、とりあえず行こう。イシュエル、ゼリエル、後方の警戒はもういいから、俺の後に付け」
「はっ」
「あの~、それで俺は一体……?」
ここにきて気付いたらしい、盗賊がヒビノワムに恐る恐る尋ねる。
「おお、お前はよくやってくれたからな」
「え、あ、はは」
以外に素直に盗賊から手を離すヒビノワム。
「ま、命までは取らないよ」
「へ……」
その腹に、腕がめり込み、出目金の口から液体が飛び出た。
「……どうやら鉄砲魚だったらしいな」
そのコメントに、タツヴォラとリアラは思わず噴出していた。
「僕らは、一人一人の人間なのです! 平等で、かつ自由を持っているはずです。だから、盗賊をする人間がいて、財をとられる人間がいる。これも、一つの自由であり、平等なのです!」
そんな声が聞こえてきたのは、曲がり角を曲がって、出目金(鉄砲魚?)盗賊が言っていた通りの広場を目にしたときだった。曲がり角の先は真っ直ぐな階段になっていて、広場側の壁がその途中から途切れている。ただ、角度的にまだ広場の半分も見ることはできない。
聞こえてくる声は、かなり自分勝手な、まさに盗賊の言い分という感じだが、これが出目金の言っていた演説なのだろう。
だが、そんなことよりタツヴォラには、一つ気になることがあった。
(どこかで聞いたことのある声の、ような……?)
「ゼリエル」
「はい」
ヒビノワムの呼びかけに、ゼリエルが壁の途切れまで走り、広場を覗く。
「確かに盗賊が集まっています。数は四、五十というところですが、なぜか全員が一方を真剣に向いて大人しいのです」
ゼリエルの言葉に、今度はヒビノワムが覗く。
「何やってんだ、あいつら?」
「さあ?」
「多分、今聞こえている演説に聞き惚れているのでしょう。しかし、演説者はここからでは見えませんね」
ゼリエルの言葉に、ヒビノワムはわずかに首を傾げるのみだ。
「平等ということは、自由ということは、一人一人に何かをする権利があるということです。たとえば、この盗賊団の方針に不満があれば、首領を実力で倒し、自分がそれに変わることも可能なのです! そして、盗賊団の中で勇者と名乗る人間が出ても、それは誰にも責めることはできないのです!」
「ちょっと待て、あの声、どこかで聞いたことないか?」
演説の声に、ヒビノワムが反応した。タツヴォラの片眉がぴくりと吊り上り、ヒビノワムの体は即座に動いていた。
「あ、ヒビノワム様!」
イシュエルが小さく叫ぶ。ヒビノワムが、階段を降りておっぴろげで盗賊団のほうへ向かったのだ。
「僕らも行こう」
タツヴォラがそれを追う。続いてリアラ、ゼリエル、イシュエルと続く。
盗賊は、ヒビノワムたちが近付くことに一向に気付く様子もなく、ただ一点を呆けたように眺めている。座っている者もいるし、立って寄り合っている者もいる。
「おい、タツヴォラ。あいつ、見たことないか?」
「え?」
おかしなことに、五人は盗賊の最後尾のまるで盗賊の仲間とでも言わんばかりに紛れ込んでいた。
やはり盗賊全員が、一人の人間の演説に聞き惚れていたのだった。
そしてさらに、タツヴォラは目にする。
「あっ!?」
リアラが思わず声を上げる。
さきほどの場所では見えなかったのが納得できる。恐らく演説台のためであろう、わざわざ壁をくり抜いて、少し高い台が奥にはめ込んである。
そして、そこに偉そうに立って演説していた人物、それは…。
「僕は、この盗賊団に、未来を感じます。そして、幸せを。きっと、みなさんは分かっているでしょう。この世には、劣っている、優れている、愚かだ、賢いなどという差は実は存在しないの、で、す……?」
演説が、鈍る。演説者が、こちらに気付いたようだ。
「プ、プギャ……?」
そう、プギノヤヌス・ヤーディス。タツヴォラが、勇者として勇者鑑定士に認めさせた人物であった。
「おお、そうだ、あいつだ」
ヒビノワムは、ぽん、と手を叩く。タツヴォラに聞いたのは確認のためではなく、本当に覚えていなかっただけのようだ。
「タ、タツヴォラ……!?」
遂にプギャが声に出した。その明らかな動揺に、盗賊全員が振り返る。
「あちゃぁ、ヤバイな、これは」
「プギャ、なんでそんなところに!?」
タツヴォラが叫ぶ。一般市民から勇者、そこから盗賊へと身を堕とすなど考えられるだろうか。
なぜ盗賊になってしまったのか。いや、それは早い判断だ。まだ、盗賊になったわけではないかもしれない。何か理由があって、脅されるなどして、仕方なくここにいるのではないのか。
タツヴォラは、一種のパニック状態にあった。
運命に翻弄されるプギャは、まるで自分の姿のようだった。貧困に苦しみ、ひょんなことから勇者になる。しかし、目の前の似たような人間は、こうして犯罪者の一員になろうとしているのだ。
自分もこうなるかもしれない。自分もいずれ、いやすぐに、こうなるかもしれない……。
「タツヴォラ、下がれ!」
ゼリエルに押されるようにして盗賊の塊から距離を置くタツヴォラ。いつ盗賊団が攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。まさに一触即発の状況にあった。
