EP1
「……家? ささささ、斉藤さんの家!? いいいい、家から!? 二人で!?」
いや、うん。
確かに誰かに見られたら顎を外して驚くだろうなーとは思っていたけれど、斜め上をいくリアクションを木下さんから頂いてしまった。けれど慌てふためく木下さんはまさに眼福。
「そうなんです。カズキンの家から二人で、なんです」
突拍子もないことを言いだすのは遠藤さんの十八番なのかもしれない。
か、カズキン……?なにその病原体みたいなあだ名、もしかして僕のことかい。
いやいや、そもそも僕たちの間柄にこれまであだ名なんてなかったよね、これはもう木下さんが可愛くて可愛くて仕方なく遠藤さんもからかっているだけなのだろう。気持ちはわかるよ遠藤さん。
「今朝も私のことを"はるにゃん"と呼んでくれまして」
「まって、僕にそんな記憶は微塵もないのだけれど」
思わずこれには反射的に待ったをかけてしまった。
はるにゃん……? 晴香だからはるにゃん……? 君はそんなファンシーな世界の生物じゃあないだろう?
「カズキン……、はるにゃん……」
いかん、木下さんが早朝にしていきなりプスプスと湯気を出して目を回している。
バイト先で手が回らないような忙しい時に時折見せる木下パニックに陥ってしまっているではないか。
良く考えておくれ木下さん、そんな遊園地にしかいそうにないあだ名で僕が呼び合うと本気で思うかい?
そんなギャップ萌えを僕は目指してなんかいないよ。
「や、木下さん間に受けないように。遠藤さんの冗談だからね」
「でもでもでも!! お二人は斉藤さんの家から出て来られたでおわしますよね!?それってつまり、そういうことですよね!?」
え、どこの言葉?
「はい、そうでおわします」
さらりと便乗しちゃう遠藤さんをみて、やはりからかっているんだなと確信した。
無駄に楽しそうだが、何故か勝ち誇ったかのような表情をしている。
僕は遠藤さんが楽しそうで何よりではあるが、朝から弄ばれている木下さんが気の毒で仕方がないよ、おわすってなんだよ、使い方あってるの?
「斉藤さん!!」
「おぉう!?」
はぁ、と一つため息をつきながらこの事態に収拾がつきそうになく、どうしたものかと首を捻っていると木下さんの呼びかけとともにズンと両肩に物凄い重力を感じ変な声が出てしまった。
木下さんが僕の両肩を押さえつけたのだ。
……いい匂いがする。いや、そうじゃない剣幕な表情で木下さんは僕を見ているではないか。
もしこれが棒ゲームの世界であれば、木下さんがあざと剣幕な表情でこちらを見ている。仲間にしますか、なんて出ちゃったりするのだろうか。勿論、断る理由なんてないけれど。
「今日のバイトの後、話があるので時間空けておいてください!! それじゃあ!!」
「え、あ、はい」
そう言い残し、駆け足で先に行ってしまった小さくなっていく木下さんの背中を呆気にとられた僕はただただ見送るしかできなかった。
ただ、僕としても今の聞く耳が持てそうにない木下さんの誤解だけは解いておきたいし、遠藤さんがいる限り打破できそうにないし、願ったりかなったりではあるのだが、今日一日彼女はもつのだろうかという心配の念が拭えない。
「面白いわね、彼女」
「あまりいじめないでやっておくれよ。僕の大切なバイト仲間なんだ」
「そう言う貴方も満更ではなさそうだったけれど?」
いや、うんそう言われるとね、僕としても言い返しようがない。
朝から木下さんに出会えたことは、後悔もありつつそれでも幸福が勝ってしまったのだから仕方が無いじゃあないか。
「思ったよりも時間を使ってしまったわね、少し急ぎましょうか」
時計を見ると2限が始まる数十分前に差し迫っていた。
「そうだね」
一見、不機嫌そうに見えた遠藤さんはいつの間にか上機嫌になっている。
木下さんの力は遠藤さんにも絶大な効果を発揮したようだ。




