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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
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EP8


「ココア入れたけど飲むかい?」


 もしもいらないと言われたら僕が飲むことにしよう、そうしよう。


「えっと……、はい頂きます」


 ……何故敬語?


「熱いから気を付けなよ」


 僕からマグカップを受け取った木下さんはコップの淵を口元に当てて、息をふーふーと吹きかけた。

 可愛いなぁ木下さんは。

 一口飲んで暖まったのだろうか、一つ長い息を付いてからマグカップをテーブルに置いた。


「落ち着いたかい」


「うん……、なんだか理解が追い付かないけど。ここって斉藤さんの部屋……だよね?」


 部屋をキョロキョロと見渡し、ベッドの上でちょこんと体操座りをする木下さんはパソコン用の椅子に座っている僕を見上げるようにして現状を確認するように質問をしてきた。


「そうだよ。喫茶店で木下さんが寝ちゃってから色々あってね、それで迷惑かもしれないけれどうちに連れてきたんだ」


 それからはここに至るまでの経緯を説明した。

 店長が連れて行きたくないと駄々をこねた所から始まり、タクシーを呼んで木下さんの家を訪ねたところから僕の家に帰ってくるまでの経緯をである。

 最初の店長のくだりこそ楽しそうに聞いてくれた木下さんであったが、次第に木下さんの家を訪ねたあたりから徐々に表情が暗くなってしまった。


「斉藤さん、私の家……見ちゃったんだね?」


「見ちゃったというべきかどうかは定かではないけれど、ドアの前までは行ったよ」


 そして僕は部屋に上がるような真似はしていないとも告げた。

 恐る恐る聞いてくる木下さんの感じから察するに、この服どうかな似合うかなとかそういう次元の話ではないだろうことくらいは理解している。

 どう答えるべきが正解なのか、良い家だねとでも言おうものならウソ丸出しである。

 古民家ともいえず、ただただ手入れもされていない風化したアパートだったのだから。

 どうしたものかと悩んでいると木下さんがふっと笑って口を開いた。


「ふふ。ほーら、斉藤さん。また嘘を考えてるよ」


 ……?

 いつもの木下さんだ。

 クスリと笑ってたまにお姉さん面する僕の知っている木下さんだ。


「素直にボロボロだったねって言えばいいんだよ」


「いや、うん。僕としてはそれを言うべきかどうかすごく悩んでいたんだけど、まさか木下さんから言われるとは思ってもみなかったよ」


 素直にゲロる僕は情けないことこの上ないだろう。

 それでも僕は嘘でやり過ごそうとはしていない。

 

「斉藤さんの部屋は、綺麗だね。コーヒーの香りもする」


「ありがとうと言うべきなのか、むず痒いね」


 それからというもののしばしの無言が続くのだが、大抵僕が女の子と二人きりとなればこんなものである。

 僕に掛かれば、出来る会話などこんなものなのだ。

 しかしながらいつもなら平然としているけれど、あいにくと場所が場所である。

 広くもない部屋に二人っきりとなれば気まずさが倍増しているといっても過言ではない。


「斉藤さん、私ね」


 今度のライブの話でも切り出そうかというところで、木下さんから沈黙を破ってくれた。


「実家があまり裕福じゃなくて、本当は大学に来られるような環境じゃなかったんだ」


 聞けば木下さんは一人っ子らしいのだけれど父親は酒におぼれ、母もほぼ育児放棄している状態の中、祖母の元で育てられたという。

 まさかそんな闇を木下さんが抱えていたとは露知らず。


「おばあちゃんももう長くはないし、施設のお金のこともあって高校を卒業したら就職しようと思ってたんだけどそのおばあちゃんに背中を押されちゃって」


 それで今の大学に入ったのだという。


「でも学費もそうだけど、生活するのにもお金がかかるでしょう? だから極力負担にならないように私がバイトで賄える家賃とか生活費のことを考えたら……あんな感じになっちゃった」


 かれこれ2年はあの家で暮らしているというが、家賃相応に風呂やトイレもついておらずよく友達の家に借りに行くのだと言う。

 まるで生きている世界が違うような錯覚を僕は覚えた。

 ライブの話どころか、以前のボウリングや居酒屋の話は彼女にとってかなり重い話だったのではないだろうか。

 そう思うと木下さんの言う節約と僕の言う節約とでは意味合いが全く違うということを理解した。

 それにしてもいつも健気にあざとく可愛い小動物のような木下さんが……、と思うとなんともいえない気持ちになるというものである。


 だからといってここで「大変だったね」なんて上辺だけの労いの言葉を掛けるというのも間違った返答だと思うのだ。

 僕の家のシャワー毎日使ってよ!! とか冗談でも言えたら楽なのだけれど、それはそれで僕自身が困ることになるだろうし、何より彼氏は一体なにをしているのだろうか。

 もしや彼氏も良からぬ関係で無理やり――


「斉藤さん? 起きてる?」


「あ、うん。起きてる」


 寝られるわけがないじゃないか。

 そんな要みたいな図太い神経を僕が持っているはずがない。


「あ。そういえば今朝、遠藤さんも来たんだよね?」


 先ほどの暴露話のオチはどこへやら、いきなり木下さんからの要望というべきだろうか、今朝の騒動の話へと切り替わった。

 

「本当に遠藤さんには困ったものでね、いきなり電話とチャイムを連呼連打されてね、軽くホラーだったよ」


「そうなんだ? 全然想像つかないなぁ、遠藤さんが斉藤さんと"付き合ってる"ところ」


 ……ん?

 遠藤さんが誰と付き合ってるって? ……僕と?

 そういえば今朝の誤解をまだ解けていなかったことを僕は思い出した。


「いやいや、なんだか誤解されているかもしれないのだけれど、僕は決して遠藤さんと付き合っているわけじゃないよ?」


「え? でも今朝二人でって、あだ名も……」


「今朝二人のところだけで言えば明日は木下さんも同じだからね? あと、あのメルヘンなあだ名で呼び合う痛いカップルに僕は見えるかい?」


 墓穴を掘ったのだろうか、明日は我が身だと思ったであろう木下さんはゆでだこのように顔を真っ赤にしてしまった。

 その姿はまるでボンッと効果音が聞こえてきてもおかしくないような様である。


「それを言うなら木下さんだって、僕は今日木下さんを連れているときに彼氏さんに見られてしまわないかと冷や冷やしたよ」


 確かにおかげで変な汗を背中にかいたのだけれど、それが目の前にある"あれ"と密着していたせいかどうなのかまでは追及しないでおこう。

 僕は真相を追及しないタイプだからね。

 まるで便乗するかのようにして僕も返答すると木下さんはポカンとした表情で口を開いてこう言った。


「え……? 彼氏? 私、彼氏なんていないよ? 」


 斉藤さん何を言ってるの? と。







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