EP9
要が悪戯に日笠さんに言いより、教えてくださいよと冗談を言い日笠さんはそれを必死にごまかそうとしている。
そんな日笠さんの非常に珍しいであろう乙女モードを堪能しようと、こっそり観察していると目の前を、正確には僕の掛けている眼鏡をかすって何かが物凄い勢いで通り過ぎていった。
「 ? 」
頭で何があったのかを考えるよりも先に"ガシャン"とフェンスに物が当たる大きな音が聞こえてきたのでそちらに視線をやれば、テニスボールがコートを囲うフェンスの網目に文字通り突き刺さっているではないか。
先ほどまで和気藹々とじゃれていた要と日笠さんも一瞬動きが止まり、突き刺さったボールに視線を合わせた。
「あっ!!ごめんなさーい!」
すると隣のコートのさらに対面側に立つ遠藤さんからにこやかな笑顔で謝罪の言葉が発せられた。
一番コートの隅に居座る僕達と二番コートの対面側に立つ遠藤さん、どう考えても手違いで飛んでくる角度ではない。
「"つい"手が滑ってしまって」
遠くから言い訳が聞こえてくるが、表情は崩さずの全くもって笑顔である。
少なからず強豪校のレギュラー候補である選手が放つ暴球ではないと思う。
つまり、これは狙ってやったのだろう。心なしか遠藤さんの笑顔の裏に般若が見える気がする。
察するにうちの執事に手を出すなといったところだろうか。でも遠藤さん、少し狙いの的が外れていると思うんだ。僕はあくまでも傍観していただけであって、実際にじゃれ合っていたのは要なのだから僕目掛けて打つのはどうかと思うな。
手が滑ったのなら、仕方が無いのかな。
くそう、眼鏡にかすった事で鼻の付け根が無駄にヒリヒリとするじゃないか。
「凄いところから飛んできたな……」
要も突き刺さったボールと飛んできた方角を見比べて唖然と呟いた。
「ね、見てよこれ。鼻の付け根がヒリヒリしてるんだけど、赤くなってない?」
「あぁ、赤いな……それにちょっと擦れてるな」
「だよね、凄く痛いんだ」
眼鏡を外して痛む部分を要に見てもらうと引きつった顔で赤くなっていると要が言った。
ソフトテニスのボールも前衛をやっていれば何度か顔面ボレーを仕出かしたこともあるけれど、所詮はゴムボール。
さすがに眼鏡がゆがむほどの剛速球は浴びた事はないけれど、あんな遠距離から放たれたボールでもこんなにダメージを受けるとはやっぱり硬式は僕に向いていないようだと痛みから適正の無さを実感する。
「あぁ、お嬢様がお怒りだ……っ!どうしてくれるんだ斉藤」
「いや、僕のせいじゃないですよね。むしろ要と日笠さんのせいで僕がとばっちりを受けていると思うんですよね。というかこの距離で会話の内容なんてわかるもんなんですかね」
「斉藤、お嬢様の聴力を侮らない方がいいぞ」
そこまで言い切る自信があるのであれば自爆するような発言は自分で回収していただきたいものである。
自分で撒いた地雷を見事に踏み抜いているのだから責任転嫁したくなる気持ちはわからなくもないけれど、僕はどうかと思います。
ここまで僕は何もしていないと断言できるし、なんなら誰かしら録画をしてくれてはいないだろうか。
きっとそこには大人しくコートの隅に座っているだけの無害な斉藤君が映っているはずなのだから。
「はいはい、そろそろ試合回していくから1試合目の奴らは集まってくれー!」
僕達の小さなハプニングは無かったことになるのかそうしようとしているのか定かではなかったけれど、パーマの部長が気にも留めずに大きな声で号令を掛けた。
それを合図に関係の無い選手たちが続々と退出していき、一部の選手が残る形でさらに審判台に上がる人とコート内に残る人に別れていく。
「遠藤さん、いきなり試合だったんだね」
「みたいだな」
次々と選手が去っていく中残った遠藤さんを見て僕達は言葉を交わす。
どうやら遠藤さんはシングルス専だったらしく、同じくユニフォームを身に纏った女子学生と対面していた。