「さあ、どうするんだ、プギャ? タツヴォラはまだお前のことを心配しているようだぞ?しかし俺達はここを潰しに来たんだ。お前が盗賊を名乗るなら、お前ごと叩き潰す!」
その言葉はまさしく宣戦布告だが、その威圧感に盗賊は動けないでいる。
だが、残念ながらプギャはヒビノワムの渾身の威圧に何の反応も示さず、ただ演説台の上で脚を内股にして泣きそうな顔をしている。それもそのはず、彼の視界には、彼をもっと追い詰める状況が拡がっていたのだから。
「タツヴォラさん、大丈夫ですか!?」
リアラが、珍しく顔を歪ませるタツヴォラに心配そうに話し掛けている。腕を掴み、揺するようにして呼びかける。
「あ、あれは…、あの子じゃないか…、なんで、なんで…?」
震えるプギャの足。もっともタツヴォラはそれには気付かず、ようやくリアラの存在に気付いたようにその手を握る。
「だ、大丈夫、大丈夫だから」
「手、手を握ってるぅ!?」
リアラは、タツヴォラが大事な親友が盗賊に身を堕としているのがとてつもない衝撃で、ここまで動揺しているのだと思っているし、誰一人として思いを通わせているものがこの場にいないというなんとも不思議な状況を作り出していた。
「プギャさん、どうして、どうして盗賊なんかになってしまったんですか? あんなによくうちに買い物に来てくれたのは、そのためだったの?」
「え…」
プギャは、リアラの口調よりも、リアラに話しかけられた、ということで少なからず舞い上がった。リアラの非難の口調に気付かず、舞い上がってしまったのだ。
「どうして、そんなひどいことをするんですか!? タツヴォラさんが一生懸命にあなたのことを考えているのに、あなたはそれを裏切ったんですよ! あなたは、最低です!」
「え、えへへ…へ?」
最、低…?
時が、止まった。
「う、うわ~~~~ん‼」
ドキリ、とした。それは、その場にいた全員だ。四、五十人いるのだ、きっと全員の心臓の鼓動が合わさって、外部に漏れるほどの音を生み出したに違いないが、それは確実にプギャの泣き声に掻き消されていた。
「だって、だって! どうせ僕はドジだし、デブだし、のろまだし、おっちょこちょいだし!いつもお父さんとお母さんは僕のせいでケンカするしぃ! そんな僕が、勇者になれるって、そんなおかしな話ないって、わかってたけど、でも!」
遂には涙と鼻水のコンビネーションアタックまで発動させながら、プギャが叫び続ける。
「それでも、きっと僕は変われるって、でも王様は僕が踏んで、それで…! もっと、もっとかっこいい所見せて、仲良くなれると、思ったのに~…。う、うう」
涙をぐしぐし拭きながらも視線は外さないプギャ。彼の見ているのは、手を握り合ったタツヴォラとリアラ。
「それなのに~‼」
何か訳の分からないこの場の展開に、誰しもが閉口し、よく状況を理解できないでいる。その中で、タツヴォラだけはこう思っていた。
(あ、こいつがいるから俺はまだまだ安心だ。こんな人間だって、いるんだから)
と。先ほどまで混乱していた頭が、すうっと軽くなるのをタツヴォラは感じた。その顔には、薄い微笑さえ浮かんでいる。
「それでプギャ…」
タツヴォラがプギャに今後について話しかけようとした瞬間だった。
「それであんなに泣いてうろついてたってわけかい、お前は?」
後ろから、別の女の声が響いた。
思わず振り返る一行。その時タツヴォラは垣間見た。盗賊たちの目に輝きが増し、その顔に笑顔が宿ったことを。
「姐さん!」
“グラマラス・ガール”。
まさに盗賊団の名前を体現しているような女性がそこに立っていた。背は女性にしては高く、赤色の髪を高めのポニーテールに留めている。肩と腹を出した半袖のボディースーツとこれまた小さい皮製の上着、スレッドの入ったロングスカートは、共に真紅に統一され、その手にはめたレザーグローブが攻撃的な雰囲気をかもし出していた。
「あ、姐さん!?」
「あれ、ビッグさんの言ってた…」
「棘の美女…」
確かに、レザークローブの手首の部分から棘が生えている。それに、明らかに美女だ。これ以外に棘の美女がいたとして、一体何人美女が出て来れるというのか。まあ、一人異様に喜んでいる人間がいるが。
「奇麗な尻」
当然、ヒビノワムだ。
「お姉ちゃん…」
「「「えええええええ!?」」」
ヒビノワムとリアラ、そして柄にもなくタツヴォラが叫ぶ。しかし、驚いても何の不思議もない。まったく似ているように見えない棘の美女を、プギャが姉と呼んだのだから。
「ったく、私も家ほっぽいて盗賊になったのは悪かったけどさ、突然あんたが城下町から出てきたときには驚いたよ。しかも、盗賊団に入りたいなんていうし」
「だって、みんな僕みたいだったから…」
「堕ちこぼれ集団…」
ぼそ、とタツヴォラが言う。が、場の全員に聞こえているのはお約束である。
「て、てめぇ、俺達が堕ちこぼれだとぉ!?」
遂に演説を止められた時から溜まっていた盗賊たちの怒りや不満が爆発した。
「大体、てめえらなんだってんだ!? 勝手に人んち土足で上がりやがって‼」
「じゃあ、お前らも靴脱げよ」
すかさず突っ込むヒビノワム。もちろん、靴を履いていない盗賊など一人もいない。
「うるせぇ、のこのことたかが五人で来やがって! ぶっ殺してやるぜ‼」
盗賊が遂に盗賊らしいことを始めるかと思えたその瞬間!
