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先古伝記クラマリオ  作者: 大川由宇
3/9

《勇者、誕生》~とんでも叙勲式~

王城に乗り込むヘタレ勇者二人。果たして勇者鑑定士の反応は…!?

「で。どうしよう?」

「どうしようって…! 僕にはどうしようもない、よ…?」

 ヤーディスが心配そうな顔でそう言うと、タツヴォラは少しにやけた顔で試すように言う。

「本当に? どうしようもない?」

「え…?」

 そう言われると、何かあるのかと思ってしまう。まぁ、実際は何もないのだが。

 ヤーディス勇者宣言をした後、二人はそのまま城に戻ってきた。が、ここで問題が起きた。

城に入れないのだ。タツヴォラが入ったときは、ヒビノワムが見つからないように、色々と複雑な裏道暗道隠道を通ったのでよかったのだが、今は状況が違う。

 二人は、城の塀の外回りを巡る生い茂る緑の中に、なんとはなく隠れるようにしていた。

「あの時は、ワムが衛兵を引き付けてくれたりしたから、僕は通れたんだ。でも、今は最下層の民と一般民が一人ずつ。どう考えても、普通には入れないなぁ」

「は、入れないなぁって!? 僕、勇者じゃないの!?」

「……」

 タツヴォラは、自分も勇者であることを言っていない。言う機会もなかったし、なんとなく黙っておけば後で面白い事になりそうだったから、だ。

「そのためには、勇者鑑定士の証明が要るんだ」

「勇者、鑑定士?」

「そ」

 がさがさと、城周りの植木の物陰を探りながら、タツヴォラは素っ気なく返事をする。

「ん~」

 ヤーディスはもとよりタツヴォラも、ヒビノワムがタツヴォラの行動しだいで大変な事になるのを知らない。が、タツヴォラが早いところ終わらせようというのか、行動を止めずに先へ進もうとしているのはヒビノワムにとって不幸中の幸いだ。あとは、どのくらい早くデュデュの元に辿り着けるかだが…。

「ま、ゆっくりしてればチャンスは来るかもね」

 芝生の上に寝転んで、タツヴォラはこの調子だ。この分だと、ヒビノワムの地獄詰めはかなりあり得る話になってきた。

「君は、え…っと…」

「…タツヴォラだってさ。本当はタツノオドシゴ・ヴォラグラムっていうんだけど」

 わざわざ嫌がらせのようにフルネームを言いやがるこの男は、未だに納得していないのか、その名前を抵抗感むき出しにして言った。

「タツヴォラ、かい?」

「僕を勇者にし、じゃなかった、勇者を探してこいって言った人が付けたあだ名。変だろ?」

「い、いや、全然変じゃないよ。僕なんか…」

 そこまで言って止めるヤーディス。途中で止めたのに、タツヴォラはその続きに関心を示すようでもなく、淡々と言った。

「君のあだ名も考えないとね?」

「え、ええ!?」

 その驚きがどういう意味だったのか。とにかく、タツヴォラの顔を歪ませた力のあるその声は、事態の変化を促した。

「…誰? 誰かそこにいるの?」

「ま、ず、い、かな?」

 別にまだ侵入したわけではないが、城のすぐ側に隠れるようにしているのだ。怪しまれてもおかしくはない。

「いるのね!?」

 茂みを挟んで、お互いの気配を感じあう。タツヴォラは呆けた顔をすると、大人しく芝生を立ち上がった。

「こんにちは、今日はいいお天気、で…?」

 と、タツヴォラの歯切れが悪くなる。それもそのはず、タツヴォラが見たのは人間ではなかったのだ。

 一言で言えば、象。二言で言えば、変な象。三言で言えば、象ではない象。四言で言えば、象ではないおかしな象。五言で言えば…。

 とにかく、奇妙な象なのだ。

 質感はリアルなのに、胴より後ろは重さがまるでないような動きをしている。耳の動きも、鼻の動きもおかしい。

「…待てよ…?」

 ビクビクおどおどしながら次いで立ち上がってきたヤーディスには、象にもタツヴォラにも疑問を覚えるしかなく、タツヴォラのような考えには到底至らない。

「あんた、まさか…?」

「まあ、あなたはヒビノワム様のお付の人ではないですか? 勇者様は見つかったのでしょう?」

「見えるの、その中から?」

「だって、服が同じですもの。あと、雰囲気で」

「……」

 タツヴォラは、服を上下合計で五種類しか持っていなかったのだ……。

(…ま、これを利用しない手はないか?)

