EP13
「それで」
僕が葛藤し始めてから体感でいうならばおおそよ15秒程度だろうか。
その15秒程度の沈黙を破ったのはまたしても僕の隣に立つ遠藤さんであった。
「斉藤君、私はそれなりには本気なのだけれどあなたの返事を聞かせてもらえるかしら」
それなりなんだ。
「こういうことを言うのもどうかと思ったのだけれど、遠藤さん。君に僕を選ぶことで得られるメリットがないと思うんだ。微塵もないと言っても過言ではないよ」
要のような華やかしい生活を送っているわけでもなく、家元が良いわけでもなく。
何から何まで僕とは真逆の存在である遠藤さんにとって僕を選ぶということは宝石箱の中に小石を入れるような行為である。
コレクション、といえば聞こえはいいかもしれないけれどそれらは決して他人からは共感してもらえないことだろう。
「私はYESかNOの答えを求めたのよ、斉藤君。あなたの価値観なんて聞いていないわ」
非常に面倒である。
これはこの家に来てから思ったことではあったのだけれど、なんならここに来る前に戻りたいのだけれど現実はそうもいかない。
あれこれと言いくるめようにも取り付く島がない遠藤さん相手に僕は勢いで押し殺されてしまいそうだよ要君。
君が何故、他でもないこの僕をあの時に誘ったのか今なら分かるよ。
自分の体裁など気にせずに僕がジャージ姿で参加してしまうだろうことだって要は分かっていたにも関わらずこの僕を誘った意味が。
遠藤晴香は変わり者である。
遠からず近からずではあるけれど、彼女からは僕と同じような臭いを要は感じとったのだろう。
愛想で振りまく表情の中からどこかつまらなさ気にしている瞳を宿していたことに。
とはいえ、つまらない者同士がつるんだところで、いくら足そうが掛けようが生み出される物はつまらない物に違いない。
だからこそのメリットがないのである。
「じゃあ――「NOって言ったら殺す」……」
何て物騒なことを言いながら遠藤さんは僕の後ろに立っているんだろうか。
僕の肩辺りのソファーがギシリと音を立てていることから、随分と体重をかけていて前のめりになっているのだろう、それを確認するために僕は上を見上げた。
すると遠藤さんの目、鼻、唇で僕の視界は覆い尽くされてしまう。
覆い尽くされてからわかるのは彼女の吐息、呼吸の間隔、あまつさえ瞬きをする音すらまでもが聞こえてきそうな距離間に僕の顔があることだ。
そして僕はこんなことになるなら柑橘類のタブレットを食べてくるべきだったと人並みの後悔をした。
見上げたら遠藤さんの顔が間近であることから僕は元の位置に顔を戻すことが出来ない。
戻そうものなら顔同士がぶつかり合ってしまう。
でも首が辛い。
「遠藤さん、君の髪の毛が僕の眼鏡をすり抜けて目に入ってきて痛いのだけれど」
「そう、じゃあ答えなさい。YESか、はいか」
「肯定しか出来ない回答は初めてだよ」
「そう、じゃあ諦めなさい。私に目を付けられたことを後悔するのね」
そうは言うものの、彼女も緊張しているのだろうか、目と鼻と口しか見えないけれど少し顔が赤くなっているような気がする。
直接脳に語り掛けられているかのような距離だからかもしれないけれど、どことなく声が震えているような気がするのだ。
「仕方ない、じゃあ一つだけ約束してほしいことがあるのだけれど」
僕は遠藤父しか見えていないだろう人差し指を立てて申し出た。
「何かしら」
「互いの生活に干渉しない」
これが僕からの申し出である。
「それじゃあつまらないわ」
何を言っているのといったように遠藤さんは目を見開いた。
そうだろうね、君は僕を日陰から日向に引きずり出そうとしているのかもしれないけれどそうはいかない。
「君は僕にプレゼントされた側なんだ。所有者である僕からの申し出に拒否権はないと思うのだけれど」
最初に言っていた遠藤さんの言葉を借りて、僕は弱音に付け込んだ。
これも僕の生活を守る自己防衛なのである。
「じゃあこれから私は、人目も気にせずあなたのことを見かけたらご主人様と呼ばないといけないのね。これは、思っていたよりもかなりの羞恥プレイよ」
自己防衛も防衛率がゼロであるのなら、意味をなさないよね。
「じゃあ、普通でお願いします」
「そう」
満足したように遠藤さんは立ち上がって乱れた髪をなびかせるのであった。
「わかればいいのよ」
かくして妙な関係が始まることとなってしまった。
互いに付き合っているわけでもなく、けれども知人や友人よりは少し上といった位置で今後過ごしていかなければならないと思うと胃がキリキリと痛む。
遠藤父と目が合うと心なしか口角が上がっているように見えたが気のせいだと思いたい。
親公認の微妙な関係って一体どんなんだと、ご令嬢がそれでいいのかと。
言いたいことは山ほどあっても、口には出さない僕だけれど――
「これからよろしく頼むわ、斉藤君」
彼女にはこれだけは伝えておこうと思う。
「なんだ、そんな顔も出来るんじゃないか」
終わりません。




