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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
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EP7

「今のやつ、すっげぇ!」


「いやいや、さすがに滞空時間長すぎだろ!?」


 先ほどまでの非難とは打って変わって、別にこれを望んでいたわけではないのだけれど僕に対する賛辞の声がワッとあたりに響き渡る。

 気持ち的にはさっきのスマッシュよりもぎこちなくても頑張っていたフェイントを評価していただきたいものだけれど、見ている側としてはやはり決定打が一番印象に残っているのだろう。

 地味なものは目に付かないのである。

 

「やっぱ一樹はすげぇ」


 要へと歩み寄るとそんな声をかけられた。


「たまたまさ。それよりもさっきのやつ。要としか呼ばなかったのに良くわかったね」


 さっきのやつとは要を呼んだと同時に前衛に向かって仕掛けた攻撃である。

 やってくれるだろうとは思っていたけれど、正直ここまで的確にしてもらえるとは思っていなかった僕は正直驚きを隠せなかった。

 まるで待ってましたといわんばかりの対応である。


「俺さ、実は一樹のことかなり昔から知ってるんだ」


「……え?やだこわい」


 え、なに?実はストーカーだったのかい要君。

 この早くも疲労している身体に追い打ちをかけるような衝撃的なカミングアウトであった。


「ちげぇよ!?俺の高校もそこそこ強いって言ってただろ?そこでいつも練習の参考動画の対象として一樹の高校の試合をいつも見せられていたんだよ」


「あぁ、なるほど。でも僕よりずっと凄いのがいたでしょ?あのデカくてぽっちゃりしてた人」


 一応、レギュラーメンバーだったとはいえ、エースではなかった僕には当然上のレベルの人たちがいた。


しの――だったか?確かにあの人はすごかったけど、あれは真似したくてもできるものじゃないからな。その分、一樹はわかりやすくて前衛として参考になりやすかったんだよ」


「そうそう篠君。あとなんだかちょっとだけ僕が馬鹿にされてるような気がするのだけれど気のせいだよね」


「俺も元ペアとは随分と前後衛の動きの練習をしたってもんだ。これでもゼミで初めて会った時は感動したんだぜ?」


「や、別に感動されるようなことはしてないと思うけれど」


 うんうんと独りでに納得し始める要に幾分かの気持ち悪さを感じる。

 

「けどテニスコートにやってきたのは1回だけだし、参加もせずに帰るし。知り合ってみたらバイトに明け暮れてるし、授業中寝てるしで俺の英雄像はズタボロだったんだからな」


「それは、目標にする人をきっと間違えたんだね」


「でも、やっぱり本物と組んでやってみるとフェイントはすげぇし、すげぇ跳ぶし、やっぱ一樹ってすげぇなって」


 目をキラキラと輝かせて空を見上げながら要はグッと手を握った。


「うん、そこまで僕をリスペクトしてくれるのは非常に嬉しいのだけれど、さきほどからどうも噛み合っていないように思うんだよね要君」


 既にすげぇしか言っていない馬鹿な子にしか見えなくなってきており、本人を目の前にして会話そっちのけでマシンガントークをされる身にもなって欲しいものである。


「まぁ、僕の動きを見ていたなら分かるのかもしれないけれど、得意にしてたサービスダッシュは硬式じゃあ出来ないからね」


 そう言って次は要がレシーブを受ける番なのでくるりと要に背を向け、中間のポジションへと移動した。


「一樹、この試合。勝とうな」

 

 後ろから先ほどまでの調子づいた声ではなく、少し重みを感じる声が後ろから聞こえてきた。


「負けるのは簡単なんだけどね」


 そう答えると顔を見ていないけれど、要が笑っているような気がした。




――★――


「「ありがとうございました」」


 礼儀に始まることは無かった試合だったけれど、最後はネットを挟んで面と向かい礼をして試合は終わった。

 心なしか罵声を飛ばしていた相手も、観客たちにも若干の笑顔が見られる。

 途中相手のミスを誘うことも、ポイントを決めることも何度かあったけれど、結果としては僕たちのストレート負けであった。


「要。言った通り経験者にはさすがに勝てない……って、今さら言うことではないのかもしれないけれど」


「あぁ、そうだな」


 自分たちの結果のせいで修ちゃんたちの解散を確定させてしまい、落ち込んでいるであろう要に多少はフォローしてやろうと声をかけたのだけれど、要はどこか満足そうに現状を納得していた。