 こうして、城侵入の橋頭堡が出来上がったのだった。


「ああ、あいつ、今何してんだろうなぁ?」

 列に並ぶ気には到底なれず、部屋に戻るのも嫌で、ヒビノワムは城の中をうろうろしていた。シューゲンに負けたようで癪だが、今はそんなものに神経を傾けるほどの余裕はなかった。

「きゃっ!?」

 ばちんっ‼

 たまに気の強いメイドがいるので、ヒビノワムの顔は真っ赤になっていた。することがないと、そういうことに走ってしまうものだ。

「もう、謁見も半ば以上終わった。…はぁぁ。適当に勇者決めた俺が、馬鹿だったのかなぁ?」

 珍しく自分の非を認めて落ち込むヒビノワムだが、いつまでも続くような男でもなかった。

「いや、俺はバカではない! それどころか、鋭すぎて、困るね‼」

 誰に対してか分からないが、なぜか怒ったような言い方をして、拳を握り締める。

 と、その前を、悠然とフタコブラクダが歩いていく。

「……え?」

 あまりの唐突さに、しばし言葉を失うヒビノワム。だが、すぐにその賢いらしい頭を捻って、答えを導き出す。

「あ、シュールちゃんかぁ。一日に二種類も被るなんて、珍しいね?」

 にこやかに愛想でも振りまいているつもりなのか、ヒビノワムは笑顔でフタコブラクダに話しかける。一方、二つのこぶがある動物は、答えもせずに歩き続けている。

「…シュールちゃん?」

(やっぱりバカだなぁ、ワムは)

 タツヴォラは、ほとんど得られない視界からでも、ヒビノワムだという人物の判別をやってのけていた。といっても、ヒビノワムが分かりやすいだけだが。

 そう、タツヴォラとヤーディスはシュールにぬいぐるみを貸してもらって、それを装着しているのだ。その効果は絶大。なにせ、ここまで誰も気付かなかったのだ。普通に考えれば、むしろタツヴォラとヤーディスが堂々と城内を歩くよりよっぽど怪しいのだが、城の人間はシュールのことで着ぐるみに慣れているらしい。いつもの着ぐるみが歩いていると思っているのだろう。

「…? ご機嫌斜めかな? なんか変だな?」

 何かではなく存在自体がおかしい。強いて言えば、まずラクダの足が太い。人間の足が入るので当たり前だが、さらに後ろ足までが動いている。これに本来、見た者は不審を感じるべきなのだ。二人が入っているということがすぐに分かる。そのうえ息が合っておらず、前と後ろの動きが噛み合っていない。そのギクシャクした動きに、ヒビノワムは疑問を感じたのだろう。

