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先古伝記クラマリオ  作者: 大川由宇
5/9

《誕生、勇者一行?》~あいつはほっとけ~

勇者としての仕事が舞い込み、新しいパーティーメンバーが参戦! ……ところであの子はどこへ行った?

「いや、でもさ、あれはあの双子のせいだって?」

 ヒビノワムの執務室。タツヴォラは、目の前にどっさりと束ねられた書類が見える高級そうな皮の椅子に偉そうに座って、いきなり責任転嫁をし始めた。

「ほう。女をナンパしに行って、連れて帰られる途中に落ちた小銭を追って落下」

 ぴくり、とタツヴォラの片方の眉がつり上がる。

「アッギマアの中に見事に入り込んで撃ち出され、その後に王を故意に下敷きにしようとして王妃の上に乗ったことを、プラダ兄弟のせいにすると?」

椅子に座ることに抵抗があるのか、ヒビノワムは入り口近くの壁にもたれていた。組んだ両腕を時折動かしながら、皮肉気味にタツヴォラに言う。その視線は冷たいが、その奥に燃え上がる炎が隠されているのも見えそうなものだ。

「ちょ、ちょっと? 何で知ってんの?」

「ゼリエルから聞いたからだ」

 簡潔に答えるヒビノワムの反対側には、窓の外を落ち付かない様子で見ているイシュエルと、その横で地べたに正座しているイシュエルがいる。

「い、いや、その、ナンパって…」

「ヒビノワム様から聞いていた外見、言動などを確認するため、ロアーヌの壁の隙間から、しばらく見物して結果、我々はそう判断した」

 膝の上に両手を置いて、真剣に言うゼリエルだが、ヒビノワムからは顔が見えなかった。タツヴォラも椅子を回転させてみたが、ゼリエルとの間に書類の束があり、やはり彼の顔は見えない。

「そう判断したって…」

「ゼリ、もういいから、立ったらどうだ」

「いえ、ヒビノワム様をショックアブソーバーにし、王様の花見の邪魔をしたのです。これくらいでは、まだぬる過ぎるかと」

「ショ、ショック…?」

 ヒビノワムが、理解できないといった風に聞き返したが、誰も反応せずに流されてしまった。

 花見を潰した後、合流したイシュエルと共に四人でこの部屋に来たのだが、沈んでいたヒビノワムは立ち直り、代わりに沈黙を保って冷静そうだったゼリエルが突然、罰として正座をしているなどと言い出したのだ。その時はイシュエルも兄様の責任は僕の責任だ、と言って正座したのだが、すぐに足が痺れたようでヒビノワムとゼリエルにやらないでいいと言われると、悔しそうに立ち上がったのだった。もっとも、今では外を眺めることに熱中しているが。

「ナンパって、別に話しかけに行っただけで…。それに、僕じゃなくてプギャが…」

「そのプギャは行方不明ではないか?」

「この双子を使えばすぐに見つかるくせに」

「黙れ! いいか、お前は勇者という称号を持ちながら何もせず、あろうことか王を二度も下敷きにしたのだぞ!?」

「さっきは未遂だったっしょ?」

「こ、この…‼」

 減らないタツヴォラの口に、ヒビノワムは無意識の内に剣の柄に手をかけていた。

「わ! もう、すぐに暴力に訴え出る」

「本当はお前は! もう本当なら二度は死んでいるんだぞ!?」

「死んでないよ、生きてるよ?」

「……」

 額を押さえて閉口するヒビノワム。押さえないと、頭から何か爆発して額から出てきそうだった。閉じないと、何か喉で詰まったものが体中を熱くして、剣でも飛び出しそうだった。しかし、なんとか溜息を付いてそれを消し止めた。

「それに、何もせず、って、やることなかったし、僕はここに缶詰だったし」

「う…」

 缶詰、という言葉に若干同情が入ったのだろう、ヒビノワムの自分で考えている正当性の優位がごっそりと削がれた。

「しかし、もう一人の勇者、プギノヤヌス・ヤーディスでしたか? 彼はどこへ?」

 膠着状態になった二人の戦いに、ゼリエルが水を差した。

「そうだ、彼はどうしたんだ?」

 内心ほっとしているヒビノワムに対して、ヒビノワムを丸め込む寸前まで行ったタツヴォラは歯牙にもかけない様子で、淡々と答える。

「知らない」

 確かに知らない。というか、彼はいつの間にかプギャが姿を消したことすら今の今まで気付いていなかったのだ。その証拠に、

「そういえば、いつの間にいなくなったんだろう?」

 とゼリエルに聞く始末だ。

「タツヴォラがしばらく喋らなくって、突然あの人走り出して、店から出て行ったんだ」

 外を見ていたイシュエルが反応して言った。

「その後、我らがタツヴォラを捕獲した」

「…ああ、あの少し前だったんだ」

「まあ、あいつはどうでもいい」

「……‼」

 意外にも、一番大きな反応を示したのは、タツヴォラだった。

「おお? どうした?」

「ぼ、僕が見つけた勇者なのに…」

 ヒビノワムの顔が歪む。先ほどまで、どうでもいいような存在だと、気付いていないことで証明していたのに。そんなことを言うとは信じられなかったのだろう。

「お前、支離滅裂だぞ?」

「うるさいなぁ。で、どうして僕を探しに出させたのさ?」

 未だに正座をしているゼリエルと弟のイシュエルを、後ろを向いたまま親指を振って示すタツヴォラ。

「おお、そうだ。確かにこの一週間、勇者としてやることがなかった。戦闘訓練をさせても良かったのだが、逃げ出されてはかなわんし、何より稽古を付けられるような連中はお前たちを勇者だとは認めていない」

「…王様とデュデュの爺さんに認められたのになぁ」

「やはり、デュデュ様に認められたというのは…」

 本当なのか。そうゼリエルが言い終らない内に、天井にぶら下がっていた照明がぶちりと切れてタツヴォラの頭に落下してくるとは、誰一人として予想だにしないだろう。

 ボン!

