《二人目の勇者》~増殖計画?~
赤毛のぽっちゃり君登場。どこまで本気なんだ、タツヴォラ!?
タツヴォラが城から出るのは簡単だった。騎士に見つかって、摘み出されたのだ。眠そうな顔とだるそうな態度から、特に危険はないと判断されたのだろうが、呆気なく外に放された。小さな事件にもならず騒ぎにもならなかったので、ヒビノワムはそのことを当然知らなかった。
「ああ、あいつ、どうしたかな?」
謁見の間の前。騎士をはじめとする、武官がまず最初に謁見を受ける。それには各所の近衛兵の隊長なども含まれるのだが、扉に続く猛者の列と言ってもいいものは、汗臭い色合いをかもし出していた。
だが、ヒビノワムはその列の中にはいない。騎士の中でも位の高いものは、特別な控え室で待つことを許されるのだ。
そしてヒビノワムは、そのことに気を取られすぎて、すっかり忘れていた。
いつもの順番なら、自分が謁見では二番目の人間。しかし、今回は最後の方に回してもらった。そんな風に、ヒビノワムのように位が高いのに、訳ありで最後の方に回っている人間もいるということ。そして、位の高いものの待合室は、同じということ。机が一つとソファがいくつかと軽い飲み物、それに本が本棚に一つだけの簡素でしかし広い部屋。
ヒビノワムが、腕を組みながら部屋の隅で唸っている時だった。
「!?」
ドス、と音がしたかと思うと、ヒビノワムの背後の壁に、登るのに使えそうな取っ手が出来上がっていた。
剣だ。ヒビノワムが反射的に避けていなければ、今頃その剣によって串刺しにされていただろう。
「げっ!? シューゲン…!?」
ヒビノワムの目を向けた先に、タツヴォラが機嫌を損ねさせ、そして熊を妹に持つ、あの美しい騎士がいた。
「ヒビノワムゥ‼ こぉこぉで会ったが、あ、百年目ぇ‼ 殺してやる‼」
「ちょ、ちょっと待てぇ‼」
問答無用、と叫ぶとシューゲンはヒビノワムに襲い掛かる。
素手で殴りかかるシューゲンから逃げるように避けて、ヒビノワムは後悔した。壁を刺さっていた剣をシューゲンが抜き、間髪入れずに斬りかかってきたのだ。
「う、うおっ!? し、死ぬって‼」
「殺してやるぅ‼」
目にも止まらぬ剣捌きが、ヒビノワムを襲い、退かせていく。
「くっ!?」
どん、とヒビノワムの腰に当たったのは机の角。どうやら、逃げる方向を誤ったようだ。
「もらった‼」
狂気の光を浮かべる瞳で、シューゲンが叫ぶ。
「ちぃっ‼」
ガッ、という鈍い音。
シューゲンの剣は、ヒビノワムのどこも斬り裂くことが出来ずに止まっていた。ヒビノワムが、咄嗟に机にあった万年筆を取って、それでガードしたのだ。細い剣の刃は、万年筆のキャップと本体の僅かな厚さのずれに止められて、危なげに震えていた。
「ヒィビィノォワァムゥ~‼」
「お、落ち着けって、シューゲン!」
「黙れ‼」
かん、とヒビノワムの腕ごとペンを跳ね上げるシューゲン。そのまま剣を振り下ろす。が、ヒビノワムは汗を飛び散らせながら強張った顔でそれをかわし、背を向けて駆け出す。
「待てぇ! 逃げるなぁ‼」
耳の横に切っ先を中天に向ける形で構えて、それを追うシューゲン。騎士の待合室は、殺気と汗の溢れる殺伐とした状態となっていた。
「ひえええ! シュ、シューゲン‼」
情けなく逃げ回るヒビノワム。その手には、まだ万年筆が握られていた。
ソファを回り込むように逃げたヒビノワムの前に、ソファを飛び越したシューゲンが回りこむ。シューゲンがヒビノワムの視界に入った瞬間には、その剣はヒビノワムの脳天を目がけて振り下ろされている。
「ぐっ‼」
「ええいっ‼」
またしても万年筆で紙一重に防御するヒビノワム。
だが、いつか斬られるとヒビノワムには分かっていた。シューゲンの腕はこの国で五本の指に入る。
「こうなったら…!」
「!?」
その言葉に、端正なシューゲンの顔が歪む。
「やっぱり逃げる‼」
虚を突かれたシューゲンは、背を向けたヒビノワムを、見守るように呆然としてしまった。
「に、逃がさん‼」
やっと追い始めるシューゲン。
追い始めるのが遅かったとはいえ、所詮狭い部屋の中。再びヒビノワムの全身の穴という穴から吹き出す汗が、シューゲンの攻撃を知らせたときだった。
「止めて、お兄様‼」
二人は扉の前。突然、かぱん、と勢いよく扉が開いたと思うと、そこから小さな不自然な動きの象が飛び込んできてシューゲンに取り付いた。
(え、えっらいの出てきたなぁ…?)