 が、突っ込まれることなく、不安の種が目の前を歩いているということに気付くことなく、ヒビノワムはラクダを見送る。

「ふぅ~。ひょっとしたらと思ったけどな。やっぱりワムだね」

「あの人が、ヒビノワムさん?」

 ヒビノワムがまだこちらを見ている空気を感じながら、二人は歩く。

「で、でも、やっぱり難しいよ、この動きは…」

「合わせないとそのうちばれるだろうね」

「そ、そんな冷静に言わないでよ…!」

 泣きそうにヤーディスが言った直後、ラクダの胴体が折れた。

「うわっ!?」

 ヤーディスがこけたのだ。

「……!?」

 それを見ていたヒビノワムの目が、飛び出んほどに見開かれる。

「やば…!」

 ズリリリィィィ。

 倒れたままのヤーディスごと着ぐるみをすぐ近くの角に引っ張り込むタツヴォラ。着ぐるみの中で手も使えずに引っ張る様は、人様に見せられるようなものではなかった。

「もう、ヤーディス」

「ご、ごめん、タツヴォラ君!」

「あだ名は短くするためにあるんだから、君は余計なの」

「ご、ごめん…」

 起き上がりながら、タツヴォラにしゅんとさせられたヤーディスは、外から見ても動きが小さくなって、滑稽さを増した。

「……な、なんだったんだ??」

 密かに駆け寄っていたヒビノワムは、それでも中に入っているのがシュールだということに、疑いもしなかったが。

「さ、早く行こう」

 タツヴォラが促すように言うが、ヤーディスは緊張に小さくなってしまい、その後も何度かこけてしまった。

「ヤーディス、落ち着いて。五層くらいになると多分人には会わないだろうから」

「う、うん、ごめんよ、タツヴォラ君」

「だから…」

「ああ、ごめん!」

 謝り続けた後、沈黙。タツヴォラにとっては静かな、ヤーディスにとっては重苦しい時間が流れるうちに、八層まで辿り着いた。

「ここまで来れば安心でしょ? 脱いじゃおうか?」

「え、大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫!」

 そうして階段脇に着ぐるみを脱ぎ捨てる二人。

「そういえば、あの着ぐるみの人、ヤーディスに気付いてないみたいだったな」

「…‼ そ、それは…」

 タツヴォラにとっては何気ない一言だったのだが、ヤーディスにとっては重要な問題だった。

(やっぱり僕は、存在感ないのかな…? 僕が勇者なんて、やっぱり信じられないよ…!)

「う、うう…」

「ちょ、ちょっと…?」

 焦りを声に出すタツヴォラ。まさか、泣き出すとは夢にも思わない。

「うううぅ。どうせ、僕は…」

「い、行こう、とにかく早く行こう」

 しょぼくれたヤーディスをなんとか引っ張りながら、静かな廊下を進み、階段を上っていく。

『ほう、帰ってきたか?』

「う、うひゃあ!?」

 頭に響く声に、大きくリアクションするヤーディス。

「ヤーディス。この声が、デュデュっていう勇者鑑定士」

「こ、この、人が」

 若干だが嗚咽を漏らすヤーディス。だが、驚いたせいで、涙は止まったらしい。

『その一緒にいる人間はなんじゃ?』

「何じゃかんじゃと言われても…、答えられない世が悲し」

『…何を言うておる。まあよい! すぐにポッチを向かわせる』

 少し眉根を寄せて辺りを見回すと、ヤーディスが耳を押さえて肩を震えさせているのが見えた。

「こ、この声何なの…?」

「別に死にゃしないよ、多分」

「うう…」

 タツヴォラが首を戻すと、足下で音を立てている例の小さな人形。

「あ、こいつポッチっていうんだ」

(ダサいな)