「ぎゃっ!?」

 頬をかすったそれは、タツヴォラの肝を冷やすには十分だった。

「じ、爺さんって言ったからかな…。か、考え過ぎかな…」

「い、いや、迂闊なことは言うなよ、タツヴォラ…」

 ヒビノワムは飛び出そうになった目玉と、首から外れ落ちそうなほど前に突き出された頭をそのままに、両手でタツヴォラに落ち着かせるような動作をしている。一番焦っているのは、どうやらヒビノワムのようだが。

「で、で…?」

 タツヴォラにとっても、かなり怖い存在になっていたデュデュは、タツヴォラをこんな所で大人しくさせてしまった。

「おお、そうだ。それで、やはり国民の前、いや、せめて戦う騎士たちの前で、正式に勇者として認めてもらうためには、やはり手柄がいると思ってな」

「うん、それで?」

「俺も、必死で探したわけさ。小さな村の巨人は現れないけど大事件から、大きな村の米粒のような小事件まで」

 よく分からない言葉に、誰も反応はしなかった。ただゼリエルが、

「そんな雑用は、我らに言って貰えれば喜んでやりましたものを」

 そう熱っぽく言っただけだった。それには、イシュエルもうんうんと反応している。

「で、見つけたんだよ!ここから東に少し行った所の村で、盗賊が巣を作っていると!」

「と、盗賊…。それって、この町にも近いから…」

「もちろん、この町にも少ないが出たこともあるようだ」

 タツヴォラが恐る恐るヒビノワムに尋ねたのは、その盗賊が恐ろしかったわけではなく、逆に気の毒なことになるのを忍びなく思ったからだ。

 この国の騎士は、かなり強者揃いなので有名だ。自警団もあり、盗賊などには本来ならそれが当たるはずなのだが、多少行き過ぎると、騎士たちが出動する。そして、この国は騎士の数が多いことでも有名で、もし盗賊団などがターゲットに指定されようものなら、全滅するまで囲まれ追い回されて、その餌食になってしまうのだった。

「あまり大きな盗賊団ではないようだから、騎士団が出ることもあるまいが、善は急げ、だ。そいつらを、退治するという仕事を、今日は伝えに来たわけだ」

「盗賊団の退治、ねぇ」

 乗り気がしないという感じで言うタツヴォラに、ヒビノワムはぴくぴくと眉を器用に動かした。

「お前、まだ何か抵抗しようというのか?」

「いや、行くけどさ…。その前に、プギャを探したいな」

「お前、そんなこと言って、どさくさに紛れて逃げるつもりじゃないだろうな?」

「……」

 無表情に沈黙を保つタツヴォラ。どうやら、図星といった所か。

「ところで双子の二人」

「おい、否定しろよ」

 ヒビノワムの視線を避けるように、椅子をくるりと回転させるタツヴォラ。そこには、正座したゼリエルと、嬉しそうな顔をしたイシュエルの顔がある。

「なんだ、勇者タツヴォラ?」

「な、なんでそんな言い方するのさ?」

 正座の上に、真面目な口調、表情で言われると、調子も狂うというものだ。ゼリエルのわざととしか言いようのない呼び方に、盗賊の前にこんな所にも敵がいた、とタツヴォラは思った。

「勇者なら、勇者らしいことの一つくらい、自分から進んでやってみたらどうなんだ?」

 やけにゼリエルの口調が冷たい。タツヴォラの反応を窺っているように感じるのは、気のせいだろうか?

「ちぇっ、双子にまで言われるとはさ」

「タツヴォラ、僕らにもちゃんと名前はあるんだよ?」

 笑顔のままで、今まで口を挟まなかったイシュエルが言う。

「そりゃ、そうだろうね」

「ゼリエルと、イシュエル。性格が硬そうな方が石、柔らかそうな方がゼリー。そう覚えればいい」

 そう、タツヴォラの背を見てヒビノワムが言った。

「へぇ、じゃ、あんたがイシュエルか?」

「…どういう意味だ?」

 へ、とタツヴォラが口から空気を漏らす。

「あ、メンゴ。逆だった」

「……」

 意味不明な言葉でタツヴォラのからかいに終止符を打つヒビノワム。

 しばしの沈黙。

「…とにかく、一度ロアーヌに行ってみる。プギャがもしかしたいるかもしれないし」

「プラダ兄弟を付けるぞ?」

「勝手にしなよ」

 からかわれて怒るような人間には見えないが、なんとなくタツヴォラの口調は冷たかった。

「いてもいなくても、すぐに来いよ。シーバの関所にいるからな」

「あいよ」

 軽く返事をしたものの、タツヴォラは少し機嫌を損ねているようだ。ヒビノワムが、あまりにもプギャに対して関心を示さない。確かに、自分でも探し続けてやっと見つけた、というほどの人物ではないことは分かっていたが、プギャの人生を変えてしまったのも自分だ。あのまま平凡に。その方がプギャには良かったのかもしれないのだ。

「じゃ、シルバリウスの門で」

 眠そうな口調と表情にその悩みは現れず、タツヴォラたちとヒビノワムは別れたのだった。

 

「1,2の3で突入ね」

 タツヴォラが言うと、ゼリエルは露骨に嫌な顔をした。

「プギノヤヌス・ヤーディスを探すのではないのか?」

「だって、気になるじゃん、あの声」

 あの声。

「おどりゃあああ!くらえ、こらぁぁぁ!!」

「きゃああ!このぉぉぉ、甘いの、よぉぉぉ!!」

 この声。

 表情は別段変わった所はないが、確実に心躍らせているのが分かる。

「…ふ~」

 軽く頭を振ると、ゼリエルは仕方ないといった感じで、体を沈めた。

「私が肩を貸そう。突入には思い切りが必要だ」

「うーん。できるだけ見つけられないように行きたいんだけどな?」

「…?なぜだ?」

「きっと、見つけられたら元に戻っちゃうと思うんだよね」

「何が?」

「口調が」

 ゼリエルが軽く眉根を寄せた。こんな所で何に時間を費やしているのか、と自問したに違いない。だが、タツヴォラは相変わらず眠たそうな顔で、了承するのを待つようにゼリエルを見つめている。

