EP4
いつの間にか女の子の部屋に入るということに対する淡い好奇心はここに至るまでの遠藤さんとのやり取りによってごりごりと削られていき、さらに言えば先ほどまで感じていたはずの高揚感に近しい感情は微塵も残っていなかった。
これから女の子の部屋に入るのだと、少なからず男の子である僕が恥ずかしながらもドキドキとしていたことを誰が咎めようか。
友達を家に呼ぶというだけでも部屋を隅々まで綺麗にしてしまう僕なのだ。他人の――それも女の子となればさらに話は飛躍し、それはそれは平然とした顔をしながらも少なからず綺麗だろうと見せたいのである。
そんな青春といえるべき感情を今しがたことごとく潰された気持ちを分かって頂けるだろうか、いや分かっていただきたい。
「どうしたの?私の部屋に行きたいのでしょう?こっちよ、早くついて来なさい」
僕がどこにもやりようのない感情を整理している間に遠藤さんはホールの奥へと歩を進めており、振り返って僕を呼んだ。
ぶり返すかもしれないけれど、行きたいか行きたくないかと聞かれれば行ってみたい。
だけれどこの気持ちにはやましい物は含まれておらず、部屋しか行き場がないのだと独りでに区切りをつけて僕は遠藤さんの後を追った。
「あぁ、うん」
遠藤さんがゆっくりと僕が追いつくまで歩く速度を落としてくれていた。
「そうやって斉藤君は女の子に誘われてしまうとホイホイ着いて来てしまうのね。私の部屋は昆虫を捕らえる部屋じゃないのよ」
背中に腕を伸ばせば届く距離まで近づいたところで遠藤さんは僕に対してまたまた冗談を吐いた。
それにしてもさらりと僕のことをゴキブリといったな、この人。
「や、あのね。遠藤さんがどこか楽しそうだから別に構わないのだけれどさ。人のことをゴキブリに例えるのはどうかと思うよ」
「別に私は光(要)にいつも隠れて影と同化し、夜な夜な暗躍する生物の固有名詞は出していないでしょう?想像力が豊かなのね、――いえ被害妄想が激しいのかしら」
「今の例えから導き出される答えは一つだけだと思うのだけれど。というか、その例えわざとだよね」
「安心しなさい、どれだけ影に隠れようとも私が見つけ出してあげるわ」
僕を弄ることで気分がいいのだろうか、遠藤さんは手を後ろに組んで足を伸ばしながら先導していた。
「その目にかかった人が新聞紙(親衛隊)によって叩かれるのも近そうだね」
「潰すなんてそんなナンセンスなことはしないわ。私、スプレー派よ」
それはつまり一瞬でとどめは刺さず、じわじわと弄るということかい、遠藤さん。
その後、冗談を吐きながら明らかに上機嫌に見て取れる遠藤さんは飾りのない1つの木製の両開き扉の前でぴたりと止まった。
ここが遠藤さんの部屋なのだろうか。
「ここが――」
遠藤さんはその先を言いかけてから左足を軸にくるりと回り僕の目を見てからこう言った。
一々(いちいち)というのは失礼かもしれないけれど、遠藤さんはなかなかに回りくどいことをするのが好きな人だなと僕は思った。
「お父様の部屋よ」
「なんでだよ」
思わず僕はツッコんだ、いや正確にはツッコんでしまった。
マジマジと扉を見つめてしまった数秒前のおざなりな気持ちを返して。
「先ほど説明を受けたはずの過程が一巡も二巡もすっ飛ばしていきなり本題に突入しようとしているじゃないか」
「私の部屋はこの先にあるから後で来ることになるこの場所を先に教えておこうと思って」
「だったら意味ありげな感じで言わなくても良かったよね」
これが僕じゃなかったらきっと世の中の男子は喜んでドアノブを引いていたことだろう。
第一印象が最悪である。まぁ、ジャージ姿の僕が言えたことではないのだけれど。
父親の部屋の前で年頃の娘とどこの馬の骨かもわからない男が話し合う光景なんてきっと見たくないだろうし、ばったりなんてシチュエーションは僕も望んではいないのだ。
「晴香?帰ったのかい」
ところが僕の願望とは裏腹に部屋の前でいくら僕が声を殺して話していても、遠藤さんが普段よりも饒舌にお喋りしてくれるものだから、ついには扉の向こうから遠藤さんの名を呼ぶ渋い男の人の声が聞こえてくる。
「ええ、お父様」
遠藤さんの悪ふざけでもなんでもなく、本当に親父の部屋だったのかよと僕は肝が冷えた。
「誰かとお話ししていたようだけど、お友達かい」
「依然お話した斉藤さんです」
これはこれは。という声に続き椅子を引く音だろうか。
ガタリと音が聞こえてきたと思ったらしばらくして手前のドアノブがクルリと回り始めた。
次第に姿が露わになる遠藤さん(父)を見て抱いた僕の第一印象は
――熊だ。
デカイなんてもんじゃない。髪は長く髭も長く。
身長は僕が日本人の平均身長よりも少しだけ……そう、少しだけ低いということを差し引いたとしても頭3個分は高いのである。
これは決して僕が低いというわけではなく、この人の様に大きすぎるのが平均身長を底上げしてしまっている原因なのだろう。
それにしても、太いというよりもガッシリしているという表現が正しいのだろうか、バードのプロレス店長が可愛く見えてくるレベルである。
顔の彫りは深く、加えて鋭い眼光がギロリとジャージ姿の僕を突き刺した。
えっと、確か遠藤さんの親って大企業の代表でしたよね。この方は別のお仕事の人か何かですか。
「斉藤君、紹介するわ。この人が私のお父さんよ」
いやそうだよね。分かっていたともさ。
しかし、毛むくじゃらに厳ついという印象が強すぎて遠藤さんから一切の遺伝子を感じない。