『何か思うたか?』

「へ!? い、いや…」

 思ったことを見透かされたのか、と驚いたタツヴォラだが、不思議な爺さんだ。逆にこれくらいは不思議はないような気がした。

「わ、わぁ。こいつなんなの?」

 グリーンの瞳を輝かせて、ヤーディスが人形に駆け寄る。その姿に、タツヴォラは思わず噴出した。

「な、なに?」

「いや、鳴いたカラスがもう笑ったってね」

「…どうせ僕は泣き虫ですよ!」

 頬を膨らませるヤーディス。しかしそれもすぐに笑顔に変わり、不思議な小さな存在を追いかけることに熱中し始める。

 ヤーディスの興味が削がれる前に、二人は部屋の前に着く。タツヴォラは、ドアに手をかけて躊躇した。最初に入ったときの不気味さを思い出したのだ。

「入りますよ~」

 軽く吹っ切るように笑みを浮かべると、眠そうな声で部屋に入っていくタツヴォラ。そこには老人の座るベッドと、その他最後に見た部屋の風景だった。が、

「う、うわ!? うわっ!?」

 ヤーディスには別のものが見えているのか。タツヴォラが見たような果てのない空間と闇か、それとも、別の何かか。

「どこなの? ここどこなの!?」

 その姿を顔を歪めて見ると、タツヴォラは視線を老人に移す。デュデュは、別段楽しむでもなく、ただ無表情にヤーディスの様子を見ていた。

「う、はぁっ!?」

 ヤーディスが狂ったように体を巡らし、再び老人を正面に捕らえたとき、ヤーディスの目は再び驚きに見開かれた。

「あ、あれ…? タツヴォラ君…? い、今のは…?」

「さぁね。ちなみに、あの人がデュデュ。勇者鑑定士」

「今、お前は何を見た?」

 デュデュがヤーディスに聞く。

「え? え、えっと…」

「まぁ、お前はどうでもよい」

 簡単に話を打ち切るデュデュ。タツヴォラの前では武器になる杖を、くるくると回している。

「それより、見つけてきたんじゃろうな? お主が、勇者である証を?」

「…うん」

 神妙な面持ちで会話を始める二人を前に、自分を失いそうな少年が一人。

「…え? え? お主が…って、え? 勇者…って、ぼ、僕なんじゃ…?」

「うん、見つけた」

「ほう、自信たっぷりじゃなぁ?」

「ちょ、ちょっとぉ?」

 遂には涙を溜め始めるヤーディスの肩に、タツヴォラの手が置かれる。

「こいつ。プギノヤヌス・ヤーディス。こいつは、勇者」

「……は?」

 煙っぽい部屋に、デュデュの呆けた声が響く。

「これが、俺が勇者である証明」

「ちょ、ちょっと待たんか!」

「何?」

 デュデュの驚きように比べて、タツヴォラの穏やかな、というか眠そうな口調は、全くつり合っていない。そのおかしな空気のせいか、ヤーディスは言葉を失っていた。

「どうして、このお前と同じくらい、いや、そりゃ髪の色なんかは目立つが、ぱっとしない坊やが勇者なら、お主が勇者である証になるのじゃ!?」

「俺が、勇者を見つけられたからさ」

「は?」

「勇者を、俺が見つけられたから。耳遠いの?」

 ドン!

「ごはぁ!」

 デュデュの杖がベッドの上からタツヴォラの腹に飛んだ。ムンクのような格好で驚いたヤーディスは、声も出ない。しばし部屋は沈黙に包まれた。

「待てよ。落ち付いて考えよう。なぜ? なぜ、お主が勇者を見つけて、それでお主が勇者だという証明になる?」

 デュデュが、億劫げにベッドを降りて、タツヴォラたちに近付いていく。

「勇者っていうのは、戦いを止められる救世主でしょ?」

「ああ、そうじゃ」

「だから、勇者が増えれば、それだけ戦いはすぐ止むわけだ?」

「…そ、そうじゃが…」

 デュデュは、とりあえずタツヴォラの言い分を聞こうとはしているのだが、どうにも付いていけそうにない。すでに、混乱し始めている。

「だから、勇者の仕事っていうのは、戦いを終わらせるだけじゃなく、勇者を見つけるのも仕事な訳だ」

「……」

「そうして、最後に人間みんなが勇者になれば、戦いは完全に消える。でしょ?」

「……」

 タツヴォラの口調が、珍しく高揚していた。しかしその熱意に関わらず、デュデュの皺だらけの顔は微動だにしない。

「おぬし、それを本気で言っておるのか?」

「当たり前でしょ?」

「…なら、ヒビノワムも勇者になるぞ?」

 下から見上げるようにタツヴォラを見るデュデュの皺の下の目に、光が走った。

「あ、そっかぁ~? それは気付かなかったなぁ?」

「…何を言っておるんじゃ、全く!」

「それなら、ワムも勇者なんだよ」

「もういい…」

 肩を落として俯くデュデュに、タツヴォラは顔を歪めた。必死の説得(?)に、デュデュが失望しているように見えたからだ。が、

(奴も果たして、同じようなことを言うておったか?)

