《勇者、動き出す》~やることはあるのか?~
大人しくしてられない気だるそうな勇者は、遊び半分に外へ抜け出す。目指すは武器屋!目的は恋路をからかうこと!それは知ったヒビノワムは嫌な予感がして!?
「もうあれから一週間かぁ」
「することないよね?」
「そうだなぁ」
乱雑にものがばら撒かれているヒビノワムの執務室で、タツヴォラとヤーディスは、茶を啜りながら窓から外を眺めていた。鳥の鳴き声が、緑の生える庭園のどこからか聞こえていた。
「変わったのは、この服だけかぁ」
「そうだね」
マントを弄ぶタツヴォラに、軽く笑って答えるヤーディス。
「あ、でも、ヤーディスが、プギャになったよ」
「ほ、本当にそれで通すの?」
「当然。僕はタツヴォラなんて名前だし」
ヤーディス改めプギャは、ヒビノワム命名のあだ名だ。由来はタツヴォラと同じ。
「うう」
王に勇者と認めてもらって一週間が経つというのに、二人は時間を持て余していた。といっても、それはタツヴォラのみだ。プギャは学校に通っているし、家にも帰らなければならない。どうやら家族にはまだ勇者のことを話していないらしい。勇者なのに、勇気がないのだ。
かつん、と軍靴の音を立ててタツヴォラが立ち上がる。鎧はさすがに断れたが、堅苦しいぴっちりとした軍服はかなり窮屈だ。胸を大胆に開けても、息苦しい。
「なんか、暇だぁ」
「そうかな?」
いつにも増して眠そうダルそうに喋るタツヴォラの言葉に、プギャは苦笑した。
「まあ、プギャは朝は学校に行って、家に帰って、城に来て、夜になるとまた家に帰って、の繰り返しだもんなぁ」
「うん、結構疲れるんだ」
ずず、と緑色の液体を喉に流し込むと、タツヴォラがふらふらと立ち上がる。
「よし、今日は城下に僕も行こう」
「え? い、いいの?」
「いいの、いいの」
タツヴォラは、学校には通っていない。ヒビノワムが知っているのかどうか、少なくともプギャはその理由は知らない。というか、タツヴォラのことをほとんど知らないといったほうが正しい。共にいる時間はこのところ多いはずなのに。
とにかく、タツヴォラは普段することがないようだった。家に帰るということも目にしたことはないし、ずっと城にいたのだろう。そしてそれは、ヒビノワムに言われていたことだった。
「お前は暇だから、城に常駐しときなさい」
と、言われたそうだ。
だが、この一週間は勇者としてやることが何もなかった。戦争の状況も詳しく分からない。緊張が高まっているのかどうか。それすらも分からなかった。一番敏感なのは城端町だが、タツヴォラは行ってないし、プギャは興味がない、というか怖くて聞いていられないらしい。
「さ、行こう」
いつの間にか普段着に着替えたタツヴォラは、プギャの手を引いて部屋を出ようとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ!? こ、この服で出るのは…。き、着替えさせて…!」
「ええ? そっちの方がいいんじゃないの? かっこいいとこ見せられるよ?」
「な、なんのこと?」
突拍子もないタツヴォラの言葉に、プギャが何のことか全く分からずに聞き返す。
「武器屋・ロアーヌ」
「……‼」
プギャの口が、どうして、という形をしたが、声にはなっていない。
「初めてプギャを見た日、さ」
そういえば、タツヴォラはあの日、プギャの視界によく入った。もしかしたら偶然ではなく、自分に目を付けて追っていたのでは、とプギャは思った。
「店出たときのあのにやけた赤い顔。見てらんなかったね」
「も、もう‼ よしてよ、タツヴォラ!」
「にゃはは」
というわけで、着替えるプギャを押してこかして遊んだりしながら、それが済むと二人は城の外に出た。
その直後、執務室。
「おーい、タツ…」
がちゃり、と珍しく部屋の主が入ってきたとき、そこには猫の子一匹いないすっからかん。カーテンが風に撫でられて優しく揺れているのと対称的に、ヒビノワムの全身は怒りに打ち震えていた。
「タ…、タツヴォラー‼」
こうして、勇者としてではないが、タツヴォラという歯車は周りを巻き込みながら動き出したのだった。
「胸が、こう、ドキドキッ、て?」
「…う、うん」
顔を真っ赤にしながら渋々答えるプギャに、タツヴォラはにやけ顔を止められない。
「ふーん」
「も、もういいでしょ、タツヴォラ!?」
「ダメ、ダメ。だって…」