「止めやがれ、お前ら!」
一際大きく、そしてドスの利いた声が、広場一面に響いた。
「お、お頭!?」
盗賊が動きを止め、声のするほうを向く。そこに、髪の薄い、プギャの姉と同じほどの身長のごつい男が立っていた。どうやら、お頭が登場したらしい。
「お頭、いつの間に!?」
「お頭、遅いですよ!」
盗賊たちの言葉に、プギャの姉の横にずいと出てきたお頭は、
「バカタレぇ‼ 俺はレインの後ろにずっといたろ~が‼」
実はプギャの姉が登場した瞬間からいたのだが、誰も気付かなかったらしい。ちなみに、彼女の真後ろに隠れて見えなかった、ということはない。真後ろでなく、斜め後ろに立っていたのだから。
「き、気付かなかった…」
「もっと存在感を出してくだせぇよ、お頭ぁ?」
「やかましいわ、お前らは‼ ここは少しシリアスなとこなんだから黙ってやがれ!」
へぇ~い、と盗賊から了解の声がひょろひょろと飛ぶ。
「ったく! で、あんたら見たとこ騎士とその従者ってとこだろう?」
「……まあ、今はそんな所だな」
盗賊に囲まれかけていたヒビノワムは、その影から声を出す。
「俺達は、テラメッチャに対して悪事を働いているわけじゃねぇ。ほとんど隣国のペメレッハを標的にしてんだ」
「まさか、お前らのせいで……!?」
「…? 何が言いたいのか知らないが、そういうわけだから、この国の騎士に捕らえられるいわれはないんだよ。早急に帰ってくんな!」
しかし、ヒビノワムは笑みを浮かべる。酷薄で、壮絶な笑みを。
「それはできない相談だ」
「なぜだ?」
「元々、俺達は簡単に言えば武功を立てるためにここに来たからさ」
「な、なんだと!? たった五人でか!?」
「さらに大きな理由ができちまった。お前らのせいで、今この国がペメレッハの攻撃を受けているのかも知れない、という重大な理由がな…」
「へぇ~」
と、タツヴォラ。彼は少し、ヒビノワムの思考力を見直した。蟻から、カメレオンくらいに。
「そ、そうだったんですか!?」
予想を越える事の重大さに驚いているリアラ。
「ヒビノワム様…」
イシュエルとゼリエルは、複雑な心境だった。彼らの知る、昔のヒビノワムのように見えたからだ。それは、のんびり安穏とした男ではなく…。
「て、てめえ、じゃあ鼻からやる気だってんだな!?」
「やっちまいやしょうぜぇ、お頭‼」
「そうだ、構うこたぁねぇ、たこ殴り殺しだぁ!」
盗賊からまともではないヤジが飛ぶ。お頭も少しピリピリきているようで、
「さっきから見えないところでくっちゃべりやがって‼ 顔を見せろ‼」
と、怒号を撒き散らした。
す、と素直にヒビノワムが盗賊の囲みを抜け、前に出る。
「てめえが頭か!? やっちまえぇ!」
「うおおおぉぉ‼」
「は、はわわわわ…! ま、待て待て待て~‼」
何かに気付いたようにお頭が手を口元に運んで叫ぶ。その顔は蒼白、その眼は飛び出んばかりに見開かれている。これにはさしものプギャの姉のレインも非難の眼差しをお頭に向ける。
「お、おととと。こ、今度はなんですかい、お頭!?」
「そうですぜ、何をまだ我慢我慢することがあるってんですかい!?」
どうでもいいが、先ほどからこの盗賊団、主役よりも随分セリフが多い気がする。ちなみに一応主役のはずのタツヴォラは、ヒビノワムを見て顔色が悪いお頭を見て、のんびり事の成り行きを見守っている。
「そ、そいつは…、い、いや、あんたは、な、なんとあなた様は…!?」
「なに言ってんのさ、ボボス?」
レインがあまりのおかしな口調に苦笑いしながら問いかける。ちなみにお頭の名前はボボスらしい
「あ、“悪魔の子”、ヒビノワム‼」
「はぁ?」
間の抜けた相槌を打ったのは、タツヴォラだ。ヒビノワムのどこをどう見て悪魔の子なのか? 確かに、婦女子にとっては悪魔のような奴だが、まさかボボスがそれに驚いているわけでもないだろう。
「逃げるものを容赦なく討ち、敵味方を問わず殺戮を楽しんでいたという、ヒビノワムだ!」
ボボスの震える指がヒビノワムを指差す。
「ほ、本当なの、それ?」