 タツヴォラは怪訝な顔をしてデュデュを見ているしかなく、ヤーディスに至っては、二人が一体何を話しているのかも分からなくなっていた。

「ふん! いいじゃろう。お主を、勇者と認めてやる!」

「え?」

 顔を突き出して、おどけて聞き返してみせるタツヴォラ。

「分かっておる! そっちの坊主もな!」

「やったぁ、ヤーディス!俺たち、今から勇者だ!」

「う、うん。や、やったぁ?」

 いまいち実感が湧かない、というよりも状況に付いて行っていないヤーディスも、とりあえず喜んでいた。

「さて、そうなったら急いで謁見の間に行ってやったほうがいいぞ?」

「え?」

「ヒビノワムが、お前たちを今か今かと待っておる。汗だくになってのう」

「え、そうなの?」

 淡々と言うタツヴォラ。ヒビノワムの心配などこれっぽっちもしていないという感じだ。

「こうなれば、わしも行かなければならぬ。それなりに身なりを整えねばな。お主ら、その服では人に見られてはまずいじゃろう?」

 というわけで、流されるようにして、デュデュの言う城の通風孔を通って謁見の間に向かうことになった二人。

「タツヴォラく…、タツヴォラ」

「ん?」

「僕、勇者なの? 勇者、なの?」

「ん~、まあ、王に認められてから、かな。でも、勇者鑑定士が認めたんだ。名乗ってもおかしくはないだろう」

 タツヴォラのお尻を見ながら、涙ぐむヤーディス。

「僕も、これでみんなを見返せるよ! 僕をバカをしていた人たち。そして、両親…」

「謁見の間は、この辺かなぁ?」

「き、聞いてない…。でも、いっぱい手柄を立てて、王に気に入られて…」

「多分ここだ」

 全くヤーディスの言葉を聞いていないタツヴォラは、通風孔の蓋をいじりながら蓋の反対側に移った。

「ヤーディスから降りな」

「う、うん。こ、怖いなぁ。高いのかなぁ?」

「大丈夫。死にはしないよ」

 君はそればかりだと言いながら、それでも顔は笑顔で、タツヴォラが開けるのと同時に降りていくヤーディス。このとき、彼が泣き虫、もとい感動屋でなければ、すぐに気付いたことだろう。自分が、何の下にいるのか。どこに降りようとしているのか…。

 ゆっくりと、勇者への階段を上っているつもりでヤーディスは体を伸ばしていった。何か音や声が聞こえたが、上の空。そして摑まった手も伸びきったとき、ヤーディスにとっては地面に足が付いた。ただ、それはとても柔らかくて、そして硬くて、安定していなかった。

「…え?」

 ヤーディスの視界には、剣を持って険しい顔をしたたくさんの騎士。そしてようやく、自分が踏んでいるものが、地面とは異なるものであること、それが人間の頭であることに、気付いた。

「え? え?」

「行くぞぉ、ヤーディス」

「わ、ちょ、タツヴォラ…!」

「うわぁっ!?」


 ヒビノワムは、王を前に吹き出る汗を拭うことも許されず、必死に言い訳をしていた。

「は、ですから…」

「勇者は見つかったのだろう?」

「それは、もう…」

「だから、ここへ連れて来いというのに」

「しばしお待ちを。今は、勇者としての身なりを整えさせている最中。しばし、お待ちを…」

「身なりなどどうでもよい。とにかく連れて来い」

「は、ですが…」

 という感じで、なんとか引き伸ばしていた。このまま、もしタツヴォラが来なかったら、ということは、ヒビノワムは考えてはいない。そこまで考えが及ばないのか、それとも、信じているのか。

 そんなときだった。王の頭の上に、二本の人間の足のようなものが見えたのは。

「……?」

 回りに控えている騎士たちも何人か気付いたようで、騒ぎ始めた。だが、あまりにも突拍子もないこと。誰も具体的な行動を起こそうとはしない。

「どうしたのだ、ヒビノワム? …なんだ、騒がしいぞ?」

「…あ、王、様…」

 本当にあり得ない光景で、信じられないまま、ただ事が過ぎるのを待つ面々。

 ぐに。

「…!?」

「あ……」

 が、遂にことは起こってしまった。王も何が起きたのか皆目見当が付かないらしく、傾いた頭を更に捻ろうとしている。

「お、王…‼」

 ヒビノワムが駆け寄ろうとした瞬間だった。

 第二の足が王の頭に乗った、というかかなりの勢いで踏みつけたと同時に、王を巻き込むようにしてそれが倒れこんだのだ。最初に見えた顔は、ヒビノワムは何も感じない。が、次に見た顔に、ヒビノワムの心臓は子ねずみよりも小さくなったかと思えた。体から、熱がさあっ、と引いていった。

