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先古伝記クラマリオ  作者: 大川由宇
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《勇者と騎士の動き》~やっぱりあいつは放っておけ~

騎士団が動き出す中、プギャを探しているようで実は探さない勇者一行。そして、あっけら呆けの勇者に、惑いが見え始める!?

 王城の正門に向かって、一人の青年が歩いていく。その堂々とした姿は、大勢の人間に祝福されていた。

「それではハルマイト王。行って参ります」

 くるりと後ろを向くと跪き、青年が言った。

「うむ。偵察程度の任務でよいのだ。無理はするなよ」

「はい」

 立ち上がって敬礼すると、再び振り返って正門に向かう青年。そこを出ればたくさんの声援が飛び交う。その中を、脇目も振らずに歩いていく。

「きゃああ! あの人が王国騎士団第一支部隊長さんよね!?」

「そうよ! きゃっ、こっち見たぁ、絶対見たぁぁ‼」

「うるっさいわねぇ、ブス‼ あのお方は私のものなのよ、きゃああ‼」

 という感じで、七十パーセントが黄色い声援だ。それもそのはず。その美貌は、女性と見紛うような完成されたといってもいい顔立ちで、その柔らかな雰囲気が、あらゆる女性の目を留めさせる。そう、タツヴォラが彼を女性を見間違えたように。

 その美しい青年に駆け寄る影。足音はずるずると、外見はのっそりと。

「なによ、あれ!? 魚の着ぐるみ!?」

「きゃあっ、私の騎士様に襲いかかろうとしているわ!?」

 そう、着ぐるみの彼女。

「知らないの、あなたたち? あれは隊長様の妹君。その限られた人しか見たことの無いお顔は、隊長様に勝るとも劣らない美しさだと言うわ」

「そ、そうなの…」

「いいえ、私の騎士様の方が絶対にお美しいわ‼」

 そんな隊長派の女性たちと別の層を作っている残り三十パーセントでは。

「シュール様ァ! シュール様ァ!」

 ごつい男からひ弱な男まで、声援を送っている。茶色い声援?

 女性観客Fが言っていたように、シュールの顔を見たものごく限られているのだが、期待がそういったものを生むのだろうか。

「お兄様」

「シュール…」

 寄って来た魚に、優しい言葉をかける華奢な騎士。

 まるで王族の結婚式でも行われているかのようなこの騒ぎは、王国騎士団第一支部特務部隊の出撃式だ。観客は主に城下町の人間。普段着からしてキラキラした服を着るような者もちらほらいるような客層だ。

「お気を付けて。辛くなったらすぐに帰って来ていいと、王様は仰られましたから」

「シュール。私も子供ではない。修行を積んだ騎士だ。自分の限界は分かるさ」

「ああ、お兄様」

「シュール」

 シューゲンの胸に飛び込むシュール。実際には、魚の口がシューゲンの頭を飲み込もうとしているが。

「シュ、シュール…」

「ああ、すみません、お兄様」

「いいんだ、わが妹よ。では、行って来るよ」

「行ってらっしゃいませ」

 二人の世界にしばし入り込んでいた二人だったが、ふと気付くと回りは涙の嵐。シュールの浮かべた一粒の涙など、比にならない凄まじさ。咽ぶ声だったり、わんわん泣く者がいたり、抱き合って慰め合う者がいたり。ロアーヌの店主に勝るとも劣らないごつい男が、大粒の涙を流しながら叫ぶ。

「おお、可哀相なご兄妹! なんと、なんという過酷な運命! お~い、おいおい!」

 一応説明するが、最後は泣き声だ。

「…相変わらず、だな、この国は」

 そう言って、王国騎士団第一支部隊隊長シューゲン・ハットは、頭を強く振った。頭に、心に入り込んだものを必死に振り落としたのだ。それは、脳裏に浮かんだヒビノワムの顔…。

 魚ならぬシュールが、シューゲンを追う足を止める。シューゲンが、特務部隊の整列する広場へと到達したからだ。そこには、城下町の人間も王族もいない。騎士のみが自らの馬の手綱を片手に、シューゲンを敬礼して待っている。

 列の中心を通って、シューゲンが先頭に曳いてあった馬に乗ると、彼は佩いていた剣を抜き、それを高く掲げた。

「第一支部特務部隊! テラメッチャの遥かなる平和のため、いま! 出陣する‼」

 高く、透き通った声が響いた。まるでそれに反応するかのように、青く晴れ渡る空。

「おお、空が青く…! この出陣を祝福しているのだ。なあ、デュデュ!」

「そうですな、陛下…」

 城の前に並ぶ王と王妃の後ろに、影のように立つデュデュが、どこか沈んだ口調で言った。それは、今の老人の外見が織り成す相応のものではない。何か不吉なものを感じている、不安めいた眼差しがシューゲンを通して遠くを見ていた。

