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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
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EP4

――


 大学でやるべきことを終え、喫茶バードへ向けて歩を進める。

 携帯の時計を見れば液晶には"16:00"と表示されており秋にもなると、この時間でも陽は傾き始めるようになっていた。

 これから行ったとしてもバートの閉店時間は20:00までで数時間しかバイトに入ることは出来ないし、数時間程度では三千円程度しか稼ぐことができないけれど、晩御飯の賄いの事を考えればいい具合である。

 休みの日となればもちろんフルタイムで入る時もあるけれど、こういった地道に積み上げていく塵も積もれば山となる、所謂いわゆるチリツモスタイルも嫌いではない。


「おはようございます」


 建物の間を抜けて裏道からバードの勝手口を開けると里奈さんがソファーに腰を掛けて雑誌に目を通している姿が映り、いつものように挨拶を行う。

 ゆったりとした空間がいつものようにこの休憩室には流れているはずなのだけれど……


「ちーちゃん、12番テーブルのティラミスとコーヒーゼリーどうなってる!」


「ご、ごめんなさいぃ!! 直ぐに作りますー!! っきゃあ!? 」


「うぉい!? ちーちゃん!? 大丈夫だ、傷はあせぇぞ!!」


 ……なんだかすごい怒号と悲鳴が聞こえてくるのは気のせいだろうか。

 あれ、うちってこんなに鉄火場してるような店だった? 喫茶店だよね? ここ居酒屋じゃないよね?


「カズ君おはよう、丁度良かったぁ。今ね、お客さんがたくさんいらしているのよ。ちーちゃんがパンク寸前だから手伝ってあげてねぇ」


「そうなんですか……? わかりました」


 どうやら里奈さんから聞く限りでは木下さんが本日二度目となるパンク寸前らしい。

 ところで里奈さんは休憩室こんなところでコーヒーを飲みながらのんびり雑誌を読んでいる場合なのだろうかとふとした疑問を僕は抱いたけれど、きっと妖精さんなんだろうと見なかったことにして木下さんの応援に入る為、更衣室へと向かうことにする。

 

 それから早々に着替え終えて、再び里奈さんの前を通り調理場へと続く扉を押しあけた。


「店長、おはようございます」


「カズゥ、待ってたぜぇ……!!」


 するとやっと来たかといわんばかりに沢山の話声が聞こえる中から店長の声が奥から聞こえてきた。

 周囲を見渡すと、食器も片付いておらず食べ残されたであろうケーキ類も皿の上に乗ったままで放置されているではないか。


 あれ、大丈夫? 僕、来るところ間違えていないよね?


 なんだか僕の知っているバードとは違う異様な光景に困惑しながらも調理場の奥にいるであろう店長に会いに行くと――、そもそも喫茶店の店長であるべき人がねじり鉢巻きを頭に巻きながらいい笑顔でコーヒーを淹れている時点で何かとおかしいのだけれど相当に忙しい様であることはすぐに理解した。

 

「今日は何かあったんですか」


 この惨状は一体全体どういうことなのかと聞いてみると、「俺にも分からん!!」ということらしいので仕方なくホールの様子を確認しようと店長の元を離れることにする。

 調理場から出てカウンターに顔を出してみる過去、最多ではないだろうかというくらいに人であふれていた。


「ざいとうざん―!!」


 僕はそんな必殺技みたいな名前ではないのだけれど、木下さんが涙声で僕の名を呼びながら駆け寄って……、いや這い寄って来るではないか。

 僕としてもホールの盛況具合を目にした瞬間、よく木下さん一人でホールと調理場を兼務出来ていたなと思ったものだったけれどどうやらそれも限界を迎えようとしていたようだ。

 休憩室にいる妖精さんと交代してもいいんじゃあないかな。


「斉藤さん来るのが遅いよ、私このまま死んじゃうのかと思ったよ」


 ちょっと頬を膨らませて文句を言ってくる木下さんは、汗をたくさんかいたのだろうか。

 本人は気が付いていないかもしれないけれど、制服が薄らと透けてしまって黒色が主張してしまっているのだ。

 この場において木下さんって意外と大胆なんだねとは言わないのが男としてのルールなのだろう。

 そんな僕の心情もお構いなしに木下さんは頬を膨らませて怒るようなあざとさを見せてはいるけれど、僕としては目のやり場に困って仕方が無いのだけれどね。


 ただ木下さんが怒る理由は分からなくもない。

 ただ、不満を向けるべき矛先がこの場において僕しかいないとしても、僕にしか言いようがないにしても確かにこの惨事を一人で任せてしまったことに関しては少々ながら同じバイトメンバーとして申し訳ないと思うもののご理解頂きたいところが僕にもあるのだ。


「どうどう。いやね、これでもまだ僕は早い方だと思うのだけれど」


 木下さんに死なれてしまっては僕の唯一といえるほどの癒しが無くなってしまうので非常に困るのではあるけれど、シフトの予定時間よりも早めに来ていることはご理解頂きたいところである。


「ところで木下さんや、今日は何かイベントでもあったのかい」


 それから木下さんをそこそこに宥めてから事情を聞くことにした。

 店長には分からんと一蹴りされてしまったけれど、ずっとホールを見ていた木下さんなら何か知っていることだろう。


「私も良く分からないんだけど、有名な人? が来ているらしくて……」


 どうやら木下さんも良く分かっていない様ではあったものの、どうやら客の中に原因があるとのこと。


「有名な人……? うちって結構それっぽい人が来ることはあるけれど、ほとんどがお忍びのような形で来ているしそんな大々的に来ることなんてあったかな」


 仮にそうだとしたら、この喫茶店のルール上そういった行為は控えて貰うように口添えしなければならないのだけれど店長が注意をしていないということは、そうじゃないのかもしれない。

 そして木下さんは「ほら、あそこの人」と言って、その有名人とやらが座っているだろう席に指を指した。

 その木下さんの指の先を目線で追うと、確かにそれらしい若い女性が優雅にティーカップを口に運んでいる姿が目に映る。

 

「斉藤さん誰だか分かる?」


「いや、生憎と僕にも分からないや」


 木下さんに問われて再び目を凝らして見るが、さっぱり誰だか分からない。

 そもそも木下さんが知らないであろう有名人を僕が知っているはずがないのだ。


 

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