EP6
「ところで日笠さん、少し聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「ん?なんだ斉藤、言ってみろ」
極々自然とテニスコートに連れられてやってきたわけだけれど、そのまま勢いに任せて心地よさを感じていたのだけれど何かがおかしい。
さて何がおかしいのだろうかと、それは考えるまでもなく今僕たちが陣取っている位置がおかしいのであった。
「なんでテニコートの中央ベンチを陣取っているんですかね、僕たち」
「なんでって、お嬢様の試合を見るのだから見やすいところを選んだわけだが……、もしかして何か不満でもあったのか?」
「いや、はい。不満とかじゃなくてその、根本的な何かが違うと思います」
てっきり少し離れた木の陰とかから眺めるものばかりだと思っていただけに想像以上の場所を与えられて困惑している。
なにより、周囲からの視線が凄く痛い。もうね突き刺さってくるよね。紫外線なんて比じゃないね。
「ねぇ斉藤!ちょっと君、何やっちゃってんの!?少し前に僕は興味ないとか言ってたよねぇ!?がっつりいっちゃってんじゃんよぉ!?」
ちなみに先ほどからガシャガシャとフェンスを動物園の猿のように揺らすのは僕の知人だ。
その知人(四宮君)からも声を荒げられる始末である。
凄い力でカメラを握っているけれど、壊れないのかなアレ。
「いやー、さすがに俺もこの状況は想定だにしてなかったな」
さすがに日ごろから視線を集めている要でさえも少々この状況には戸惑いを隠せないようだ。
引きつった笑顔を見せるが、君はどんな顔をしようとイケてるから安心したまえ。
「そうか……、なら少し離れた場所へと移動しようか」
この状況下でさらに移動するとかそれはそれで拷問に近いのだけれど、でもずっと見られるよりはマシだろうと僕たち3人はベンチから腰を上げた。
それでも腰を落ち着かせたのはコートのフェンス内というイレギュラーなものだったのだけれど、先ほどよりは随分と、いやかなり控えめな場所であったためこの際良しとする。
「そういえば要の昔馴染みの人ってどの人なのさ」
「ん?あぁ、ほら箒でコートの白線出しをしているあの人さ」
そういって指を刺した先には長身でがっしりした体格の男性が丁寧に白線出しをしている姿があった。
うん、デカイ。ともかくデカイなぁ。
髪型もほぼ坊主といっていいほどの超短髪で、柔道とかのほうが似合いそうなのにどうしてテニスなんて選んじゃったのさと言いたくもなる風貌をしていた。
「なんか僕が想像していたのとはかなりかけ離れていたよ」
「ははは!まぁ、元々は柔道で有名な人だったんだけどね」
じゃあ柔道でいいじゃん!とは突っ込まないぞ。決して僕は突っ込まない。
「どうしてテニスを選んだのさ」
「本人曰くやってみたかったんだってさ。でも身体付がいい分、足が遅いからやっぱりきついよね」
「試合中は常に走っているようなものだしね、打ち分けられると確かに多少でも速くないときついかもね」
するとこちらの視線に気がついたのか白線出しをしていた男性がズシズシとこちらに近づいてくるではないか。改めて近くまで来るとデカイな……。
「ちょっと、こっち来てるんだけど……」
ひそひそと要に言うが、距離は縮まるばかりでついに僕たちの目の前までやってきた。
こほーっと息が漏れているようなただならぬ威圧感を感じる。
「おぅ要、ようやくお前もテニス部に入る気になったのか?」
しかし、思っていたよりもフレンドリーな感じに接してくるので強張っていた緊張が少しほぐれた。
失礼かもしれないけれどやっぱり、第一印象って大切だよね。
「修ちゃんの応援に来ただけだよ。あと、硬式テニスは全然ダメだっていつも言ってるじゃんか」
どうやらこの要の昔馴染みで大きな男性の名は修ちゃんというらしい。
声まで渋くて、失礼だけれどもう完全にテニスをするにはイメージとかけ離れすぎててなんとも言えない気持ちになった。
「そうか。それで、そっちの子は友達か?」
「あぁ、こいつは一樹っていって大学からの付き合いになるんだけどこう見えて高校のソフトテニスじゃあ結構有名なんだぜ」
「要に言わせるとは、そいつは凄いな」
「いや、まぁ、どうも……」
「まぁ俺と一緒で硬式テニスはからっきしダメなんだけどな!」
要が大きな修ちゃんの肩をバシバシと叩いている。
ちょっとそんなことしてヘシ折られないの?大丈夫?
「まぁ、やけにギャラリーが多いが日笠さんもいらっしゃるんだ。ゆっくりしていけや」
「あの、日笠さんとお知り合いで?」
「日笠さんにはいつもテニス部一同、差し入れを頂いているんだ」
「何、私がやりたくてやっているだけだから気にすることはない」
そりゃあ、どおりでコート内に入っても怒られないわけだ。
普通なら要の昔馴染み修ちゃんに摘み出されるところだろうね。




