日陰男の・・・ジジョウ
古き良き時代より今も尚引き継がれている黒電話のコール音。
まだ幼かった頃は、「お母さんいるかな?」と聞かれ、塾やセールスの電話を良く取ったものだった。
そこに懐かしさを感じるけれど、音源は最先端のスマホから。
その由緒正しきコール音にて僕の火曜日の朝は始まった。
――リリリィィン!
スマホの充電器を枕元に置いている為か大音量のベル音が眠っていた僕の脳に直接働きかける。
1秒も掛からずに意識が覚醒したのではないだろうか。
慌てて何事かと携帯画面を見ると"橋爪要"と表記され……ていない、代わりに電話番号がつらつらと表示されていた。
時刻を見ると「8:45」とあり、2限目からの僕はまだまだ寝たりない時間帯であった。
だからこそ、僕は静かに電源ボタンを一度押してコール音を止める。
着信はし続けているけれど音が鳴らない画期的な手法なのだ。
ここで電話を切ろうものなら、「なんだよ起きてるのにこの時間に出られないってどういうことだよ」とどこかの誰かさんに思われかねないところを「あれ、電話番号違ったかな」と思わせ、もしかすると本当に間違えていているかもしれないけれど2度目を掛けにくくさせる作戦である。
そんなことをするならマナーモードかサイレントモードにすればいいじゃあないかって?
それは確かにごもっともではあるのだけれど、理由があるんだ。
以前、要からのほぼ毎日のようにモーニングコールが掛かってきていたことがあったのだけれど、どうやらサイレントモードにしてしまうとアラームまで鳴らない仕様らしくてね、バイト先へ大遅刻をしてしまったことがある。
寝る前にマナーモードかサイレントモードなのか確認するのも手間だし、じゃあ起こしてもらうついでに通常モードにしておいて2度寝すればいいじゃないかという結論に至ったのである。
さて、もう一眠りしよう。
僕が家を出る時間になるまでは後2時間近く残されているのだ、これを寝ずして何をするというのか。
再び瞼を閉じて夢の世界へと旅立とうとしたその時……
――リリリィィン!
再び僕の携帯が元気に鳴り出した。
画面には再び電話番号のみの表示、末番を見る限りどうやら先ほど掛けてきていた人物と同じらしい。
どうやら間違いでかけてきていたわけではなかったようだ。
察するに僕に用事がある人物……、はて、誰か僕に用事がありそうな人物とは要以外にいただろうか。
――ピーンポーン……!!
今度は家のインターホンまで鳴り始める始末。
今日は朝から凄いな、ポルターガイストか何かかな。
宅配か何かだと配達の方に申し訳ないし、ひとまず電話に出てすべての用事を済ませよう。
こうなってしまったら安眠どころではない。
そして僕は携帯の通話ボタンを押して自信の耳に持って行った。
「おはよう斉藤君、随分とお寝坊さんなのね」
おかしいな、聞いたことのある女性の声が電話越しに聞こえてきた気がする。
――ピーンポーン……!!
そう、先日これでもかというくらいに死闘を繰り広げたかなりの強敵である遠藤さんの声に似ているのだ。
「私よ、今あなたの家の前にいるの」
――ピーンポーン……!!
ホラー映画か何かかな。
間違いなく電話相手が遠藤さんであることが確定し、さらにはこのインターホンを連打しているのが遠藤さんであることも同時に確定した瞬間であった。
「おはよう、遠藤さん。聞きたいことは山ほどあるけれど、朝から随分と元気だね」
皮肉も込めて僕は挨拶を交わした。
そもそも彼女は大学へ行かなくてもいいのだろうか。
いくらまだ授業が始まる時間ではないといえど彼女には四六時中校内にいるイメージがあるからかこんな辺鄙な場所にいることが不思議に思えて仕方が無い。
「きちゃった」
ホラーだった。
そんな彼女に対してそもそも何故こんなに朝が早いのだとか、何故僕の家まで知っているのだとかなんていう野暮な質問を僕は聞かないししない。
聞いたところで彼女を、遠藤晴香を相手にしている時点でその質問が意味をなさないからだ。
そのくらいには、僕は遠藤晴香という生態を理解し始めているつもりである。
さて、強引にドアが開けられてしまう前にこちらから開けることとしよう。
寝間着用のジャージのまま、髪も解かさずに真横になっている鍵の掴み口を縦に直す。
ロックの外れる音と共に玄関のドアノブを押すと清楚な服装で身を纏った僕のイメージと実態がこれっぽっちもマッチングしない遠藤晴香が電話を耳にあてたまま、確かにそこにはいた。
「やぁ、遠藤さん。こんな朝早くにどうしたんだい」
切った方がいいのだろうかと思いつつも通話状態である電話を耳に当てたまま僕は訊ねた。
玄関付近を見回した感じ、御付きの日笠さんがいるような気配がない。
気配はないけれど、きっと何かあったのならあの人なら文字の如く飛んでくるのだろう、日笠さんとはそういう人だ。
「きちゃった」
まさかのテイク2。
まさかのテイク2である。
首を傾げるような仕草もなく、嘘でも笑顔を作るような真似もせず――、ただただあざとさゼロの無表情で「きちゃった」なんてどこぞの純愛物ラブコメディ小説でしか言わないようなセリフを彼女は、大学一と称されている遠藤晴香は言ってみせた。
撮影失敗、これじゃあテイク3も待ったなしである。
「よく家が分かったね、僕は2限目からだから遠藤さんは先に行っておくれよ。後でまた会おう」
――ガンッ!!
それじゃ、と手短に要件を伝えてドアを閉めようとするとガッシリと掴まれてしまい、さらには靴でもないのにサンダルを間に挟んできているではないか。
「きちゃった」
そういう彼女は今度こそ笑顔だったけれど目が笑っておらず、ドス黒い冷気が部屋の中に侵入してきているではないか。
「そっか、きちゃったんだね」
そんなテイク3を頂きました。




