第39話 【Rain】
終盤突入――!
崩れていく研究所を出る途中、沢山の死体を見た。
魂喰いである、研究員の死体。それはおびただしい量だった。
まさか自分達が利用するために復活させた『喰神』が、自分達を喰らうほど成長しているとは考えもしなかっただろう。
自業自得、ということだろうか。
入る時に破壊した扉が見えた。
「もうすぐだ――!」
外に出てみれば、大嵐でも来そうなほど真っ暗だった。
鉛筆で塗りつぶしたかのように黒い雲。
(いや、雲じゃない……!)
それは、雲などではなく、さっきの黒い物体。それが集まっているのだ。
そして、その集まっていく物体が1か所に凝縮していく。
そうしてできたのは、眼球を模したかのような漆黒の物体。なんともおぞましい気配がする。
「あれが……喰神本来の姿……!」
そしてその喰神は、なにやら赤色の球体を発言させた。
その球体は、そのまま真下――地上に落ちていき、
ドオオオオオン、という音とともに街を1つ消し飛ばした。
僕はその光景をしばらく呆然と見ていたが、やがて足が勝手に動き出した。
(こんなこと………絶対に許されない……!)
さっき赤い球体が落ちた場所から無数の魂が浮かんでいく。ヒトの魂、動物の魂……。
そしてそれは喰神の(眼球に見立てて)瞳孔部分に吸い込まれていく。
許される筈がない。
こんなにも勝手に命を奪う行為が。
あっていい筈がない。
止めなくては。今すぐ、この手で。
だが、3分ほど喰神のところへ向かって走り続けていて、僕の頭は冷静になりつつあった。
そこで湧き出てきたのは恐怖。
本当に、止められるのだろうか?それ以前に、自分が先に死ぬのではないのか?
気づけば僕の足は止まっていた。まるで地面に縫い付けられたかのように動かない。
「…………!?」
震えが止まらない。怖い。死ぬのが怖い。
(ここまで来たのに……)
「くそッ!動けよッ………!」
頭では行かなければならないと思っているが、心では行きたくないと思っている。
雨が降ってきた。それは、自分が存在した証さえ流し去るような強さの雨。
頭の中に声が響く。それは、懐かしい、母親のような声だった。
『あなたが決めるのよ』
まるで雨が話しかけてきているかのように。
『選択肢はあるわ。ただ、先のことは分からない』
「なんの……ことだ…………」
『消えるのよ、全て消えてなくなる。そして変わるの』
頭が痛い。
『今のあなたは死ぬのよ。そして新しいあなたが生まれる。これは、あなたのお話だから』
声が消えた。
何か縋るものが欲しくて、何もない空間に手を伸ばした。
僕はどうすれば。
「来て」
ふと聞こえたのは、鈴のように軽やかで優しい声。
「だ…れ………?」
振り向けば、そこには華憐が立っていた。
「なんで………?」
華憐は何も言わずに僕の手をとった。そしてどこかへ歩き出した。
僕はただついていった。理由など要らなかった。
今はただ、誰かの傍にいたかった。
華憐が僕を連れて行ったのは、建設途中のビルだった。
僕らはそのビルの1番高い骨組みに腰かけた。
「こうやって、終わっていくものなのかもね」
華憐が呟いた。
唐突に、終わりは来るのだ。いつも。そういうものなのだ。
「あれが何かは知らないけど、祐君はあれを止めようとしているんでしょ?」
「…分かるの?」
華憐はうん、と頷いた。
ここから見えるのは、逃げ惑う人々、駆け付けるSEO、喰神、魂……。
僕はあの時に誓ったのだ。かならず止めると、父親に。
「私ね、祐君のこと、好きだった」
華憐が唐突にそう言った。今の状況を理解しているのか、いや、理解してこその発言かもしれない。
華憐の方を見ずに、目を見開いた。そして、ゆっくりと閉じた。
華憐はそんな僕の様子を見て、
「返事は要らないよ」
と笑った。
僕は何も言えなかった。
ただ、2人でこの景色を眺めていた。そうしていたかった。
しばらくして、僕は立ち上がった。
「もう、行くよ………」
華憐は黙って頷いた。
眼下の景色はもはや戦場。
僕はもう、何もかも失った。
日常も、父親も、そしてこれから自分の命も失うのだろう。
空っぽ。空っぽだ。
僕はもう空っぽ。だからこそ、足掻いてやる。
この命が消えるその寸前まで、足掻き続けてやる。
華々しく散ってやる。
僕は戦地に飛び込んだ。
ここには、悲しみの雨が降り続ける――。