 そんな二人を他所に、イシュエルは一人ロアーヌの壁を手探りで調べて回っていた。

「兄様。なかなか難しいみたいだよ、ここ」

「そうか。入り口付近なら手薄だったのにな…」

 タツヴォラの目線から逃げるように立ち上がって、ゼリエルが弟に近付いていく。

「手薄な所から入ればいいじゃん?」

「ドアは一つしかないが?」

「……」

 確かに、ロアーヌの親子がいるであろう奥には、カウンターの向こうのドアからしか行けそうにない。後は、武器屋を囲む壁からの侵入だ。

「ま、とりあえず入り口から中に入ってみよう」

 そう言うとタツヴォラは、面倒臭そうに、しかし迷いなくロアーヌの中に入っていく。

「お、おい!?」

「わーい、勇者が泥棒?」

 ゼリエルとイシュエルがそれぞれの反応を見せながら付いて行く。

 音もなく開いたドア。その後には、何のリアクションも返ってこない。ただ、あの妙は声は、タツヴォラたちの耳に届いて止まない。

「この際だから、あのドアもこっそり開けて入ってみよう」

「お前、今さっき見つかりたくないって言ってたじゃないか!」

 小声で抗議するゼリエルだが、タツヴォラの一言で、簡単に打ち消される。

「だって、面倒臭いもん」

「……」

(こんな奴を託された日には、いくらヒビノワム様のお言葉とはいえ、我らでも一日で嫌気がさしてしまうだろうな…)

 顔が固まっているゼリエルの胸中を察することなど到底なく、タツヴォラはそれでも慎重にドアノブに手をかける。

「行くよ」

 振り返っての小声。もう、ゼリエルは黙って見ているしかない、と諦めたのだった。

 カチャリ。

 小さな音がすると、聞こえていた奇妙な声の音量が増えた。どうやら、気付いてはいないようだ。

 タツヴォラが、最低限の幅を広げて、ドアを抜けていく。その滑らかさは、隠密任務を多々任されてきた双子でも、思わず声を出しそうなほどだった。

 ドアの奥には、簡素な仕切りがしてあった。その先には、塀を間に置いて地面と空が見える。庭、ということだろう。

「どぉぉぉらぁぁぁぁ‼」

「まだまだぁぁぁぁ‼」

 叫びが近い。そう思うと、タツヴォラはいてもたってもいられなくなってしまった。それは、周りで見ていても丸分かりで、ゼリエルははらはらしていた。

「落ち着けよ、タツヴォ…!」

 手をかけようとしたタツヴォラの肩が、するりと離れていった。

 吸い込まれるように歩いていくタツヴォラが目にしたものは、予想通りだが、異常な光景。

 天井と四方のうち一方の壁がない形の部屋のような場所に、ずらりと並ぶ武器の数々。壁にかけてあるものなどは、その多さに壁が見えないほどだった。その中心で対峙する二人。

「死ねぇぇぇぇ!」

「親に向かって、そんなこと言うんじゃぁありませぇぇぇん!」

 プギャの思い人は、その身長ほどもあろうかという大剣を握って踏ん張り、あの村一番の力持ちという肩書きが合いそうな店主は、六角形の盾を構えて内股で立っている。

「もう一度いらっしゃい‼」

「言われなくても行ってやるぜぇぇぇ‼」

 前者が店主の、後者が娘の叫びだ。

「……」

 タツヴォラを追ってきて、現場を目撃したゼリエルは、言葉が出ないようだ。

「ね、見て損はないっしょ?」

「変なの~」

 イシュエルは満面の笑みでタツヴォラの腕を掴んで振って見せる。要するに、面白いらしい。

「む、何者ぉ!?」

 ガツーン、と刺さるというよりは砕くという感じの音がすると、タツヴォラの顔のすぐ横に、娘の持っていた大剣が突き立っていた。

「な、なによぉ、あなたたち‼ 泥棒なの!?」

 タツヴォラの予想に反して、どうやら見つかっても口調は変わらないようで、店主が内股のまま駆け寄ってくる。

「ひ、ひぃっ‼」

 真っ先に悲鳴を上げたのは、ゼリエルだった。それほど、今の店主は不気味なのだ。

「僕らは、城の使いで、プギノヤヌス・ヤーディスという人間を探しにきた者です」

 すらすらと口から言葉が流れ出すタツヴォラ。

「店の中から呼んでも反応がなかったので、無断で中に入りました。すいません」

 恐ろしいほどの二枚舌だが、タツヴォラの顔には幾つもの汗の玉が浮き上がっていた。店主の普段とは違う威圧感が、その場の三人を襲っているのだ。イシュエルなどは、タツヴォラの背に隠れて、ほんの少し顔を見せているだけだった。