吹き出る汗を拭いながら、ヒビノワムは一旦の事態の好転に溜息を付いた。
「シュ、シュール…! は、放せ! もう一息で、この悪魔を…‼」
「落ち着いて、お兄様! ヒビノワム様は、悪い人ではないわ!」
やっぱり彼女か。そう思いながら、象に組み付かれながらも、暴れるシューゲンを離れてみるヒビノワム。
「ええい、放せ、シュール!」
「いいえ、放しません‼ こんな所を見られては、他の騎士に対して申開きが立ちませんわ!」
「そんなことはない! 皆が望んでいることのはずだ!」
その言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をするヒビノワム。
「そうだとしても、お兄様、お願い! 今は謁見の最中よ! 王様に対してご無礼だわ!」
「……」
意識していないのだろうが、密かにヒビノワムが傷付くような色合いを込めた言葉を発したシュール。ヒビノワムはこの不思議な光景を、タツヴォラのように笑いながら見る気にはならなかった。
象は、恐らく腕が入っているのだろう、耳がシューゲンを包むように動き、前足が生きているように動く。しかし、胴体から後ろは死んでいるように前の動きに引き回されていた。そして長い鼻は、シューゲンが暴れる度にその体にびったんびったんと巻きついて、美青年はその動きに翻弄され始めている。
「くっ! …分かったよ、シュール」
「お、お兄様!」
象の鼻が顔に当たって痛かったのか、シュールの熱意に負けたのか。シューゲンの動きが大人しくなる。
「だが、ヒビノワム! この部屋を出て行ってもらおう!」
「すみません、ヒビノワム様。しばらく、兄が落ち着くまで出て行ってもらえませんか?」
「……。その方が、いいみたいだな」
お前が出て行けばいいのに、と心で拳を握り締めながら、ヒビノワムは部屋を後にする。過去がどうであろうが、今の自分の仕事として、自分の見つけ出した勇者が本物だと信じながら。
城端町は広大で、時に砂漠などで遮られることがある。そのため幾つかのまとまりを、それぞれに名前をつけて、一つの町として民は暮らしていた。
ここは、タツヴォラをヒビノワムが見出した(?)町、シーバ。
「そぉれ、いくわよぉ‼」
「おう、何ぼでもこんかい‼」
そんな声が聞こえてくる町。
もちろん、そこかしこから普通に聞こえてくる声ではない。
城から見ると放射状にある大通りは、城下町と比べれば劣るが活気に満ち溢れ、店主や店員の呼び込みの声が一つの雑音となって混じり合っている。
とはいえ、そこから砂漠へと近付けば段々と、というかどんどんと静かになる。貧しい民の家も、まるで城を砂嵐から守るためのように立ち並んでいる。
城端の大通りは町を潤す生命線で、商売を生業とする者たちは当然この商店街に店を出さなければ発展は望めない。しかしそれでも、そこから離れて細々と生活をする店も一つや二つくらいあるものだ。
「まだまだぁ! 手加減してんじゃねぇぞ!?」
「い、言ったわねぇ!? もう、本気出しちゃうんだからぁ‼」
そんな奇妙な声が近くから聞こえてくるある店も、商店街の賑わいからは程遠い所に、一般住宅と間違えてもおかしくはないくらい馴染んで建っていた。
そこは、騎士や衛兵の相手を主とする武器屋だった。といっても、武器を必要とするものが大抵その二つに絞られるのだが。
外装がぼろぼろの壁、それに掛かっている風に吹かれて飛びそうな武器屋のシンボル。
その店先で、挙動が不審な一人の少年がうろついている。