「出撃‼」

 シューゲンの声と共に歩き出す騎士たち。特務部隊はそれほど数のある部隊ではないが、それだけに動きは完璧に揃っていた。

 部隊は、そのまま一本道を進み、城端町を通り、外に至る予定だ。だが。

「ん?」

 シューゲンの傍らに、急ぎ足で駆け寄る騎士の姿。騎士団が、その足を止めるほど、緊迫した顔をしていた。

「シューゲン様!」

「どうした?」

「ロドリゴ殿が…」

「何? ロドリゴがどうした?」

 騎士団の動きが止まったことを不審げに近くの者に聞く王の後ろで、その会話をデュデュは傍らで聞くかのように耳に入れていた。

「…面倒なことに、なりそうじゃのう…」

 デュデュの持つ杖の先端の水晶玉。そこには、東に向かうタツヴォラとヒビノワム一行の姿が、映し出されていた。



「まだぁ?」

 サルのように前屈みで歩きながら、タツヴォラが言った。ばしばしと容赦なく草の先が顔に当たるが、それでもその体勢が楽らしい。

「うるさい! もう少しの辛抱だ!」

 そういうヒビノワムも、頭が垂れていた。どうやら彼は前を見なくとも進めるらしい。

「間違えたなら間違えたって言いばいいのに…」

「だぁまらっしゃい! 間違えてなんかないわぁ!」

 道を間違えてきた一行は、かなり体力を消耗しながら、草原を歩いていた。

「きゃっ! 巻きついてくる、この蔓!?」

「リアラ?」

 両腕を絡まれたリアラに気付いて、タツヴォラが彼女に近付く。

「タ、タツヴォラ様…」

「ちょっと借りるよ」

 リアラが腰に帯びていた短剣をひょいと抜くと、蔓を斬っていくタツヴォラ。

「す、すいません、迷惑かけて」

「別にいいけど。それより…」

「?」

 重いんだな、そう思った。短剣だが、それほど短くもない剣。しかし、タツヴォラにとって、重く感じた。そして、生きたものを斬った感触。

「おーい、大丈夫か、二人とも!」

「いや、なんでもない、行こう」

 ヒビノワムの声に、タツヴォラが草を掻き分けるように進む。あっという間にリアラに抜かれ、最後尾になったタツヴォラ。ふと足が止まる。これから何をしにいくのか。盗賊団の退治。もしかしたら、人間の命を奪うこともあり得るのだろうか?

 立ち尽くしたタツヴォラを飲み込もうというのか、風が草木を操って、生じた波をうねらせる。彼は、このまま飲み込まれても避けるように動いても、自分が自分ではなくなるような、そんな気がしていた。

「タツヴォラァ! 置いていくぞぉ‼」

「あ、うん…」

 ヒビノワムの声に、そんな心配は要らないのかもしれない、そう思って、彼なりに足を急がせたのだった。


 プラダの双子は少し先行していた。情報習得を任務の主とする彼らに、間違いない道を探ってもらうためだ。

「見つけました、ヒビノワム様」

「おお、ゼリエル。で、何が見つかったんだ?」

「……」

 ゼリエルの視線がヒビノワムを刺す。

「じょ、冗談だよ。村だろ、村」

「人口数百人の小さな村です。名はピリカ」

「ピリカ村、ですか?」

 二人の会話に割って入ったのは、リアラだった。

「知ってるのか?」

「え、ええ。確か最近、村一番の生娘のヒュイさんと、村一番の力持ち、ビックさんが結婚したとか」

 …なんでそんな世間話なんだ。

 そう、思ったのはヒビノワムだけではないはずだ。

「そんな知識はいらん」

「でも確か、ビック君は自警団に所属していたと…」

「それを早く言え‼」

「こんなとこで話してても仕方がないと思うけど?」

 ゆっくりとタツヴォラの肩を掴むヒビノワムの手が、小刻みに震えていたのは、言うまでもない。

「そうだねぇ、タツヴォラ君。じゃあ、行こうか! あはははは」

「無理して笑わなくてもいいのに」

「…。ゼリエル、こいつを縛れ」

「ええ!?」

「縛れぇ~‼」

 五分後、縛られたのはなぜかヒビノワムの方だった。

「ヒビノワム様。出来るだけ、隠密行動で行きたいんです。すみません」

「へん、いいさ、いいさ。こんなボンクラ騎士。ここで野垂れ死ねってんだろ!」

「YES‼」

 タツヴォラのレアな笑顔が眩しい。

「このヤロォ‼」

「わあっ! 変な跳ね方しながら近寄ってくる!?」

「タツヴォラ様! もう行きましょう」

「おっと。そうだね」

 一行はヒビノワムを残して、村へ向かった。リアラの言葉にあっさりと状況を切られたヒビノワムは、怒ることも出来ず、ただ泣きそうな顔をしていたという。

 草原を半分ほど森林が囲むような形になっていたらしく、途中から木々がタツヴォラたちの行方を阻んだ。当然、整地された道などない。人が通ること自体、珍しいのだ。

「森林を抜けると小さな砂漠があるが、そこはもう村が見える位置だ」

 そう言うゼリエルは、リアラを間において、タツヴォラとかなり離れていた。タツヴォラの歩く速度が緩過ぎるのだ。

「ヒビノワム様は、あれでよかったのですか?」

「ええ。あの方はやろうと思えば縄抜けなど簡単にできるので」

 邪魔な木の枝を手で払いながら、ゼリエルが答えた。

「意味ないじゃん?」

 タツヴォラの言葉ももっともだ。

「大丈夫だ。私かイシュエルが縛ったなら、二十分は耐えて下さる」

「なんだよ、それ?」

「…色々あるのさ」

 ゼリエルの言葉は、間違いなくタツヴォラたちに向けられたものではなかった。自分に言っているのか、心の中の誰かに語りかけているのかは分からないが、とても遠くに風に乗って流されていった。そんなものをタツヴォラは追う気もなく、ゼリエルに詳細を尋ねたりはしなかった。時が来れば知ることが出来るような気もした。ヒビノワムとは、これから長くなりそうだからだ。

