EP2
「それでは斉藤様、お荷物をお預かり致します。こちらへ」
そう言ってメイドさんはすっと手を伸ばし、まるで獲物を狙うように僕のショルダーバックを見つめる。
「あ、これくらい大丈夫ですよ」
なんだか自分の荷物を女性に持ってもらう事に対する気後れと、少々の危険を感じた僕は思わず接待を断ってしまった。
やはり人は慣れないことをすべきではない。
一庶民でごくごく普通の一般家庭に育ち、良い面ばかりが取り上げられている上流の生活に対して何度か憧れ、夢見をしたもののいざ場面を迎えると適正というものが僕にはからっきし皆無であることが露骨となった。
「いえ、お客様のお荷物を預かることもメイドとしての仕事ですから」
「本当に大丈夫ですよ。こんなの肩から掛けてれば気になりませんし」
次は僕のカバンを触ろうとするメイドさんの手を体を捻って交わす。
「……――お嬢様ぁ~!!斉藤様がぁ!!」
するとぷるぷるとメイドさんは震えだし、唐突に遠藤さんの方を向いて涙声で主人を呼んだ。
えぇ……、素直にカバンを渡した方が良かったと少々の後悔をするけれど、何も泣かなくたっていいじゃない。
あれだよ?僕も結構に涙もろいから貰い泣きなんてしちゃうんだよ?
小学校の頃に泣かせてしまった相手を見て、なぜか痛くもかゆくもない自分まで泣いてしまうあの現象がいまだに克服出来ていないんだよ?
つまり君が泣くということは僕も泣くことに繋がりかねないから、ね?だから泣き止んでおくれ。
「はぁ……あなたたちは一体何をやっているのよ。サヤ?この人は何処の御曹司でもないただの一般の人なの。だからこういう待遇に慣れてないだけよ。あなたは気にしなくていいわ」
サヤと呼ばれたメイドさんと僕が二人してあたふたとしていると遠藤さんがため息を漏らしながら僕の素性を簡単に説明をした。
「はぃ……、斉藤様。申し訳ございませんでした」
「あぁ、いえ。こちらこそなんだか、ごめんなさい」
互いに謝罪し合ってこの場は丸く収まったが、これがビジネスでの付き合いだったのであれば最悪なパターンだっただろうなと思った。
「それで……、ちょっと色々あってしまって聞くのが遅れたのだけれど、僕はどうしてここに連れて来られたんだい」
少し咳払いをして先ほどまであったことを無かったことにしたかった僕は、誤魔化すように今一度ここにいる理由を遠藤さんに尋ねた。
「前に言ったでしょう?お父様にあなたに助けられたことを話してしまった、と。そうしたらお父様が是非ともお会いしたいらしくてね」
「や、そういうの僕は結構なんですけど……」
今から遠藤さんのお父さんに会いに行くの?え?このメーカー不詳のジャージで?
「別に斉藤君が身なりを気にする必要はないわ。その辺はお父様も無頓着だから」
気にしていたことが行動に出てしまっていたのか、遠藤さんがフォローを入れてきた。
別にジャージだからダメというわけではないけれど、遠藤さんの家と言えばどこか大企業の代表の家元だったはずである。
そんなところにこれから足を踏み入れようとしていることに少々臆してしまう。
「お父様に会える私の同年代なんて多くはいないから記念にでもと思ってちょうだい」
何、その絶滅危惧種で天然記念物みたいな扱い。お父さんって滅多に見られないからラッキーだったね!とでも言われているような気がした。
……遠藤さんのお父さんのことはさておき、話から察するにどうやらここに連れて来られた理由は僕にお礼がしたいということなのであろう。
もしかしたらおいしいクッキーや茶菓子くらい持って帰れるかもしれないけれど、それらを手に入れる代償としてなんだか色々と僕の大事なアイデンティティが失われそうな予感がする。
「ほら、斉藤君。そんなところにいつまでも立ち呆けて無いで、行くわよ」
そう言い残して遠藤さんは大きな屋敷の方へ平然と歩き出す。
綺麗な庭園には背の高い物がないのでいくら広くても彼女を見失うことは無さそうだけれど、急いで僕は遠藤さんの後に続いたのであった。
先ほど涙目にさせてしまったメイドさんはいつの間にやら、先に大きな屋敷の玄関の扉を引いて待機している。
あの中に入ると大勢のメイドさんがお帰りなさいませなんてしているのだろうかと、予備知識からこれから待ち受けているであろうイメージを膨らませるが現実はそうではなかった。
大きなホールが飛び込んでくるところまでは同じだったが、ずらりと人が並んでいるわけでは無く使用人たちが遠藤さんたちの姿を見かけると挨拶を交わすような感じであった。
「なんだか思ってたのと少し違うんだね」
「斉藤君はもっと大それた待遇をご所望だったかしら?荷物を持ってもらう事ですら戸惑っていたというのに。――随分と強情なのね」
「君が今の話からどうしてそういう見解に至ったのか、一度話し合うべきだと僕は思うんだよね」
「あら。お父様の都合が着くまでは、しばらく私の部屋で待っててもらうことになるから私と話をしたいのであれば丁度いいわね」
「……はい?」
僕の思い違いでなければ遠藤さんの、遠藤晴香さんの部屋にこれから向かうということになる。
人様の家にあがっておいて――いや、正確には拉致されたのだけれど。しかしながら、これから案内されるであろう部屋を嫌だとは断りを入れることが出来ずに僕は一時的に思考が止まるほど唖然とした。
女の子の部屋なんて彼女が居た時ですら入ったことがないというのに、戸惑わないはずがない。
「私の部屋に入った男なんてここ数年――そうね、軽く7年くらいはいないんじゃないかしら。感謝なさい」
遠藤さんの部屋に案内されることに対してただただ呆然とする僕を余所に遠藤さんはミスコングランプリに選ばれたその抜群のプロポーションを惜しみなく発揮して、文字通り自慢げに胸を張っていた。
その様子を項垂れながら見て思った。
よくよく考えれば遠藤さんといえば、あれほどの注目と人気を博しているというのに攻略難易度が物凄く高いがために浮いた話が一つとして上がっていないのである。




