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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
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EP6.5

「そこのパーカーの青年!!よくやった!!」


 パーカー……、あぁ僕のことか。

 自分でも良く分からないまま火事場のど真ん中に飛び込んでしまい、その姿はまさしく飛んで火に入る夏の虫。

 心どこかでヒーローになりたい願望でもあったのだろうか。いやいや、僕に限ってそんなことはないはずであると、そんな現実逃避を交えながらもきっとこうやって助け舟を出してくれるのは主人公補正を持った要だと期待していたのだけれど、全くもって見当違いなところからお褒めの言葉が聞こえてきた。


「あぁ、いえ……」


 距離を詰められ次の打撃が来ようかという時、僕の背後から声がしたので短く返事をする。

 想定していた助っ人ではなかったが、やっと助けがきたかぁとどうすればいいか分からなくなってしまった状況に内心ドキドキしていたのだ。

 ようやっとこのボーリング場で唯一勇者と呼べるべき存在の執事の声が聞こえてきて心にゆとりが出来る。


 そしてその声は瞬く間に僕の背後から前線へ、さらには男の下へと移動していった。


「チィッ!!」


 ところが男も負けじと執事から放たれたアクロバティックな蹴りをバットで防いでみせる。

 おぉ、あのファンタジーな動きについていけるのか、バットを持っているからどうしようも無いとは思っていたけれど意外と凄いヤツらなのかもしれない。


 まさか不意の一撃を弾かれるとは思っていなかったのか、執事はすかさずこちらへと引き下がってくる。

 しかしどうやらこれで僕としての、当初の役割になるだろう"時間稼ぎ"は成功したのだと認識した。


「どこか怪我はしていないか」


「いえ、問題ないです」


 そうか、と執事は僕の肩に手を置いたと同時に違和感を感じた。

 絶対的な安心感と信頼をこの場で獲得している彼女は確かに心強く"もう安心"という気持ちになれるのであるが、いやいや少しばかり待って頂きたい。


 "どうして僕の肩を掴むの……?"


 先ほどの様にダイナミックな登場ではなく、僕の肩に手を当てて横に立つ執事に顔を向ければ「これで2対1だぞ」と言いたげな頼もしい相方の顔をしているじゃあないか。


 ねぇ、待って?僕は別にここにきてまで共闘なんてしたくないからね?

 どこの誰が最終ボスに行くに当って、レベル1の未育成キャラをパーティに入れるというのだろうか。

 そんなスパルタなレベリングは必要ないです。


 うん、ウインクなんてされても貴方の思考が全くといって僕には読めないよ、そして認めないよ。


 キャスケットを被っているせいか髪型はおろか、素顔まであまり見えないのだけれど、この人が無駄に可愛く綺麗だろうことがここに来て少し見ただけで分かった。

 やっぱり見た感じ、年齢もそんなに変わらないんじゃないですかね。


 あぁくそう、なんだよウインク可愛いな、くそう。


「青年、ここからは私に任せてもらえないだろうか」


 ところが彼女は私に一任しろと言い、はなから僕との共闘は考えていなかったようだ。

 

「え?あ……、あ、どうぞっ!どうぞ!」


 他所よその得物を横取りしてしまうと思ったのか、僕に譲ってくれという彼女に僕は迷うことなく得物を手放すと伝えた。

 別にわざわざ断りなんか入れなくてもどこぞのオンラインゲームの様にLAラストアタックを取った人が戦利品をもらえるわけじゃないからね。

 もう本当に、手伝ってくれなんて言われたらどうしようかと思った。

 僕の張り裂けそうな恥ずかしい胸の内を曝け出す様なことにならなくて本当に良かったと安堵する。


「良くもお嬢様にこすい真似をしてくれたな?」


 すっくと立ち上がった彼女は雰囲気を一変してギロリを最後のヘルメット男に目をやる。


 いかにも目の敵を見るような"そんな"雰囲気を作っていた。

 

 まぁね。気が付かずにあそこで伸びている三人を一方的に甚振いたぶっていた人の言葉じゃないような気もするけれど……、彼女なりに思うところがあるのかな、きっとそうだろう。僕は真相を深追いしない主義だからね。


