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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
5/87

EP4★

 "スタート"と、印象の良い明るい津田さんの掛け声でチーム対抗戦の幕が開けた。

 しかしながら他所よそのレーンと違って2レーンに配属された僕達だけはまだ誰も投球せずに4人は椅子に座っている。

 なぜならイレギュラーな存在の僕が2レーンにはいるからだ。

 顔見知りばかりが集っている中、一人知らない奴が同じレーンで投げてたらそりゃあ「お前誰だよ」ってなるよね、うん。

 3人投げ終わった後、空白の1ゲームが生まれるのである。それはもう僕だけハブだよハブ。

 それだけはさすがに避けたいかなぁ。


「それじゃ、まずは自己紹介からいこうか」


 そんなことを考えていた時、同じチームになった男子が声を上げたのが事の発端だった。

 何度もブリーチを繰り返したのか、茶髪というよりはほぼ金に近い色にまで染めらあげれた短髪。

 身長は僕が165であるのに対して頭一つ大きいくらいだから180ほどだろうか。

 ピアスも右耳だけ開けてチャラさ全快であるが意外と気が利く男のようである。

 インターンシップの時は勿論、黒く染めてたんだよね?そうだよね。


「あ、すみません。助かります」


「気にすんなって!まだ居辛いだろうけどさ、今日は気楽にやっていこうぜ!」


 どうやら性格もなかなか結構イケているようだ。

 まぁ、遠藤さんが目の前にいるからかもしれないが…、いやマイナス思考は排除しておこう。

 せっかくのご好意なのだから無碍むげにするのは勿体無い。


「俺は江坂修二、よろしくな。えと、斉藤君だっけ?俺のことは江坂でも修二でも好きなように呼んでくれよ」


「あ。ども、斉藤です。せっかくのお集まりにお邪魔する形になりますが、今日はよろしくお願いします」


 江坂と名乗る男子に釣られて僕はその勢いで挨拶を済ませた。

 ありがとう、江坂君。

 隠すつもりはないけれど僕は自己紹介が苦手なんだ。そういえば入学したての頃、ゼミでも初めは偶然一緒になった要と席が隣になってこんな感じで絡むようになったんだっけか。


「間口です。橋爪君と同じ大学ってことは遠藤さんとも同じってことでいいのかな?」


 数年前の思い出に浸っていると、続いて挨拶を済ませたのは間口と名乗るもう一人の同じメンバーになった女子だった。


「あ、はい。そうですね」


 余計な事は言わずに間口さんからの質問に素直に答える。

 その間、僕は遠藤さんを見る事はなく間口さんだけを見て返事をする。


「わぁやっぱり!?ねぇねぇ、大学での遠藤さんってどんな感じなの?」


 察するにこれは嫌味ではないのだろうけれど、他に話題がない為か遠藤さんをネタにして僕へと話を振ってきているのだろう。

 しかし本人目の前にしてその質問はいかがなものだろうか。

 うーん、果たしてどうしたものか。チラリと遠藤さんに横目をやると本人は特に気にしていなさそうで、心なしか遠藤さん自身が僕の答えを待っているようにも見受けられた。

 はてさて、どうしようかこの質問。正直に答えたらいいのだろうか。

 「実は今日初めて知ったんです。てへ」って言ってもいいのだろうか。

 どうやら巷では彼女は有名らしいし、その知名度的にも同じ大学の男子学生である僕が知らないという事態は非常に間抜けな話になってしまうような気がしてならない。

 世間というよりそれは男としてどうなの、疎くない?って思われてしまうのも少々癪だ。

 ともあれ、いつまでも返事を渋っていてはこれはこれで逆にあやしくなってしまう。


「実は、今日初めて知ったんです」


 ええい、ままよと自棄やけになったわけではないのだけれど、これといった良い案が全く思い浮かばず、結局ありのままを伝える事にした。


「おいおい、嘘だろー?」


 江坂君は遠藤さんを知らないという僕に冗談は止せよと談笑気味に話しかけてくれるのだけれど生憎とマジなのである。

 あ、江坂君、辞めて?背中をバシバシと叩かないで?コレ、本当のことなんです。


「うんうん、だって遠藤さん、新聞やニュースでもちょっとした話題にもなってたしミスコン受賞っていえばアナウンサーとかの登竜門とも言われるくらいに難所だって言われてるしさ」