「あ、ああ。そのあだ名でそいつが通っていた時、お前さんはまだ十にもなっていなかったろうからな。知らなくて当然だ」
レインの問いにそう答えて、ボボスはじりりとさがった。
「古い話だな、十年以上前の話じゃないか?」
ヒビノワムが口の端を吊り上げて笑う。今の話の後でその笑顔を見ると、恐ろしく感じられるのが人間の不思議だ。
「……」
双子のプラダは、複雑な顔をしながらそのヒビノワムを見ている。リアラは、ただ話に驚いているようだ。
「確かに古いね。今では“戦場のウサギ”だもんね?」
だが、その鳥肌の立つような雰囲気も、タツヴォラがいともたやすく破壊してしまった。
「な、お前、なんで知ってる!?」
ヒビノワムが焦ったようにタツヴォラに食いかかる。
「さぁ、ね?」
「こ、この~‼」
「ホントにホント?」
レインが再びボボスに尋ねる。
「…た、多分」
自信喪失。
「い、いいや、やっぱり確実だ! 自称、“テラメッチャ騎士マニア”であるこのボボス! 史上三本の指に入る有名さのヒビノワムだ! 俺が間違えるわけがねぇ!」
えらいマニアがいたものだが、それが本当だとすると、大変なことである。この場の全員、殺されてもおかしくないのである。
しかし、どうも信じられない。その当人は、従者と思しき少年と子供のように追いかけっこをしている。とてもそこまで恐ろしい人間とは思えないのだ。
「ヒ、ヒビノワムさんよ~‼ で、どうすんだよ! このグラマラス・ガール、黙ってやられはしねぇぜ!」
「おお、そうだった。あんた、ここの頭だろう? そこの眠そうな顔をしてるやつと戦ってやってくれ」
ぴくり、とタツヴォラの眉が動く。遂に来た、と思った。
「はぁ?」
「別にそのアホがやられても俺がしゃしゃりでたりはしない」
「ってことは、一対一でやれ、ってことか?」
「ああ」
これは、ボボスにとっては限りないチャンスである。相手に指名されたのは体格がいいわけでもない、目に炎を浮かべたわけでもないガキだ。ただ心配なのは…。
「絶対だな? 絶対、あんたは俺には手を出さないんだな?」
「ああ、絶対だ。今の俺は約束守る。騎士マニアのくせにそんなことも知らないのか?」
「よっしゃー‼ お前ら、そいつらやっちまえ~‼」
『は!?』
盗賊の中から疑問の声が上がる。
「やっちまえってんだよ!」
「お、お頭、そいつはお頭には手を出さないってんでしょ!? 俺たちには…」
「俺さえ無事なら何とかなる!」
どうやらボボスはなかなかの木っ端悪党らしい。もしかしたら、ヒビノワムの名があまりにも彼に強く押しかかり、気が動転しているのかもしれない。その証拠に、若干目が泳いでいる。
「な、なんてひどい頭だ!」
「そんなあんたに俺達、付いて行きやすぜ~‼」
よく分からないが、盗賊の話は突っ込みどころ満載のまままとまったらしい。
「久々に十分体を動かせるわけだね」
レインが言う。
「おら、プーギー、この戦いが終るまでに考えときな! これからどうするか、どっちに付いて生きていくかをね!」
相変わらず話に置いていかれる運命にあるプギャは、姉の言葉にびくりと肩を波打たせて、演説台の上にへたり込んだ。
「わ、分かった……」
それは、とても小さい声だったが、レインは聞こえたかのように、満足げに微笑んだ。
「さあ、私の相手は誰がしてくれるんだい!? そっちの双子か、それともヒビノワムか!?」
「リアラ、イシュエルと一緒にあの姐さんの相手をしてくれ! ゼリエルはタツヴォラを見ていてくれ! 俺は細かく動くのは苦手だからな」
「分かりました」
タツヴォラを見る、というのは、彼が死なないように援護してやれ、ということなのだろう。ヒビノワムの短い言葉でゼリエルは理解した。手助けももちろんしてはならない。
「タツヴォラさん、頑張ってくださいね」
リアラがタツヴォラの手を両手で握った。
「う、うん、頑張らないと、死んじゃうからね」
少し引きつりながら、無理やり笑みを浮かべるタツヴォラ。リアラは、そのタツヴォラを少し目を細めて見つめる。