「ふーん。まあ、とりあえず店の中に入ってくれ。こんな所じゃあ、何だからな」

 猫耳の少女が、壁の武器にかけてあったタオルを取って、首回りを拭きながら近付いてくる。

「そうね。むさくるしい所だけど、店の中でお待ちになって」

 今の店主の勧めを断る理由も勇気もなく、店の中に戻る三人。その目を、怖いもの見たさではなく、自らの危険を未然に防ぐために絶えず店主に向けながら。

「ふ、触れてはいけないものだった、かな…?」

「今更、遅い…」

「怖いよ~」

 三人の声は、小声なだけでなく、疲れ切っていた。あまりに、衝撃的な光景だった。

 ずがり、と荒々しく抜いた剣を少女が納めると、店主と共に店の中に入ってくる。

「で、プギノヤ…、誰だって?」

 どん、と腕をカウンターの腕に載せるように置いた店主の口調は、元通りになっていた。

「あ、あなた方は確か、先ほども来られた方たちでは…?」

「え、ええ」

 少女の言葉も元通りになっているのを聞いて、ほう、と溜息を付く三人。恐怖は、過ぎ去ったのだ。

「プギノヤヌス・ヤーディスです、店主」

 わざわざフルネームを言うゼリエル。名前など知っているわけがないのに。

「さっき来たときに…、いや、ここによく来る赤い髪の男なんだけど…」

「ああ、そんな名前だったのか、あの子は。いや、今日はあれから来てないぞ。どうしたんだい?」

「い、いえ、それが、行方不明、というかなんというか…」

「行方不明!?」

 ばん、とカウンターを叩いて体を乗り出す店主。かなりの迫力だが、先ほどの店主を知っているため、三人はそこまで驚かなかった。

「大変じゃねぇか!? 親御さん、心配してらっしゃるだろうに!」

「い、いえ、いなくなってまだそんなに経ってないですし…。どこかで遊んでいるのかも…」

「そうだといいけれど…。あの人、いつも何か思い悩んでいるような顔をしていらっしゃったし…。ねぇ、父さん?」

「そうだなぁ。よし! あんたらあの子を探しているんだろう?お得意様が危険な目にあっているかもしれないんだ! リアラ! おめぇ、この人たちに付いて行って、あの子を探して来い!」

「分かったわ、父さん!」

「あ、あっさりぃ~」

 突然の展開には、タツヴォラがなんとかそう反応しただけだった。

「い、いや、待ってくれ」

 ゼリエルが少し遅れて異議を唱える。

「我々は…」

 そう、プギャを探すために行動を起こしたわけではないのだ。本来の目的は盗賊団の退治だし、元々プギャに執着しているのはタツヴォラだけで、双子とヒビノワムにとってはいないならいないで良しとされる存在なのだ。

 だが、親子は聞いてはいない。

「大丈夫! こいつはあらゆる武器が使える、エキスパートだ。足手まといにはならねぇよ!」

「ぜひ、お供させてください」

「は、はぁ…」

 たかが人探しにそんなエキスパートはいらないのだが、盗賊団の退治となれば話は別だ。そう思ったゼリエルは、

「連れて行こう、タツヴォラ」

「はい?」

 タツヴォラにとっては、ゼリエルが真っ先に反対するだろうと思っていたのだが、彼のかなり乗り気に、首を伸ばして呆けた聞き返し方をしていた。

「ちょっと来い、タツヴォラ!」

「な、なに?」

 タツヴォラを引いて隅に行くゼリエル。武器屋親子は、不思議に思ったのだろう、顔を見合わせて首を傾げる。

「騎士団が使えないんだ。ここは、一般人で使えるものがいるなら、使おう!」

「うーん?」

「大体お前、武器を使えるのか? それとも、素手に自信があるのか?」

「それは秘密だ!」

 きっぱりと、なぜか胸を張って答えるタツヴォラ。それでも、眠そうな表情は変わらない。

「…まあ、いい。とにかく、今回の仕事は確実に遂行したい。いいな」

 話は終ったと言わんばかりに背を向けたゼリエルに、タツヴォラが問いかける。

「なんでそんなに熱心なのさ?」

「な、何でって…」

 半ばまで振り返ったゼリエルの顔が、苦悶に歪んでいる。なんでもない質問だと答えようとした自分から、言葉が出てこないことに困惑しているらしい。

「それは…」

「なーんーで! なーんーで! ほらイシュエルも!」

「りょうかぁい!」

「「なーんーで! なーんーで! なーんーで! なーんーで…」」

「う、うるさいぞ、二人とも!」

 タツヴォラとイシュエルの特殊合体攻撃に、思わず叫んでしまったゼリエルは、そのために呼び込んでしまったしばしの重い雰囲気を打ち破ろうと、

「そ、そんなことはどうでもいい!とにかく、ヒビノワム様が待っておられるんだ、急ぐぞ!」

 早口に捲くし立てる。

「そうだったぁ! ヒビノワム様が待ってるんだったぁ! 急がなきゃ、ね、タツヴォラ!」

 さすがにイシュエルを動かす方法はよく知っているな、そう思いながら、タツヴォラはカウンターまで歩み寄る。

「では、娘さん、お借りします」

「おうおう! 絶対に、あの坊やを見つけてくれよ!」

「よろしくお願いします」

 猫耳がぴょこりと動いて、少女はお辞儀をする。

「よし、急ごう!」

 こうして、どういうわけか武器屋の娘がパーティーに加わったわけだが、タツヴォラは自分に少し苦笑していた。すでに、プギャのことがどうでもよくなっている自分に。ほんの少し、顔に出しただけ、だが。

「ほえぇ~、尻尾まであるんだね?」

 しばらくの後、支度を整えて姿を現したリアラの背後に、長い体毛で覆われた長いものが別の生き物のように動いていた。

「出かけるときは、こうして尾を出せるような服に着替えるんです」

「外に出るときだけ? なんで?」

「危険を回避するため、です」

「??」

 タツヴォラが不思議そうに顔を軽く歪めるが、リアラは誤魔化すように微笑んだだけで、細かい理由は教えてくれなかった。ちらりと双子を尋ねるような目で見たが、分かっているのかいないのか、無反応だ。

「で、最初は何処を探すんですか?」

 話題を逸らしたかったというわけでもないだろうが、リアラが誰にともなしに尋ねた。

「その前に、自己紹介でもしないか?」

「あ、そうですね」

 武器屋を出て、少し早足でシーバの関所、シルバリウスの門に向かう。数あるテラメッチャの城下町の中では小さなシーバだが、唯一の特徴は、その古い関所だった。ほとんどの関所は戦争のために破壊され、戦争後に平和の象徴として可愛く作り直されているのだが、戦火から生き延びた数少ないものもある。そのひとつが、シーバの城壁砦、シルバリウスの門だ。