「だって?」
「楽しいじゃん」
「……」
眠そうなダルそうな顔で言われると、言い返す気力が失われる。ただでさえ最近体重が増えて、体を動かすことに億劫になっているというのに。
「もうすぐだよねぇ?」
「う、うん…」
二人は、いつかタツヴォラをプギャが初めて見た場所に来た。
「どおおりゃああ、来いやぁぁぁぁ‼」
「言われなくても…、行くわよぉ‼」
そんな声が響き渡る青い空の下。タツヴォラは怪訝な顔をしながらも、すでに照れ笑いを浮かべているプギャの後を付いて、武器屋へと向かった。
ヒビノワムは早歩きしながら、とにかく城を出る方針を立てていた。タツヴォラを追うためだ。
「まさか、城の中をうろうろしているなら、俺にも伝わってくるだろうしな」
たまに目を離すとこれだ。まだ、タツヴォラのことを理解しきっていないのが歯痒かった。そういうところがある、と割り切って考えているととんでもない目にあう。何を考えているのか分からないことが多々あるし、このままでは自分はただのお守り役になってしまいそうだった。それも、タツヴォラにヒビノワムにとって都合のいいような考え方をするようになるための、教育ぶったお目付け役。
「はは、デュデュ様じゃあるまいし…」
苦笑すると、歩く速度を上げる。と、視界に懐かしいものが入った。
「あ、お前たち…」
「あ、兄様! ヒビノワム様だ!」
「なに?」
長椅子のある広いフロアの隅に、二人の騎士が手に紙を持っている。
「久しいな、イシュ、ゼリ」
「ヒ、ヒビノワム様…」
一人が震える声で言ったと思うと、もう一人が子犬のようにヒビノワムに駆け寄る。
「お久しぶりです、ヒビノワム様!」
「ああ、お前たち、元気そうで何よりだ」
もう一人も、ヒビノワムにゆっくりと近付いてきて、敬礼した。
「ヒビノワム様が元気なのも、すぐに分かりますよ?」
「あまり良い噂ではないですが」
二人の連携攻撃に、ヒビノワムは口の端を引きつらせた。噂とは、騎士たちが言っている噂だろうか、それとも、メイドや女性が言っている噂だろうか。
少し話せば性格がかなり違うのがすぐに分かる二人は、格好が同じだ。鎧ではなく、タツヴォラが着ていたような軍服に近い軽そうなもので、マントも羽織っていない。
だが、同じなのはその身軽な格好だけではない。そのものずばり、顔が同じ。背丈も同じ。つまり、双子だった。
彼らは、二人で一組の王国諜報員だった。忍者のような身のこなしを習得し、一応は騎士であるが、その服装を簡素にすることを許されていた。元来、服にこだわる必要もあまり無い。なぜなら、あまり人前に姿を現さないからだ。
「その紙は、何かの資料か?」
「はい、ロドリゴさんに頼まれたものです」
双子の一人が淡々と答えると、ヒビノワムは軽く笑い、その肩に手を置いた。その内容を言わないのは立派だが、依頼主を言ってしまった。それが自分が相手だからだと分かっているから。
「相変わらずだな。ロドリゴのやつ、そんなことまでやってるのか。見習いの立場を盾にしてやがるんだな」
「今は我らは呼ばれるのを待って任務を与えられています」
「ヒビノワム様のためじゃないんだ」
少し悲しそうな顔をして、双子が言う。一人が悲しそうに言うと、悲しい顔の表情は連動するように同じになる。
「ロドリゴの任務なら、立場が上の俺の方が優先だな?」
「ヒビノワム様より上の人なんて、あんまりいないですよ」
「それに我ら、ヒビノワム様のためのみに生きることを一度は誓った身ですから」
「俺が破らせたがな」
ヒビノワムが笑いながら言うと、二人は顔を歪めた。それはまるで、大切なものが離れていくのを目の前にしているかのように無力感に苛まれていて、そして切ない。
「ヒビノワム様が仰ってくだされば、我らはいつでもヒビノワム様のためだけに働きます」
「ヒビノワム様! 僕らを、あなた様の専属に、戻していただけませんか?」
双子に共に悲しい顔をされると、ヒビノワムは一瞬たじろいだが、振り切るように鼻で笑って、
「お前たちは、お前たちのために生きれば良いのだ」
「しかし…!」
「…。では、もし俺の変わりをあてがうとしたら、どうする?」
二人の顔を交互に見ながら、ヒビノワムが試すように聞く。
「それは、ヒビノワム様以外の者のために働けと?」
「そうだ。俺に対してお前たちがしたいように、その者に対するのだ」