 次いで間口さんも遠藤さんがいかに凄い人なのだという事を僕に伝えてくるのだけれど知らないものは知らないのである。

 しかし、ここまで"知ってて当然"とされてしまうと僕も退かざるを得ないわけで――


「あ、でも噂には聞いていたんです。顔を合わせる機会が全く無くて」


 当たり障りのない返事をすることにした。


「だよなぁ!!びっくりしたぜ」


「そうだよねー!」


 僕の回答に満足したのか、江坂君と間口さんは僕の"冗談"に笑っていたが遠藤さんだけは少々不満げに眉をしかめながら僕の言葉に耳を傾けていた。


「じゃあもう知っていると思うけど、最後は我らが遠藤さんだ」


 いつから遠藤さんが皆の代表になっているのか知らないけれど、江坂君が遠藤さんに自己紹介の場を作る。

 彼女はゆっくりとその場で席を立ち、僕の方へと身体を向けて静止する。

 大げさかもしれないけれど、その姿はまるで後光が差しているような輝きを放ち、日陰で育つ雑草にも光を行き届かせる。美麗や可憐とは遠いそんな気品を感じた。


「"初めまして"斉藤さん。遠藤晴香といいます。今日はよろしくお願いしますね」


 すらりと立ち上がった遠藤さんはそのまま物凄く笑顔で、そう例えようのない物凄い笑顔で僕に挨拶をしてくる。

 あぁ、もうそりゃあ出会う人全員にこんな笑顔を振りまいて話されたらきっと心を奪われたり勘違いする奴も出てくるんだろうなぁと思ってしまった。

 ――でも。


「あ、ども。よろしくお願いします」


 まぁ、思ってしまっただけなのだけれど。


 あまりにも彼女は高嶺の花過ぎて、身の丈が合わない以前に同じ土俵に立てないと無意識の内に撤退の選択を僕はしていた。

 残念なことだけれど、僕という固体と彼女は天秤にかけるまでもないのである。

 

 その後、僕の名前を知ってもらい、同じ2レーンのメンバーとの顔合わせも終わったとのことで僕達もボーリングの投球を始める準備に取り掛かる。


「しゃー、そいじゃいってくるぜ!」


 紫色をした12ポンドの玉を持ち、しっかりとした足取りでステージへと上がっていく。

 綺麗なフォームから投げる記念すべき1投目となるのは江坂君だ。

 そして見事にカコーンッと気持ちの良い音を響かせながら上の液晶にはストライクの表記。

 え、そんなに簡単に出しちゃう?何をやらせてもイケている人はイケているんだね。

 少しあの才能に嫉妬。 


「わー!すっごーい!江坂君ボーリング上手だね!!」


「へっ!どうよ!」


「せーのっ!いえーい!!」


 間口さんが両手を上げて江坂君とのハイタッチを交わした。

 その様子をぼけっと眺めていると意気揚々とこちらに近づいてくるではないか。


「ほらほら斉藤君も、いえーい!」


「えっ、お、おー……っ!?」


 な、なんなんだこのテンションは。

 無理やりに手を上げさせられビチーンッとハイタッチをした僕は戸惑いながらも変な掛け声を出して対応した。

 これが最近の若者のノリなのだろうか。


「一投目からストライク、凄いですね。ふふ、いきなりプレッシャーを掛けられちゃいました」


 変な掛け声を出す事はなかったが、控えめに喜びを表しながらも遠藤さんが江坂君とハイタッチを交わしていた。


「おぉおおおお!」


 打って変わってハイタッチを交わせた江坂君は、歓喜のあまりか両手を上げて天を仰ぐように膝を付いてストライクを取ったのとは別の喜びを表していた。


 え、ちょっと反応がオーバー過ぎる気がするのだけれど。

 しかしながら当然、その光景を目の当たりにした他のイケてるメンズ達も黙ってはいない。


「……はぁああああ!!(おぉおおおおお!!)」


 ボーリングって叫びながら投げる物だっけ?と錯覚させられてしまいそうなくらい、必死にイケてるメンズ達はボールを投げてはストライクを取り続ける。

 ストライク以外は一切取らずそこに喜びを見出す事も無くなっていた。

 これは試合なのだと誰かが言った。

 なんていうか君達、ポテンシャルというか地のスペック高すぎない?

 僕に至ってはそろそろ7投目に差し掛かろうとしているにも関わらず、未だにスペアすら出ていないよ?