「タ、タツヴォ、ラ…?」

 タツヴォラは、体の下に別の体、恐らくヤーディスを感じながら顔を上げた。その視界は、上下が逆ではあったが、確実に分かるものが一つ、あったのだ。

「あ…? ワム?」

「お、お前…。い、一体…。な、に、を…?」

 ヒビノワムの声も、その体も、タツヴォラにとっては笑いたくなるほど震えていた。今がどういう状況にあるかなど、考えもしない。

「た、立て! 早く立て! そっちのどこの誰だか分からない少年も‼」

「す、すいません…!」

 落ちた衝撃で、ヤーディスもまだ状況を考えるまでには至っていない。しかしそれは、立ち上がれば、自ずと理解できるほど、重大なことだった。

「も、申し訳ありません、王!」

「…オウ?」

 先に立ち上がったタツヴォラよりも早く、ヤーディスが反応した。

「ま、まさか…。その、か、た、は…!?」

 ヤーディスの下敷きから、やっと解放された人間が一人。ちなみに、ヤーディスが頭を踏んでいた人物。

「タツヴォラァァァァ‼ この方は! テラメッチャ国第百十二代国王! ウッシャ・デ・ハルマイト・デルトー様なんだぞ!!??」

「そ、そんな耳元で怒鳴らなくてもいいじゃない?」

「こ、こぉの、バカタレェ‼」

 ボカッ。

 ヒビノワムの怒りの鉄槌がタツヴォラに下されると、ようやく回りを取り巻いていた物騒な雰囲気の騎士たちが、顔を殺意から困惑に変えていく。

「あいた‼ た、叩くことないだろう!?」

「お前はなぁ…」

 すっかりと肩を落として意気消沈するヒビノワム。はっ、と気付くと、倒れたままの王に近付く。

 その側に、ヒビノワム以上に汗だくで固まっている少年、ヤーディス。茫然自失というか、もう真っ白になっている。

「は、ははは、は。踏んだ…。はは。王の頭を、ふ、踏んだ…」

「…ヒビノワム…」

「は、はいぃ‼」

「こいつらを…、斬り捨ててしまえぇ‼」

 上手い具合に王冠を避けて踏んづけたヤーディスのせいか、王冠は転がり、その薄い禿げ上がった頭がむき出しになっていた。それを誤魔化すために伸ばしている耳の上の金の髪が振り乱れ、ある意味怖い形相で、怖い事を言うテラメッチャ国の王。

「す、すみません、王様! ここは、なにとぞ恩赦を! しばしの説明する時間をお与えください‼」

「ええい! ならん、ならん! 斬れ、斬ってしまえぇ‼」

「そうだ、王の頭を踏んだのだぞ!?」

「そうだ、そうだ!」

 一度は控えた騎士たちの罵声が飛び交う。ヒビノワムは、ふと気を抜くと頭の中が真っ白になりそうなのを何とか耐えながら、必死に王の足にしがみ付いている。

「ええい、放さんかぁ! わしが斬ってやるわぁ! 放せ、あ、はぁなぁせぇぇぇ~‼」

「お待ち下さい、お待ち下さい! 王、この者が私が見つけ出してきた、勇者なのでございますぅ‼」

 もはや泣き出したくなっているヒビノワム。彼が泣きたい気分になるなど、何年ぶりだろうか。

 しん、と一瞬にして静まり返る広大な謁見の間。

「う、うう。すいません、許してくださいぃ…!」

 その中に、ヤーディスの嗚咽の声が虚しく響いて、消えた。

 タツヴォラは、少し顔を歪めて、両手を地面について、まるで部外者のように様子を傍観している。

「勇者、だと…?」

「は、はい‼ そちらの者は何者か分かりませんが、こちらの眠そうな顔をしている少年は、勇者なのです!」

 再び、しばしの沈黙。

「そんな眠そうな勇者がぁ、この世におるかぁぁぁ‼」

「ああ、見も蓋もない…」

「そうだ、そうだぁ! そんな勇者がいるわけがない‼」

「僕も勇者なんですぅうう、だから殺さないでぇぇ‼」

 王の激昂と、ヒビノワムの胃も縮むような嘆願と、怒り狂う騎士たちの罵声と、ぐしゃぐしゃの顔で必死に命乞いするヤーディスと。

 タツヴォラは、そんな様子を少し不機嫌そうな顔から、少し楽しそうな顔に変化させて見ていた。

 そんな混乱極まるその場に、次の瞬間、一条の光が差し込む。

『まあ、静かにせいや』

 その声に、タツヴォラやヤーディスだけでなく、その場にいた全員の顔が、謁見の間入り口に向けられた。あんなにうるさい場だったのだが、聞こえるのも当然。その声は、直接頭に響いて来たのだから。