ヒビノワムの顔は、いつもタツヴォラに振り回され、女性のお尻を追い掛け回しているような顔ではない。その黄金の色の瞳が、それ自体の力で輝きを発しているようにすら見える、静かで真剣な眼差し。
「…。本気で仰られているようですが」
「ヤダよ、ヤダよ! 兄様、何言ってるの!?」
「その者によります。ヒビノワム様に、匹敵するような人間ならば或いは、我らの気も揺れるやもしれません」
「そうか」
双子の兄が、弟の泣き声を無視してヒビノワムに、これも真剣に見返す。弟と同じ、ダークブラウンの瞳。
弟の兄を責める声がする中、ヒビノワムと兄の方はしばしの沈黙を保つ。
「まあ、いい。とにかく、今は頼みたいことがあるんだ」
「何でしょう? ヒビノワム様のご命令ならば、王の命とて後回しにいたします」
「そ、そこまではいいって」
苦笑いで手を振るヒビノワム。昔から、ワガママな弟よりも、ずっと自分の信じた道を突っ走る男だったと、ヒビノワムは思い出していた。だからこそ、弟もワガママでいられるのだろう。
「一人の少年を探して欲しい」
「少年、でございますか?」
「恐らく城端のどこかにいるはずだ。名は、タツノオドシゴ・ヴォラグラム。私が見つけてしまった、勇者だ」
タツヴォラの名を口に出して、複雑な表情をするヒビノワム。しかし、その合計点は決してマイナスではない。それを察してか、噂は聞いているだろうに何も言わず、双子は声を揃えてただ言った。
「「かしこまりました。我らプラダ兄弟、ヒビノワム様のため、この任務、命に代えましても遂行して見せます」」
「そ、そこまで気張らなくても、いいんだけどさ…」
「では!」
「いってきまぁす!」
ヒビノワムの髪を、声の直後に起こった風が撫でた時には、二人の姿は消えていた。
「ま、味方がいるっていうのも、悪くはないか。でもあいつらも、俺の味方のはずなんだけど、なぁ?」
ヒビノワムのボヤキを聞くものがいるはずもない。なぜかあの眠そうな顔が頭に浮かぶと、元々見えないはずなのに、不安が余計に空気に見えなくなってしまうようで、胸を締め付けられるような気がした。
「どうでもいいけどさぁ」
「うん…」
二人は、武器屋ロアーヌの前で立ち尽くしていた。
「あの時々聞こえる変な声、この辺から聞こえるよな?」
「うん…」
今日は、ただ会いに行くだけではなく、話しかけてみようという目標をタツヴォラが立てたため、プギャはどこか上の空だ。そして、二人が店に入らないのも、プギャの足が凍ったように動かなくなったからなのだ。
「だいたい、口調と声色が、合ってない」
「うん…」
「ごつい声なのに、いくわよ~、とか言ってるし、女の声で、行くぞおら~、とか言ってるし」
「うん…」
「……」
いつもの眠そうな顔が、一瞬完全な無表情に見えたのは気のせいだろうか。
「行け」
そのタツヴォラの小さな一言と共に、どんと背中を押されるプギャ。そのまま勢いよくドアを開けて店に突入していく。そのときのプギャーの顔といったら、王の頭を踏んずけたと理解した時と同じくらい、部品がばらばらになって歪曲していた。
「大丈夫だって、プギャ。何しろ、六年越しの恋だっていうんっしょ?」
「は、はわわわ」
後から落ち着いて入ってくるタツヴォラの声も、プギャの慌てように掻き消され、その慌ての波動がタツヴォラにぴちぴちと当たる。
「い、いたい、痛いよ、プギャ」
単純に、プギャの振り回す腕が当たっているだけだが。
「ご、ごめん、タツヴォラ。なんだか、ドキドキしちゃって…」
「とりあえず、その壁から取った大斧は戻そうね?」
「え…、あっ!」
プギャが取った瞬間に距離を取ったタツヴォラが、やはり冷静に、というよりもやる気のない声で忠告する。
「…留守? 無用心だな?」
「いつもこうなんだ…。こ、こんにちは~」
プギャの弱弱しい声が響く。声は物質に当たって跳ね返るが、プギャの声は弾かれるという感じで、相手にされないのではないかと心配になる。要するに、声が小さすぎる。
「あ、お客さんだわ!?」
「まずい、行こうぜ!」
「うん!」
その声に、プギャは何の反応も示さないのはなぜだろうか。タツヴォラは、そのあまり幅のない感情表現をする顔が、珍しくもおかしく歪められているというのに。なおかつ汗までもかいて、この世の終わりでも見たかのようだ。
「あの声…、ここの店員…?」
どうやらそのようだ。おおかた、プギャは店に入ると舞い上がってしまって、何も聞こえなくなっているのだろうが、それは恐ろしいあることを示していた。