 その門を遠くに見ながら、猫耳の少女が自己紹介を始める。

「私は、武器屋ロアーヌの店主の娘、リアラ・ユウテンと申します」

 よろしくお願いします、と立ち止まってお辞儀するリアラの耳が、ぴょこぴょこと動く。

「私…、いや、こっちの男は…」

 どん、と背中を叩かれて、タツヴォラは困惑した。

「な、なんだよ、ゼリエル?あんたから言えばいいのに」

「この中では一応、お前の位が一番上だ」

 変なことを気にする人だ、とタツヴォラは思わずにはいられなかった。第一、今までのタツヴォラに対するゼリエルの態度は、位が上の者に対するものとは決して言えないはずだ。

「ま、いいけどね」

「……?」

 眠そうな細目が、横目でゼリエルを一瞥する。いわゆるジト目だが、余計細くなって見えて、少しゼリエルは圧倒された。

「僕は、タツヴォラ。シーバに一応住んでる」

 フルネームで自己紹介しないところは、なかなか感心できる。

「え、シーバに? 一応…って?」

「気にしてくれるな、おっかさん」

 ばこ!

「あいた!?」

「何バカなこと言ってる?この男は、タツノオドシゴ・ヴォラグラムといって、先日この国の勇者に認められた男だ」

「え!?」

 丁寧にもフルネームで他人の紹介をしてくれたゼリエルの言葉に、リアラが口元を押さえて小さく驚いた。

「ゆ、勇者ですか…!?」

「ま、まあ、一応、そうみたい」

 照れ隠しというのもあるだろうが、困った顔が強く出た顔の頬を、ぽりぽりと指で掻く。その視界に、差し出される一本の手。

「あ、握手、して下さい…! お願いします‼」

 勇者の硬直。それに伴い、完全に足を止める一行。石になってるタツヴォラに、ゼリエルが意地悪げに耳打ちする。

「してやるべきだろう? 第一、ナンパだったか? しに行った娘なんだろう?」

「ち、ちが…‼」

 呪縛が解けたと思うと、逆に不自然に速い動きでゼリエルのほうを振り向くタツヴォラ。

「僕じゃなくて…」

「ダメ、ですか…?」

 錆び付いたからくり人形のように硬い動きで視線を戻すタツヴォラ。そこには、大きな耳をぴたりと頭に寝かせて、今にも泣きそうな顔をしているリアラの姿。

「う…、い、いや、握手くらい、その…」

 すっ、と今度は意味もなく素早い動きで手を差し出すタツヴォラ。

「あ、ありがとうございます…!」

 勇者と、それを慕う民の握手。民の顔は至福の表情。そう取って、ゼリエルはなぜかとても嬉しい思いでいっぱいだった。腹の底から踊り出すような高揚感がこみ上げてくるようなのだ。

(どうして、こんなに喜んでいるんだ、私は?)

 イシュエルを見ると、やはり嬉しそうに、動きはもはや踊っている。弟も、自分と同じように喜び、その理由も同じなのだろうか。同じはずだと思ったが、高揚感の理由を尋ねるのは躊躇われた。このまま解らぬままでいい、浸っていたい、そういう気持ちだった。

 小さな手だった。人間として小さく生まれたのか、獣人は手が小さいのかは分からなかった。今は恐らく共に戦う仲間だろう。彼女とタツヴォラの手が、最初は余所余所しく、そして最後にはしっかりと握られた。

 ゆっくりと手を離すと、リアラは赤い顔で微笑む。タツヴォラは軽く微笑むと、すぐにリアラに背を向ける。

「さ、ワムが待ってる。行こう」

「行こう、行こう!」

 イシュエルが跳ねる。

「ちなみに、私はゼリエル・プラダ。そっちがイシュエル・プラダ。見たら分かるが、双子だ」

「よろしくぅ~」

「でも、性格は似てないみたいですね」

 後ろ向きに歩くイシュエルを見ながら、リアラが微笑んだ。密かに、タツヴォラが頷いている。

「そういえば、どこへ向かっているんです?まるで、探す所は決まっているみたいですね?」

「……」

 三人は無言だ。いや、イシュエルは少し違うが。とにかく、一斉に口を噤んだタツヴォラとゼリエルは、隣り合って、目で合図していた。

「どうする!? かなり正義感が強そうだから、騙したことを知ると怒るかもしれん」

「あの激しい口調で怒り出したら、結構怖いね」

「呑気に言うんじゃない! タツヴォラ、お前がごまかせ!」

「いぃ? なんで、僕?」

「さっき、ロアーヌで恐るべき二枚舌を見せただろう!?」

「あ、あれはあまりに店主が怖かったからで…」

「いいから、お前に任す! 私は、女を口先で欺くのは好かない」

「…他人の手だけ汚そうって、最低…」

「う、うるさい! お前に向いているから、それだけだ!」

 と、会話にするとこうなるが、それを僅か三秒で言い合った二人は、お互いに表情の変化が見られた。タツヴォラは冷たい目でゼリエルをじっと見るし、ゼリエルはそれを避けるように目を逸らして出来るだけ無表情にタツヴォラのいる側と反対方向の空を眺めている。ただゼリエルの汗が、二人の険悪ムードを示していた。

「いや、この双子は情報収集が仕事なんだけどさ。この二人の上司に、まず報告しないといけないんだ」

「そうなんですか?」

「うん、で、その上司っていうのが、シルバリウスの門で待ってるはずなんだ」

 相変わらず無表情を保っているつもりのゼリエルだが、タツヴォラが口先がどうのというより、騙しているということに寸分の戸惑いも見せていないので、全体的に少し顔が伸びていた。タツヴォラの一つの特技、というにはあまりにも悪質な能力なことは、間違いない。

