コネクト
金曜日の二十二時
この町はキャバクラや風俗が多い。
ビジネスタワーが乱立する場所には夜の町が広がる。
女は、田舎から夢をかなえるため、借金を返すため、華やかな人生を歩むため。夜の町にでる。
上京した女が自らを磨き、男を楽しませる。
彼女達は退屈な日常を抜け出した興奮で、盲目になりながら日々をすごし、壊れ、幸せになり、不幸になる。
それは社会の構図であり、そこから離れたら、貧乏がまっている。酒におぼれ、身体を蝕み、タバコは身体を現代人にさせる。
今日は珍しく私はオープンから来た。
昼の仕事が早上がりだったから、時間が余った。化粧もしちゃったし。というか、初めてかも。こんなに早いの
店長めっちゃ驚いてたし。しかも一人で来たからよけいに。
同伴もないし、いつも友達と一緒にこないとこれない。
誰かに腕を引っ張られて私は夜の世界を歩かないと、崩れてしまいそう。
こんなこと考えてたら、ナイトにおこられちゃうね。
自立できないものは頼れる存在を的確に判断しろ。
ナイトは私の相談相手だった。十六歳のころはまってた、オンラインゲームのギルドの仲良しの人だった。
お互い性別の顔も声も聞いたことないのに、不思議と話があった。
ナイトは最後まで素性を教えてくれなかった。
そのうちゲームのサービスが終わり、私たちをつなぐものはなくなった。
そして私は逃げるように夜の世界に入った。
家庭のこと、学校のこと、ナイトには全部はなせた。
でも気持ちは伝えられなかった。
「最初の団体さん頼むわ。なんか金もってそう。はぶりよさそう。頼むよ、マユちゃん」
店長からそう告げられた。
うちの店は夕方七時からオープンだ。
らっきー。今月新しい携帯にしたから、売り上げほしかったし。
私は夜のスイッチを入れた。
もともと人見知りで、小さいときは絵ばっかりかいていた。しかし、ナイトに人見知りの乗り越え方を教わった。
「自分で何かスイッチを入れな。それを入れると電気がつく。みたいな。マユなら大好きなマンガのキャラになりなよ。すきだろ。」
ナイトは決して間違ったことは言わなかった。
「こんばんはー!ご来店ありがとうございますー。」
客は三人。いわゆる上玉は前の二人だ。スーツや顔のテカリ具合。肌の黒さ。会社の役員だろうか。これはもってそう・・・。やりぃ
「おお、きれいなお嬢ちゃんだ。」
一番先に入った、はげたおじさんが言った。
一番最初に入るのは下っ端が多い。その後ろにいる日焼けした顔の人はテレビでみたことがある。おそらく、上場企業の役員であろう。
うちは高級サービスを強みにしてるお店で、よくお偉いさんがくる。みんな偉そうに振る舞って、いかにもな社長ばかりだ。肌が浅黒く焼けていて、はげていて、ふとっている。いかにもゴルフばっかりやってそう。
ふと私は目の端に、異質なものをみた。
それはまるで、私を守るような光をしていた。
「タバコ臭いですね。」
中性的な言葉が二人の空気を変えた。
男性とも女性ともとれるような不思議な声だった。
ドスが利いているというかとにかく印象に残る声だった。
「そ、そうですねいや、こういった店はこういうものなんですよ。」
「なるほど。いや、初めて来たので。失礼な発言をしました。まゆさん、席まで案内してください。あ、田中さん、すごいきれいなシャンデリアですね。イタリア製ですか?」
「あ、ありがとうございます。左様でございます。私が直輸入して仕入れてきました。」
「すばらしい。聞いたとおりすてきなお店ですね。」
店長は笑顔になり、私に席に案内させた。
わたしの世界が音を立てて崩れた。
これほどまでに、異質な人間がいることを初めてしった。
そもそも、私も店長も名乗っていない。名札はつけてるが、ホテルの従業員がつけるような、小さい、簡易的なものだ。今までだれも店をほめた人間などいなかった。しかも、名前なんてもってのほかだ。
おそらく、この最後に入ってきた客こそ、トップ。