 気迫でピンを押し倒していく彼らは最早、阿修羅と化し友情なんて言葉はそこにあるはずもなかった。

 この場にいる奴は皆、敵だといわんばかりである。


「もしかしてインターンシップでもこんな感じだったんですか?」


「えっと、うーん、ずっとこんな感じだった……よ?」


 隣にいた間口さんに僕は問うて見ると、誤魔化すことなくしどろもどろに苦笑いを作り答えてくれた。

 それと、遠藤さんも次第に苦笑いに変わっている事に気がついてあげてね、イケてるメンズ達。


……


 ほぼほぼ勢い任せにその後もゲームは進んでいき、残すところ数ゲームになろうかとしていた時に事件は起こった。


 ――パリィン


 どこかで硝子ガラスの割れる大きな音が場内に響き渡りサイレンが鳴り始めたのだ。


「なんだ?」


「え、何!?」


 何事かと場内の客が騒然とし始める。


 どうやら何かあった直後に警報ベルが押されたようで、地震にしては揺れの感覚は一切無く、何かのいたずらかと思われたがそうではなかった。

 人為的な災害、つまり人災であると判断するまでそう時間は掛からなかった。

 硝子の音が聞こえてきたボーリング場の入り口へ視線を移せば、手には金属バッド、ヘルメットを被ったまま入館しライダースーツで身を包む男性らしき人物が5人程いるではないか。

 見るからに強盗、少なくとも悪党であると察しがつく。

 ついてないなぁ、本当に。

 帰るのは遅くなりそうだし、そもそもこうなってしまっては五体満足無事でいられるかも分からない。

 この度の元凶である恨めしくなんとかしろよと念を込めて睨もうとしたら、ポカンといった腑抜けた表情になっているではないか。


 情けないぞ要君。

 それでもイケてるメンズなのかね要君。

 そのイケてるフェイスを持ってしてこの場を円く治めてきておくれよ。


「きゃぁあ!!」


 しかし僕の気持ちなどお構いなしに状況は加速し、すぐに女性客の誰かから悲鳴が上がった。

 それと同時に場内は混乱で溢れ返り、係員も手が付けられない状況へと悪化していく。


「あー……」


 その悲鳴に少々嫌悪感を抱きながらもここでまた一つ、つまらぬ疑問が僕の中に浮かび上がった。

 悲鳴というものどうして上がってしまう、上げてしまう物なのだろうか、ということである。

 大概のケースは、その場で立ち止まって顔や胸に手を当て、それでいてしっかりと踏ん張ってから大きな声で悲鳴を上げる。

 叫ぶ為の準備をしっかりと取っているのである。

 こうして文章に起こしてみると結構な労力だと思うのだけれど、何故逃げるより先に悲鳴を上げてしまうのだろう。

 悲鳴が上がれば上がるほど、向こうの思惑通りになるのだから……。

 キィイーーーン!!と、どうやら受付からマイクを無理やり奪い取ったのか、いきなり僕のつまらない思考をかき消すかのように甲高いノイズが走り、低い男性の声が聞こえてくる。


 おかげで目が冴えた。


「ここに、遠藤晴香という女がいるだろう、そいつを差し出せ」


 あの人が代表格の人物なのか、ヘルメットだらけで全く素性が分からないがマイクを持つ彼が声を発することにより残りの4人がこちらへ向かって歩み寄ってきた。

 手当たり次第に遠藤さんを探そうという魂胆なのだろうか。

 勿論、手には金属バットが握られており殴られると痛いどころじゃなさそうである。

 それ以降の声が発せられていないのでイマイチ理解が追いつかないが、一つわかることは遠藤さんを所望しているとのことだ。

 もしかして本当に遠藤さんってどこかのお嬢様だったってオチなのかい?

 身代金を請求するために誘拐する的な?

 まるで物語の一部に取り込まれたようで、この後どこかの世界へトリップしてしまうのだろうかと、場違いにも夢見心地に僕は浸りそうになる。

 だが、案ずること無かれ、そんな妄想が現実として訪れる事はおそらくないだろう。

 ここを物語とするならばイケてるメンズ、遠藤ヒロインさんの親衛隊といっても過言ではない彼ら、主人公ヒーローが7人もいるのだからね。


 僕に安寧の生活を再び取り戻しておくれ。





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