EP5
「初めまして、お邪魔しています。斉藤と申します」
僕は遠藤さんの父親に失礼にあたらないよう挨拶を心掛け、ペコリと腰を曲げるようにお辞儀をして簡単な自己紹介とした。
「あぁ――、ようこそ」
渋い。いや正確には声のトーンが低い。
低音のウーファーのように耳から入った声がお腹のあたりで弾むようである。
そして何より、少しばかり失礼かもしれないけれど容姿と合わせて怖い。
依然遠藤さんから聞いた遠藤父の像は、大企業の代表で娘を溺愛している人なのだと勝手に決めつけていたものだから少々チャラいのではと心のどこかで思い込んでいた。
ところが実態は熊である。娘を大事にしているように見えるけれど口数は少なそうなお方である。
これがクーデレというやつか。
「お父様、もう少し愛想良くしてはどうでしょうか」
「ふむ」
娘の言葉に頬をかき、少し悩んでから遠藤父はすっと右手を僕に向かって差し出してきた。
握手をしようというのか、迫力ある動作で差し出された手に目をやるが、とにかくデカイ。
手の厚さ、大きさ、長さすべてのサイズが僕の3倍はあるのではないだろうか。
「握手、だそうよ斉藤君」
遠藤さんからそう告げられるが、生憎と催促されずとも状況は理解はしている。
理解は追い付いているけれど、どうして僕が大学のミスコングランプリの娘ではなくその父親と、付け加えていうとするならば大企業の社長と握手を交わすような状況に陥っているのか一度心境の整理をしたいところである。
だからといってミスコングランプリの遠藤さんと手を繋ぎたいとかそういう訳では無く、僕としてはこれまで通りにバイト先で店長や奥さん、木下さんと和気藹々と働き、"しっかりものの斉藤君"を演じていければそれで良かったのだ。
あのボウリング場起きた一度の気まぐれと偶然が重なり合った結果は、決して見返りを求めての行動ではなかったとだけ分かって頂きたい。
色々と思うところはあるけれど、差し出された遠藤父の大きな手と対照的に細枝で握られると折れてしまいそうな手を僕は伸ばした。
手が触れるか触れないかのところで遠藤父からガッシリと掴まれて僕の手はすっぽりと埋まってしまった。
――生温かい。
困ったことに大きな手に覆われてしまった僕の手は遠藤父の体温に生暖かく向かい入れられてしまう。
あれ、全然嬉しくないぞ。
「ありがとう」
僕が困惑していると遠藤父は空いていたもう一つの手をさらに重ねてしっかりと僕の手を拘束してから短く、お辞儀とお礼を「ありがとう」の一言にすべてを載せてくるように言った。
――温かい。
遠藤父によって真空パック状態に陥っている僕の手は今にも冷や汗をかきそうで悲鳴を上げていた。
「いえ」と短く僕は返事をするが、遠藤父は一向に手を放してくれそうにもなくこれから先の展開にまったく検討が付かず、ますます混沌とした空間へとなっていくばかりだ。
頭を下げっぱなしでジャージ姿の男子大学生の手を握る大企業の社長に、それを見守る娘はメディアにも掲載されるほどの美人女子大生。そしてただただ状況に飲み込まれ困惑する一般代表の僕である。
「あの、そろそろ……」
いい加減に優しく包まれた僕の手も限界を迎えようとしていたので、そろそろ良いだろうと僕から切り出した。
「あぁ、すまない」
すると遠藤父はパッと簡単に手の拘束を解いてくれた。
しかし、遠藤父に対する元々のイメージが若く、此の親にして此の子ありといった典型例を思い浮かべていたものだからここまで口数が少ないとそれはそれで対応に困ってしまう。
「どうしたの斉藤君。今にも捨てられそうな犬のような目を向けられても私、どうしたらいいのか、どうして欲しいのか言ってくれないと判らないわ」
「だよね、知ってた」
期待はしていないけれど助け舟を出してはくれないかと、父親とは正反対な性格をしている遠藤さんに目を向けたがどうやら楽しそうで何よりである。
そんな彼女を見てふと思ったのが、自分の親と会ってもらうということは彼女の世界においてはもしかすると当たり前なことなのかもしれないということだ。
極々一般家庭に育った僕は、友達の家に上がるにも親が居ると上がりづらかったし逆も然りであった。
会ってしまったら出会ってしまったできちんと挨拶を交わし後腐れが無いよう心掛けていたものである。
友達を親に紹介するなんて機会は部活動での大会に偶然応援で来たときくらいで、わざわざ場を設けることなんて"恥ずかしい"という感情が先立ってあり得なかった。
親が恥ずかしいのではなく、親を紹介する"僕"が恥ずかしい、正確にはむず痒くなるのである。
「――君は」
少しばかり世間体に対する家庭の違いについて考察していると前に立つ遠藤父から声をかけられた。
「晴香と仲がいいのだな」
厳つく常に眉間を寄せているような巨体の遠藤父であったが口元だけが緩んだように見えた。