「頑張って……」
「うん」
タツヴォラのもう片方の手も、三本の手に重ねられる。リアラの手は細く、とても武器を扱うような武骨さはなかった。柔らかく、暖かく。
それを見て、再び涙を流す男もいる。なぜこんなことになったのか理解しようとする前に、とりあえず泣き続けるプギノヤヌス・ヤーディスであった。
「イシュエルさん、あなたもタツヴォラさんの助けになってあげてください」
「え、でも……」
「お願いします」
「……うん、分かった」
イシュエルが、ゼリエルの方へ駆けて行く。一度、心配そうな顔をして振り返ったが、後は立ち止まることはなかった。
「まさかお嬢さん、あなたみたいなか弱い女の子が私の相手をしようってんじゃないわよね?」
「はい、そのつもりです」
「ほう、この私もなめられたもんだねえ、獣人とはいえ、女ガキ一匹で相手できると思われたんじゃぁねぇ!」
リアラが黙って、腰にかけてあった剣を抜く。その瞳に、何か違う光が宿った。
「やかましいってんだよ、ババア。御託はいいからかかってこい、ボケが!」
「な……!?」
突然豹変したリアラ。それは、レインの神経を逆撫でするのに十分だった。
「その顔、ずたずたに引き裂いてやる! このガキ!」
「やってみろ、厚化粧!」
たん、とリアラが地を蹴る。走り始めた、のだが一足飛びですでにレインと間近の距離。
「うっ!?」
ひゅん、と剣が音を出して空気を薙ぐ。
「どうした、もう足腰弱ってんのか、おお!?」
「くっ、ガキが!」
リアラがすかさず繰り出した突きを体を捻ってかわして、その勢いで回し蹴りをお見舞いするレイン。リアラはそれを難なくかわして一旦後ろに跳び下がる。
「さすがは獣人だねぇ、声から姿、動きまで獣だ?」
「さすがは年増のオバハンだねぇ、動きから化粧から服装まで、全部無理してるわぁ」
ぎっ、とレインの歯が軋む音が聞こえたのは、錯覚ではないはずだ。
「黙りな、蛮族が!」
レインが上着の中に手を突っ込みながら駆け出す。
「蛮族は誰が見てもそっちさ!」
剣を振り上げながらリアラがそれに応じるように走る。
ギィンッ‼
金属の弾け合う高質な音が響く。レインが手にしているのは右手に短剣と、左手に円形の一部を取っ手にしたナックルのように使う武器。
相手を探すようにレインの左腕がリアラを襲う。が、レインの視界から消えるリアラ。いや、右手の短剣を受け止める剣と腕は見える。
レインは背に蟻が走ったと思える感触を味わうのとほぼ同時に左手を上に突き上げる。が、遅い。
背に衝撃。
「ぐっ!?」
リアラは、自分の武器を持つ手を支点にしてレインを飛び越えたのだ。レインの攻撃を予想しながらの行動であり、それは恐るべき脚力と経験からの予測能力を表している。
「くっ、どうも頭は軽そうだと思ったけど…」
「ふん、てめぇは尻が軽そうだな」
その瞬間、レインの表情が鬼のように変わった。
「殺してやる!」
「やってみろ、老い先短いババア!」
再び金属音が、あたりに響いた。
「あ、あれ、どう思う…?」
「す、凄い、な…」
「凄いねぇ~」
タツヴォラ、ゼリエル、イシュエルだけではなく、その場にいる一同全て、その戦いに短からず見とれていた。
「さすがだな、お前らの姐さんは?」
ヒビノワムが自分の目の前にうじゃうじゃと存在する盗賊団に話しかける。
「そ、そうさ、姐さんは強ぇ!」
「あんな小娘に負けるわけがねぇ!」
「で、でもあの娘もけっこう姉御気質が…」
「なにぃ! てめぇ、裏切る気か!?」
「けっ、お前だって今さっき獣人もいいなぁ、なんて呟いてたぜ!?」
「う、うるせぇ‼」
場の状況に合わないとんちんかんな言動を取り始めた盗賊団に、思わずヒビノワムは額を抑える。なぜかいつかのどこかでの光景を思い出しそうだったからだ。もっともその主原因の奴らは、こんな大人数ではなく、少数精鋭部隊(?)だったが。
「で、どうするんだ、お前ら? ここで成り行きを見守るか? それとも…」
「そうだな、じゃあ…」
