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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
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EP6


「仮に僕が連れて行くとしてもですよ、生憎と足になるものがないんですよ」


 免許こそ持ってはいるけれど車どころか自転車すら所持していない僕に隣町まで人ひとりを連れて行くような移動手段を持ち合わせていないのである。

 

「安心しろ、タクシー代くらいは出してやるよ」


 そう言って店長はひらひらと自身の財布から皆が良く知る諭吉さんを取り出した。


「それってもう、普通にタクシーに運転手の方にお願いすればいいんじゃないですかね?」


 そこまでして行きたくないのか店長。

 そんなにも前の事情聴取がトラウマになってしまったのだろうか。


「いいじゃねぇかカズ。ここはちーちゃんとの親睦を深めると思ってさ」


「……気絶している人を相手に親睦もクソもないと思うのは僕だけですかね?」


 チラリとソファーを見れば目を回している木下さんが映る。

 木下さん――、あまりマジマジと見たことがなかったけれどどうやら結構な物をお持ちなようである。

 うん。そういうところをついつい見てしまうというのは、僕としても大変不本意ではあるのだけれど、もし木下さんでなくとも遠藤さん達と対面している時であったとしても誤って"そこへ"視線を泳がせてしまうような下手は打たないのだけれど、今回ばかりは許してほしい。



 だって、スイカップがそこにあるのだから。



「やっぱり店長、僕には荷が重いんじゃないですかね」


 "それ"を見た僕は再びお断りの旨を告げた。

 もちろん自制心に歯止めは効いている。

 決して木下さんが寝ていることを良いようにするつもりもない。

 それでも彼氏持ちである木下さんが他の男に運ばれている所を見られるというのは良くない状況になるだろう。

 実はバイト先で倒れちゃって僕が運んできましたなんていかにもな内容を果たして信じてもらえるだろうか。


「確かにちーちゃんは少しばかり重いかもしれないが……、男ならつべこべ言わずにリードしてやるってもんだろう」


 いや、別に僕は木下さんが重いとかそういうデリカシー的なところを言っていたわけではないのだけれど、店長。


「でしたらやっぱりそこは男の先輩として店長が行くべきでは」


 何もこの場にいる男は僕一人ではない。

 そうすると店長は仁王立ちしたまま腕を組みなおし、スッと背を向けてから言った。


「……俺には嫁がいるからよ、捕まるわけにはいかねぇんだ」


 恰好よくもなんともない逃げに転じた背中を見せられて、「な?分かってくれ」と言われても分かるはずがない。

 どうしてこの人の頭の中では捕まることが前提で物事を進めているのだろうか。

 とはいえ、ずっと木下さんをソファーで寝かし続けているわけにはいかないし、店長の家には空き部屋がないなんてことは以前から知っていることで泊める場所などないことも理解している。


 どうしたものかと時計を見れば22時に向かって刻一刻と時を刻んでいる。

 明日も大学へ行かなければならず、あまり夜更かししすぎるのは僕としても好ましくない。


「……はぁ。とりあえず、交通費と木下さんの住所のメモでもください」


 どうせ誰かが犠牲にならなければならないのだ。

 警察に目をつけられるよりも、同年代である僕が行くのは相場かもしれない。

 だからと言って別に店長の為なんかじゃないんだからねなんてことは絶対に言ってやらない。


「サンキュウ、カズ!! 里奈、タクシー呼んでやれ」


「はいは~い」


 店長はお礼を言うと同時に里奈さんを動かし、自分はすぐに履歴書が入っているであろう棚を引っこ抜いて木下さんの物を探し始めた。

 プライバシーもデリカシーも何も感じさせない本当に調子のいい店長である。



―――……


「運賃は6780円になります」


 遠ざかっていくタクシーを見ながら木下さんを背負う僕は、立ち往生していた。

 料金から察してもらえるようにかなりの距離を移動してきたものなのだけれど、僕は改めて後悔している。

 

「良かったのだろうか、ホイホイと着てしまったけれど……」


 木下さんの住所が記されたメモを元に来てみたものの、そこにはお世辞にも綺麗とは言えないいまどき木製のアパートがひっそりと建っていた。

 所々電気が付いている部屋があるところを見るに、生活をしている人がいないわけではないみたいだけれど敷地の草木も伸び放題で鉄の階段に云ったっては抜けている個所まである。

 貧乏学生とはいうけれど、もう少しなんとかならなかったのだろうかというのが本音であり同時に木下さんを心配してしまう哀れな僕をぶん殴って欲しい。


「見ちゃいけなかったような気がする」


 僕はこの程度のことで無意識に優劣をつけようとしてしまっていたのだ。

 とはいっても都合よく殴ってくれるような人がいないので代わりに、ブンブンと頭を振って敷地内に足を踏み入れた。

 歩くたびに背中にスライムボールのような感触が僕を襲ってくるけれど気にしたら負けだろう。

 なんだか二つくらい当たっている気がするけれど、これは気のせいである。


「えっと木下さんの部屋は――」


 煩悩を追いやるように住所の続きに目をやると103号室とあった。

 どうやらあの抜けている階段を登らなくて済むようだ。

 そうして101、102と部屋の前の通過していき、僕は103号室の扉の前に立った。


「電気は付いて……ないのか」


 ということは誰も中にはいない可能性が濃厚である。

 ためしにドアノブを引いてみたけれど鍵がかかっていたようで、ガンッとロックが掛かっている音が聞こえてきた。


「えぇ……、来たのはいいけれどここからどうしろと言うんだい……」


 スマホを取り出し、時間を確認しようと電源ボタンを押すと時刻は既に23時に近づこうとしていた。

 まさかここで木下さんの手荷物を勝手に漁る訳にも行かず、かといってこのまま部屋の前に置いていくわけにもいかず……。

 何度かペチペチと木下さんの頬を叩いてみたけれど起きる気配もなく、どことなく夢見心地がよさそうで僕は何よりだよ。

 

「仕方ない、明日には起きてくれるよね……多分。あと、店長には上乗せして請求してやる」


 意を決し、木下さんの部屋の前から離れてから再びスマホを取り出して電話を掛ける。

 きっとこうすることを選んだ僕に誰も責めはしまい。


「あ、もしもし○○タクシーさんですか? すみません、今から迎えをお願いしたいんですけど。ええ、はい――」


 僕は木下さんを連れて、僕のアパートへと向かうことにした。

 時刻はまもなく23時である。



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