「見えたぞ、あれが、村だ」

 ゼリエルとリアラの間に割って入る位置に進み出ると、視界が開けた。

 確かに、しばらく歩くと砂漠がある。風に黄色い砂が舞い上がる向こうに、黄色く村が見えた。そう小さくはないように、タツヴォラには見えた。

「行こう」

 左後ろを見れば、遠くに王城の塔の先端が見えた。森から出た方向を考えると、やはりかなりの遠回りをしてきたようだ。

「イシュエルは何してんの?」

「今はアジトを軽く見て回っているだろう」

「中に入って!?」

「まさか!」

 珍しく強めの口調でタツヴォラが問い返すので、ついゼリエルも声を張って答えてしまった。

「外から、見張りの数やら、確実な入口、出口、何人くらいの盗賊がいそうか、ってなことかな」

「へぇ。さすが忍者」

 正確には忍者ではないのだが、特に気にもならなかったので、ゼリエルはタツヴォラの賛辞を否定しない。

「村に出てるのかなぁ?」

「いや、そうだ、リアラ。君が言っていた婚礼の話だが、あれはいつ頃の話だ?」

「本当に最近ですよ? 一月くらい、前だったかな?」

 ぴこぴことリアラの耳が動く。

「盗賊団の噂が出たのは、二ヶ月程度前だが…」

 つまりゼリエルが言いたいのは、盗賊団なのに、自分たちの巣食っている村では、略奪などの行為を行っていないということだ。行っているとしても、そこまでの恨みを買わない程度のイタズラのようなもの、としか考えられない。でなければ、そんな幸せな噂など流れてこないはずだ。

「とにかく、行ってみれば分かることだ。私以外は、そう怪しまれるような服は着ていないからな」

「どうせ、貧民ですよ~だ」

 タツヴォラがはぶてる様に言ったので、少しゼリエルが不思議そうな顔をした。タツヴォラが感情を表すと、なぜだか引っ掛かるのだ。

「別にそんなつもりで言ったわけではない」

「どうだか。さ、行こ、リアラ」

「は、はい!」

 名前を呼ばれたのが嬉しいのか、リアラが小走りにタツヴォラに付いていく。ゼリエルは苦笑いしながら、その後を追っていった。


 村に入った三人は、とりあえずリアラの言うビックとヒュイという夫婦に会うのが一番だという話になっていた。

「しかし、私は服装がやはり目立つからな。私はイシュエルに会って、ヒビノワム様を待つことにするよ」

 隠密行動が主任務の二人だから、それは間違いがないだろうとタツヴォラは思ったが、問題は自分とリアラの二人だ。

「怪しまれたり、しないかな?」

「ふん、お前らしくもない。何をそんな小さなことを心配している?」

「し、失礼だなぁ」

「失礼なのはお前だ。お前は確かに確実に怪しまれるだろうが、彼女はむしろ歓迎されるだろう」

 釈然としないものを感じながら、タツヴォラはリアラの方を振り返った。少し、引きつった笑みを浮かべていた。

「では、気をつけろよ、二人とも」

「了解」

 こうしてゼリエルと別れたタツヴォラとリアラは、とりあえず自警団の集まりを探してみようということになった。

 村は、活気が溢れているというわけでもなく、暗くもなく、至って普通だった。盗賊団が自分たちの村に巣食っているというのに、そんな雰囲気は全く感じられなかった。

「タツヴォラ様は、叙勲式はなされたのですか?」

 正面を見ながら、リアラの視線を感じるタツヴォラ。特にそちらを見ようともせず、村を歩いていく。

「う~ん、一応、認めてくれているのはいま王と爺さん、じゃなかった勇者鑑定士だけで、実績がないからって正式なものはしてないんだ」

「そうなんですか…」

「これからなにか手柄を立てれば、そのときしてくれるらしいよ」

 感じていた視線が、圧迫感を持ったような気がして、タツヴォラが振り返る。そこには、満面の笑みでタツヴォラに顔を寄せるリアラがいた。

「その時は絶対! 店を休みにしてでも、式に参加します!」

 耳のサイズが大きくなった!? と心の中で思いながら、タツヴォラは苦笑いしていた。

「い、いいよ、別に。そんな大したものじゃないだろうしさ…」

「いえ、絶対行きますから!」

 弱ったな…、と心の中で呟きながら、タツヴォラは自警団という単語を見たような気がして、立ち止まった。

「リアラ、あれ」

「え?」

 シーバとあまり変わらないような質素な家が続く中で、紛れ込むようにしてそれはあった。

 自警団という汚い看板が掲げてある普通の家。いや、他の家よりも、少し小さいかもしれない。

「あ、あんなものなんだろうか…? 自警団って?」

「さ、さぁ?」

 見ていても埒が明かない、というわけで、迷うことなく入っていく二人。全く躊躇ないところは、恐ろしいコンビと言える。

「こんにちは~」

「誰かいますか~?」

 中は、がらんとしていた。ほとんど何もない。奇麗な板張りの床に、壁の高いところに掲げられている額縁。

 どうみても、道場だった。

「ようこそ、客人!」

「へ?」

「私がこのにこにこダンボ格闘技の師範! ジュディーム・トラサルドルで、あ~る」

「……は?」

「きゃあああ!?」

 突如、悲鳴!

