EP6
カチカチとガットをいじれば音を立てて綺麗な編み目に戻っていく。
たまに凄く面がウェーブ掛かっている人がいるけれど、気にならないのだろうかと思っていたことを思い出すがボールをついてサーブの準備をしている相手を見て余念は早々に捨てる。
「もういっぽーん」
「ナイサー!」
向こう側から応援の野次が耳に届き、そういえば僕も良く応援したものだとこの雰囲気に少しだけ懐かしさを感じたのだった。
「一樹、きっと返せさえすればなんとかなる。と思う」
「君は本当に簡単に言ってくれるね」
要と同じくらいのラインまで下がった僕に向かって根拠のない声をかけられる。
そもそも返すことが難しいこの状況でとりあえず返そうなんて、頭では分かっていても出来るかどうかは別問題である。
「来るぞ」
サーブを打つのか、ラケットを構えた相手を見て要は言った。
僕もグッと足に力をいれて相手の上げたトスに目を凝らしボールを受ける態勢に入る。
スパーン――!!
速い。
音が聞こえてくるよりも先にボールがこちらに向かってくるような感覚。
いつもレシーブを受ける位置よりも若干後ろに陣取っていたのが功を成したのかなんとかさばける様な高さへと調整する。
そして先ほど教えてもらったワイパースイングで前衛のいない方向を一応は狙って打ち返し、なんとかボールはネットの少し上を通過して相手の後衛へとボールは渡る。
レシーブを打ち返しすと同時にコートの中間まで前に出た僕は、次のターンで完全にネット際に寄れるように移動した。
正直なところさっきもネットに引っかけてしまったポジションなので狙われる危険性の方が高いけれど、とにかく前に出なければ話にならない。
ちょっとした距離を瞬間移動するつもりで走っただけで少し息が上がっているのがわかる。
まだ試合も始まって間もなく、さらにはこれといって動いていないというのに体がバテはじめているのだ。
高校卒業してから2年弱。これといったスポーツに触れることなくのびのびと過ごしてきた僕の体は早くもリタイアしたい気持ちでいっぱいだった。
(集中砲火だけは勘弁してほしいなぁ)
そんな僕の思いが通じたのか要へとボールが返り、それを見た僕はすかさず体の悲鳴を余所にネット際へと移動する。
後ろにいる要がどこへ返すかわからないけれど、あのワイパースイングじゃあきっとロブは打てないだろうから低いボールを打ち出すはずである。
さきほどの言い方から察するにボールコントロールは出来るみたいなので前衛が飛びつくようなところへは打たないだろう。
現在、ラリーは5回目に差し掛かり、再び相手の前衛を抜けて後衛へと渡る。
僕を狙えばミスをする確率が高いというのに要を集中して攻撃しているようにとれる。
要の体力切れを狙っているのだろうか――いや、たぶん違う。
「あの橋爪ってやつちゃんと打ち返してんじゃん」
「へー口だけかと思ったけど意外とやるんだな」
「それにしてもあのジャージの前衛、ちょこちょことだけ動いてるけど何してんだ?」
「なんか変なステップ踏んでるよな、変な奴なだけに動きまで変ってか」
どうやら要が必死に繋いでいるおかげで多少評価が変わり始めていたが依然として僕の出来そこないという認知は変わらないようであった。
別に凄いと思わせたいわけでもないけれど、さっきから変なステップを言われているフェイントとかけ続けている努力だけは認めてほしいものである。
(くそっ、あのジャージ――!!てめぇが変にちょこちょこ動くせいでコース絞られて長期戦になっちまってるじゃねぇか!!)
相手の後衛は意図して要を狙っているわけではなく、前衛でちょこちょことフェイントをかけ続けられたためやむラリーを強いられているのであった。
しかしこのままでは先に要のミスが出てしまうのも時間の問題である。
「要」
短く要の名前だけを僕は言った。
きっと要なら僕が何をして欲しいか多分だけれど伝わると思ったから。
「!!――あぁ!!」
ネットにかかっても良い。前衛に取られてもいい。
次に返ってくるボールと共に、僕はネット際から離れて少し後ろへと移動しいざ取られた時の為にカバーする準備に入る。
そして要は僕がしてほしいように相手前衛に向かってボールを強打した。
僕が下がり咄嗟に何をするのか理解出来なかったのか、前衛は要のボールに対処できずボールは抜けていく。
要の放った前衛を抜く勢いのあるはボールはストレートに走っていく。しかしこれでは決め手とはならず後衛がかろうじて追いつき片腕でバックを繰り出すが速度もなく高いロブとなってこちらに返ってくる。
これが俗にいうチャンスボールというやつである。
「頼むぜ一樹」
「まぁ、ね」
ラケットを下に垂らしながらこちらのコートへとやってくる高く緩いロブに歩幅を調整し、スマッシュを打つ準備に入る。
硬式テニスでスマッシュなんて打ったことないけれど、叩きつけるだけならばきっと僕にだって出来るだろう。
まだこのまま手を伸ばしても届かない高さにあるボールを目がけて僕は跳んだ。
フワッと飛んだ体が支えていた体重を忘れて軽く感じる。
「うわっアイツ、たっけぇ……」
「なんつー脚力してんだよ!?」
周りから声が上がっているようだけれど、今の僕には生憎と届いておらず。
僕の最高打点にてスマッシュは放たれた。
――スパァン!!
短くキレの良い音が鳴り響き、貴重な僕たちの点数の獲得となるのであった。




