EP2
このまま沈黙の気まずい時間が過ぎていくのかと思った矢先、遠藤さんが「そういえば」と口を開いた。
「そういえば性的趣向の話なのだけれど、私にもあるのよ。聞きたい?」
遠藤さん、性的趣向の話を何故掘り返したんだいと問いかけたいが、いくら別次元の存在である彼女であってもどうやら異性の好きなポイントはあるらしく、これには柄にもなく少々の興味を抱いた。
どうせ僕から振れる話題はないのだ、乗れる船には乗っておくべきだろう。
「意外だね」
「意外ではないでしょう、私だって普通の人間なのよ」
そして、腕と足を組みながら人並みの感性くらいは持っているわよと続けた。
もちろん素足はブラブラと見せつけるように振ったままで、その様が僕は気になって気になり過ぎて仕方が無く、ようするに釘付けというやつである。
「あぁ、うん。そういう意味じゃなくてね」
人間だもの、そりゃあ異性の気になるところの一つや二つは誰にでもあるだろう。
しかしながら僕が言いたいのはそういった話を遠藤さんが振ってくるというところにあったのだが、どうやら意味をはき違えられてしまったようだ。
そして勘違いをされたまま遠藤さんは意外どころか、衝撃的な趣向を吐いた。
「私ね、眼球フェチなのよ」
乗り込んでしまった船ではあるが、途中で降りた方が良いかもしれない。
ネタなのだろうか、とんでもないカミングアウトを聞いてしまった気がする。
大学で一番人気の女子大生が眼球フェチだと誰が思うだろうか。
もしやするとこれまで彼女の眼にはイケメンが集っていたのではなく、眼球が一人に二つずつ集っているように見えていたのだろうか。
「……普通からは随分とかけ離れた少数派な所をついてきたね」
「ほら。昔、君の眼球を舐め回したいっていう映画があったでしょう?あれは私の為にある映画だと思ったわ」
「あったでしょう?と言われてもそんな一部どころではない部分的なニーズを付いてきたタイトルの映画があるなんて記憶はしていないのだけれど」
……え、本当にあったの?まじで?少しだけ気になる。
「そしていつかは私も誰かの眼球を舐めてみたいと思ったのよ」
「サイコパスだね、感化するところを絶望的に間違えてしまっているよね」
それはもう、足フェチが可愛いと思われてしまうくらいにはサイコパスだというべきなんじゃあないかな。
いや、決して僕が足フェチだと認めたわけではないのだが。
「斉藤君、私がこんなにも恥ずかしげなく赤裸々に性的趣向を語ったのよ。次は貴方が赤裸々に過去話をする番よ」
「遠藤さん、今後の君の為に恥ずかしげなく赤裸々にそのことは一切語らないことを僕はオススメするよ。それに僕の過去話とは言ってくれるけれど、取り上げるほどのエピソードは残念ながら持ち合わせていないよ。共感してもらえそうなことを上げるとするならテニスくらいじゃあないかな」
とはいっても僕はテニスに通ずる話も、有名プレイヤーだとかラケットのメーカーだとかその辺の知識を得る機会は多くあったものの興味を抱けずじまいで疎いのだ。
ただやっていただけである僕は、この手の話において途中から便乗する形になってしまうことに違いないだろう。
しかしながら遠藤さんはそういう話をしたかったわけではないようだ。
「別にテニスの話が聞きたいわけではないわ。そうね、しいて挙げるとするならば例えば斉藤君の交友関係とか恋愛関係とかに興味があるかしら」
「もしかして僕、事情聴取と身辺調査でもされてる?」
昔の人付き合いと一重にいっても、今の要ほど付き合いが濃い人物なんて思い当たらない。
十代学生の頃といえばあまり馴れ合いを好まなかったおかげというべきか、必要な時にだけ輪に入るスタイルを確立していたのだから。
唯一付き合っていたといえるべき人――藤堂さんとの話もあまり聞けたものでも語るものでもないだろう。
「あまり人付き合いをするタイプではなかったし、遠藤さんが望むような話は出来ないと思うよ」
「そう――、私と同じなのね」
気のせい、かもしれないけれどそう言った時の遠藤さんの口角が少しだけ上がったような気がした。
「ねぇ、斉藤君。初めて私とボウリング場で会った時の事を覚えているかしら」
「あぁ、うん。あの時は大変だったと記憶しているよ」
僕の人生の中でも5本指に食い込むくらいには衝撃的な出来事だったのだから忘れようがない。
それ以前に、直近の出来事過ぎて忘れるに忘れられないだろう。
「遅刻している男子がいるって聞いていたけれど、あれ。斉藤君だったのね」
おや、そっちの話か。
「あの時のいきさつを簡単に説明するなら要にほぼ強制的に誘われてね。僕としてはあまり乗り気じゃなかったんだ。遠藤さんのこともその時は知らなかったしね」
「その感じだと今なら貴方は時間通りに来てくれるということでいいのかしら?」
む、今の言い方だとそういうことになってしまうのだろうか?
「さぁ、どうだろうね」
考えずして出た返答が決して行くとは言わないあたりが僕らしいと僕自身が思った。
そしてたぶん、僕はきっとそこに遠藤さんがいたとしても行かないという選択肢を選ぶだろう。
人ごみと上辺だけの馴れ合いは苦手だからね、それは自分自身が一番良く知っている。
「随分と煮え切らない返事ね。それに斉藤君って随分と饒舌なのね、こんなにも乙女の純情な心を弄ぶだなんて」
言っている内容と表情や行動が乙女の純情のそれと釣り合ってはいないが、僕は遠藤さんが楽しそうで何よりである。
「うん。少し早いけれど、このまま家にいても仕方がないだろうし大学に行くかい」
そろそろ話題といえる話題もつき、雑談にも終点が見える頃合いだろうと僕はベッドから立ち上がる。
「そして話を無かったことにするあたり、斉藤君はジゴロの才能があるわね」
そんな才能に開花した覚えはないのだけれど、僕が立ち上がると同時に立ってくれたあたりどうやら遠藤さんも承諾してくれたようだ。
そういえば、こんなにも異性と気兼ねなく話したのいつぶりだろうか。
そういえば……、せっかく沸かしたコーヒーを結局淹れてなかったなぁ。