「へい、らっしゃい!」
「すみません、お客さん」
タツヴォラの口の端が、ぴくぴくと引きつる。同じ側の目尻もつりあがる。それは、見えない何かが顔の片方を引っ張っているようにも見える。
カウンターの奥のドアから現れたのは、大きな男と、猫のような耳をした少女。これが恐らくプギャの思い人だろう。姿を見せたときに言った台詞は普通だった。しかし先ほど聞こえていた奇声は、前に説明したとおり、男の声が女のように喋り、女の声が男のように喋っていた。そして声は、眼前に現れた二人と同じ…。
「……」
「あ、また来て下さったんですね?」
「珍しいね、坊や。連れがいるなんて」
「は、はい…。この人は…」
タツヴォラのことを説明しようとして、プギャは困った。どう説明すれば良いのかさっぱり分からないことに気付いたのだ。
「が、学校の友達です」
「へぇ、そういや、勉強のし過ぎか、固い顔をしてるねぇ」
プギャとはまったく別の理由で固まってしまったタツヴォラを見て、店主は言ったのだが、タツヴォラなど省みもしていなかったプギャは、その言葉に引っ掛かった。眠そう、ではなかったのだ。
「タ、タツヴォラ…?」
プギャがどういうことかと振り返ってみると、タツヴォラの視線はカウンターに向いてはいるが、見てはいない。遠くへ旅立ってしまったのだろう。それを見て、プギャが眉根を上げて顔を曇らせた。
「ちょ、ちょっとぉ」
当然だ。せっかくチャンスを作る手助けをしてくれるはずだったタツヴォラが、戦線離脱したのだから。頼りにしていたものを最前線で失ったプギャは、これから剣林弾雨をどうやってかいくぐれというのか。
「どうしたい? やっぱり勉強のし過ぎかい?」
大柄な体がカウンターにどんと重そうな腕を置く様は迫力に満ちていて、プギャは圧倒された。
このごつい店主が親、そうでないにしても、保護者というのは、今までの通ってきた経験からして確かなはずだ。つまり、女の子と仲良くなるための障害には十分なり得る。今までは、話せればいいなとは思っていても、その姿を見られればそれで満足していた所があったのでそこまで気にならなかった。しかし今この男が、プギャにとっては城よりも大きな壁に見えていた。
「どうしたい、坊や? いつにも増して、大人しいじゃあねぇか?」
それが、プギャには恫喝に思えて、体が竦んだ。
(い、いや、プギャ! 勇気を出すんだ! ここで勇気を出さなければ、いつ出すというんだ!)
ここから、しばらく長い彼の葛藤が始まる。
(タツヴォラも、きっとあまりにも僕が不甲斐ないから呆れて逝ってしまったに違いない。…あれ? 待てよ? 勇者って、勇気と力を備えているものを言うんじゃなかったっけ? 僕には、勇気が、ない…。じゃ、じゃあ、僕が勇者だっていうのは…、嘘!? ウソ…。そんな…)
この長い心の中での独白は現実では二,三秒だったが、その間にもプギャの顔の俯き加減はMAXに到達し、頭頂どころか彼の後頭部までも店の二人には見えていた。もちろん、不審な姿だ。
「ど、どうしたい?」
「だ、大丈夫かしら?」
(いや! まだだ! 勇者になって勇気が付いた、でもいいじゃないか! そうだ、タツヴォラはああやってスリープモードになって僕を試しているんだ、きっと‼ よ、よし、やるぞ! やるぞぉ~!)
というわけで、プギャの頭は元通りカウンターを向いた。いや、猫耳の少女に向いた。
「あ、あ、あ…」
「あああ?」
それは、店主が何を言っているのかと聞き返しただけだったのだが、そのごつい男の表情が、眉根を吊り上げた形だったのがいけなかった。そう、それはまるで、裏稼業で生きてきた男の凄み…。
「ひ、ひえええええん‼ やっぱり、無理ですぅぅぅぅ‼」
「は、はぁ?」
「あ、ちょっと!?」
あっという間に踵を返して店を飛び出していくプギャに、店の人間二人はただ呆気に取られていた。
「お、おい、そこの坊や。お連れさん帰ったけど、どうしたんだ?」
相変わらず別の世界でお花畑でも見ていたのでは、というタツヴォラの呆けた顔が、はっと現実に戻ると、とろんと目が眠そうに垂れる。
「あ、あの、つかぬ事を窺いますが…」
「は?」
タツヴォラの様子からして、プギャという存在のことはタツヴォラの頭の片隅にすら今は残っていないようだ。
「外であなた方、何かおかしな…」