 ともあれ一般的には誘拐、強盗、テロ、とカテゴリー的には決して穏やかではないはずの現状がどうしてもこの執事の登場でコミカルな出来事に思えてしまう。


 それは何よりも彼女が強すぎるというところから始まり、ヘルメット男達が少々哀れに見えてしまうことからくる同情が原因なのだが。


 被害らしい被害といえば、店の備品および入り口のガラスドアの破損ぐらいである。


 そして最後の男も他よりは抵抗したものの、あっさりと倒れてしまい事後処理の為に警察が駆けつけて拘束されている次第である。


 後日、この出来事はニュースのトップに載ることになるのだが僕の勇敢な行動は小さな記事になることすらなかったという。


 ゲームのエピローグで村人が紹介されないように、裏方にスポットが当たる事はないのである。


「青年、ありがとう。君のおかげでお嬢様に傷がつくことなく終えることが出来た」


「いや本当、腕を掴んだ時はどうしようかと思いましたよね。こちらこそありがとうございました」


 しかし、本日の主役である彼女が僕の近くにやってきて握手の手を差し伸べてきた。


 実に男より男らしい執事である。


 ところがその手を握れば女性独特な柔らかさが僕の手のひらを襲い、間違いなく彼女はれっきとした女性なのだと僕の脳に直接信号が送られる。


 柔らかい、なんだろう少しふにふにしているというべきか、柔軟剤なんて比べ物にならない。


 長らく女性の手を握るという体験が無かった僕には嬉しい誤算というか、ラッキーなんちゃらというやつなのではないだろうか。

 あぁ、そうかこれは役得という言葉が一番当てはまるな。


「私からもお礼申し上げます。"斉藤一樹"さん本当にありがとうございました」


 少しの間だけ手に残る感触に名残惜しさを感じていると、透き通った声が僕をフルネームで読み上げた。


「あぁ、どうも。君も無事で良かったよ」


 振り返れば先ほどまで少々ハメを外していた遠藤さんが再び貼り付けたような笑顔でこちらへと近づいてきた。

 ところで僕は遠藤さんにフルネームを教えた記憶がないのだけれど、どうして名前まで知っているのだろうか。

 まぁ、どこから仕入れたのか大体想像がつく僕は現況である方に視線を移すと案の定この度の活躍ゼロだった友人、橋爪要がこちらをニヤニヤとしながら観察しているのだった。


 君の貢献度及び高感度はマイナス域に突入しているよ。

 後で説教が必要だ。


 そうそう要君や。君はどうやら女性に不慣れな僕があたふたする模様をみたいようだけれど、残念だったね。


「青年は斉藤というのか」


「あぁ、そういえば自己紹介をしてなかったですね。どうも斉藤一樹です」


 そういえば、ずっと青年青年と呼ばれていたなと思い返し自己紹介をする。


「私は日笠桜子ひがささくらこだ。お嬢様の執事をしているのだが燕尾服を着ていない今は女が執事なんて信憑性がないよな」


「先ほどの忠誠具合を披露してもらえれば十分な証明になると思いますけど?」


 誰がお嬢様と叫びながら武器を持った悪党に飛ぶ込むだろうか。

 少々自信なさ気に自己紹介をするものだから、少し彼女の背中を押してみる。


「おおっ、そうか!聞くところによれば斉藤もお嬢様と同じ学校へ通っていると聞くぞ!」


 するとどうやら僕の返答に気を良くしたようで、その後も挨拶程度だろうと思って日笠さんに接していたのだが、何故か会話が独りでに発展していることに気が付いた。


 あれ?なんだろう凄くこの人、接しにくいです。


 ガツガツくるというかどちらかといえば彼女はこちらの配分ペースを考えずに特急列車の如く会話を進行していくタイプのような感じがする。


「ええ、まぁ。そっすねー……」


 実は今の今まで知りませんでしたと暴露しようものなら僕の腹にも一撃必殺がめり込みそうなので堅く、そして適当に僕のガマの口を縛った。


 口も財布も紐はしっかり程よく締めないとね。


 その結果『日頃のお嬢様はどの様に過ごされているのか』『変な虫はついていないか』などの質問攻めを受けに受止め、その都度「ですよねー」「わかるー」と相槌をこれまた適当にうっていたのだが、それが失策となってしまうことに繋がった。


 湧水の如く沸いて出てくる質問の大半を受け流していると、先ほどまで子犬の様に尻尾を振っていた日笠さんの動きが次第に止まり僕をじっと見つめてくるのだ。


「……斉藤、お前もしやお嬢様に対して興味がないのか?」


 あまりにも適当に返事をしすぎたのか、不審に思った日笠さんが皆のような反応を見せない僕に対して主あるじに興味がないのかと問われてしまう。


「え?いやいや、超ありますよ。興味ありまくりですよ」


 失礼な話、彼女は自分の意見を主張するだけで満足するタイプかと思っていたのだが、どうやら見込みが外れたようで僕の受け答えに納得がいかなかったらしく眉間に皺を寄せていらっしゃるではないか。


 慌てて僕は遠藤さんに"興味"があると答えたのだがこれまた思いもよらぬところから質問が飛んでくる原因となってしまうのであった。


「あら、斉藤さんは私のどこに興味がおありなんですか?私も気になりますね」


 うぇ、ここでご本人からの質問かー。後ろから掛かる無駄に透き通った声に振り返る事も出来ず思考が停止した。


 くっそ、要くっそ!!覚えてなさいよ!!