盗賊の一人がヒビノワムに相槌を打つ、と見せかけて、その中の一人がヒビノワムに踊りかかる。
「あんたの悪魔具合、試してみるぜ~~‼」
「全員一致だな!」
そう言ったヒビノワムの声が、顔が、快喜に動く。
突出した一人を蹴りつけ、そのままその腹に乗るようにして前に跳ぶ。すでに手には鞘に納まったままの剣が握られている。それが、飛び込んだ集団の一人の頭を殴りつけ、そのまま回転させると、4,5人が一気に吹き飛ぶ。さらにそれが後ろを巻き込み、一瞬見渡しが良くなった。
それでも臆さない一人がヒビノワムの背後から盗賊の標準装備である斧で斬りかかる。それを振り返りもせずに後ろ蹴りで吹き飛ばし、やっとその方向に振り向いて追撃をかける。力任せに拳で殴り、振り回すように靴裏で蹴り倒し、剣の鞘で叩き伏せる。
「ま、待った、待った、待った~‼」
「…なんだ?」
「ギブ、ギブ! 俺たちゃ、別に悪魔と戦いたいわけじゃねぇんだ。ただ、あんたがどれだけ強いのか試してみたかっただけなんだよ!」
「…じゃあ、どうするんだ?」
「一緒に観戦しよ?」
図太い声が気持ち悪い口調で言ってきた。ヒビノワムは一瞬殺意と共に言った奴を探し出して馬で引きずり回した上、殴り殺し、息を吹き返させて再び海に沈めてやりたいという衝動に駆られたが、なんとかそれは抑えた。
「ま、いいだろう。俺も別にお前たちを絶滅させに来たわけじゃないからな」
というわけで、ヒビノワムと盗賊雑魚集団は休戦とあいなったのである。
一方、タツヴォラは目の前のごつい男と対峙してからというもの、全く動きを見せていなかった。
(どうしよう…)
これが一番である。
(双子がバァッ、と誰にも見られないようにやっちゃってくれないかな)
これが二番である。
(もういいから勇者止めようかな)
これが三番である。
(これ終ったら何食べようかな)
これが四番である。
(おけ…)
キリがないのでこの辺で打ち切るが、とにかくしょうもないことをタツヴォラは必死に考えている、ようで目の前の盗賊団のボス(ボボス)をどうやって倒すか懸命に考えてもいた。
「どうした、タツヴォラ。向こうが仕掛けてこないなら、お前が行くしかあるまい。これはお前があいつを倒して初めて勝利と言えるのだからな」
「わ、分かってるよ」
先ほど、というか今も、リアラとレインが激しい戦いを繰り広げている。それを見て、士気上昇、ということもない。むしろ萎えるだけだ。
(盗賊団の上だとしても、さすがにボスの方があのプギャの姉貴より強いんだろうな…。だったら、僕にはどうしようもないんじゃないの?)
実際、考え込んだ後、答えはここに行き着く。
「へ、へへ、ヒビノワム」
ボボスは時々ヒビノワムの名を呼んではへらへらしている。完全にこちらをなめ切っているのだろうか。微妙に視線が泳いでいるような気がするが、あれは作戦かもしれないなとタツヴォラは思った。
「おらぁぁぁぁ‼」
「この、バカ力!」
ちらりとタツヴォラが視線を変えると、相変わらずリアラとレインの戦いは続いている。どちらかというとリアラのほうが優勢のようだが…。
リアラがレインの短剣を弾く。レインの円形ナックルがリアラを襲う。それを見事にレインの腕を蹴り付けて止めるリアラ。回転しながらリアラの剣がレインの胴を薙ぐ、前にレインはしゃがんで力を溜めている。
「はあああぁぁっ‼」
「甘いってんだよぉっ‼」
ナックルと短剣を交差させながら爆発的な速度で下からリアラを突き上げようとする。それを受けるリアラは、剣を翻して、それに鉢合わせるように斬り上げる。
ギィン!
何度目かの甲高い音。しかし一つ違うのは、レインのナックルが消えているということだ。
「ちっ!」
弾かれて地面に落ちたナックルに目を向けることもできず、レインはただ舌打ちする。
「諦めろよ、オ・バ・サ・ン?」
「やかましいぃぃぃぃ‼」
弾き上げられた腕、それが持つ短剣を力任せに振り下ろすレイン、が、リアラの注意はそちらにはない。
レインの空いた左手が、上着の中に突っ込まれたのだ。
何がでてくる?