言い方がかなり失礼であろうという台詞を言い終わらない内に、またしても事態をややこしくさせる存在。
「タツノオドシゴ・ヴォラグラムだな?」
わざわざフルネームで確認する声の主は、ヒビノワムから特命を受けたあの双子の一人だった。
「え…?」
声のほうを振り返ろうとすると、逆側から腕に腕を絡められる。
「捕まえた。これで完了かな?」
「いや、ちゃんと引き渡さないとな」
絡まれた腕側に顔を反転させると、その前にちらりと見えた顔と同じ顔があった。その瞬間、タツヴォラの名前を確認した方が、もう一方の腕も絡める。
「あ、あの…?」
店の二人は、またしても呆然としている。扉を開けたように感じなかったのに、いつの間にか室内にいて、すでにタツヴォラが挟まれていたように見えたのだ。二人の隠密能力の高さをよく示していた。
「よし、行くぞ」
「ラジャー」
「ちょ、ちょっ、がっ!?」
帰りは普通に扉を一人が開けたが、出る途中に体の不自由なタツヴォラは頭をドアにしたたか打った。
「アイタタタ…」
ずるずるという音と共に姿を消すタツヴォラたち。
「い、一体、なんだったんだ、リアラ?」
「な、なんだったのかな、父さん?」
武器屋・ロアーヌの親子、リアラ・ユウテンとポポン・ガウラルは、結局商品が触れられることもなく迷惑だけが振りまかれていったような事態を、理解することは出来なかった。
「なぁ、あんたら、何なん、だっ!? し、舌噛んだ」
「……」
三人は、直線で城に向かっている。それも城端町商店の並ぶ大通りをではなく、店を出てすぐに城方向に当たる家の屋根に上り、そして屋根を伝い、だ。
「僕らはねぇ、騎士だよ」
「騎士って、剣も持ってないみたいだけど?」
「短剣なら懐にあるが?」
タツヴォラの口がへの字に曲がる。それも、上下動の激しいため、なんとかへの字になっているという程度だが。
双子であろうとは左右を見れば理解できたが、一人がかなり不機嫌な感じだった。しかも口調が冷静なので、言葉が氷も驚く冷たさを持った棘のようで、タツヴォラにはちくちく痛い。こういうのは結構苦手らしい。
双子の兄・ゼリエルは、確かに不機嫌だった。それは、この男がヒビノワムに見出された勇者だというからだ。
弟のイシュエルは、逆に嬉しそうだった。勇者に興味があるらしく、しかもヒビノワムが掘り出した人間。兄とは逆に、はしゃでいると言っても過言ではなかった。
そう、ヒビノワムが勇者として認めた人間。ゼリエルが不機嫌な原因だった。ヒビノワムが言っていた、自分以外のために働くとしたら、という話。もしかしたらこの男かもしれない、と彼は考えていた。それを聞けば、恐らくイシュエルは態度を一変させるだろう。タツヴォラを跳んでいる最中に振り落とすくらいはするかもしれない。だから、自分が確かめなければならないのだ。それに相応しい人間かどうか。もう一人勇者がいるらしいが、ヒビノワムが見つけたわけではないし、噂ではこの今掴んでいる男が見つけてきたというから論外だ。もし人違いだったとしても、それは無駄ではない。なにしろ、この国を救う勇者として認められた人間なのだから。
「ねぇ、どこ行くのさ?」
「…城だ」
素っ気なく答えるゼリエル。屋根から屋根へと飛び跳ねるたび、タツヴォラの服のポケットにある小銭がちゃらちゃらと鳴った。
「この時間だと、ヒビノワム様はまだ帰っていないだろうな」
「そうだね。意外と早く見つかったもんね」
双子の会話の中に、タツヴォラが反応して然るべきが単語が出てきたにも関わらず、彼は無反応で下の巡るめく町の景色を眠そうに見ている。
「…なぜ何も聞かない?」
「? 何が?」
「ヒビノワム様のことだ!」
ゼリエルの声が少し荒げられる。
「ああ、いや、別に。へー、ワムに言われてきたんだ?」
「……」
このとき、密かに抜け出して来たのだということをタツヴォラがほんの少しでも覚えていれば、違った反応をしたのだろうが、完全に忘れているようだった。
「もうすぐ城だな」
「そうだね? 待ってる間、色々聞かせてね、タツノオドシゴさん」
「タツヴォラでいいよ」
特に意識もせずにした会話。相変わらず、あまり口調に抑揚がなく、というよりも眠そうな声で、しかも顔も眠そう、そして総合的に覇気が感じられないということに、ゼリエルは苛立ち失望していた。
(ヒビノワム様…。本当に、あなたがこいつを選んだんですか?)