「こ、こんにちは~…」
決心したように店に入るのは、燃えるような赤い髪をした少しぽっちゃりめの少年。しかし態度はかなり弱気で、おどおどしている。
店の中には誰もいない。壁には武器屋らしく模造品の武器が幾つか並び、有名な騎士が使ったという武器も飾ってある。後はカウンターが奥にあって、売り物としてすぐに売れそうなものはあまり見当たらなかった。
「あ。お客さんよ‼」
「まずい! 行かないとな!」
それは、先ほど近くから聞こえてきていた奇声。それから大した間もないうちに、カウンターの奥のドアから、二人の人影が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
「すみません、少し外に出ていたものですから」
最初に低い声で言ったのは、額の薄い大柄な男。恐らくこの店の店主だろう。そして二番目に入ってきたのは、美しいというより可愛い少女。その女性が入ってきた途端、ぽっちゃり少年は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あ、また君かい?」
「あ、本当。またいらしてくれたのね?」
そう優しい声を出す少女の耳は、人間のそれとは違う。肩までの髪の青色に、まるで月が淡く夜の海に映っているかのような黄色をした、猫の耳をつけている。
「は、はい…」
もじもじとしながら、少年が答える。両手が、服の裾を引いたり揉んだりとせわしない動きをしている。
「今日は、何かお買い求めで?」
「え…と、は、はい…」
ずっと今までドアの前に突っ立っていた少年は、ゆっくりと歩くとカウンターの前で止まる。相変わらず、顔は俯いたままだ。
ちらり、と少年が見上げるようにして少女を見る。その顔がにこりと笑っただけで、少年は生きていて幸せだと思う。いや、見た瞬間は何も考えられなくなるが。
「じゃ、じゃあ、えっと、これと、これを…」
「ありがとうございました」
「また来な、坊や」
二人の笑顔に(彼には少女のものしか見えていないが)見送られて、少年は店を出る。
「ああ、またついいらないものを買っちゃった…。また、きっと叱られるよなぁ…」
そう呟いて肩を落とすと思うと、次の瞬間には少年の顔は満面の笑みに彩られていた。
「ああ、でもやっぱし、あの子かわいいなぁ…」
そうやって浮き沈みしながら帰る途中、少年は変なものを見た。いや、人だ。
ちらりとこちらを見ては、にやりと笑う。同年齢くらいの少年だ。することもないように、一箇所に座り込んで、こちらを見ていた。
何をするでもなく、ただそれを続ける少年が少し気にはなったが、赤い髪の少年は、少しドキドキしながら通り過ぎた。近くで見ると、笑いながらもどこか眠そうに見える顔をしていた。
「……?」
別に絡まれるでもなく何事もなく通り過ぎ、少年は家へ向かったのだった。
「こら! ヤーディス! また変なものを買ってきたのか!」
「ごめんなさい、お父さん!」
「もう、何度言ったら分かるの、この子は‼」
「ごめんなさい、お母さん‼」
顔も上げられず、僕は謝り続けていた。当然だ。どうせ使わずに捨てるような物を親の金で買っているのだから。
「もう! お金の心配をするほど、家が貧乏じゃないって言ってもね!?」
「はい、お母さん‼」
「ヤーディス! 買い食いばかりしているんじゃないのか!? また太ったように見えるぞ!?」
「ごめんなさい、お父さん‼」
