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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
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EP4

「おーい、ところで橋爪はいいとしてそっちのお友達の君ぃ。硬式の経験はほとんどないんだろ?乱打くらいはゆっくり打ってやるから安心しなよ」


 コートに懐かしさを感じているといきなり僕と今回対面するテニス部員で前衛の人が僕に向かって完全に見下すような物言いをしてくるではないか。

 いや見下されても仕方ないのだけれど。

 向こうさんにとってはお遊びかもしれない。しかし、僕の心情はテニスをしたいわけでもなく無効試合であって欲しいと今もなお願うばかりである。

 

「ははは!!おいおいいきなり乱打で心折ってやんなよ?」


「橋爪に巻き込まれて情けない姿を曝すことになるなんて、ついてないなあのジャージ」


 すると先ほどの挑発に乗っかってお周りの観戦している一部の人たちも下品な笑い声と少しばかりの情けを飛ばしてきた。

 知ってるよ。もうかなり前から心なんて軟弱な物はとっくに折れてるよ。余計なお世話だよ。


「そいじゃえーっと……さい、ぞう君だっけ。俺、ロブしか打たねーから形くらいは試合になるようしっかり感覚掴めよぉ?」


 失礼な、僕は斉藤だ。覚えてもらうつもりもないから訂正するつもりはないけれど。

 続けさまにそう言った部員の人はラケットを引いてボールを打ち始める仕草を取った。


――ポン


 部員の人から放たれたボールは遠藤さんたちがラリーの際に聞こえてきた強打されたときの心地よい音とは違い、軽めに弾く柔らかくて高い音が耳に届き、向こうのコートからほどほどの高さ――ロブが綺麗な弧を描いてこちらのコートへゆっくりと向かってくる。

 僕も打ち返す為、そのゆったりとしたロブに対応すべく軽く歩幅を調整しながら打点になるだろう位置へ移動を開始してワンバンドするのを待った。


(ここくらいかな)


 落ちてきて一度バウンドしたボールが自分の打ちやすくなる高さになるであろう位置を確保し、ゆったりとコートの人工芝を目掛けて降下してくるボールに目をやり、ラケットを引く。

 ところが予想以上に弾むボールが僕の読みを完全に裏切ってくれたのであった。

 一度コートへと着地したボールは僕の頭上辺りまで跳ね上がり胸辺りでストロークしようと思っていたのに合わせる事ができないのだ。


「うわ、たっかっ――!!」


 思わず呟いてしまったがソフトテニス感覚で動いていた僕は正直なところ、あんなに球速のない弱いロブがここまで高く弾むとは思っていなかった。

 急いでバックステップで対応し、もう一度ボールがコートへと着地する前に程よい高さになる位置を取った。

 なんとか捌ける高さへ持ってくると再びラケットを引いてボールを叩いた。


「――しょ!」


(重……っ!!」


 軽く返すつもりで振ったラケット越しから伝わるボールの感触に一瞬混乱し、想像していた以上に重く感じたがなんとか振り切りボールを前へと飛ばす。

 しかしラケットの芯に捕らえることすら間々ならず、鈍い音を立てながら低空し


――バスッ!!


 僕が放ったボールはネット越えることなく物凄い勢いで引っかかってしまった。


「おいおい、ロブくらい返してくれよぉ!!」


「やめてやれって!」


 僕がネットに引っ掛けた瞬間、場外からなんとも不愉快な声が耳に届いてきた。


(やっぱり硬式は難しいな……、というか全然違いすぎてテニスしてる気がしないんだけど)


 別段何かを言われることには慣れていた僕は気にも留めず、今はどうやったら返せるのかラケットのガットを弄りながらネットに引っ掛けてしまったボールを取りに向かった。

 あまり周りを見ずにガットを弄りながら考え事をしているとちょうど僕の目の前をボールが通過していき鳥肌が立った。


「おい一樹!!ボール取りに行くときは危ねぇから気をつけろって!!」


「あぁ、ごめん」


 どうやら隣でラリーをしていた要が放ったボールだったらしく、僕に向かって当たり前の注意をしてくるではないか。

 そりゃそうだ。最低でもネットより低くしゃがんでボールを取りにいかないとラリーの邪魔になってしまう……ん?ラリー?

 おかしいと思った僕は要へと目をやるとリターンされてくるのを構えているところで、振り返って要の相手を見るとそこそこの球速のボールがこちらのコートへと放たれた瞬間であった。

 軽く初動のジャンプしてから球速もそこそこに速く、低めのボールに回り込んで腰くらいの高さで打ち返した要のボールはネットより少し高い位置を通過して再び相手コートへと戻っていった。


 え?何をやっているんだい要君。何をちゃっかりテニスしちゃってるのさ君は。


 しばらくポカンと二人のラリーに目を当てていると要がネットに引っ掛けてボールは停止し、引っ掛けた要はこちらへと向かってくる。


「んー。やっぱ硬式って肌に合わねぇな。難しい!」


 そう言ってニカッと爽快に笑ってみせる要であったが、5,6ターンもの間打ち合いを見せられた僕にとって、その気持ちを理解することは出来なかった。

 こちらはロブすら返せてないのだから難しい以前の問題なのである。


「要、実は硬式やってたでしょ」


 仲良く無様に負けて終わると思っていた僕は少し実力差に不満を抱き、眉間を寄せながら要に言った。


「何ムッとしってんだよ……。まじでやってねぇよ。あぁ、でも体験入部した時にフォアハンド打ち方を教えてもらったんだよね。バックは打てねぇけど」


「僕はしょぼいロブすら返せなかったよ。何かコツでもあるのかい?」


 体験入部だけでこんなにも変わるものなのかと、一種の詐欺広告のようなものを見せられた気がしたが1回くらいは返してみたいと要に打ち方のコツを聞いた。


「一樹はワイパースイングって知ってるか?」


「や、知らない」


 そもそもソフトテニスには高い位置から強打するトップ打ち、下から擦り上げるように打つドライブ、逆回転をかけるカット、バウンドを変化させるスライス、あとはスマッシュくらいしか種類がないし打ち方はコースによって区々(まちまち)なのである。


「ソフトテニスでいうドライブ打ちに近いものだんだけどさ、こうやって腰の少し後ろくらいにラケットを引くだろ?」


 そう言いながら実際に腰の少し後ろくらいにラケットの面が来るよう引いてみせる要。


「で、ここからへそ位のところで手首を切り返して反対側の腰へと振り切る。面の動きがワイパーみたいだからワイパースイングなんだってさ、これ」


「僕の知ってるドライブとは全然違うけれど……、で、そんな振り方でネット越すの?」


 打点も低いし、バウンドしてからすぐ打ち返すライジングとも違うそれは僕から見ると気持ちの悪いものだった。

 しかし、実際に先ほど要はしっかりとラリーをしていたのだから間違いはないのだろう。


「一回やってみろって。変にソフトテニスの型かえるよりはよっぽど打ちやすいからさ」


 互いにネットに引っかかったボールを取ってサービスラインへと再び立った。

 ワイパースイングか……。



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