「王も、まあ、頭を踏まれりゃあ腹も立つだろうが…。ちったあ大目に見て、懐のでかい所を見せてやったらどうなんだ?」

 今度は頭に響くものではなく、普通の声。

「タツヴォラ…。お前も、もう少し考えてから行動せぇや? ん?」

 その声の主、それは、二十台前半程度の若い男。シューゲンとはまた違った、しかし奇麗な顔をして、そのパープルの髪が爽やかさを強調していた。

「あ、あんた…。誰?」

 タツヴォラがそう言うのは、その男が杖を持っていたから。タツヴォラを何度も打った、あの老人が持っていたものと全く同じ、杖を。

「デュ、デュデュ…」

「「ええ~~!?」」

 王の呟くような声に、タツヴォラとヤーディスの声が響く。

「うるさい! さっき会ったばかりだろうが?」

デュデュはその切れ長の瞳でタツヴォラを一瞥すると、王座に向かって歩き出した。

「あ、でも…。声も、口調も…。大体、外見が違う…」

「ふん、人間を外見でしか見ないからそうなる!」

 どん!

「ぐえっ!」

 デュデュの杖が、座ったままのタツヴォラの腹を直撃。

「この杖捌きは…、本物だ!」

「何言ってやがる! 本物だっつってんだろうが!」

 タツヴォラに吐き捨てるように言うと、デュデュはちらりと王の横にいるヒビノワムを目を細くしてみる。その視線を逃げるように外したのを、タツヴォラは見逃さなかった。

「さて、王よ」

「デュ、デュデュ…。その姿を見るのは、久しぶり…」

「そうだな。あまり長い間していたくない格好だ。だから、単刀直入に言う」

「う、うむ…」

「あの眠そうな子は、そしてそっちの赤い髪の子は、勇者だ」

「ええ~~~!?」

 今度驚いたのはヒビノワムだ。ヤーディスまでもが勇者だと言われたことに、これから頭が混乱していくのだろう。

「ゆ、勇者が二人いると言うのか?」

「ま、そういうこったな」

 事も無げに言うデュデュに、ハルマイト王は言葉に詰まった。

「デュデュって、凄い偉そうだね?」

「俺を呼び捨てにするお前もな?」

 くい、と杖でタツヴォラの顎を上げるデュデュ。苦笑いをしながら、タツヴォラがそれを外すと、デュデュは再び王に向き直った。

「というわけだから、さっさと叙勲式をしてやれ。今ここでいい。簡素にな」

「し、しかしそれはあまりにも…!」

「なんだ?」

「い、いや、なんでもない」

 デュデュのあまりにもあっさりと格式を無視する言動に、ハルマイトも一応の抵抗を述べてはみたものの、蛇に睨まれた蛙のようにデュデュの一言でハルマイトは動けなくなってしまった。

「…こ、この二人をな…」

 そう震える声で言うハルマイトの脳裏には、自分が足蹴にされたときの痛みが走馬灯のようによぎっているのだろう。

「王、そのようなことでいいのですか!?」

「そうです! 幾らデュデュ様のお言葉とはいえ、あのような無礼を働いたものを…」

「むしろ、この国から追放すべきではありますまいか!?」

 事の成り行きに納得できない騎士たちが、一様に騒ぎ出す。全て、反対意見だ。

「おお、さすがは我が国自慢の騎士たちよ!」

 満面の笑みで騎士たちの意見を肯定する王。しかし、その喜びもそう長くは続かない。

「あんたらは、騎士団でも、ここにいるってことは親衛隊の面々でしょ? だったらさ、ワムの下ってことだよね?」

 じっと面白そうに様子を眺めていたタツヴォラが、突然口を開いた。問題の張本人の声に、辺りは一変、静まり返る。

「だったらさ、ワムのやったこと信じられないの? 今までずっと、あのバ…、じゃなかった、あの立派な人に付いて来たんじゃないの?」

「……」

 物音も発しない騎士たちは、しかし、その言葉の内容に押されているわけではない。むしろ、抵抗している顔をして、俯いていた。

「それとも何かな? ワムに対して、何か含む所でもあるのかな?」

 その言葉に、心を見透かされたような気分になって、騎士たちは顔を上げた。その顔には、驚愕と焦燥の文字が。だが、それは心の中でのみのものだったのだろうかと聞きたくなる。なぜなら、ヒビノワム本人が顔を梅干でも食べたかのようにすっぱくしている。周知の事実、に近いということだ。