ヒビノワムがどういう経緯でタツヴォラを見つけてきたのか、ということを知ればゼリエルはどういう反応を見せるだろうか? 少なくとも納得はしないだろう。
「タツヴォラ、で良いのだな?」
「あん」
「様子を見ていると、お前が勇者としての責任を感じていないように見えるが?」
「あぁっ!?」
その驚きは、絡んだ腕から双子の両方に伝わり、彼らをも驚かせた。
タツヴォラの顔が、驚愕に歪んでいる。それを見て、明らかにゼリエルの表情は期待に膨らんだ。
(まさか、私の一言にここまで反応するとは? この男、なかなか見所のある…)
と、思った矢先だった。
タツヴォラが暴れて、二人の腕を外したのだ。もちろん、まっ逆さまに大地に会いに行く。
「な、なんだ!?」
「ああ、タツヴォラぁ!?」
城はもう目の前だったのに。何が起こったのか。いや、もう城の敷地内で、こんな所に降りて何があるというのか。
ちょうど城の壁を飛び越えた所だったのだ。その高さは、受身が取れたとしても普通の人間ではただではすまない高さ。というか、死んでもおかしくない。
「ぼ、僕のお金ぇ!」
ばたばたと空気を泳ごうと必死になるタツヴォラの視線の先には、先ほどまでポケットに入っていた何枚かの小銭が、太陽の日を反射してくるくると回転しながら落ちていく。
「どうやら、小銭が落ちたのを追っかけて行ったみたい、だね?」
「……間抜けが!」
振り切った瞬間、双子とタツヴォラの勢いの方向は逆になっていた。どうしようもないが、見事にだまされたゼリエルはその腹立たしさのあまり、タツヴォラと同じように空気を掻き分けながらタツヴォラに近付いていこうとする。
「に、兄様?」
いつもの兄と違う様子に、一瞬呆気に取られたイシュエルだったが、すぐに満面の笑顔になって、同じように泳ぎ始める。
ちょうどそのとき、城では全体的に軍事面での話し合いや研究などが多く行われていた。そして、タツヴォラが落下する先にもその一つが。
「今日は、この新型の移動砲台の完成記念砲・アッギマアを撃つ日、また王の花見の日として、大変お日柄もよく…」
などと、責任者の騎士の格好をしたでっぷり腹を持つ男が長いスピーチをしていた。その体は、実戦に出てももう役に立たないことを示していたが、兵器開発という道に自分の人生を見出したのか、自分の話に興奮したのだろう、涙まで流す始末だった。
「…ええ、ええ。ではいつまでも私が話していても仕方がない。花火玉だが、撃ってみようではないか」
「では、点火します」
すかさず嬉しそうに点火にかかる研究員。その火が、導火線に光った瞬間だった。
「うわああああ‼」
黒光りする筒の中や表に、ちゃりんちゃりんと甲高い音を立ててコインが跳ねる。地面にその中の一枚がころころと転がり、研究員や騎士たちの時を止める。その瞬間を狙ったように、ドスン、と重い音。筒の中に、一際大きな物体が落下したのだ。要するに、タツヴォラだ。
「いて…! …ん?」
ドカーン‼
「あ~~れ~~!?」
見事に、タツヴォラは新型大砲、アッギマアに撃ち出されたのだ。初めて撃ったものが、この国に平和をもたらすはずの勇者だったとは皮肉なものだ。
タツヴォラを怒りのあまり情けない格好で追っていたゼリエルは、地面に落ちたと思ったら姿を消したタツヴォラが残像のように目の前に現れたときには体を引くことも出来ず、ただ引っかけられるように腹を痛打されて、そのままタツヴォラと花火の玉と共に空に舞い上がった。
「ぐぅおっ!?」
そして、ほとんど真上に打ち出された花火の玉が勢いを消すと、玉に突き飛ばされるように離れる二人。
「タ、タツヴォラ~!?」
「おおう、これは双子ぉ…」
二人がかろうじて髪と服を踊り狂わせながら言えたのは、以上だ。タツヴォラたちの邪魔にもめげず、花火玉は、直後。
ドーン!
昼間だというのに、そのカラフルな色合いが、空に映えた一瞬だった。
「た~まや~」
片手を目の上にかざして笑顔で言うのは、双子の弟、イシュエルだ。彼は、二人を追って懸命に空を泳いではいたのだが間に合わず、兵器開発の責任者であるでっぷりとした騎士の上に何とか着地し、事なきを得たのだった。もちろん、踏まれた衝撃は甘くない。今日のために頑張ってきた戦えない騎士は、お気楽な少年の下敷きとなって、完成の成果を見ることは出来なかったのだった。
「と、兄様を追わないとね」
ささささ、と音もなく走り去るイシュエル。彼には、二人がどうなったか、見えていたようだ。
残されたのは、何が起こったか分からない研究員たち。だが彼らは、責任者が踏みつけられて気絶していることなど気付かず、ずっと玉と一緒に打ち出された何かを、必死に空に探しているだけだった。
その頃ヒビノワムはと言うと、双子にタツヴォラ捜索を依頼して、城門を出ようとしたところを、王の花見御一行に捕まってしまっていた。
「そなたには色々と問題は、あったがのう?」
「ははっ」
胡坐をかいているハルマイト王から、正座をしてヒビノワムが杯に酒を注いでもらっている。
(まあ、あの二人に任せておけば大丈夫だろう)
そう考えて渋々ながらも、あまり飲めないのに、杯を重ねていた。
気まぐれの花見とはいえ、やはり王様のやることで、それなりに盛大だ。ヒビノワムほどではないが、位の高い者たちもいる。それでも地面にシートを敷いてくつろぐのは、何かのこだわりだろうか。
ハルマイト王は、かなり機嫌が良いようだった。そのお陰で、何とかヒビノワムも居ずらい事もない。
「王様。少し、飲み過ぎではないかと…」
「よい、よい。今日は、長い間目の仇にしていたお前と、仲良くなろうと思ってな」
「は、ははっ」
酔っていないときに言ってくれれば、もう少し嬉しかっただろうと、ヒビノワムは苦笑いをした。
「まあまあ、ヒビノワム。今日は、この人も機嫌がよいようですから。気になさることはないわ」
「王妃様…」
その柔らかい笑顔を持つ、王の妃は、ヒビノワムがこの宴会を断りきれなかった理由の一つでもあった。
「あ、王様、王妃様! 花火が打ち上げられるようですわ!」
「おう、まことか!」
貴婦人の一人の言葉に、王が杯を片手にふらふらと立ち上がる。
「ヒビノワムゥ! 見るのだ、お前と、私の仲の証が、空に舞うぞぉ」
「は、はい」
「よかったわ、ヒビノワム。今は酔っていますけど、この人も、あなたのことをいつも気に掛けていたのよ」
その言葉に、ヒビノワムは思わず頭を下げていた。涙、とまではいかないが、その気遣いに心を動かされていたのは事実だった。
「これまで以上に、王のため、王妃のため、この国のために、尽力を惜しまず…」
「堅苦しいことは言うな」
がっ、と肩をつかまれ、王の見上げる青い空に、ヒビノワムは複雑な表情で目を向けた。
ドカーン!