そう本能で警戒しながら、再度レインの短剣を交錯する。ナックルの二の舞に弾かれて飛んでいく短剣。
が。
ひゅん。
なにかが空を切る音。
「なっ!?」
驚愕したのはリアラ。弾かれてレインのはるか後方に飛んでいったはずの短剣が、目の前に存在していたのだ。しかも自分に刃を向けて、突き刺す勢いたっぷりに。
ぎりぎりで剣で叩き飛ばすリアラ。しかしその足に痛烈な痛みが走る。
「つっ!?」
思わず前方に転がるように体を投げ出す。
ひりひりと痛み続ける足を見れば、薄手のズボンが引き裂かれ、そこから見える肌は血を流して腫れていた。
「あら、あんたみたいなガキでも赤い血なのねぇ? あたしはてっきり乳のような色をしているのかと思ったよ?」
「やっぱりババアだな、お前は? 今時ちちなんて言葉を使うのは追い先短いご老人くらいだってんだよ!」
痛む足を庇いながらもレインに突進する。
が、剣の間合いに達する前に、視界に走る影。
「こ、れはっ!?」
頭より先に体が避けるように動く。それでも遅く、腕に激しい痛みが走る。思わず触れると、そこは麻痺してぴくぴくと痙攣していた。
「ムチ、か?」
「当たり♪」
「あんたが可愛げのある声出そうとしても無理だぜ?」
「ふん、冷や汗掻いてなに言ってらっしゃるのかしら、色気も何もない獣ちゃんが!」
ひゅひゅん、と目に捉えられないほどのスピードで動くムチ。
形勢は、逆転しつつありそうだった。
その頃、タツヴォラ、ボボス組の方では少し動きがあった。
タツヴォラはしばし女同士の熾烈な戦いを眺めていたのだが、飛ばされた短剣をレインがムチで絡めとり、それをリアラに投げた後、もう一度リアラがそれを弾いた所まではいいのだが、なんとその短剣がこちらに飛んで来たのだ。
しかし、正確にはタツヴォラにではない。タツヴォラと対峙するボボスの脇腹に、
プスリ。
と迷いなく刺さったのだ。
「…いて」
おいおい、それだけか。
「ぐおおおお‼」
冬眠から覚めたクマのよう雄叫びを上げるボボス。
「俺は、一体何をやっていたんだ~!?」
これは誰も知らないことだが、要するに彼はトリップしていた。ヒビノワムというあまりに恐ろしいネームバリューにやられて、別の世界に飛んでしまっていたのだ。
「お、おお? 俺は一体…? は、な、なんだ、あの獣人の女? レインにムチまで使わせるとは…?」
しばしその戦いに見入ると、急にタツヴォラの方に向き直った。
「さあ、やりますかねぇ、お坊ちゃん?」
ぴくり、とタツヴォラの口元が引きつる。
「よし、行けタツヴォラ。勇者としての実力を見せてみろ」
ゼリエルが本気なのかからかっているのか分からない言い方で応援する。
「やる、しかないのか…?」
ボボスが、背に手をやりながら駆け出す。慌てて腰にかけてあった剣を取って鞘から抜くタツヴォラ。
「おらぁ‼」
ボボスの手にはかなり大型の斧が握られていた。どういう形でか背中に隠していたようだが、そんなことに気を回している余裕はタツヴォラにはない。
左に体を逃すタツヴォラ。右手に握っていた鞘が逃げ遅れ、
ガバン‼
奇麗に真っ二つに割れた。
「げげげ…」
タツヴォラが思わず感想を漏らす。にやりと笑うボボスが、タツヴォラには悪魔のように思えた。
「どぉらぁ‼」
地に付いた斧がタツヴォラの胴を斬り裂きに走る。
「どわああ!」
後ろに下がりながら剣を出す。ギン、という音がしたかと思うと、タツヴォラの体は大きく後ろに吹き飛んでいた。
「はっはっは~、ボウズ、逃げるばかりじゃ俺はやれんぞ‼」
その通りだった。だが、大振りながらもなかなかに早いボボスの斧を、タツヴォラはただかわし続ける。剣と斧が触れ合い度に、剣が折れてしまうのではと心配になるほどの重い金属音が耳に響く。
(く…、何か、何か注意を逸らさなければ、多分僕の剣は避けられる…!)
攻撃しないのは、かわされてしまった後が恐いからだった。そして、タツヴォラには確実に剣撃を当てる自信もなかった。
(なにか、そうだ、石でも投げることができれば…)
そんなことをする余裕があるのなら、とうに倒している、と苦笑いするタツヴォラ。ボボスの絶え間ない攻撃にそれはすぐに引きつる。
(石、石…)
しかし、タツヴォラの頭はその考えに頼り始めていた。そのことしか頭にない。
(石、石…!)
(石、石、石~‼)
頭の中が石で一杯になっていく。ボボスの攻撃は直線的で、避けることは難しくなかったが、タツヴォラはそれを本能だけでやっと紙一重に避けていた。思考が別に行っているからだ。
(石……‼)
ぼわ、と何かが頭を取り巻いた気がした。靄のような何か。それは、一瞬で体中を巡り、再び頭、いやその中、思考の中を駆け巡る。石というイメージが靄を伴って思考の中を駆け抜ける!