私はその顔に少し恐怖した。どうみてもまだ二十代。いや、高校生のような顔をしている。高いスーツでもない。しかし、彼のまとう空気は異なっていた。
「社長さんなんですかぁ!テレビで見たことあると思ってたんですぅ!」
男は満足そうににたにたしながら話を聞いている。
「あ、お飲物?なににします?」
「一番高い奴を入れてくれ!今日は奮発する日なんでな!」
「はぁい!ありがとうございます。」
私は無理に声を張り上げたりしない。多くの客はそれでいい気分になるが、私は一人の客を徹底的にくどく。
「あ、私もう時間です。社長さん、楽しんでくださいね。」
おじさんはニコニコ笑いながら手を振った。
一度バックに戻り、連れの客について情報を集める。
「アス、ミク、どう?」
アスが答える。
「うーん日焼けのほうはすごい羽振りいーね。問題は若い人。全然注文もらわないで時間なっちゃった。でもすごい不思議な人。うーんなんていうか、、、私ってそんないい女かな?ふふ。」
サキも答える。
「あの若い人、ほんと不思議ですよね。なんか、なんていうか。説明できないんですけど。いいひととしか」
私はまた違和感を感じた。キャバクラに来て嬢をくどく客はやまほどいるが、彼女は穏やかに喜んでいるようだ。まるで、子供が学校の成績を褒められているような。
バックの中は大体セクハラされただの、ものすごい罵倒が飛ぶものだが、今日は不思議とみんななごやかだった。
「マユちゃん、あの席ラスト三十分頼むよ。」
「はい。店長。一つきいていいですか?」
「うん」
「あの若い人、お名前なんていうんですか?」
「確か、、、古川さんだね。古川龍さん。」
「フルネーム聞いたんですか?」
「ああ。ちょうどトイレで一緒になってね。不思議な人だよなあ。今年二十五になったらしいよ。でもあの雰囲気はやばいね。悟りを開いてるような落ち着き方だよ」
年下。この店に来れるなんて、よっぽどの人なんだろう。
高学歴で、世界をまたにかけるようなビジネスマンかなぁ。
私は話す内容をまとめた。
要点は仕事、海外、学歴、哲学
大体若くしてこの店に来る人はこの話題に食いつく。
「お待たせしましたあ。失礼します。」
「あ、まゆ。よろしくね」
私は少しどきりとした。
私はあったことある?この人に。妙に懐かしい気がする。
私がとまどうと。古川さんは座るように言った。
「どうぞ、座って、ウィスキーはお好きですか?」
そこにはテキーラとおしぼりとポテトがおいてあった。
「あ、好きです!あ、ポテトも!私いも好きなんです。」
私は誘われるままに、座りテキーラを一口。ポテトを一口。
「ははは。良かった。髪、きれいですね。」
「あ、今日はきまってるんです。ふふ。」
私は得意げにかみをさわった。
そしてかみをかきあげるしぐさをした。
「そのカラーは、金髪になるのかな?なんかほかの色も入ってそうだけど。」
「はい!少し赤入れてるんです。」
「へぇ。」
「友達に頼んで、ちょっと高いの入れちゃいました。」
「ははは。女性のスタイリングはお金がかかるからね。お友達さんだとすこし割り引いてくれるの?」
「そうなんです!すごい仲良い子で、新しいカラー試したいから来てって。助かってます。」
彼はうんうんとうなずいた。
「その友達すごい可愛いんです!なんかふわふわして、すごい癒し系で。」
「そういう方、いますよね。」
彼はくすくす笑っていた。その仕草がいかにもじょせいらしく、おしとやかに見えた。
彼はいまどきのさわやかなイケメンではない。しかも塩顔というのもでもない。切れ長の目に一重だし、どちらかというと特徴のない顔だ。でも笑顔がとてもキュートで肌がきれいだ。髪もさっぱりショートヘアだ。
あっという間に時間が過ぎた。
この日はほんとうに不思議な日で、お店がすごくよい雰囲気だった。売り上げも今までだしたことない数字がでた。と店長がいっていた。高級焼き肉でみんなで打ち上げして、私は帰った。
一週間たち、出勤すると、店はあわただしかった。
店長がいそいそと電話をかけている。
私は店の子を呼び止め、訳を聞いた。