ヒュルルルルルル…。
ドーン!
「まあ、奇麗!」
「本当に」
その場の全員が花火に釘付けになっていた。まだ空は明るかったが、青ではない色は奇麗に映え、一瞬とはいえ、十分に花火と呼べる感じは出ていた。
「ああ、奇麗だったわね」
王妃の言葉に従者や貴婦人が答え、王がヒビノワムの横で立ったままいびきをかき始めている中、ヒビノワムは一人、空を凝視していた。
「あ、あれは…、なんだろうか…?」
嫌な予感がした、それだけだった。何もできない。何が起こるかも分からない。ただ小さく、声が聞こえる気がした。
「このままでは、さすがに死ぬぞ!?」
「上手い具合に、下に人がいる。クッションになるじゃん?」
気のせいか、とも思った。王が、ヒビノワムからふらふらと離れていく。
「死んでしまうわ!」
「丈夫そうな人の上、選べば良いんだよ‼」
一際大きな声。そして、落下してくるものを見ていると、ヒビノワムはなぜかタツヴォラの顔を思い出していた。
「…いや!? あ、あれは!?」
思い出したのではなく本人だと完全に認識する前に、二人は猛烈な勢いでそれぞれのクッションに落下していた。ゼリエルはヒビノワムの上、そしてタツヴォラは、ふらふらしながらも立っていた、ハルマイト王の上。
ドッ! グシャアッ!
鈍かったり、重かったり、鋭かったりする音が、その場を支配した。ついでに、女性の悲鳴のようなものも。吹き上がる粉塵。その中でヒビノワムは、一時的に視界が暗くなる寸前まで、タツヴォラの顔を目で追っていた。
「ぐ、ぐう…?」
ヒビノワムが目を開くと、雲の浮かぶ空を背景に、呆然としているゼリエルの顔。
「ゼ、ゼリエル!?」
「ヒ、ヒビノワム、様…」
自分の失態から来る焦燥感から、体が動かないらしい。
ヒビノワムが、ゼリエルを転がすようにどかすと、立ち上がる。
ヒビノワムが見たのは、口を押さえるようにしている貴婦人や、口を引きつらせている従者、事態を理解できていない騎士などと、そして…。
「…ブッ!?」
ヒビノワムは、起き上がってから、タツヴォラの姿を無意識に探していた。またあいつか。そう思っていたのも事実だ。そして見つけたのだ。王妃の上に、重なるようにして乗っているタツヴォラを…。
「は、はわあああ!?」
さすがのヒビノワムも事態の深刻さに、叫ばずにはいられなかった。
「う、ん。あれ? 僕、派手なオジサンの上に落ちたと思ったんだけど」
ふらふらしていた王に激突したタツヴォラは、その酔拳のような流れる動きに弾かれてごろごろと転がり、王妃を押し倒すようにしてやっと止まったのだった。
周りの人間が驚愕しているのはそういうことだ。まさか、花火の光に乗じてまで(全く乗じれてないが)、王妃を襲いに来る輩がいるとは。しかも、服装は一般民でもそう着ないようなボロ。
蒼白な顔で、ヒビノワムは停止していた。もちろん、両手は大開の口を挟んだ状態で。
ピーヒョロロロロロ…。
青い空で、鳥が気持ち良さそうに鳴いている。
「……」
何かを探すように動き回る、まだ回復していないゼリエルの脇を抜け、ヒビノワムの背後に立った男が一人。
「あれ~、ワムじゃん? あ、双子はワムの上に落ちたのか?」
「…お前は、どこに落ちたか…」
自分で分かっているのか、そう言おうとして、その先を背後の男が引き取る。
「分かっているのか…?」
その声に、ヒビノワムがまた固まる。そしてゆっくりと、いや、錆びたドアノブを回すように硬い動きで首を巡らすと、そこには一瞬にして酔いが覚めるような顔をした、これまたすっかり酔いを覚ましたハルマイトが。
「私の妻、この国の、王妃だぞ…?」
「あ~、その貧相な頭。あんたの上に落ちたはずだったんだよ、僕。おっかしなぁ?」
震える声の王と、あっけらかんと暴言を吐くタツヴォラに挟まれ、ヒビノワムは今にも溶けそうな量の汗をかいていた。いや、溶けるよりも、干乾びるのが先か。
