プロローグ もう嫌だ
『大丈夫だから。・・・ここで待ってて』
まだ13歳に満たない僕の姉は、そう言って僕の前から姿を消した
『なんだよ!俺が悪いのかよ!?お前なんか・・・・、お前さえいなければ!!俺が一ッ!』
小さいころからの俺の幼馴染の男は、そう言ってもう立ち上がることはなかった
『ごめんな・・・。味方になってやれなくて・・・、一緒にいてやれなくて。ごめんな・・・』
俺の親友は、涙を流して声をしゃくりあげながらそう告げると、手に持ったナイフで己の心臓を貫いた
『全く・・・。しょうがないい子だ。私はお前に師を超えろと言ったんだ、何も悔やむことは無い』
血だらけの体からさらに鮮血を流しながら、俺の師はゆっくりと瞼を閉じた
『お願いだから・・・。パパさまを・・・、殺さないで・・・・』
魔王を親に持つ小さな娘は、死にゆくまで俺に向かってきた
全てが俺がたどってきた軌跡、俺によって命を失った、尊く、愛おしい者たち
俺はすべてを超えて、本当に意味での屍を超えて・・・、今
「何をためらっているんだ、勇者よ」
「うるせぇよ・・・・」
声が上ずるのをこらえて、俺は目の前にいる魔王に悪態をついた
俺を、俺の殺戮を本当の意味で終わらせてくれるであろう、宿敵に。赤く血に染まりながらも、俺の聖魔力によって光輝く聖剣をのど元につきたてながら
躊躇うな!
俺は自分にそう叫んだ、これで終わりだ、こいつを殺せば、俺の戦いは・・・
「・・・・勇者よ」
「・・・・頼むよ。・・・頼むからさ。」
魔王は今俺のもっとも見たくない、見せてほしくなかったやさしい笑顔を向けて
「お前はよくやった。お前は勇者として、よく戦った。頑張った」
俺に今一番向けられたくないやさしさを向けてきた
「・・・・黙れよ。口を開かないでくれ・・・・黙っててくれよ!!」
俺は激昂した、そのやさしさに。本来、人が愛すべき優しさに
「黙らないよ。君が嫌がることなら何でもするさ。何しろ私は魔王だからね」
「ッ・・・!!」
まだ若いであろう我が宿敵は、またも笑顔を向けてそう言った
俺はその言葉に、下唇を何かを抑えるように噛み締める
ただ、もう抑えられず。涙は溢れてしまったが
『魔王だから』確かに俺たちにお似合いな言葉だ
俺は笑えないその言葉に無理やり笑みを作ると、もう一度剣を構えて魔王に言ってやる
「・・・じゃあな。魔王」
「ああ、さらばだ。勇者よ」
その言葉を聞くと、俺は聖剣を振り切った
ゴトンと重い音を立てて、魔王の首は地面に落ちる
「終わった・・・やっと」
その言葉は、決して達成感からくるものではなかった
ただ残る罪悪感、今まで自分に降りかかるそんな重みを、もう増やさなくて済む。そんな気持ちからくるものだった
俺は全身から力を抜くようにして、戦いによってボロボロになった魔王上の床に膝をついた
「うあ、うあっ、うわぁぁぁぁぁあぁぁぁああああああ!!」
地面に頭を擦り付けて、涙を流し、無様に吠えた
どこの誰だろう、転生して勇者と崇められ、正義を全うするんだと言い切って笑っていたやつは!
何が残ったんだろう!?その役目を全うしてみて、残ったものは何だったんだろう!?
「どうしてっ・・・・。俺が、こんなっ・・・!」
僕は頭を血が出るほどにかきむしって、だれかに問う
なぜ自分がこんなことを、こんなのは、ただの虐殺と同じだ
自分が手に入れた能力を使って、ただ一方的に敵を、自分に向かってくるものを、支持されたものを殲滅する
皆に悪い奴と言われたものを・・・・、この手で・・・
・・・いただろうか、俺が戦って来たやつの中に、一人でも悪だと言い切れる奴が、殺されるべきだと言い切れる奴が・・・
「いるわけねぇだろ!!!そんな奴が!!・・・ああああぁぁぁあぁぁああぁぁぁ!!!」
絶叫が魔王城に響く、空いた窓から差し込む月の光が、俺を悲しく照らし続ける
その時だった、
「放てーーーーーー!!」
その窓の外が、炎で埋め尽くされた
「・・・なんだよ、それ」
大量に自分に迫ってくる業火球、魔法師によって打たれた、上級の火魔法
それが意味しているもの、それが教えてくれたのは
まだ俺には殺らなきゃいけないものがいる
「何なんだよ・・。ふざけんなーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
自分に向かって飛んでくる業火球とともに、俺は魔王上の半分を消し飛ばした
浸食を止めていた自分の良心さえも、無機質な何かに侵されていくのが分かった
勇者である、俺の心が失われていくのが分かった
気づいたら、人類はもういなかった