ずっと、こうやって謝る。今まで何度してきたことだろう。買い食いを始めた頃からだろうか。でも、その時はもう自分は太っていた。そう思う。
「ちょっと! ちゃんと聞いているの!?」
「ごめんなさい!」
でも今は、お菓子だけではなかった。あの子に会いたくて、あの子と少しでも話できないかと、そのきっかけを掴めないかと、足しげく武器屋に通う。ピンからキリまであるとは言っても、やはり武器屋。出費はかなり大きいもの。
「だいたいなぁ、お前の教育がちゃんとなってないから…‼」
「まあ、なんですって!? それじゃあ、私のせいだっていうの!?」
「ごめんなさい、お父さん! お母さん!!」
そこからは夫婦喧嘩が始まる。僕は頭を下げたまま、ちょっとずつ、器用に足の指を使って後ろに下がる。そうして遂に玄関まで辿り着くと、最後に足の指でドアを開ける。これが、力と経験、コツがいる。
そうやって、いつも抜け出す僕。両親の声は、外に出ても中身が十分聞き取れそうなほど大きいものだった。
「はあ。僕、情けないな…」
つい出てしまう言葉。最近の口癖だった。
昔からそうだった。何も出来なくて、のろまでドジで。友達にはノロディスとか、そのまんまドジとかのあだ名をつけられて、悲しいことばかりだ。
でも、あの女の子を初めて見てから、僕は変われるような気がした。いや、もう変わり始めているかもしれない。そう、僕は変わる。変わって見せる!
そんな決意を秘めて、夕暮れ近い町の外を歩いている時だった。
「…!?」
人が、倒れていた。
見たところ、そんなに大きくない。しかし、気になるのはその倒れた姿だった。力尽きたように服を乱した倒れ方ではなく、まるで自分からゆっくりと横になったように、うつ伏せに倒れている。
「…道路の真ん中に?」
そう、まさか自分からこんな硬い道の真ん中に倒れるような人はいないはず。いくら人通りが少ないからといって、こんな所で寝るなんて、そんな恥ずかしいことが出来る人間が、いるわけが…。
「も、もしもし?」
少し、指先で突っついてみる。
ぴく、とその人の体が動くと、僕はビク! となって家の方向へ体を向け、逃げ出そうとする。
でも思い直す。足を踏ん張る。その人に、再び目を向ける。怖さに耐えたのだ。僕もやれば出来る。
「あ、あの、大丈夫ですか…?」
「ん、ん~?」
起き上がった。普通に。普通に?
「あ、あの、どこか怪我したとか…?」
「ん、ふあ~あ、よく寝た」
(え~!? い、いたよ! こんな恥ずかしいことができる人! いたよ!)
何か、とんでもなく僕は驚いた。僕の中で、何かの壁が一枚崩れたような気がする。更に驚いたことにその人は、先ほど武器屋から帰る途中で見た人だった。
「…ふあああ、あんた、だれ?」
「ね、寝てたって? ただ、こんな道端に、寝てたんですか?」
「あんたの名前は?」
「あ、あの…。ぼ、僕の名前は、プギノヤヌス・ヤーディス、だけど…」
「ふ~ん。よし決めた。君は今から、勇者、プギノヤヌス・ヤーディス、だ」
「え…、え!? ゆ、勇者!? 勇者ってあの、世界にただ一人、世界を救う人物!?」
一瞬理解できなかった僕は、つい声を張り上げてしまった。
勇者? 僕が、勇者?
「そ、勇者」
ただ一人、ただ一人。世界にただ一人、僕だけが、勇者…。
「え…。ええええええ!?」
僕はただ、寝ぼけ眼で僕を見るその人の顔を、声を上げて歪めさせるだけだった。
―――これが、プギノヤヌス・ヤーディスとタツヴォラ、タツノオドシゴ・ヴォラグラムの出会いだった。