「リアラ!?」

 その悲鳴は背後からで、すぐに彼女のものであることは分かった。

 振り返るタツヴォラ。だが、そこにリアラの姿はない。

「くっ!?」

 まさか盗賊団の悪戯だったのか、そう思うと、さすがのタツヴォラも肝を冷やす。が、もう一度正面に向き直ると肩の力が、というか全身の力が抜けた。

 リアラが、座布団の上でお茶を両手で持って正座していたのだ。

「さあ、君も座りたまえ。入団希望者だろう?」

 向かって左側に座っていたリアラの正面に、座布団を敷く人間の姿があった。

 短髪の大柄な男。上半身はぴちぴちの薄い下着を着て、下半身は膝までもないこれまたぴちぴちのズボンのようなものをはいていた。明かに胴着だろうというものを、腰からぶら下げている。

 タツヴォラは、それを見て一瞬でうんざりという気分になった。変態とは、もうこれ以上関わり合いにはなりたくないのに…。

「で、何の用なんですか?」

「…!? …はっはっは、面白い坊やだな私に逆に質問するとは。それは、私の台詞だ、だろ?」

「……」

 かなり冷たい視線でジュディームを見つめるタツヴォラ。不法侵入に近い事をしておいて、かなり不遜な態度だ。しかも、連れは悠長に茶など啜っている。

「ふぅむ。どうやらご機嫌斜めというやつらしいなぁ。しかし、ここに来るということは、道場の見学か、入門希望か、まさか私に会うためだけに、というやつでもなかろう?」

「当たり前…」

 ぼそりと呟くタツヴォラ。その呟きが終るや否やという瞬間に、

「先生‼ ここは先生の道場ではないと、何度言ったらご理解いただけるんですか!?」

 突然、タツヴォラの後ろから甲高い声が聞こえた。

「おお、ビッグ君。はて、ではここは一体どこだというのかね?」

「ピリカ村自警団本部です!」

 甲高い声の主が、タツヴォラの隣に立った。

「……」

 声に似合わず、とてつもない大男である。彼が、最近結婚したというビッグということか。

「すまないねぇ、君たち…。自警団に用事だったん、だろ?」

「新婚満喫中のビッグさん?」

 タツヴォラが切り返すと、ビッグの驚いた顔が急激に赤く変色した。

「そ、そ、そ、それを知る君たちはい、い、い、一体?」

 外見のいかつさと言葉どおりの余りにもおどおどした態度の対比に、思わずタツヴォラと、リアラまでもが笑い出していた。

「ビッグ君は、身体は格闘家に必要な要素を十分揃えているのに、どうも気が弱いんだよ。それで私がここを借りて、ビッグ君を強くするついでに、道場を開いていたというわけだ」

「ぎゃ、逆でしょう?道場を勝手に開くついでに、私を強くしているんでしょう!?」

「どっちでも構わんよ~。君は、以前よりはずっと強くなったじゃないか」

「そ、それには感謝していますけど…、でも…」

 俯いて押し黙るビッグ。恩と、自分の我が心と頭の中で格闘しているのだろう。その戦い方が、にこにこダンボなのかどうかは、本人にしか分からないことだが。

「真剣な話?の途中悪いけど、こっちにも話したいことがあるんだけど?」

「あ、ああ、客人、これは失礼。ま、まあ、彼女の隣に座って下さい。お茶もお入れしますから」

 客をもてなすなら、まだ本部と呼べるような入り口すぐの部屋に通してくれれば、正座しなくて済むのに、と思いながら、タツヴォラはリアラの隣に座る。もちろん、リアラが座布団をきちんと横に並べてくれた。そして、ビッグはジュディームの隣に、タツヴォラたちと向き合う形で座った。

「おい、ビッグ君?」

「は?」

 ビッグに話しかけるジュディーム。その光景を見て、再びタツヴォラとリアラが笑いを漏らした。それもそのはず、タツヴォラとリアラと同じような間隔で座布団を敷いたせいで、肌と肌との触れ合いどころか、広い道場であまりに窮屈そうな姿をしているからだ。

「座布団は、もう少し離してもいいと思うが?」

「ぷっ」

「あ、は、はい、そうですね」

 もちろん、噴出したのはタツヴォラだ。

「全くこの男ときたら、一途というかなんというか。ビッグ君が結婚できたのも、こんな勘違いが原因で…」

「そんなどうでもいい話は後でもいいですから」

「ど、どうでもいい…」

 目玉を飛び出させるような素っ頓狂な表情をしてビッグが受けた衝撃のリアクションをした。

「単刀直入に言うと、盗賊を退治したいんです」

「えっ!?」

 ここで驚いたのは、リアラだった。ジュディームとビッグは逆にリアラの反応に驚いている。なぜ連れの男のいうことに驚いているのか、理解しにくかったのだろう。

「で、でもタツヴォラ様…」

「タツヴォラでいいって! もう、プギャは盗賊に捕まっていると見たほうが分かりやすいだろう? 盗賊から人間一人とはいえ、盗むことなんて容易にできるわけはない。だから、倒して奪うということを考えた方が利口だ」