「そう、勇者様がおっしゃるなら」

「いや、別にタツヴォラって呼んでくれていいよ」

 照れ笑いと可愛い笑みと。なぜだ、とゼリエルが思うのも、間違っていないはずだ。

「民を騙してでも幸せにする…。それが、勇者なのか…?」

 小さく呟いたゼリエル。明らかに、彼はそうさせたのは自分だということを忘れているが。

 一人頭に?マークを浮かべてそれでも楽しそうなイシュエルが、タツヴォラの背を押す。

「はぁやく、行こう!」

「へいへい」

 イシュエルに促されるままに進んでいく三人の前に、壮大な門が見え始める。それは開けるのに機械仕掛けと五人の男たちが取り付いて、やっと開く代物だ。

 青銅の色に輝きを付けたような明るい深青は、城端の一般の家の存在を薄くしてしまう。門は、王城と見比べて初めてその美しさが認識できる。何か、別の世界のものに見える程の特異な存在感なのだ。そのために、同じ性質を持つ王城と城門砦を繋げば、それは一つのテラメッチャの国の形と言って間違いはない。

「このぉっ‼」

 バッン!!

 女性の悲鳴と、何かが破裂するような音。ついでに、その後に男の悲鳴が聞こえたということも、付け加えておこう。

「か、考えたくはないが…」

「きっと、ヒビノワム様だよ!」

 そう言うと、タツヴォラとリアラを置いて駆け出す双子。リアラの問うような目線に、タツヴォラは肩を竦めて返しただけだ。

テラメッチャで王城の次に高い建造物であるシルバリウスの門は、それを中心に、両側の壁がしばらく民家ほどの厚さを持っている。人が住めるような空間があるのだ。もちろん、番兵が滞在するものだが、長い間戦争がなく、付きっ切りで監視する必要もなかったので、最近はあまり使われてはいない。独り者の兵士が、家に帰るのが寂しいというときに使うくらいだ。もっとも、今は戦争が近いと城端で噂があるように、兵士たちが常駐し始めるのも、そう遠くはないかもしれない。

故に砦と言ってもおかしくないシルバリウスだが、その城壁内部に入る入り口から、鎧を着た金色の髪の女性と、それに追われるようにして出てくる一人の見覚えのある男。

「か、勘弁、勘弁!」

「今日という今日は許しません、ヒビノワム様!」

「様付けして呼ぶような相手に剣を向けるなぁ!?」

 両手で頭を抑えて、女性の剣から逃げ回るヒビノワムは、

「カッコ悪…」

 タツヴォラの一言で片付けられる。

「ヒビノワム様ぁ!」

「すいません、うちのヒビノワムが何か?」

 駆け寄っていたイシュエルがヒビノワムの肩を掴み、回転して位置を入れ替わると同時に、ゼリエルがイシュエルと背中合わせに立つと、向き合うヒビノワムと女性の間に、双子が立つ形になった。

「あら、プラダ兄弟。またヒビノワム様を庇おうってのかしら?」

「すみません、ビルギットさん。ヒビノワム様の乱心は、よくあることですので…」

「よくあったら困るのよ! 私がヒビノワム様を斬れば、一体何十人が喜ぶかしら? いえ、何百人?」

 そこまで言って、シルバリウス準最高責任者・ビルギット・グリードは、舌打ちした。自分で言い過ぎたと後悔したからだ。ゼリエルの顔は強張り、あのはしゃいでばかりのイシュエルは、首だけをこちらに向けて睨むような目つきで、しかし悲しそうに顔を歪めているのを見ると、こちらが正しくても悪い気がしてくるから不思議だ。

「ご、ごめんなさい、少し言い過ぎたわ…、って!?」

 気付くと、足下に親指を口にくわえたヒビノワムが、悲しげな表情でしゃがんでいる。

「ひどいよぉ、ビルギットぉ」

 そう言いながらヒビノワムは、ビルギットの女性用鎧の特徴であるスカートの下に潜り込んでいく。

「やん…‼ …こ、このぉ‼」

 ビルギットの握り締めた拳が頭上高くに登っていくと、反転、そして落下。ガツン、とかなりいい音がした。

「ぐわたたたた‼」

「「ヒ、ヒビノワム様!」」

 ゼリエルとイシュエルが屈みこむ。さすがにこれはビルギットに何も言えようがなく、頭を抑えるヒビノワムを近付いてきたタツヴォラの方へ、脱力しきった顔で引っ張っていく。

「え…、と。この人、は…?」

 恐る恐るといった感じでタツヴォラに尋ねるリアラの顔は、かなり無理をして我慢しているのが分かる。笑い出すのをか、冷たい目をしてしまいそうなのをか、怒り出しそうなのをかは分からないが。

「え…、と。これでもこの国で五本の指の入るだろう、偉い人です」

「……」

 リアラに口を引きつりながら言うタツヴォラの顔も、何かを我慢している。

「ワム、起きなよ、ワム」

 タツヴォラは、特に言うようにでもなかったが、近付いて何の戸惑いもなしにぺしぺしと彼の痛む頭を叩いている。

「あ、タツヴォラ! ダメだよ、叩いちゃ!」

 ゼリエルの台詞をイシュエルが言ってしまったらしく、ぱくぱくと口を動かすゼリエル。

「タツヴォラァ! お前に叩かれる筋合いはないぞぉ‼」

「わぁ、変態が怒った!?」

 がばりと起き上がったヒビノワムと、追いかけっこするタツヴォラ。眠そうな顔をして、なかなか捕まらない。

「あなたたち! 一体何しに来たの!?」

 このまましばらく騒ぎそうな勢いだったが、ビルギットの叫びに、全員の目が彼女に向く。

「おお、そうだった」

 その言葉に、その場にいた三人、勇者と変態に仕える双子は、やはり、と思った。それは、ヒビノワムが本来の目的を忘れているのではないか。そんな、情けない疑いを持っていたということを証明していた。


