EP1
「あ、一樹。そういえばさ」
食堂を出てから構内の中央通りを二人並んで歩いていると要が何かを思い出したかの様に口を開いた。
「遠藤さん、ライブの事なんか言ってたか?」
どうやらライブの事が気になっていたようだ。
うん、要君。それは思い出したんじゃなくていつ僕に聞こうかというタイミングを迷っていたんだろう?
わざわざ僕相手に気を遣わなくてもいいのに要は言い出しにくかったのかあたかも思い出したかのような真似をする。
当然、僕も同じような経験を何度もしたことがあるから分からないでもないので触れてあげないでおこう。
「何も聞いてないね。忘れているんじゃあないかっていうくらいには何も言ってないよ。僕も忘れていたくらいさ」
忘れていたのは本当である。
むしろ忘れたままの方が良かったかもしれない。
「そっかー」
けれどもライブのこと、本当に楽しみにしていたんだね。
僕としてはこのままイベントが無くなってくれた方があの二人の女の子に会わなくてもいいとか、色々と気が休まるのだけれど要君の為にひと肌脱いでやってもいいかな。
直前になってやっぱりあの話は無くなりましたじゃあやるせないだろうし。
「そこまで気になるのなら、それとなく僕から聞いてみようか?」
僕はそう提案してあげた。
いや、僕としても決して無くなることを強く望んでいるわけじゃあないよ? あわよくば無くならないかなって思っているだけで。
「え、いいのか? そういうの面倒だって嫌がると思ってたんだけど」
すると要は僕に向かって意外だなという反応をみせるではないか。
失敬な。わざわざ君の為を思ってのことだというのに。
僕だってそれなりに、そう人並み程度には情くらいは持ち合わせているつもりだ。
「別にいいよ。僕もやっぱり無くなったって言われることを期待しているし」
だから余計なことを言う要君には少しいたずらをしておいてやろう。
「ちょっ、わざとそういう風に仕向けるのは止めてくれよな……?」
ははは、声が引き攣っているよ要君。
君の大好きなSORAのライブの主導権は僕にあるといっても過言ではないことを自覚するんだね!!
なんて言ったって僕に対する遠藤さんのお礼で行けるのだから。
「さぁね」
ゲッとしたような表情で立ち止まる要を余所に僕はそう言い残して放置するかのように歩き続けた。
「お、おい一樹。本当に頼むぜ?」
立ち止まる様子を見せない僕に要は駆け足で寄って来る。
そして再び二人並んで次の三限目が教室へと向かった。
――……
……あれ? 遠藤さんって何学部だっけ。
教室に入り、要と二人で出席を取ってから僕が真っ先に抱いた疑問である。
学生証を機械にかざすところまで全く気が付いていなかったのだけれど、なんだか男子が群れていることに気が付いた僕はその原因が何であるかすぐに察しがついた。
だから先ほどの疑問を抱いたわけである。
「ねぇ要。遠藤さんって何学部だった? 」
「確か法学部のはずだけど、なんでいるんだろうな」
やはり遠藤さんは経営学部である僕たちとは違う学部だった。
いや、うん。
確かに違う学部の人と同じ教室になる共通科目もあるにはあるし、半期ごとの科目を選択をする時にそれらを受講していれば被らないこともない。
けれども、今はもう後期の半ばである。折り返しである。
つまり僕たちの選んだこの講義に今の今までいなかったはずの遠藤さんが何故、この教室にいるのか謎でしかなかったのだ。
もしかすると僕たちが入る教室を間違えたのではと一瞬思いもしたのだけれど、しっかりと出席確認は取れていたし間違いはないだろう。
「とりあえず僕たちは離れて座ろうか」
遠藤さんがいるであろう右奥の席とは真逆の左奥に空いている席を僕は指した。
「まぁ、近づきたくても近づけないだろうしな」
僕の提案に賛成してくれたのか要も良しとしてくれた。
けれどもそうは言うけれど、要君や。
実のところ、君はイケてるメンズ枠で近寄って行っても全く違和感がないのだけれどね。
それからというものの講義が始まるまでは騒がしかった教室内も、教授が姿を見せる頃には静まり還っていた。
てっきりこのまま騒がしいままなのかと半ば諦めていたのだけれど、群がっていた男子たちは律儀に着席しているではないか。
偉いぞイケてるメンズたち。だけれどどうして僕と遠藤さんが座る列の間に誰も座っていないんだい。
僕がチラリと目を流せば相変わらず白のワンピースを着ている遠藤さんが丸見えのこのポジション。
心なしか遠藤さんが数センチずつこちらに移動してきているような気がしないでもない。
さっきまであんなに群がっていたというのに誰も遠藤さんの横や近くに座ろうとしない。
誰か横に座ってあげようよみんな、遠藤さんがボッチになってしまっているよ。
なんて、そんな風に楽観視してた講義前の出来事。
それからというものの、時間が経つにつれて当然のように講義は進むのだが心なしか遠藤さんも列の真ん中程にまで侵攻してきていることに気が付いてしまった僕は気が気でなく、唯一僕のノートだけは一切メモが進んでいなかった。
そして僕の体中が脈を打つたびに遠藤さんの方へと眼球のチラ見運動が止まらない。
もう秒速3回くらい、僕はチラ見という行為を行っているのではないだろうか。
まるでメトロノームのように、振り子がリズムを刻むかのようにチラ見が止まらない。
これが本当のチラリズム。明日は目の筋肉が筋肉痛になっているだろうことが確定した瞬間。
いくら気になる子が授業で隣にいるようなシチュエーションだったとしても見過ぎじゃないだろうかって指摘されてもおかしくないくらいにチラ見が止まってくれない。
いっその事ずっと一点だけを見ていればいいのに僕の身体がそれを認めない。
一体どこまで近づいてきているのか、残りの距離はどのくらい残されているのか確認をしたい欲求と、これは気のせいだと思い込みたい欲望が交差して僕のチラ見は加速する。
そう、遠藤さんが気のせいだとは思いたいのだけれど数センチ動くたびに秒速3回――、チラ見ついでに冷や汗が止まらないのだ。
だけれど僕は気が付いている、これはもう気のせいじゃないと。
遠藤さん、ここ――。大学だよ? と焦る僕の心境が気が付いていることを物語っている。
どこぞの総司令のようなスタイルで着席し続け、平常心を保っているつもりでも全身が悲鳴をあげていることに僕は、僕自身に気が付いていた。
やがて遠藤さんはついにはピタリと僕にくっつく位置までやって来て顔面蒼白の僕の耳元でこう言ったんだ。
「きちゃった」
「そっか、きちゃったんだね」
うん、来るタイミングを間違えたのかな。