 決してタツヴォラの考えそのままというわけではない。第一、盗賊と戦うなど、タツヴォラは望んではいない。しかしリアラを言いくるめるためには、このくらいがちょうどいいということだろう。

「そ、そうですか…。盗賊と戦うことに…」

 俯いたリアラの顔をなんとはなく見るが、特に沈み込んだ様子は見えない。自分と違い、武器屋で働いているのだ。もしかしたら慣れているのかもしれない。リアラの父親も、彼女のことを武器使いのエキスパートだと言ったのだ。

「…盗賊とは、当然グラマラス・ガールのことですよね?」

「そう、なのかな?」

「失礼ですが、あなた方二人で?」

「いや、騎士が後三人いるけど」

 タツヴォラの言葉を聞いて、ジュディームと顔を見合わせるビッグ。

「止めた方がいい」

「そんなに腕の立つ盗賊が…?」

 リアラが尋ねる。やはり、盗賊と戦うということに関しての動揺は見られない。

「いや、そうじゃない。ここの所、チームワークがいいんだ、あの盗賊団は」

「チームワーク?」

「そう、この村ではあまり悪さは働かないし、大人しいものだから、私らはあまり対決することはないが、それでもときにいざこざで対応することもある。その対応をしていて、最近、そう思うんだ」

 ビッグの話には、説得力があった。たまに話にあわせて腕が動いてジュディームのほうへ飛んでいくが、ジュディームは正座したまま、上手いことそれをかわしていた。

「騎士連れということは恐らく本土から来たのだろうが、テラメッチャではあまり重要視されていないだろう?」

「まあ、ね。重要視されていたら、僕らがここに来る前に騎士団に囲まれて壊滅しているだろうし、ね」

「そう、彼らはそれをよく知っている。だから今はあまり騒がない。しかし、勢力は今でも侮れないものがあるんだ」

「…」

 ビッグの脅すような言葉に、タツヴォラが思わずリアラのほうを見る。と、リアラもタツヴォラの方を見て、視線があった。リアラが、にこりと微笑んだ。

 よく笑えるな、とタツヴォラは思ったが、その笑顔で、自分に軽い余裕が生まれたのも事実だった。

「一つ聞きたいのは、ここに、僕くらいの年の男が来なかったかな」

 腕組をしてビッグが考え込む。しかし、答えたのは、すっと沈黙を保っていたジュディームだった。

「見かけたぞ」

「本当?」

 タツヴォラの表情が、少し明るくなった。こんなにも早く情報収集ができたのだ。これなら、王道である酒場での聞き込みなどは、しなくてもいいかもしれない。

「それに、騎士も見かけた」

「騎士……? は、別にどうでもいいや」

 その騎士が、実はとてつもなく重要な存在だということを、タツヴォラは当然気付いていない。

「よし、決めた」

「? タツヴォラさ…、タツヴォラ?」

「盗賊団を、倒す」

 特に抑揚もなく、表情も変えてはいなかったが、タツヴォラなりの決意を秘めた言葉だった。

「自警団は、ビッグさんだけじゃ、ないよね?」

「当然だよ」

「じゃあ、自警団には僕らが入った後、外に盗賊が漏れないようにしてほしい」

「え? 一緒に戦うのではないのかい?」

「それじゃあ、あまり意味がないんだ」

 その言葉に、タツヴォラ以外の三人が首を傾げる。

「あ…!」

 が、リアラは気付いたようだ。タツヴォラの意図を。

 勇者の叙勲を受けるための手柄。それを、タツヴォラは今回の盗賊退治によって行おうとしているのだ。ヒビノワムは自分を見出した騎士だし、ゼリエル、イシュエルは彼に忠誠を誓った身。リアラは一応勇者を慕ってきた一市民という立場だから、タツヴォラの叙勲に対してマイナスになるような要素は無い。しかし、自警団は違う。一つのれっきとした組織であり、自分の村の盗賊を駆逐するために戦うのでは、彼らが中心的な存在になってしまうのだ。

 タツヴォラに他人の手柄を妬む心や出世欲、野心があるわけではないだろう。だがここまで来たのだ。目的は達成させたいという想いが彼には見えた。

「じゃあ、お願いします」

 丁寧に、タツヴォラが頭を下げた。リアラにはなんという素直で謙虚な勇者様、という風に映ったところだろうが、もしヒビノワムが見ていれば、恐らく疑心暗鬼に駆られて精神を破壊されるか、あまりのあり得なさにとりあえず笑って、笑って、笑いつくして命を尽かせるのではないだろうか。

「ところで君たちは恋人同士?」

「…は?」

「えっ!」

 ビッグの突然の質問に、さすがにタツヴォラの眉が吊り上る。リアラは頬を赤らめ、ちらりとタツヴォラを見る。その視線を感じると、タツヴォラは気恥ずかしい気がして、なんと顔が赤くなっていた。