「あ、まゆさん。なんかさきちゃんがお金、もちだしちゃったみたいで。携帯もつながらないんです。」
さきが?さきは私が昼間の仕事からスカウトしてきた子だ。地方の出身で、人一番がんばる。でもすこし寂しがりやだった。
私はさきの携帯にかけてみた。
彼女はすぐにでた。
「さき?よかった・・・。」
「まゆみさん・・・。ごめんなさい。私。」
「いいよ。許して上げる。また、かけてね。危ないことしてないんでしょ?」
「は、はい。でも・・・。」
「うん」
「いま実家かえってきちゃって。どうしても、限界で。」
「わかった。いーよ。お金と店長はなんとかするから。元気でね。」
「あ、まゆ」
私は電話を切った。
「店長、いくらないんです?」
「三十万だね。」
「とりあえず私が立て替えます。はい。」
私は財布から現金を取り出した。
私はカードは持たない。それは酔いつぶれの恐怖に打ち勝つためだ。だから私はいくら飲んでも酔わない。つぶれない。
自分がだした利益をがっちり守る。
「まゆちゃん・・・。」
「仕事は私が全部引き継ぎます。さ、あと十分でオープンですよね。」
店長は深く頷いた。
いくら水商売だからといって、お客のために奉仕する考えは企業と同じだ。
お客様は非日常と癒しを求める。
そして背徳じみた遊びで現実世界のストレスを抜く。
私はいつのまにかナンバーワンに一年の間君臨していた。
同世代のだれよりも稼いだ。
そして夜から消えた。
「田中さん、検診の時間です。」
白い部屋の外から声が聞こえた。
私はゆっくり身体をおこした。
身体には点滴のはりがささっている。
「だいぶ、よくなりましたね。もうお酒はだめですよ。先生もおっしゃってましたから。」
「はい・・・。」
私は急性アルコール中毒で一ヶ月入院した。
医療費や雑費で貯金はそこをついていた。
なんどか自殺も考えたが、勇気がなかった。
「あと一週間で退院ですね。」
私は憂鬱になった。主のない家に帰る。携帯電話も解約した。もうだれにもすがれなかった。
私の身体は夜を拒絶した。
しかし、働かなければ・・・。価値がない。
私には・・・。身寄りがない。両親は離婚していて、父親は蒸発した。母親は私を児童施設に預けてどこかにいった。
一ヶ月ぶりの家は散らかっていた。
ふくは散乱し、お弁当のゴミがばらまかれていた。
夜の時代の服はすべて、捨てた。
売れば小銭になるが、どうでもよかった。
貯まったお金で買っておいた、最新のコンピューターだけはのこした。モニターもある。なぜかこれは捨てられなかった。
私は家賃のやすいところへ引っ越した。
同時に生活保護を申請し、休職中の間食べるお金は得ることが出来た。
月十万
夜の仕事から逃げた私は二十分の一しか価値がなかった。
四月に私は二十五歳になった。
仕事を見つけた。カフェの店員だ。
気を使わないで、働くことは幸せだった。
何度も連絡先をもらい、働いてる女性社員から嫉妬の目で見られた。
夜の世界と昼の世界は違う。
夜はやったぶん褒められ。
昼はやったぶん妬まれる。
私は三ヶ月でやめた。
私はゲームの世界にもどった。
テレビが家にないので、情報が入らない。
いや、遮断している。
自分の好きな美容や健康についてはのめり込むが、他はだめだ。今が平成何年なのかも知らない。
家では夢中でオンラインゲームをした。
わかるのは、金曜日。アイテムドロップイベントがある。
そのために、軽作業のバイトのシフトを変えてもらった。
工場のバイトは稼げないけど、私に人間ということを思い出させてくれた。
人並みの生活に戻り、私は幸せになった。
携帯に知らない番号がかかってきた。
新しく契約した携帯で、しっているのは職場の人間だけだったはずだが。
いままでたまにあったが、出なかった。
私はでることした。
ほんとうに、なんとなく。
朝の五時だった。
「もしも」
「あ!まゆさん!もうよかったあ・・・。」
あまり聞き慣れない言葉が聞こえた。
「どちらさまですか?」
「私、さきです。」
さき?