 ギギギッとブリキの人形の様な動作で首だけ後ろに回すと屈託しかない笑顔で遠藤さんが出迎えてくれるではないか。

 彼女の瞳の奥が笑っているかどうかは定かではない。いや、今は玩具おもちゃを見つけた子供の様に楽しげな表情をしているとも云える。


 彼女はハレルヤ、僕はシズムヤ。


「いやもうほら、グランプリ取っちゃうとかマジ凄いですよね、有名人ですよ有名人。美人で綺麗で可愛くて良いとこ取りの三拍子じゃないですか。遠藤さんチョベリグリスペクトします」


 人差し指を立てながら説明するスタイルを取る僕の身体であるが、遠藤さんの正面を向いているのは僕の首だけで身体は硬直し日笠さんとご対面している。


 ディスコを終えて高度経済成長を終えた現代社会。


 脳裏に過ぎった打撃を回避すべく、やけくそで若者風に取り繕つくろうとした結果、時代遅れなキーワードがいくつか盛り込まれた内容となってしまった。


「斉藤、もういい」


 そんな僕のつまらない遠藤さん推しを静かに執事は、日笠さんは「もうやめてくれ」と下を向いて僕に告げた。


 そしてその瞬間、場の空気が死んだ。


 僕は身体は人差し指を上げ、情けない格好で静止しているまま時間が流れていく事を感じていた。


 確かに、少し無理があったかなと少々反省しながら――


「まぁ、そうですねぇ」


 ――それでもまぁ、空気が死んだのならもう別にいいよね。


「本当を言うと、なんていうか……如何なる時も代わり映えの無いその笑顔は凄いなとは思いましたね。まるでお面でも着けているかのようだ」


 重たい空気の中でも表情一つ崩さない遠藤晴香という人物に対して飾ることなく率直な感想を述べた。


 そもそも別段、彼女らと仲睦まじい関係になりたかったわけでも、恩を着せたかったわけでもないのだから僕の評価がどうなろうと知ったことではない。


 下を向いていた日笠さんがガバッと顔を上げるが、僕が声を発するたびに唖然とした表情へと移り変わりしていく。


 表情を変えるのは日笠さんだけではなく、遠藤さんも同様であったのだが屈託しかない素敵な笑顔から次第に目を細く口角を上げ、ドSともいえる顔つきに変わっていった。


「ふぅん……それが貴方の本性なのね」


「やぁ、どうも初めましてでいいかな、遠藤晴香さん。実はというと、僕は君の事をここに来るまで一切存じえなかったしボーリング場でのくじ引きで顔を合わせた時が初めてでね」


「あら。これでも私、大学では結構知名度があると思っていたのだけど、過信し過ぎたのかしら」


 おかしいわね、と手を頬に当てながらわざと悩ましげな表情をしてみせる彼女は正真正銘、偽ることなく今だけは確かに本物の姿を現していた。


「ちょ、お、お嬢様っ!?今は外で――」


「いいのよ桜子、いいの。それにほら、"面白いもの"を見つけたから」


 先ほどからテンションの上げ下げが激しいあたふたする執事の言葉を遮断するように言葉を重ね、遠藤晴香はすらりと目を細めて他には決して見せない表情をしてみせた。


 いうなれば女王様。


 誘惑・誘発…俗に受身マゾ体質であれば涎よだれ物の接待なのかもしれないけれど、僕は残念ながらそちらの気を持っていない。


 何がお気に召したのか分からないが、彼女の表情が生き生きとしているように見受けられる。


 これがミスコングランプリ受賞者で成績優秀、容姿端麗の八方美人、遠藤晴香の素顔かー。と隠されていた彼女の部分が露あらわになるが"元"を知らない僕にはどちらも本物でどちらが偽者が判らない。


「ところで今日はこれでお開きだよね、さすがにこの後打ち合わせするようなことはないと思うのだけれど」


 遠藤さんが楽しそうなところ話を折るようで申し訳ないけれど、時刻はお昼に差し掛かろうしている時間帯。

 まだ日も昇りきっていない今からであれば二度寝する時間は充分に確保でき、兼ねてより大願としていた布団への遡行も実現可能となった今、僕がここに残る理由は微塵としてないのである。


 僕は帰宅するぞ、要君。


「もう帰るのかしら?」


「うん、そうだね。今朝は、要……あぁ、ほらあそこの橋爪君に叩き起こされてね。せっかくの休みをやり直そうかなと、特別変な汗もかいたしお風呂にも入りたいね」


 僕はアイツのせいでという意味を込めて要に指を指しながらここに来るまでの過程を簡単に説明する。

 ついでに話し相手が欲しいとの理由で連れて来られたことも仕返しとばかりにこっそりと遠藤さんに告げ口してやったのは内緒である。


 一人じゃ寂しいもんね、要君!!


「それじゃあ僕はここでお暇いとましようかな」


「そう」


 少々の雑談を終えた僕はそう言い、颯爽とその場を立ち去ろうと踵を返し要に帰ることを伝えるために歩を進める。


 少しずつ遠藤さんと日笠さんとの距離が離れていく事を感じる中


「斉藤君」


 数歩進んだところで遠藤さんから名を呼ばれ、返事を返さずなんだろうと僕は振り返る。


 掛けていた薄い眼鏡越しに映る彼女は――


「今日は本当にありがとう」


 なんだ。


「どういたしまして」


 そういう笑顔も出来るんじゃあないか。


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