「ふーん、人を探してるの?」

「いや、本当は…」

「ヒビノワム様!」

 ヒビノワムの足を踏んだのに、何事もなかったように目の前のコーヒーを啜っているゼリエル。顔を歪めながらヒビノワムはそれを見ると、納得いかない顔ながら、それでも押し黙った。

 シルバリウスの門の駐屯所に入った五人。中は思った以上に広く、ダイニングのようにくつろげるようになっており、嵐の前のティータイムを味わっていた。

「で、その少年が、外へ出たって保障はあるのかしら?」

「そんなものは、根性で何とかなる!」

 ヒビノワムの自信たっぷりの叫び。

「ならないと思う」

 タツヴォラがぼそりと呟く。かっと目を見開いてヒビノワムが立ち上がるが、理由はタツヴォラへの憤りではない。

「なんで! 俺のコーヒーはないんだ!?」

「痴漢にはあげません」

 確かに、椅子に座っているのは六人なのに、カップの数は五つしかない。明らかに故意だ。

「なんでだよ!? 俺のほうが偉いんだぞ!」

「ヒ、ヒビノワム様…」

 職権乱用を肯定するような言葉にゼリエルが口を引きつらせる。

「偉くても、悪いことをしたら罰を受けねばなりませんわ」

 静かに紅茶を飲みながら冷静に言うビルギットに、タツヴォラが質問する。

「ねぇ、ワムは一体何をしたの?」

「着替えの覗き」

「覗きって…。だって、ビルギットさんはもうきちんと服を着ていたじゃないですか? それとも、別の人を?」

「いいえ」

 首を振って、呆れたというよりも疲れたという感じで溜息を付くビルギット。

「さぁて、喉も潤ったし、もうそろそろ出るか?」

 何も飲んでいないはずのヒビノワムの顔に、汗が見え始める。

「この人、最初っから最後まで覗いてたの」

「っていうことは…」

「見てるのがばれて、私が怒って、それでも見てたのよ! それで私は急いで服を着て追う。それでやっとヒビノワム様は逃げ始めたのよ!」

「逃げ切る自信はあった!」

「なぁにを自信満々で言ってるんですかぁ!?」

 主の情けなさに思わず涙ぐむゼリエル。

「ヒビノワム様ぁ。僕のコーヒーあげる。これ苦いんだもん」

 聞いていたのかいないのか。いらなくなったものを主に勧めるイシュエル。

「さぁ、行くぞ!」

 とっととこの場からオサラバしたいヒビノワム。

「っていう連中だから」

「…え、は、はい」

 珍しくあまり口を挟まなかったタツヴォラは、甘いカフェオレに笑顔を向けて、全く話に付いていけないリアラに落ち着いた様子で言った。それは、今までに見せていた気だるそうな、人を侮るような口調ではなく、ごく自然な、優しい言い方だった。

「そういえば、ロドリゴ君が同じようにこの門を抜けてどこかに向かったようだけど、何の用だったかご存知?」

 そのビルギットの言葉に、ヒビノワムの顔が歪む。

「ヒビノワム様」

「ああ…」

 ゼリエルの呼びかけに、ヒビノワムが小さく答える。二人はその理由を知っているのだろうが、あえてビルギットに話そうとはしなかった。

 そのまま、ビルギットに付いて、五人は門の外に出た。テラメッチャは、ある事件が元で、囲まれた大地のしばらくが、様々な気候の風景を共存させていた。とはいっても、熱帯の温度帯と冷帯の温度帯が同時に存在するというわけではなく、暖かい場所に寒い所でしか育たない植物を生やすというように、秩序のない自然が今のテラメッチャの特徴の一つだった。

 その風景にタツヴォラが睡眠に対する欲望を掻き立てられているとき、ヒビノワムとゼリエルは真剣な面持ちで事態を推察していた。

「面倒なことになった」

「? どしたの、ワム?」

 一度強く瞬きして、タツヴォラがヒビノワムに尋ねる。

「騎士団が動くかも知れん」

「へぇ」

「…!へぇって、お前…!」

 一気に喉まで来て突っかかった熱いものをヒビノワムは何とか飲み下し、ちらりとビルギットを見る。

「じゃあな、ビルギット。俺を探す人間がいても、ここを通ったことは喋らないでくれよ」

「……」

 ビルギットは沈黙を保ったまま、ヒビノワムを見る。しかしその顔は、不満もあらわにやる気も無さげな表情だった。

「いや、なんでそんなに嫌そうなんだよ?」

「別に」

「……」

 今度はヒビノワムが沈黙する番だった。

「とにかく、急ぎましょう、ヒビノワム様」

「頼むぞ、ビルギット」

「了解です」

 軽く微笑んでいったビルギットを見て、やっと安心したように歩き出すヒビノワム。その彼の後ろから、タツヴォラが一言。

「ヒビノワムの位って、有名無実だね」

「……空が、青いなぁ」

 ちなみにテラメッチャの空は、その異常な自然と連なるように青い色になることは珍しい。現に今も、ほとんど紫だった。

「とにかく、急ぎましょう」

「ああ」

 こうして急ぎ足でテラメッチャを出た五人。とは言っても、ここからも当分はテラメッチャの領土だ。それは、ジャングルや砂漠や草原が落ち着く土地まで続いている。

「あの…、すいません」

「ん?」

 しばらく歩いていると、リアラがヒビノワムに尋ねた。

「みなさん、人探しって、まるで最初からいる場所が分かっているみたいに進んでらっしゃいますけど…」

「あ、ああ、それは…」

「ヒビノワム様!」

「分かってるって! 足は踏むなよ!」

「…?」

 リアラのことは、軽くゼリエルからヒビノワムに説明してある。行方不明になったプギャを探すためというので、半ば騙した形で連れて来たという内容だ。もちろん、騙したのはタツヴォラということになっている。まあ、事実と言えば事実だが。