「あぁ。元気?」
「もう。ほんと変わってないですね。朝、低血圧なところ。今どこに住んでるんですか?」
「うんと、北野駅の近く。」
「いきますね。今日休みですか?」
「え、あ、うん。」
「じゃ八時に駅の改札いてください。」
彼女は一方的に電話を切った。
週末は経験値二倍なんだけど・・・。
しかも、ドロップ四倍なんだけど・・・。
さきは見違えるほど大人びた姿になっていた。
すこし日焼けした肌は健康的に見えた。
「まゆさん。本当にありがとうございました。」
さきはそういいながら、喫茶店で封筒を出した。
その中にはびっくりするくらいの現金が入っていた。
「さき、これは?」
「私、実家にかえって農業手伝いながら、インターネットで稼いだんです。たくさん、勉強して。お店に行ったら、もうまゆさんいないって。だからあちこち聞き回って電話を探したんです。何回か警察に事情を聞かれましたけど・・・。」
「そうなんだ。こんなに。がんばったんだね。」
私は封筒をそのまま返した。
「さきさん!あ・・・。」
「いい人。いるんでしょ。将来に使いなさい。」
さきは黙ってぽろぽろと泣き出した。
さきはおそらくわかっていた。私がお金を受け取らないこと。そして、私の意志の強さ。
「まゆさん・・・。でも・・・。」
「私は私の選択した人生を生きる。さきはさきの人生を生きて。子供、いるんでしょ?おなか。」
彼女はうつむきながら、頷いた。
彼女は最後に私をぎゅっと抱きしめて帰った。
離れると、私に一通の手紙を渡した。
「どうしようもなく、つらくなったら、あけてください。」
そう言い残して。
私は経験値二倍を堪能しようと、足早に帰った。
もう私にはこの世界にしかなかった。さきは一人で人生を切り開いている。
私は情報の海にすいこまれたまま。
ただ、ただよう。無意識に・・・。流されていく人生だった。
このままの私でいいのかな。もう、つぐなったかな。
もう一人男
世の中を掌握するような人物は得てして、幼い頃に深い衝撃を受ける。事故、災難、身体の障害。それは拒絶すればたちまち破滅に追い込み、受容すれば、道が開ける。
その判断に成功したものが、人を動かす。
彼らは、振り返ると壮絶な人生を歩む。
しかし、幸せだ。
僕は退屈していた。
世の中は非常に簡単に出来ていた。
機械や建物は実にわかりやすい形をしていた。
日常が退屈で仕方なかった。
しかし、僕は父親に与えられた箱を異常に愛した。
その箱は僕の求めるものをすべてくれた。
知識だ。
さらに自分の意図したことを忠実に再現してくれた。建物の造形からものを売る流れ。歴史や科学技術は海を越えた、アメリカの知識までも流れてきた。
非常に刺激的で満ち足りた日々だった。
しかし、三年で飽きた。
僕はあるオンラインゲームにのめり込んだ。そこで一人の人間とあう。
誰よりも脆く、儚く、弱い人間。
彼女にはなんの魅力もなかった。
今まで学んだことがなかったんであろう。まるで小さい子供のようだった。
一日ごとに真っ白いキャンパスになるような彼女を僕は支配し、管理し、成果を出させた。
彼女はスポンジのように、素直に情報を詰め込んだ。しかし、スポンジが小さいのが問題だった。情報過多になると、寝る。
唐突に電源がきれたような。そして、不必要なことはスポンジから水が抜けるように、忘れる。
僕はこんな生き物をみたことが無かった。
大体の人間は日々を積み重ね、成長する。
彼女は成長の速度にとてつもなく、ムラがあった。色でいうと正反対だ。黒い日と白い日。
異常な集中力と執着力で、彼女は関心のあることなら僕を遙かにしのぐアイディアを出した。
正直、現実に美容業界で働いている人間より、革新的なアイディアを出してきた。
彼女は美容やファッションに異常に関心を寄せた。
おそらくコンプレックスだろう。ひどい家庭環境で、誰にも関心を寄せられなかった。彼女は人よりも優れた見た目を欲した。それに加え、心も遙かに高見へ向かおうとした。
精神面でより大人になろうとしていた。
おそらく彼女は普通の人生を歩むことはできない。
僕と同じように。
私はゲーム内で最強のギルドを作った。そして、ナイトガールという名前でプレイしていた。ナイトの文字を使えば、強くなれる気がした。