「Bやったか? Aくらいは当たり前よな?」

 今度はジュディームが突っ込んだ質問をしてくる。タツヴォラはうんざりして、リアラの手を取ってさっさと出ようとした。

「おお、おお。初々しいなぁ、手など繋いで」

 すぅ、っとタツヴォラの首が回転し、ジュディームに冷たい視線を向ける。相変わらず、リアラの視線が痛かった。

「名前を聞いていなかったよ?」

 にこやかな笑顔でビッグが言う。

「知っても何もないでしょう?」

「まあ、そう言わず」

「…タツノオドシゴ・ヴォラグラム。タツヴォラ、って呼ばれている」

「彼女さんは?」

「しつこいな…!」

 遂にタツヴォラが声を荒げそうになったが、

「私は、リアラ・ユウテン。リアラと呼んで下さい」

「リアラさんか。君は大丈夫そうだが…」

 ジュディームのその視線がタツヴォラに向けられ、タツヴォラは少し心臓が跳ねた。

「入門したわけでもないが…。盗賊と戦おうという若者を見捨てるわけにはいかん」

「どういう、こと……?」

 タツヴォラが問い返す。だが、ジュディームは言葉ではなく、構えることで、答えた。

「盗賊は、小刀か斧を得物にすることが多いんだ」

 とん、とビッグがタツヴォラの背を押した。掴んでいたリアラの手を離し、タツヴォラが駆ける。

 小刀、斧…?

 そう思ったのは瞬間。そして、タツヴォラは片手に、見えない斧を持っていた。それは、ジュディームに襲い掛かる。

 振り下ろ……!

 体が、ふわりと浮いた。天井の明かりが、鮮明に、見えた…。

 ダンッ‼

 衝撃。床に、背を叩きつけられていた。痛みはある。だが、タツヴォラは微動だにしない。いつも眠そうな目をしっかりと見開いて、天井を見ていた。

「まあ、こんなものかな。にこにこダンボ流柔部弐式、“趙雲さん”だ」

「タ、タツヴォラ!」

 リアラが駆け寄る。

 ゆっくりと起き上がるタツヴォラ。ジュディームは、何事もなかったかのように腕を組んでいた。本当に、何もなかったかのように。

「…行こう、リアラ」

「君に運と力と才能があれば、それで生き延びられるだろう」

 ジュディームが、少し声のトーンを上げて言った。

「あと、盗賊団の№2の、棘の美女は強い。恐らく、団長よりも強いだろう。気をつけるんだよ」

「分かったよ」

 眠そうな目に戻ったタツヴォラは、ビッグにそう返事をして、自警団本部を出た。

「盗賊団、か」

「一歩一歩、勇者に近付いているんですね、タツヴォラ」

「そうなるの、かな?」

 ただ一つ気がかりなこと。いかに騎士が三人いるとはいえ、恐らく十倍はいるだろう数を相手に勝てるのか。リアラも武器が使えるという。しかし、自分は…。

「ま、なるように、なるさ」

 ヒビノワムに合流して、作戦を立てるのが早いか。タツヴォラの頭は少し、真面目に回っていた。


「そうか。主力が出払っているのか」

 ヒビノワムは、イシュエルとゼリエルの報告に思考を巡らせた。

 主力が出払っているのは好都合だった。盗賊団を壊滅されるのは造作もないだろう。しかし、タツヴォラが勇者として認められるだけの功績になるかどうかは微妙だった。主力を倒さなければ、またどこかで再起を図るかもしれない。そうすれば、後から色々な苦情や文句を聞かされることになる。かといって、主力が戻るのを待っていたら、いつになるか分からない上に、戦いが苦しくなる可能性がある。問題は、ヒビノワム一人で片付けてはいけないということだった。タツヴォラを戦わせて、なおかつ相手を倒し、誰かに目撃させなければならないのだ。まあ目撃証言はなんとかなるだろうが、タツヴォラが戦って勝利を収めた、という事実が重要なのだ。

「プギャとロドリゴ君は、見当たりませんでしたよぉ、ヒビノワム様?」

「プギャはどうでもいいとして、ロドリゴは気になるな…」

 片膝を突いた双子が、命令待機でヒビノワムを見上げている。盗賊のアジトから少し離れている廃屋の影だった。さすがに、盗賊のそばに住む村人はおらず、アジトから一区画周囲はほぼ空だった。

「……」

 時間をかけて主力を待つ。そっちの方にヒビノワムの考えは傾いていたが、時間を掛けるということにヒビノワムは引っ掛かりを感じていた。どうしても一つ、気になることがあるのだ。

「すまないがゼリエル……」

「第一騎士団の動向、ですね?」

「ああ。やはり気になる」

「承知しました」

 す、っと姿を消すゼリエル。

忠実にヒビノワムの言葉に従う。ヒビノワムは少し複雑な表情をしながらも、しかし頼りがいのある味方に、心は安堵で一杯だった。

「ヒビノワム様、これからどうすんですか?」

立ち上がったイシュエルが、頭を傾けながら尋ねてくる。シューゲンほどではないが、この兄弟も十分女性に近い美形と言える容貌で、単純に可愛いから、ヒビノワムは時折変な汗を掻く。

