飴と鞭の使い方
どこの公園だろうかと思っていたけど意外にも家の近くだと気が付いたのは起き上がり、遠藤さんの赴くままに少し歩いた頃だった。
なんだか大学から戻ってくるまで間、徒歩という労力を掛けなかったことに少しだけ得をしたような気分をしたものである。
2階の窓から飛び降るという犠牲を払ったにも関わらずこんなことを考えている僕は存外、しぶとい性格をしているのかもしれない。
「斉藤君は甘いものはお好きかしら」
すると一歩前を歩く遠藤さんが声をかけてきた。
どうやら甘くというのは物理的に甘いものだったようである。
「嫌いじゃないよ」
その問いに対して僕は無難な受け答えをするが、あながち間違っているわけでもない。
好き好んで食べる物ではないけれど、かといって全く口にしないのかと言われればそうでもないのだ。
しかしどうやら遠藤さんが求めていた答えではなかったのかどこか不満げな表情を浮かべて言った。
「斉藤君、その答えは戴けないわ」
やっぱり不満だったようだ。
「私が好きか嫌いかの二択を迫ったのよ。いうなれば優柔不断な斉藤君の為にわざわざ分かりやすいように二択を用意してあげたの。斉藤君だって珈琲を頼まれた客から甘さは適当にって言われても困るでしょう?」
遠藤さんの言うことはわからなくもない。
確かにミルクと砂糖はいりますかと聞いてどっちでもという答えを受けた時は少しばかり困ることがあるのだ。
決して困らせようとかそんなつもりで答えたのではないのだが、これはこの場合の客に置き換えても同じ心境なのであろう。要するに僕にしても客にしてもあってもなくてもどっちでもいいのだ。
しかし、確かに聞かれたことに対する明白な答えというものは大切だなと思った僕は言った。
「じゃあ好きだよ」
「そんなに面と向かって好意を示されても私、困るわ」
あれ、これってそういう意図の質問だったっけ。
あとさっきよりも全然困っているようには見えないのだけれど。
「いや、うん。甘いものがね」
念のため変な誤解を生まないよう訂正しておくことにした。
◇
連れられてやってきたのは僕のバイト先であるバードから少し近くに新しくオープンしたイケてるメンズや美人しか店員になれないというメトロの前にやってきていた。
平日の昼間ということもあって外観から分かる客層は大半が大学生といったところか。
中にはわざわざパソコンを開いたり、勉強道具を広げている若者もちらほらと目に付く。
家でやればいいのにというのは心にしまっておこう。
「意外だね、遠藤さんってこういう所には来ないものだと思っていたのだけれど」
僕は思ったことをありのまま言った。
それもそのはず、遠藤さんはバードや個人経営のこじんまりとした喫茶店を好むものばかりだと思っていたのだから。
「そう? たまに桜子と来るのよ」
遠藤さんの言葉を受け、あの日笠さんと二人でと思うと目立って仕方が無いなと思った。
「いらっしゃいませ!!」
遠藤さんに連れられて店内に踏み込むと僕の接客とは雲泥の差を持つ聞き取りやすい声にイケてるメンズが出迎えてくれた。
輝く白い歯と健康的な歯茎が眩しくて胸やけを起こしそうだ。
「何名様ですか」
どう考えても二人なのだけれどなんだか違った意味合いも込められているかの様な表情を感じ取った。
まさかこの美人にしてこの男だけということはないよなというような表情である。
イケてるメンズが店の外に他の人が控えているのではないかと後ろを気にしているあたり間違いないだろう。
「二人よ」
しかしそんなことも気にすることなく遠藤さんは二人だと言った。いや、言い切った。
清楚感漂うワンピース姿のお嬢様。片やジャージ姿の僕。
これじゃあ確かに同じ組だとは思わないよね。
だけれど「マジかよ」みたいな目になったのを僕は見逃さなかったよ。
名も知らぬメンズ店員よ、これがマジなのだ。
店内はバードのような薄暗く落ち着いた雰囲気では無く、開けたスペースに眩しい白を基調とした壁紙。
清潔感は溢れているけれど落ち着いて休憩する所ではなさそうだという印象を受ける。
「どうしたの、そんなに周囲を見回して」
すると席に着いてから僕の行動が気になったのか遠藤さんは問いかけてくる。
「喫茶店といっても多種多様だなと思ってさ」
「確かに貴方が働いている所とは毛色が異なるわね」
ふーんと遠藤さんはそんなこと考えてたのと言い、しばらくするとメニューを持ったこれまた美人の店員がやってくる。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
表情はニコニコとしているが遠藤さんが放つ華やかな雰囲気と僕を見比べないでくれたまえ。
なんだい、ジャージの客は初めてかい?
「えぇ」
どうやら遠藤さんはメニューを受け取るまでもなく、事前に注文する物を決めていたようだ。
僕は初めて来たものだから何があるのかなとメニューを店員から受け取ろうとしたその時――
「このラブカップルパフェを一つ、以上で」
なんだか聞きなれないパフェの注文を遠藤さんは告げる。
そして店員の持つメニューは僕に渡ることなく床に落ち、勉強していた若者やカップル達は一斉に僕たちを凝視するのであった。




