EP8
「斉藤君、ちなみに理由としてはどうしてかしら?一から覚える必要はないようだし、退屈しないと思うのだけれど」
ただ島根さんから命令されたことを実行していただけだと思っていた遠藤さんが、入部しないことに対する理由を聞いてきた。
いや、考えてみれば簡単なことで僕がテニス部に入れば要が必然的に同時入部を果たすことになるのだから誘わない手はないのかもしれない。
「今お世話になっているバイト先とかの関係もあるからさ、練習時間をとれるようなシフトは組んでないし」
「そう、残念ね。――それはそうと斉藤君、この後少し時間はあるかしら」
「え?ちょっと、遠藤?」
きっぱりと勧誘を諦めた遠藤さんを見て島根さんは戸惑った。
対して、言葉では残念だと告げる遠藤さんであったが淡泊な返答からはこれっぽっちも全くもって全然、僕の目に映る彼女はとてもじゃないが残念そうには見えなかった。
むしろその後のことが重要なのだろうか、目で何かを訴えかけるようなヒシヒシとした重圧を感じる。
(まさかこんな大勢の前で私の誘いを断るなんてことはないわよね?)
なんてことを思っていたりするのだろうか。
生憎と僕には遠藤さんに用事なんてものは持ち合わせておらず、出来ればこのまま帰りたいのだけれど、ここは言わない方がこの場を切り抜けるには得策だと考えた。
まさか親衛隊やら何やらややこしい方々が周りにいるというのに遠藤さんの誘いを断るという英断を下そうものならそれはもう僕の想像が及ぶ範疇ではないね。いや、きっとこのまま時間を作って同行することもきっと面倒くさいことになるのだろうけど。
つまりどっちに転んでも災いが降り注ぐのだろうけれど、比較的安牌をとるとするなら後者というわけである。
今の状況は遠藤さんが蛇であれば僕は蛙なのかもしれない、別に彼女に恐怖しているわけではないけれど捕食される一歩手前といったところだろうか。
頼める綱は、あぁ要君。君の友達が毒牙にかかろうとしているよ。
「そういや本来はそのまま帰る予定だったし時間は空いてるよな、一樹」
汗を拭きながら笑顔でそう言った頼める綱は、眩しくてイケてて、それでいてうざかった。
いやもう君はね、最高だよ要君。
これも茶番劇の続きだとしたのであれば、僕のスケジュールを知っている要が確かに適役だったのだろうけれど、今のはきっと作り物ではなく、彼の本心からの言葉である。そんなにライブに行く情報が欲しいのかね。
つまり彼なりの迷惑な善意と私欲が僕を簡単に追い込むのであった。
「ごめんなさい橋爪君。今日は斉藤君にだけ用事があるの、ライブの件は安心してもらっていいわ。また後日場所と時間を伝えるようにするから」
「……?――あぁ、うん。わかった」
ところが遠藤さんに要は必要ないと告げらる。
突然のことに要は頭にハテナを浮かべるが、ライブは安心しろと言われたことに満足したのか相槌を打つ。
彼は一体、ハテナばかりのくせに何がわかったというのだろうか。
僕にはさっぱり今のやり取りで納得できる部分がなかったのだけれど。
「何をするんだい」
同じく未だに止まらない汗を拭きながら僕は遠藤さんに向かって言った。
「それは、……後で話すわ」
彼女のことだから何か具体的な返答が貰えると思っていたのだけれど僕から視線を逸らし、しりすぼみにそう言っただけであった。
この時、僕は思った。なんだかとても嫌な予感しかしない、と。