「え、そうなの?」

「ち、違う!」

「断じて違うぞ!?」

 タツヴォラの垂れ流れるような声に、騎士たちが必死で否定にかかる。それが加速するほど、ヒビノワムの顔は悲しそうに歪んでいった。

「じゃ、信じられるんじゃない? 俺たちが、勇者だって」

「……」

 上手く丸め込まれた騎士たち。どういう状況、立場にヒビノワムがいるのか、タツヴォラが完全に把握しているわけはないが、それでもヒビノワムを利用したのはかなりの効果があったようだ。

(…あっちの子は、俺が勇者だって言ったわけじゃないんだけど、な…)

 トホホ、と肩を落としながら、何とかついた一段落に、嬉しいやら悲しいやら、悔しいやら情けないやら安心したやらで、ヒビノワムの顔はなぜかタツヴォラを睨んでいた。

(あの野郎のせいだ!)

 ついにそこまで飛んだ思考で声に出さずに言う台詞は、当然タツヴォラに届くはずもない。当のタツヴォラは、無駄に思えるやたらと重そうな鎧を着た騎士たちを手玉に取れたことを、眠そうな笑みを浮かべながら、なんとなく誇らしげになっていた。

「ま、なんとか上手く納まったようだな。というわけだ、デルトー?」

「う、うう。もういいもんねぇ! どうでもいいもん! ふん‼」

 その突然の変貌に、その場にいた一同が凍りついた。王が、威厳の塊であるはずの王が…。

「ふん! この、バカタレがぁ‼」

 デュデュの大一喝に、ハルマイトが竦みあがった。

「あれだけ注意したというのに、まだ子供癖が抜け切らんのか!?」

「う…」

「まったく…!」

 子供のように縮み上がった王を尻目に、デュデュがタツヴォラに近寄る。

「ふん。まあ、今はこの状態だ。叙勲式はまたいつか、お前が手柄を立てた頃に、正式にやることにする。叙勲式とは本来そういうものだからな」

「僕じゃなく、ヤーディスに言ってあげてよ」

「…そうか」

 タツヴォラの言葉に顔を巡らすデュデュ。目まぐるしい状況の変化についていけず、ヤーディスは頭をゆっくりと振り子のように振って、よだれを口の端からてらてらと見せていた。王の言動での死の恐怖が一番効いたのだろうが、いわゆる放心状態だ。

「これにか?」

「……」

 タツヴォラは軽い笑みを浮かべて、デュデュに肩を竦めて見せた。

「まぁ、ここで簡素にやってやる。これでお前らは勇者だ。この国のために、頑張ってくれ、タツヴォラ」

 タツヴォラは顔を歪めた。デュデュの言葉にではない。その、わずかだったが見せた真剣な面持ち。この国を大事に思っていることが窺い知れる表情に、タツヴォラは戸惑ったのだった。

「というわけで、ハルマイト王」

「……」

「適当でいい、言ってやれ」

「…ふん」

 腕を組んで、拗ねたようにするハルマイト。が、デュデュがもう一度王の名を呼ぶと、渋々といった感じでタツヴォラのほうを見る。

「お前たち…」

「タツノオドシゴ・ヴォラグラムと、プギノヤヌス・ヤーディス」

 長い名前を呪文のように王に言うと、また王は顔を渋めた。

「…では、タツノオドシゴ、及びプギノヤヌスの両名を、テラメッチャの希望を湛える勇者としてここに認める」

 ぶっきらぼうに、吐き捨てるように言う王。しかし、王としての威厳は、確かにそこにあった。

「ほ、ほら、タツヴォラ!」

 ヒビノワムがタツヴォラを押し出す。ヤーディスは未だに茫然自失としていたが、構わずにヒビノワムはタツヴォラの隣に立たせた。

「ありがとうございます。ある限り、私の微力をこの国のためにお尽くしいたしましょう」

 ゆっくりと周りを見回した後、膝を突いて、柄にないまともな対応をしたタツヴォラ。その場は一時、神聖な空気が流れた。重厚な鎧をつけていきり立っていた騎士たちも、冷静を失いそうになりながら場を見守っていた文官たちも、それに溶け込むように姿勢を正す。ただ、ヤーディスがぽかんと口を開けたまま突っ立っているのだけが、場にそぐわず浮いていたが。

 デュデュが軽い笑みを浮かべて見守る中、少し驚いた顔をしているヒビノワムと王の前で、タツヴォラとヤーディスの勇者宣言は行われ、そして終了したのだった。


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