僕はどうやら厄介な人に目を付けられたらしい
僕史上最大の一悶着があった土曜日、あれから日曜日を挟んで翌週の始まりを告げる本日月曜日。
週初めと云えば『今日からまた5日間』前夜の日曜日から憂鬱な気持ちになり始め、目を瞑るのもいとおしく感じながら気がつけば月曜日の朝を迎えて溜め息から始まる。
そしてこの曜日に限っては誰しも足取りが重くなる気持ちになったことがあるのではないだろうか。
当然、それは僕だって例外ではない。
一回生の頃は高校生からの引継ぎの感が強く、それはそれは真面目にも月曜日の朝一から終日まで。
それはもう授業をびっちりと授業計画とにらみ合いながらスケジュールを組んだものだった。
大学生にもなって月曜日からフルタイムで授業とか誰が想定していただろうか。
その結果、高校生と変わらぬ生活を送っていたのだが今は違う。
今日は月曜日、休みである。正確には昼からバイトである。
やっぱり大学生の特権といえば授業のスケジュールを学生各々が好き勝手に組む事が出来るところにあるのではないだろうか。
しかし、入学したての一回生が初日にいきなり大ホールへ収容されて一斉に受講方法を説明されたところで直ぐに理解できるものではなかった。
その結果が大半の一回生が高校生の頃の様にほぼ毎日4~5講義を受け続ける日々が半年、一年と続いたのだった。
大学生生活を謳歌するのは大学生であれば誰しも通る道で、悠々とした日々を送るのが僕の目標であるが、そこから転落するか保てるかは個人の問題だ。それがたとえ第三者に脅かされようとも個人の結果に変わりは無い。
そして二回生の二期となる現在、要領が分かり始め、計画的に単位を取得してきた僕は月曜日に取るべき授業を全てクリアし平日に正当な休みを獲得したのだ。
時刻は午前10時を周ったところ。
いつものふかふか布団から身体を起こし、くあと欠伸をしながら傍に置いていた眼鏡を手に取り掛ける。
そして習慣となった一連の流れに沿って締め切っていたカーテンを開ける。
視界に飛び込んでくるのは、日が随分と高くまで上り、交通網も慌しく交差点は運搬車両と一般車両で混雑している"平日"の状景。
皆が動いている時に僕は休み。
この実感がなんとも清清しく、気持ちの良い朝が僕を出迎えてくれるのだ。
今日は月曜日、絶好のバイト日和である。
さて昼からバイトに行くまでの時間どのように過ごそうかと洗面台で顔を洗いながら午前中の過ごし方を考えてみる。
まずは珈琲でも淹れようと電気ケトルに入れた水がボコボコと沸点に達した事を主張しているが洗顔中であるため止めに行くことが出来ない。が、自動で止まるしいいだろう。
そのまま洗顔を終え、ごしごしとタオルで顔を拭いてから生活スペースに置いているパソコンの電源を入れておく。
少しだけ型落ちしつつある僕のパソコンは、起動までに多少の時間が掛かるのでその間に空いているコップを手に取りインスタントコーヒーを淹れる。
こぽこぽこぽ――
お湯を注ぐと香りがコップの口から湯気とともに広がり僕の眼鏡が白く染めるが、これも手慣れたもので湯気によって眼鏡の視界を奪われてもそのまま熱々のコップを手に取りパソコンが置いてある場所へと移動を開始する。
「うわちちっ」
ところが横着をかました結果、パソコンの席につこうと腰を掛ける時に少しだけコップに縁から飛んだ珈琲が親指について思わず声を上げてしまった。
こぼれたところを急いでテッシュでふき取ってから改めてコップの縁を手に取り、ズズッと一口。
「ふぅ」
短く息をついてから起動し終わったパソコンのモニターを見てマウスを手に取り、いつものウェブブラウザーを立ち上げる。
これから見るのは日課となっているネットニュースで、部屋にテレビを置いていない僕が唯一、現代社会の流れを把握することが出来る貴重な情報収入源なのだ。
カチカチと平日なのに静かな室内でマウスのクリック音だけが響き、カーソルを回して開いたウェブページをスクロールしていく。
『より効率よく筋肉を作る方法』
『子供達が溝に嵌った子犬を救出』
『気になるあの人の年収は!?』
うんうん、どうやら今日も日本は平和なようだ。
そのまま気になる記事に目を通しながらコーヒーを啜り、そのたびに僕の知的好奇心は満たされていく。
ためにならないニュースほど集中して文章に目を通していると
「へー」
ひときわ目につく記事があったので僕は声を漏らして食いついた。
『"SORA"のボーカル、林檎がやってくる!?』
SORAと言えば要が好きな音楽の三人から成るアイドルユニットでその中でもボーカルである林檎を推している。
ちなみに必要ないかもしれないけれど僕はキーボードの檸檬推しだ。
タイトルを迷わずクリックするとウェブページは目的のURLに切り替わり、読み込みを開始する。
「あらら、なんだこれ一昨日の記事じゃないか」
林檎特集と謳う情報サイトにどうやらとんだようである。
しかしまずは投稿日を見てみると一昨日に書かれた記事だったことが今更ながら僕の目に止まった。
「あぁ、なんだ。ということはもう来てたのね」
記事に目を通していけばイベント日は先日の土曜日と日曜日の2日間だけで、月曜日である本日は既にイベント終了した後になっていた。
少々残念な、勿体無いという気持ちが僕を襲う。
とはいえ、そこまで熱心なファンというわけでもなく歳も近くて可愛くて、そこそこ曲調も好みな歌って踊れるアイドルに興味がある程度なのだけれど。
それに林檎だけだったみたいだし、要やファンにはせっかくの機会だったかもしれないけれど僕にとってはそれ程気に病む内容でもなかった。
カーソルを下ろしていくとイベント時の林檎の写真がこれでもかというくらいに掲載されており、いつもの制服姿で単独ライブを行っていたようだ。
まぁ三人の中でも林檎は一番人気でボーカルだからか一人でもイベントとしては盛り上がるのかもしれない。
コスト削減かなと運営方面の意図を感じつつも、読み込まれていく画像には赤い制服を着た女性の様々シーンが映っていた。
ステージやレッドカーペットの上を歩く姿が映っている彼女の芸名は林檎。
肩甲骨辺りまである金髪のツインテールが特徴的で年齢は20歳と紹介されており年代的には僕と同世代となる。
公式プロフィールには162センチと記載されておりやや平均よりも高めなのだろうか。
どの掲載されている写真にも満面の笑顔を振りまいており、しっかりとアイドルとして仕事として隙のない役目を果たしているようである。
言い方は悪いかもしれないけれどその可愛さと愛嬌を我々はお金で買うのである。
「遠藤さんの時もそうだけれど、人気があるっていうのも大変だよなぁ」
林檎の写真を見ながら先日のイケてるメンズ7名に囲まれ続けた遠藤さんを見て、愛想を振りまき続けるのも楽じゃないと実感したことを思い出す。
アイドルの林檎と違って彼女は一般人なのだから。
「遠藤さん、か。あの裏表の激しさには驚いたなぁ」
当分忘れられそうに無い彼女の印象を思い出しながら珈琲を再び口に含み林檎関連のページを離れて他の話題を探しに僕はマウスを動かした。