「それがな。騙していたみたいで悪いが、実はこの二人が重大な情報を持って帰っていたんだ」

「重大な情報、ですか?」

「そう、重大な情報」

 にやり、とリアラを話に引き込めたことに顔を綻ばせるヒビノワムを、タツヴォラは冷やかな目で見ていた。どうやら、その道を極めようとする者にはすぐに見破れるらしい。

「ここから少し東に、盗賊団が巣を作っているらしいんだ」

「あ、知ってます。“グラマラス・ガール”っていう最近力を伸ばし始めている盗賊団ですよね?」

「は、あ。そ、そうなんです…?」

 もちろん、そんな情報はヒビノワムの頭の隅々、体の端々を絞っても洗っても出て来はしない。恐るべし城端の情報力、と言わざるを得ない。

「で、それが何か?」

 ずばっという手応えがあったであろう口調で、リアラがヒビノワムに問い返した。すでにヒビノワムは土俵際だ。

「あ、あの、それでですねぇ…」

「ヒビノワム様! 曲がりなりにも騎士と庶民ですよ! 敬語はお止め下さい!」

 小声で耳打ちするゼリエル。真似をしているつもりなのか、もう一方の耳にイシュエルが耳打ちする格好。もちろん、話の内容は、ごにょごにょ、だ。

「あ、う、うむ。それでだなぁ…」

「そんな偉そうにすることも…」

「や、やかぁしぃわぁ‼」

 ヒビノワムの怒声に、場の人間の目が少なからず多からず、見開かれる。タツヴォラの目ですら、少し大きくなった。面白さに僅かに折り曲がっただけかもしれないが。

「見ろ! あのタツヴォラだって生意気な口も挟まずに黙ってるのに、お前は俺の保護者かっていうくらいちくちくちくちく…。ウルッセェってんだよ‼」

 なぜヒビノワムが怒っているのか分からないリアラは顔を固めたままだが、タツヴォラは口の端がつり上がっていた。そして兄弟が…。

「う、う…」

「す、すみません、ヒビノワム様。出すぎた真似を…」

「わぁぁぁぁ~ん」

 片膝を折って跪くゼリエルと、泣いてその場に座り込むイシュエル。

「ごめんなさ~い、ヒビノワム様~」

 イシュエルの泣き声が、遠く空に昇って、風に乗ってどこまで行きそうな雄大な自然が、五人を離れた所から見つめている。

「お、おい。そんなに気にするなよ。っていうかイシュエルは関係ないだろう」

「ごめんなさぁ~い」

「我ら双子は一心同体。私のミスは、弟のミスでもありますから」

「分かった、分かったから! そうだった、お前らだけだったんだよな、俺に付いて来てくれたのは。悪かったよ、ホント」

 双子をなだめにかかるヒビノワムの横で、あるかなきかの笑み、彼にとっての面白くて仕方がないというような笑顔を浮かべて、タツヴォラがリアラに話し始めていた。

「だから、その盗賊団に、もしかしたらプギャが捕まっているかも知れないって情報があったわけ」

「え…!? そんなの、大変じゃないですか、勇者様!?」

「あ~、勇者様は、止めてねって…。タツヴォラでいいよ」

「ごめんなさい、タツヴォラ様」

「……」

 少し顔を歪めるタツヴォラだったが、ひとまずそれは置いておく事にした。

「で、真偽の程を確かめてる間も惜しいから、僕らが行くわけ」

「そ、そうなんですか?」

「……」

 駄々をこねる子とその親とも違う妙な状態に陥っていた三人の目が、タツヴォラとリアラに向いていた。イシュエルも泣き止み、そう、タツヴォラの二枚舌に見入り始めているのだ。

「でも、そういうことは騎士団に任せておけば…」

「まず確かめるだろう? 本当に捕まっているのかどうか。でもその時差が、プギャを危険な目に合わせるかもしれないんだ」

「プギャさんは、タツヴォラ様の大切なお友達なんですね…?」

「ああ、とても大切な、ね」

 これは、建前である。本音は、次のような感じ。

(友達っていうか、あいつも勇者なんだよねぇ~。でも、勇者が捕まったなんてイメージダウンも甚だしいから、そういうことにしてあげるよ、プギャ)

 本当は、噂のうの字も無いプギャが捕まったという話を、リアラに話した時点でかなり可哀相なのだが、すでにプギャは利用される可哀相な役回りになってしまっているのかもしれない。その最たるものが、妙な形で表れる。

「さすがは、勇者様…。大切なお友達のために、ご自分の命を賭けられるなんて…」

 タツヴォラを見つめるリアラの目は、勇者を敬う民とは違う何かがあったのだ。

「なぁ」

「はい?」

「あの子は、本当はプギャが思いを寄せる娘だったんだろう?」

「と、タツヴォラは言ってましたが…?」

 距離を置いて話す二人の会話。回りから見ても、タツヴォラを見るリアラの目が何を訴えかけているのか、分かるようだ。

「え~。何なの、兄様? ヒビノワム様? どうしたの?」

 しかし、イシュエルにはまだ早かったようで、教えてもらえないことにはぶてている。

「なんか、狂った歯車だな?」

「タツヴォラは、元々おかしいですよ」

 誰一人として、プギャを憐れむ者がいない。これでプギャの役柄は決定だ。

 そして当のタツヴォラは…。

「プギャは、一番大切な友達だからさ」

(なんて、ね)

 本人はリアラの視線の意味に気付いていないが、それでも口から出る言葉が、本人にしては冗談なのにリアラの心を揺さぶるのだ。運がいいというのは間違いかもしれない。少なくとも、タツヴォラの望むことではないのだから。それでもやはり、運がいい、というのが一番近いような事態の変化。

「行こう、プギャが待っているかもしれない」

「はい、タツヴォラ様」

 タツヴォラの背を追うように歩き出すリアラ。

「知らないぞ、俺は」

「わ、私も知りません」

「僕にも教えてよぉ、ねぇ?」

 イシュエルにすがられたゼリエルもヒビノワムも、なんだか不吉な予感がする、そう思っていた。


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