「ん~? あ…。そういえば…。その人、王様、だっけ…?」
やっと気付いたタツヴォラは、顔を窺うようにヒビノワムに聞く。
「…とにかく、王妃の上から、まずおのきしろ…」
「王妃? この女の人が?」
ゆるく驚いて言いながら、どけるタツヴォラ。
震える音が聞こえるということなど、滅多にない。しかし今ヒビノワムは、背後で肉や服が震える音を、確かに聞いていた。ぶるぶる、ぶるぶると。
(これは、やばい…。本当に、やばい…)
「お前は、まさかあのときの…、私をふんずけた勇者ではないのか!?」
気付かれた、そう思った。ヒビノワムの『何とかしないとプラン』の中には、自分が罰すると言い預かるというものがあったが、素性がばれたためダメになってしまった。
「きぃさぁまぁ~…! 以前の私の頭を足蹴にしたのは、まあ、まあ許そう。し、か、し!わぁが妻に手をかけよぉとするとはぁぁぁ…! ゆぅるしがぁたしぃ‼」
そう鬼の顔で言う王は、従者の一人に近付いていく。その従者は、剣を持っている。
「今度こそ! こんどこそぉ‼ 斬っちゃる、斬っちゃるぞぉぉぉぉ‼」
ヒビノワムが手を伸ばすのも届かず、王の放った殺気にやっと我を取り戻したゼリエルも目を覆うほど速く、ハルマイトがタツヴォラに斬りかかる。さしものタツヴォラも、その圧迫感に、いつも半開きのような目を見開いた。
名だたる剣士もいかんやと言うその特攻は、一瞬にして王をタツヴォラを振り下ろす体勢にさせていた、が。
「あなた!」
振り下ろされた瞬間に、王妃の声が飛ぶと、怒りに狂う王の動きをぴたりと止めた。
「ジェ、ジェイビーナ…。なぜ止める!?」
タツヴォラへの軌道は崩さず剣をそのままに、ハルマイトが王妃、ジェイビーナに怒鳴る。
「あなた、今この子を抱いて思い出しましたわ。久しぶりに、私たちの一人娘を抱いた時のことを」
「……」
ジェイビーナの言葉に、ハルマイトは明らかに剣に込めた力を抜いていた。
「もう一人くらい、子供が欲しいとも…、思いましたわ…」
顔を背けて小さく呟くジェイビーナ。ハルマイトは、彼女の顔の紅潮を見逃さなかった。
「そうだな…。跡継ぎが、いるものな…」
ハルマイトの顔が、とろけるように綻んだ。剣もだらりと下げられる。
「うわっ、危な!」
下ろされた剣の下にいたタツヴォラは、突然のことだったにも関わらず、ぎりぎりでかわしていた。
「じゃあ、行こうか。我らの安息の、へ・や・へ」
「…はい」
肩を抱かれて、ジェイビーナがハルマイトと共にその場を去っていく。
ヒビノワムは、ジェイビーナに振り向いてウインクをされた瞬間、王とは違った意味でとろけた。もはやどろどろだ。
「た、助かった…」
ほう、と死地を幾つも潜り抜けた人間が、本当に安心して力を抜いた。張り詰めた緊張が、並ではなかった。
「ヒビノワム、やっぱりお前は許さんぞ‼」
王夫婦の姿が消える寸前、ハルマイトがそう言い捨てた。
「……」
気を抜いた所の攻撃だったため、ヒビノワムは直にダメージを受けた。少し顔の筋肉を動かし、それでも一目で分かるような悲しそうな顔をした。
「ふぃ~、助かった」
かいてもいない額の汗を拭うタツヴォラ。その声に、ヒビノワムは立ち直るしかなかった。
「お、おぉまぁえぇわぁ~‼」
「わ、なんだよ、ワム!? あんたの上に乗ったのは、双子でしょ!?」
剣の柄に手をかけながら近寄ってくるヒビノワムから、思わず逃げ出すタツヴォラ。言い知れぬヒビノワムの怒りの迫力が、タツヴォラを見えない追跡者として恐れさせたのだ。
「もう…、もう、やだぁ~~~‼‼」
太陽光に反射して鋭く光る剣は抜いてすぐ取り落とし。ディープブルーの髪は砂埃にまみれ。マントは騒ぎの拍子でボロボロ。
ヒビノワムのダダをこねる子供のような叫びは、そんな嫌な思い出の証を連れて消えてくれるでもなく逆に涙を呼び込んでしまいそうで、ヒビノワムはへの字の口を隠すように、ただうな垂れたのだった。