「そうだな…。タツヴォラたちと合流して、作戦を練ることにしよう。タツヴォラをまず探すことだな」

 もちろん探すのはイシュエルで、見つけるのもイシュエルになるだろうとヒビノワムはちょっと怠惰な気持ちを抱いたが、それに対する罪悪感を抱くことはなかった。

 前方に、タツヴォラたちが歩いているのが目に入ったからだ。

「イシュエル、行け!」

「はい、ヒビノワム様!」

 もしこう好都合良くいかなったとして、ヒビノワムが罪悪感を感じたかどうかは、定かではないが。

「ゼリ、いや、イシュエルかな?」

 その笑顔を見て判断したタツヴォラは、イシュエルが駆けて来たほうを見て、その先にアホ面を認めた。

 タツヴォラたちは自警団本部を出てから、次は盗賊団のアジトを見に行こうということになっていた。それでちょうど近くまで来ていた所だったのだ。

なぜそんなことなったのかタツヴォラは覚えていないし、なにより自分は、今の自分の心情を鑑みればそんな所に軽々しくは行きたくないはずだ。しかしなんとなくだが、自分の言葉からそういうことになってしまったような気がする。でなければ、リアラの一歩前を歩いているなど、あり得ないだろう。タツヴォラは自分の口先に、小さな、しかし根元が深い不信感を抱いたのだった。

盗賊のアジトのすぐそばの廃屋前で、四人は輪を作った。リアラは膝を抱えて座り、イシュエルは中腰。ヒビノワムは胡坐を掻いている。タツヴォラだけは、立って落ち着きがない動きをしていた。

「縄から抜けられたんだね、アホづ…、じゃなかったぁ、ヒビノワム?」

「…ああ?」

 タツヴォラのおかしな言動に疑問を抱いたヒビノワムだったが、深くは追求せず、早々に本題に入る。

「盗賊団のアジトを、襲撃する」

 タツヴォラとリアラ、特にタツヴォラの反応を窺いながら言ったヒビノワムだったが、予想していたよりも、というか、ほとんどタツヴォラは無反応だった。ただ、リアラの横に座っただけだ。

「あ、えとその、聞いてたかな? 盗賊団のアジトをネ…」

「襲撃するんでしょ? 聞こえてるよ。まあ、それはいいとして」

 いいんかい!?

 ヒビノワムは心の中で突っ込んでから、ますますタツヴォラという人間が分からなくなってしまった気がした。

「さっき、自警団本部の人たちに会って、そこでタツヴォラ様は決心されたんです。ここで手柄を立てて、勇者になるって」

「また、様付けか…」

 あ、とリアラが口元を押さえる。しかし、本当はそんなことを否定したいのではなかった。自分が勇者になろうと決心したことを、ヒビノワムに、いや他人に知られたくなかったのだ。

 自分に何があるというのか。何もない。しかし、勇者になろうとしている。

世界を救う使命を持った、勇者に。

「そうか…」

しかしヒビノワムは逆に安心していた。この目の前の不思議少年にも、人間らしい所があったのだ、と。

「というわけだから、リアラもきちんと僕が勇者になるまで、様はいらない。皮肉に聞こえるんだ」

 我ながら上手い理由だ、とタツヴォラは自虐的に思った。

「ご、ごめんなさい…。じゃあ、タツヴォラさんで、いいですか?」

「ああ、それなら、いいよ」

 笑顔でリアラを見るタツヴォラ。少し赤い顔で、リアラはタツヴォラを見返す。しばし、見つめ合う二人。

「ちょっと待て! あろうことか、タツヴォラが“笑顔”で、しかもリアラと見つめ合う!? 一体、この小一時間の間に何があった!?」

 ヒビノワムの眉間に皺が寄る。

「そんなことより、今後は? どうするの? 作戦ぐらいは立ててくれるんでしょ?」

 相変わらず自分の人権を否定されたような歯痒い気持ちになり、ヒビノワムは拳をプルプルと握り締める。

「ふ、ふ、まあいいだろう…。っで! 盗賊団だが、今、主力が出払っているらしい」

「それは好都合…、でもないか」

「え、どうしてですか? 強い人たちがいないって事でしょ?」

 タツヴォラはすぐに気付いたらしいが、リアラは理解できないらしい。

「主力を潰さないと、後々また同じようなことが起こるかもしれないからだ」

「あ、そうかぁ…」

「待つ、ってこと?」

「ああ。一応、不安の種はゼリエルが調べに行ってくれたが」

「不安の種?」

 これにはタツヴォラも皆目見当が付かない。だが、ヒビノワムは構わず話を続ける。どちらかというと、知られたくないことなのだ。

「お前が手柄を立てる気でいるなら話がしやすい。主力を待って、叩き潰す」

「でも、こっちは五人、だけど…」

 タツヴォラからしてみれば、本当は正確には四人、だ。ただ今回の目的から、一応自分は数に入れる。

「そうだ。ここできちんとお前に聞きたい。“戦える”、か?」

 率直で、胸に十分刺さる鋭さを持った言葉だった。遂に、最大の問題に直面したのだ。

「…。正直、“戦えない”、と思う…」

「……え?」

 リアラの口から疑問の端が漏れた。事態が、よく理解できていないのだろう。

 馬鹿げた話だった。勇者とは世界を救うのだ。世界を止めるということは、タツヴォラがデュデュに言ったように、戦争を止めさせること。タツヴォラは、戦わない方法を提示することでデュデュをなんとか説得したが、皮肉にも勇者と認められるためにやろうとすることに、戦わなければならないのだった。