「石っ‼」
イメージが、視界に繋がる。ボボス、そしてその後頭部―――。
「ああ?」
ボボスが斧を振り終わった格好で思わず問う。
と、
ゴッ‼
「ぐっ!?」
ボボスの体がぐらりと揺れる。その手は、痛みを感じた後頭部を抑えている。
「うわああああ‼」
タツヴォラが迷いなく剣を振る。
「のわぁっ‼」
その渾身の一撃を、ボボスは紙一重で避ける。その肩が赤く滲んだ。
お互いに肩で息をしながら、距離を取る。
「な、なんだ、今のは…? 誰か石を投げやがったのか?」
「石…、やっぱり、石が当たったのか…」
タツヴォラは驚愕していた。何が起こったのか、というよりも本当に起こったのか、というレベルではあったが。
「今のは兄様……!?」
「ああ、魔法、のように…。しかし、まさか…?」
後ろからいつでも短刀を投げられるように待機しているゼリエルとイシュエルは、石の出現をしっかりと目に捉えていた。しかし二人とて、そう度々魔法など見るものではない。少なくともこの国でまともな魔法が見られるのは、デュデュが使ったときだけなのだから。
「とても信じられないが……」
ゼリエルが呟く。禁じられた力は、確かに誰にでも使える可能性はある。だが、あくまで可能性の話だ。現に、百年以上この国が平穏なのも、デュデュという禁じられた力の存在が大きかったからだ。
「くっ…」
疑問を捨て、今の攻撃をかわされたことにタツヴォラは唇を噛んでいた。自分が望んで石が出たというのはやはりおかしな話である。実際今望んだ所で、塵一つ現れないのだ。
「へへ、肩で息をしているじゃあないか、ボウズ。そんなんじゃあ、俺の攻撃をかわしきれなくなるぜ~?」
意地の悪い笑みを浮かべてボボスが言い、地を蹴った。
「うっ!」
ドゴ、と地面に突き立つ斧。止まらず、間髪入れずその刃がタツヴォラに走る。
「俺はなぁ、この斧で、見習いとはいえ騎士さえ倒したんだ! てめえみたいなガキにやられる覚えはないんだよ!」
その言葉に反応したのは、観戦をしゃれ込んでいたヒビノワムだった。
「騎士を、倒した……? 見習いの、騎士を…?」
ぞわり、と背筋に悪寒が走った。
「ボボス! お前が倒した見習い騎士の名は分かるかぁ!?」
ヒビノワムが叫ぶように問いかける。
ボボスが、斧を振りながら答える。
「マニアをなめんじゃないぜぇ‼ “拾われの七光り”、ロドリゴ、シュピーハ‼」
ぶん、と斧が空を切る。タツヴォラは必死で避けながら、ヒビノワムの様子が気になっていた。
「情報どおり捕まっていたのか、ロドリゴ…」
ヒビノワムの目が細められる。
「面倒なことに、なりそうだな…」
剣の柄を強く握って、ヒビノワムが叫ぶ。
「ゼリ、イシュ、悪いが雑魚も頼む!」
「ヒビノワム様!?」
「俺は恐らく、あいつの相手をしなければならん……!」
そうヒビノワムが言い終った瞬間だった。
銀光が三つ、ヒビノワムに向かって伸びた。
「くっ‼」
カキギン!
ヒビノワムがそれを鞘で弾く。それは、三本の小型ナイフ。
「神の思し召しとしか思えないな…。何しろ、こんなところで会うんだからな」
広場にはいくつも入り口があった。その男は、タツヴォラたちが来たのと全く逆の、少し高い場所にある穴に、立っていた…。
「…騎士を助けに来て、騎士を殺すのか? シューゲン…、ハット!」
その美麗な顔は、嬉しそうにヒビノワムを睨み付けている。それは一種の、狂気。
「問答…無用ぉ‼」
走るシューゲン。ヒビノワムもシューゲンから距離を縮めすぎないように走る。
ヒュ!
空気を裂きながら、いくつもの銀光が飛ぶ。シューゲンの投擲したナイフは、確実にヒビノワムのいる方向に吸い込まれていく。
「このナイフ投げも、お前に教えてもらったんだったよなぁ…。皮肉なものだが、それはお前を殺す今日この日のためだったのだろうさ!」
「シューゲン…!」
鞘に納められた剣で全てを弾くヒビノワム。
三本、四本…!
どこに隠しているのかという量のナイフを、同時に投げる本数を増やしながら投げ続け、ついにヒビノワムが一本を弾ききれずに体を屈めてかわす。
瞬間!
ヒビノワムの目の前に、剣を振りかぶったシューゲンの姿が焼きついた。
「くっ!」
ガキリ、と鞘と刃がぶつかる低い音。
「一番隊はお前を抜きで向かわせたのか!?」
「そうだ。私がいなくても大した問題ではない。偵察程度の任務だからな!」
ヒビノワムは、シューゲンの剣を鞘のまま受け続ける。
「出撃寸前に聞いた情報からロドリゴを助けに来てみれば、お前がいた…! これこそ宿命といわずなんと言う!?」
「単なる偶然だ!」
「お前の罪は偶然起こったものではない‼」
「…そうだ、あの頃の俺は誤っていた…‼」




