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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
71/87

EP5


……


 それからというものの、ホールは混雑を極めていた。

 いつものように静けさを取り戻し落ち着くころには閉店間際取っており珍しく大所帯となったバードだったが、どうして平日である今日に限ってこんなにも荒れることになったのかは謎のままである。

 有名人? と思わしき人も結局誰なのか分からずじまいで一緒に席を囲んでいた方々と談笑していたようだし、聞き耳を立てるのもどうかと思ったけれどありがちなスケジュール的なことも一切会話には出ていなかった。

 それとも偶然の産物というやつであろうか、たまたま少し早いディナーを取りに来る人が多かっただけなのかもしれない。


「お疲れさん」


 どちらにせよ休憩室で疲労からか、ぐったりとしている僕と木下さんに宛てて季節外れの扇風機に当りながら団扇うちわを仰でいる店長が言った。

 

「……お疲れ様です」


 その声に応じる為、僕と木下さんは揃って声を絞り出す。

 慣れてくると"おはようございます"と"お疲れ様でした"という挨拶は意識しなくても、いくら疲れていようとも出るようになるものなのだ。


「みんなお疲れ様。やっぱりうちはカズ君とちーちゃんがいないと回らないわねぇ。そうだ、卒業後このままうちに永久就職とかどうかしら?」


 結局あれからホールや調理場に一度も姿を見せず、今現在パタパタと足を動かしながらクッキーをかじっている休憩室の妖精さんと化していた里奈さんからの内定を貰ってしまった。

 でもそれで果たしていいのだろうか、この店は里奈さんを動かさなくて。


「まぁ一人二人くらいならなんとかなるかもしれんが、正直正社員を雇う程の余裕はうちにはねぇんだけどな」


 僕たちがどう返事をしたものかと悩んでいると横からガハハと笑って店長は言ってみせた。

 でも確かに、大手のチェーンのような喫茶店でもなければ、喫茶店の運営というは厳しいのかもしれない。

 コーヒーにしても豆の原価と作れる量だけを考えれば上がりそうなものではあるが、では果たして一体何人の人が飲んでくれるのかといった不確定要素が多すぎる。

 いくらレシピがあろうとも食材をもてあまし、賞味期限を過ぎてしまうことだってあるだろう。

 そんな事を考えていると、店長が再び口を開いた。


「よし!! お前たち、今から時間はあるか? 使いかけの食材がたくさん出ちまったし特別になんでも作ってやるぞ」


 充分に涼んだのだろうか、僕としてはまだまだ休み足りないといったところなのだけれど両ひざに手をあててグンと店長が立ち上がったのだ。

 

「あ、店長。私、これから斉藤さんと用事があるので……」


「あ、そう……?」


 ところが店長のやる気に消火器をかけて沈下するかの如く、先ほどまでソファーに突っ伏して煙を上げていたはずの木下さんが手を上げて返事をした。

 そういえば今朝がた、そんな約束を取り付けられていたなと忙しさのあまりに忘れてしまっていたけれど、僕としても遠藤さんとの誤解だけは解いておかねばなるまい。

 僕は遠藤さんの金魚の糞ではないとね。


「……ん? 二人がか? こりゃあ珍しい組み合わせだな」


 木下さんからの断りの内容を聞いて疑問に思ったのか店長は言った。

 これまで何度も同じシフトで木下さんとはコンビを組んできたというのに珍しいとは何事かと思ったけれど、妙な誤解を受けていない様で安心していいのか悪いのか。


「ええっと、はい。ちょ、ちょっと取り入って相談事がありまして!!」


 うん、木下さん。君は間違えたことは言っていない。

 確かに言っていないし話があるとだけしか僕は聞かされていないのだけれど、訳ありな感じで言葉を詰まらし意味ありげにモジモジとしてみせる木下さんを見て勘違いしてしまいそうになる僕を決して責めないでほしい。


「ちーちゃんがカズに相談……? おいカズ、ちーちゃんがうちを辞めるなんてこと言い出したらそこは男として全力で引き止めろよ? お前らの代わりを見つけるなんて当面は無理なんだからな? 」


 わかってんのかと追い打ちしてくる店長を見て、あぁなるほど店長はそっちのベクトルに変換してしまったのかと理解した。


「いやいや、その時は男として店長が引き止めてくださいよ。僕としても木下さんが抜けてしまったらしんどさのあまりにここを辞めるかもしれないんで」


「駄目よカズ君。カズ君が辞めたら誰が働くと言うの!?」


「や、そこは里奈さん、任せてくらいは言いましょうね」


 里奈さんのことはともかく、僕としても木下さんに抜けられてしまうと厳しいものがあるのでその時は店長が頑張ってくれという旨を伝える。

 そりゃあ確かに、この店の長である店長に辞めようかと思っているなんて相談はしにくいよな……、あれ? 木下さんって、まじで辞めるなんて言いだすのではないだろうか?

 おかしい。先程まで、全然別の件で呼ばれているものだと思っていたのにいつの間にか僕まで不安になってきたぞ。


「やっぱり訂正します、木下さんのことはこの僕に任せてください」


「……? そうか、なんか知らんがカズがやる気になってくれたようで俺ぁ何よりだ」


 きっと今の僕はとても頼もしい表情をしていることだろう。

 それはそうである。切っても切り離せるようなものではなく、それはとても重要な役割を与えられた気分なのだから。


「ままっ、任せて……!? キュウ―……」


 だけれど、その役割も果たすことなく終わることになりそうだ。


「おい、ちーちゃん、またか!? うぉい!?この時間はダメだ!!ちーちゃん!!」


 だって木下さんが三度みたび、煙を上げてパンクしてしまったのだから。

 凄い、凄いぞ木下さん。キュウと言って気絶してしまうだなんてマンガみたいな技、もうあざとさの塊でしかないよね。

 これも手慣れたものではあるのだけれど、気絶して再びソファーに突っ伏してしまった木下さんを店長が太い腕で抱きかかえた。

 やばい、介抱しているはずなのだけれどいつみても凄い絵面である。

 もうね、何も知らない人が見たら通報待ったなしなんだよね。

 時々ある、"いつもの"ような光景ではあるけれど――。そう、これがお昼時ならまだしも、しかしながら店長が言うように時刻は既に二十一時にさしかかろうかという頃合い。

 木下さんを抱きかかえ、スックと立ち上がった店長が時計を見てから僕に振り向いて何かを悟ったかのように穏やかな顔で言った。


「カズ、店長命令だ。ちーちゃんを送って帰ってやりな」


「すみません、言ってること全然わかりません。あと、家を僕は知らないです」


 店長命令を即座に僕は棄却した。

 店長が時計を睨み、頬に冷や汗を伝わせながらそう言うのもわからなくもない二十一時にもなろうとしているのだから。

 そりゃあ過去に同じシチュエーションで事情聴取されたことがあったのだから、分からなくもない。

 でも、僕は木下さんの家を知らないから仕方ないじゃないか、むしろ知っていたら問題ではないだろうか。


「……そこの棚に、履歴書があるだろ?」


「あるだろって……いやいや、店長。個人情報を安易に漏らそうとしないでください。こうなってしまったら家の人に迎えに来てもらうしかないんじゃないですか?」


「何言ってんだ? ちーちゃんは一人暮らしだぞ」


 何言ってんだこの人。ならば、なおさら僕一人に任せるべきではないよね。




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