「全く、格闘技も、武器も使ったことはないのか?」

「……」

 答えないタツヴォラ。だが、それを肯定とヒビノワムは取った。

 イシュエルは、珍しいヒビノワムの真剣な眼差しに大人しく、リアラは、タツヴォラとヒビノワムの話を、どうにか理解しようとしている。戦えない勇者などというものは、リアラの中では、というよりも世間一般常識としてあり得ないものなのだろう。

「俺と双子はいいだろう。リアラも、それなりに腕が立つように俺には見える。それに、相手はたかが盗賊。いざとなれば俺が全滅させるのもありだ」

 さらりととんでもないことを言うが、ヒビノワムの顔はいつもより少し鋭い目をして、真剣なままだった。

「だがそれでは、お前も分かっているように、今回ここまで来た意味がない」

「……そうだね」

「だから、お前には首領をやってもらう」

 やる。倒す、殺す?

 タツヴォラのその思考が顔に出たのか、ヒビノワムがフォローする。

「もちろん、倒すだけでいい。倒せるのなら殺せるのだから、同じことだがな」

 初めてだった。ヒビノワムを騎士として、戦い、殺し合いをする人間として見た。

 それはイシュエルも、この場にいないゼリエルも同じだろう。ひょっとしたら、リアラにも、経験はあるのかもしれない。

「証言は、生き残った盗賊にでもさせればいい」

「今からお前に剣術を教える時間などない。だが剣は渡しておく。まあ、俺たちも多少は助けてやるから安心しろ」

 にやり、とヒビノワムが笑った。

「ま、なんとかなるよ。これまでも、なんとかなったし」

 タツヴォラが言う。表情が、軽い笑顔のつもりだろうが、余計眠そうに見えた。

「ふん、眠そうな顔をして戦場に行く奴はいないぞ?」

「タツヴォラ、いつも眠そうな顔~♪」

 イシュエルが会話の空気が変わったことに気付いたのだろう、ちゃちゃを入れる。

「タツヴォラさん、大丈夫です、私が守りますから!」

 ぐっ、とリアラが拳を作って見せた。

「ありがとう」

 タツヴォラが素直に礼を言っている姿を見て、ヒビノワム。

「なんか、不吉な予感がぷんぷんするなぁ……」

 空は、天晴れの水色だった。

 その後、アジトの見取り図を地面に書いて、簡単な作戦を話した。

 アジトは、元は一富豪の豪邸を改造しながら住みやすくしていったようだ。盗賊というイメージ通り、外見はボロ屋になっていったようだが。

 そして、悪事が大っぴらに近所や村の人間に見えるといった理由からか、アジトは掘った地面に移された。地下に移ったのだ。建物は縮小化され、柵を頑丈にし、入り口からすぐ地下に潜れるようになっている。地下は、点々としたロウソクで明かりを保ち、幾つにも盗みの成果をばらして隠すような部屋を作ってあるらしい。部屋と入っても地下なので、小さな洞窟といった所か。その洞窟は宝を隠すためだけではなく、侵入者を迷わせる効果も持ち合わせている。

「とまぁ、こんな感じだ」

 内部説明の後は、役割分担もした。当然、正確な道はイシュエル、ゼリエルが探す。ヒビノワムは途中で会うであろう盗賊を打ち倒し、リアラはその打ち漏らしからタツヴォラを守る。

 地面に向かってそういった作戦をだいたい立て終わった頃に、人影がヒビノワムの背後に現れた。

「あ、兄様」

「ヒビノワム様! まさかアジトのすぐ近くにいらっしゃるとは思いませんでしたよ!」

「本当に?」

「い、いえ、どうせその辺だろうな、とは思いましたが…」

「さすがゼリエル!」

 右手の親指を力強く立てて爽やかな笑顔を浮かべるヒビノワム。

「さすがじゃありません……!?」

 ゼリエルがすっと腰の剣の柄に手をやった。

 ヒビノワムも険しい顔をして、タツヴォラの背後を睨む。

「……え?」

 タツヴォラは、二人の態度に背後を振り向く。タツヴォラの視界に、だんだんと大きくなる大男の姿が入った。

「ビッグさん!」

「なんだ、知り合いか?」

 リアラの言葉にヒビノワムが表情を和らげる。ゼリエルの手も柄から離れた。

「タツヴォラ君、用意はできているよ。しかし、こんな所で作戦会議かい? 敵陣真っ只中、って場所だよ?」

「ワム、この人は自警団の人」

「ビッグです、騎士様」

「ああ、ヒビノワムだ」

 タツヴォラは簡単に事情をヒビノワムに説明した。このアジトを包囲してもらうことなどだ。

「あと、主力が一仕事終えて帰ってくるという情報を耳にしました」

「それはありがたい情報だ。ビッグ君、何度も言うが、主力が入ってからここを包囲してくれよ?」

「分かってます」

 ビッグが力強く頷く。ジュディームと一緒でなければ、普通の、頼りがいのある男に見えた。

「よし、アジトに入るぞ。丁度主力が帰ってくる頃に、戦力はほぼなくしておきたい!」

「行こう、行こう~」

「行きますか」

「タツヴォラさん、頑張りましょうね!」

「う~ん、もう、やるしかないさ…」

 相変わらずタツヴォラにはいまいち気合が足りないが、遂に盗賊狩り、開始である。


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