「橋爪」


 ベンチに座ってまだ息が整わない僕たちに、テニス部部長の島根さんが要の名を低く呼びながら近づいてきた。


「……島根さん」


 神妙な面持ちで僕たちの目の前に立った。

 焚き付けたのも勝手に条件を出したものこの島根さんなのだから自業自得というか、でも僕も参加していて結果を叩きつけてしまう要因の一人であることに変わりはなくなんとなく気まずい雰囲気を感じてしまう。


 しばし無言の時間が流れ、周りのざわめきすら耳に届かない。

 まるで結界でも張られたかのような空間に放り込まれた気分である。


「橋爪」


 島根さんは再び要の名を呼んだ。


「はい」


 下げていた頭を上げて島根さんの目を見るように要は短く返事をする。


「おいおい、お前の言ってたコイツ。マジもんですげぇじゃねぇか!!本当、なんで俺のマークから漏れてたんだろうな!?」


 先ほどとは打って変わって空気が一変し、島根さんはにっかりと笑顔を作り僕の背中をバシバシと叩き出す。

 思わず僕は目が ? になり、何がどうなっているのか思考が止まり現状を理解することができなかった。


「だから言ったでしょう!!なんてったって、俺が目標にしていた本人オリジナルですからね!」


 要も要で申し訳なさを感じていないのか島根さんに向かって言った。


「は?……え?」


 もはや戸惑いを通り越して、意味不明と言っても良い。


「斉藤、だったか。すまんな、試すような真似をしてしまって。橋爪が部に入るにはお前も入るのが条件だというものだから一つ茶番を打ったんだよ」


「……はい?」


「中瀬が大学からテニスを始めたのは本当だ。橋爪と昔馴染みであるのも事実だ。だが、それ以外の関係や都合はあらかじめ仕込んでおいたシナリオだったんだよ。内部分裂しているのも嘘だ」


「一樹、騙すようなことをしてすまない。一度でいいから一緒にテニスをしてみたかったんだ」


 どうやら僕は彼らの掌で踊らされていたのだとここで初めて気が付いた。

 よくよく考えればいくら感情任せな要でも経験者相手に挑むことの無謀さくらい理解していたはずなのだ。


「――まったく……」


 してやられた。と僕は全身から力が抜けるようにしてベンチへと座り込んだ。


「テニスくらいいつでもと言ってやりたいけど、生憎と硬式テニスは本当に気が進まないから"ここまでしてもらっておいて"申し訳ないのだけれど」


 少しばかり怒っている僕は嫌味たっぷりに言い返してやった。


「だから悪かったって!ごめんなさい!」


「しっかしこんな華奢な体なのに良く動くな斉藤。どうだ一緒にテニスをやらないか」


「え……、やです」


 島根さんが今度は遠慮なしに肩や腕をガシガシと掴んでくるがこれがまた少し痛い。青あざが残ってるんじゃないかと思うくらいには痛い。

 そして図々しい。先ほどやんわりと嫌味を込めて断ったつもりなのにすごく図々しく聞いてくるじゃあないか島根さん。


「仕方ないか……。おぅい、遠藤!!ちょっと来い!」


 すると何が仕方ないのか島根さんは、あろうことか大きな声を上げてフェンスの外に日笠さんと一緒にいた遠藤さんを呼びだすのであった。

 声に応えるように人ごみをかき分けることなくまさしく今、道を作りながら我が校の高嶺の花と賞されるユニフォーム姿のマドンナはこちらへと向かってきた。


「部長、何でしょうか」


 透き通るような声で遠藤さんは言った。


「遠藤、お前からもこいつに部に入るよう説得してやってくれないか」


 その問いに対してこの部長、存外にゲスなのだと僕は痛感した。

 そりゃあ遠藤さんに頼まれたら大抵の男は頭一つすぐに下すことになるだろう。

 

「……ということらしいのだけれど、斉藤君。一緒にどうかしら?」


 髪をかきあげながら、さらにはずいと体を寄せるようなアフターサービスをつける大盤振る舞いである。

 髪が揺れるたびに近くからシャンプーの香りが鼻をくすぐる。

 これも仕組まれた策略なのであろうか、だったとしたら役得としてありがたく貰っておこう。


「ごめんよ。僕はいいや」


「なん――、遠藤が頼んでもダメだと……!?お前、それでも男か!!」


「え?いや、はい。男ですが……」


 この人、男を測る基準をどこか間違ってはいないだろうか。

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