蝿
土と水と血の臭い。
夜の闇に紛れて水滴が一つ。
まだ、生えてまもない若葉を濡らして。
私はうごめく。
私は醜い。こんな私の運命を。
呪う。
私は蛆。幾千、幾万のなかの一匹。
私はそろそろ羽ばたくだろう、憎しみを含んだ黒につつまれて。
私は彼女の死体を食べてきたからだ。
彼女は悪い男に騙され、殺され、ここに棄てられた。
ああかわいそうな彼女。
わたしが仇をとってあげる。
その男は次から次へと女をつくった。だが彼女達は死んでいく。深く、深く愛しあったばかりに、それに比例し残酷な死に方で。
可哀相な彼女達。その男と付き合ったばかりに。
男に疑惑の目が向いていた。
男は否定を続ける。
いいや、あなたが悪いの絶対にあなたが、私はすべてみていたんだから、あなたがわるいの。
そして、犯人が捕まった。
犯人を見て、男は発狂し、死んだ。
蝿は縦横無尽に夜空をふるわす。復讐の風に体を任せて。深い闇に包まれた森には女の体はなくなっていた。赤い血は黒く変色し黒くなり。ぽつぽつ、街に向かって消えていた。
ブーン。ブーン。
あなたはわたしのものわたしだけのもの。
わたしは死なないわ。あなたは私を殺せるわけがないのよ。
ブーン。ブーン。バチッ。
そしてまた、どこかの深い闇の底で、また一匹の悲しい、黒蝿がめをさました。
「あの女」
蝿はオスだった。