EP5
拾ってきたボールに目をやりながら手元で先ほど見せてもらったワイパースイングの真似をしてみる。
土コートなら泥や土がついていたりするがさすがは人工芝コート。小さくついた砂の粒が太陽の光で反射してキラキラとしておりボールが綺麗だ。
ところで普通右利きならラケットを振り切る時に右下から始動し、左肩あたりまで肘があがるものなのだけれど……、この全く振った気がしないこのスイングなんかで本当に飛ぶのだろうか。
でもやってみるしかないかと踏ん切りをつけて相手コートを見据えて手のひらからボールを宙に落とす。
そしてラケットを短く腰の辺りまで引いて、擦るように左腰へと手首を切り返した。
すると先ほどあった重い振動が若干和らいでビックリするほどまっすぐに飛んでいくではないか。
「おぉ……」
思わず僕は自分の打ったボールに感嘆とした声が漏らす。
打てないと決め込んでいた硬式テニスのボールがしっかりと回転を持って相手コートへと向かっていくのだ、柄にも無く少し感動してしまった。
しかし特別スピードがあるわけでもなく、またなんでもない平々凡々な僕の打ったボールは簡単にロブへと変えられてしまいこちらへ向かって飛んでくる。
さっきはバウンドが高かったからなぁ、と少し落ちてくるだろう位置から後ろに陣取りボールが跳ね上がるのを待った。
着地すると同時にラケットを腰の辺りまで引いて再びワイパースイングで打ち返すと同じようにそこそこの球速を持ってネットの少し上を通過し、相手コートへと入る。
(おぉ、僕もラリーっぽいことできているぞ。悪くないじゃないかワイパースイング)
再び情けでロブをあげられるが三度ワイパースイングを試そうと跳ね上がる瞬間に構えを作り振り切ろうとした時、僕はリズムを崩されることとなった。
「ぅわっ――!?」
球速もない高くもないただのロブだと思っていたのにバウンドが僕に向かって跳ね返ってきたのである。
それには思わず声を漏らし、僕はしゃがんで避けてしまった。
「ははは!!お前えげつねぇな!初心者にスピンかけるとか大人げなさすぎだろ」
「だってよぉ、ちょっとだけ打てるようになったからっていい気にならせるのも癪じゃん?こんなんもあるんだぜーって教えてやってんだよ。俺って優しくね?」
避けた衝動でずれた眼鏡を直しながら向こうから聞こえてくる話の内容が耳に届く。
「見ろよアイツ。バウンドの変化に対応できなくてボールを避けたぞ」
「本当にあの子、硬式初心者なんだねー。でもすぐに打てるようになったところは凄いんじゃない?」
本当に人の気も知らないで好き勝手に言ってくれる。
そもそもやってた競技が違うのだからカットやらスピンやら知らないが変化球なんて分かるわけがないだろう。
「要、やっぱり大人しく辞めておいた方が良いと思うよ。あの部長に焚き付けられた手前申し訳ないのだけれど」
「いや、やるぞ俺は。それに前に出ることが出来れば一樹だって負けねぇさ」
「全く何を根拠に言っているんだか……」
諦めようと意思を伝えたけれど弱気な僕の意見は聞き入れてもらえず、なにやら僕に対して変な期待をしているようだが残念なことにそんな力量は持ち合わせていない。
「そろそろ試合を始めてもいいですか?」
はぁ、と小さくため息をついていると審判台に上がっていた人が声を上げた。
「俺たちはおっけーっすよ」
「あ、はい」
対戦相手となる向こうコートにいる部員の人からはすぐに了承の返事が出て、つられて要も承諾した。
こちらとしては全然良くないのだけれど、ええいもう僕は知らん。
「せめてもの気持ちでサービスかレシーブは選ばせてやるよ」
「やっさしー」
いや優しくないよ?サービスだろうがレシーブだろうが結果は変わらないのだから。
「じゃあ俺たちはレシーブからで」
情けのご好意に少し迷った要はレシーブを選択し、握っていたボールを相手コートへと飛ばした。
「それではルールは3ゲームマッチ!先に2セット取った方が勝者となります。宜しいですか?」
つまりレシーブとサービスを1ゲームずつ行い、両方を落とすと試合が終わるということだ。
これは思っていたよりも早く決着がつきそうだ。
ルールに関してはソフトテニスと硬式テニスでは大差無くほぼ同じでポイントの読み上げが違うくらいだろうか。
1から4点まであり、先に1ゲーム中に4点にたどり着いたほうが1ゲームの勝者となり、3―3になった時はデュースといい、2点差をつけた方が勝者となる。
違いがあるとすればソフトテニスには最終的に取得ゲーム数が同じになるとファイナルゲームと呼ばれる7点先取の特殊なルールが適用されているところだろうか。
ようするに、テニスのルールはあまり気に留めず負けるだけのことである。
「頑張ろうな」
「まぁ、ほどほどにね」
僕は左側のコートへと移動して、ネットから一番近くにラインが引いてあるセカンドライン辺りに位置を取った。
本当ならもう少し前で攻めるように構えていたのだけれどいかんせん、硬式の仕様がさっぱり分からない僕はローボレーで対応しやすいだろうこの位置を選んだのである。
「そいじゃ、手っ取り早くいくぞー」
ご丁寧に打ち始める前に合図をくれてからトントンと何度か手つきをし、サービスのトスを上げた。
――スパーン!!
そして心地の良い音が響き渡り勢い良く要のコートに向かってサーブが放たれ、見事にサービスコートへと入り、それを受けた要は後衛に向かってワイパースイングで対応しクロスに打ち返す。
「やるじゃん」
それを見た僕と対角にいる前衛の部員の人がにんまりと笑いながら小さく言った。
僕が立っている場所よりも少し前に陣取っている彼はどうやら完全に攻めの姿勢を作っているようだ。
僕と相手前衛の人をすり抜けるように再びボールが返ってきて、それを要は再度同じコースへと打ち返す。
じりじりと相手前衛が中央に寄ってくるのが見て取れる。きっと次に要が同じコースに打とうものならボレーで捌かれることになるだろうと考えた僕は今の位置よりも少し後ろへと後退して次に来る相手からのボレーに警戒した。
すると案の定、要は同じコースへと打ち返す。
しかし要が打ち始めるよりも先にボールのコースを読んで動き出した前衛の人はボレーで止めて先ほどまで僕がいた場所へ叩き落したのであった。
(来た……!)
「――しょ」
それをなんとかワイパースイングで対応しようとしたが、こんなにネットに近い位置で打点の低いうち方をすれば当然ネットを越すわけもなく……、僕がネットに引っ掛ける形であえなく1ポイントを取られてしまう。
ローボレーの方が良かったかな。とガットを弄りながら思ったが正直結果は変わらなかったと思うし。
「一樹、すまん!」
どうしようかと思っていると要が駆け寄ってきて僕に対して謝った。
「なんで君が謝るのさ。どう考えてもさっきのは僕が対応できなかったせいでしょう?」
「いや、俺も取られると分かっていて同じコースに返したんだ。俺にも非がある」
どうやら要も相手の前衛が詰めて来ていた事に気がついていたらしい。
「それに一樹がポジションを移動し始めていたからもしかしたらって思ってしまったんだ」
「そりゃあ移動くらいはするけれど、技術がついてこないからあまり期待はしないでおくれ」
引っ掛けたボールを拾って僕はレシーブを受けるためにサービスラインへと移動した。




