EP2
何ゆえ人は、意味も無く集団行動というものに対して安心感を覚えるのか。
そこに別段後ろめたい意味合いもなく、ただ目の前に広がる光景に僕は疑問を抱く。
いや、一人だけ取り残されているから羨ましいなんて感情は一つとして持ち合わせていないんだからね、うん。たぶん。
僕が気になっているのは、こう明らかに会話に混じっていないのにその場に"存在しているだけ"の人は一体何を考えながらそこにいるのだろうかということである。
そう、例えばそこの女子のグループ。
5人編成からなるその集いは一見、端から見れば気の知れた女子大生5人組に見えない事もない。
しかし、実態はまだ出会って間もない他大学同士のインターンシップ生であるのだと僕は知っている。
もしかしたらこの2週間という実習期間で濃厚な協力関係が築き上げられたのかもしれないが5人が5人とも同じというわけにはいかないだろう。
現に一人、自ら言葉を発することなく会話の中で愛想笑いだけを浮かべている子がいるではないか。
おそらくこの場で同じ境遇に置かれた人間ならば誰しもどこかのグループに所属して、自分は一人ではないという安心感を得たいのではないだろうか。
そしてこれはまた悲しき性かな、自分より劣ると思った物(者)を話題にし、結束力を高めるのである。
つまり今回標的になっているのは僕というわけだ。
うん。確かに、わからなくもない。
ざっと見積もって15人ほどのこの集まりで一日中、一人取り残されるのはきっと精神的にくるものがあるだろう。
何が楽しくて一人ぼっちで休みを過ごさねばならんのだと思う。
愛想笑いを浮かべるだけで一先ず自分の立ち位置を確保することが出来るのなら安い物だ。
だけれど、今回に限り"一人でも構わない"僕は、自分が話のネタにされようが「まぁ妥当だよね」という程度にしか考えていない。
むしろ君達のひと時の関係の為に一役を買っているのだから感謝して頂きたい物だよね。
そんな半自虐気味に僕自身の立場を改めて再確認していたそんな時に、バイト仲間の木下さんから声が掛かるのであった。
正直に言うと、一瞬にして変な汗が出るほど焦り、包み隠さず言うならば何よりも先に「やっべ」と柄にも無く心の中で、まさに声にならない声で叫んでしまった。
だけれど少し――、ほんの少しだけれど。
話しかけられてどこか安心していた僕がそこにはいたのかもしれない。
……
表向きの斉藤君を捨てることになるが、木下さんはどうやらあまり気にしていない様であった。
「いやさ、ほら。なんていうかバイト中は外面を良く見せたいというか」
「あぁ~!分かるかも!そういえば私もバイトに行くときは普段使わない化粧品使うなぁ」
うーん、そうなのか?
確かに髪型や服装で雰囲気はいつもと違うけれど、お顔は一緒ですよ?とはさすがに言えない。
あまりに失礼すぎるよね。
経験が乏しい僕には化粧などの微妙な変化には気がつけないんだ、ごめんよ。
「僕もいつもと違う木下さんが見れて新鮮な気持ちだよ」
しかしこのまま会話を途切れさす訳にもいかないので、先ほど頂いた嫌味のない眩しいお言葉をそのままお返しさせていただくことにした。
こういう時のボギャブラリーというか上手い返し方というか、機転の利く言葉をもう少し勉強しておかなければとだめだなと反省する。
こうやって前の子との会話が無くなっていった事を少し思い出した。
「そっ、そうかな!?」
しかし以外にもパクリ台詞であったとしても木下さんには効果はあったようで、どうやら嬉しそうだ。
木下さんは巻かれた髪の先をクリクリと弄り、下を向きながらもじもじとしている。
その姿はまさに圧倒的女子力。
その気がないとわかっていても、その"あざとい"その行為は男心をくすぐるのだ。
だけれど僕にはその技は通用しない。今の僕は抵抗技を持っているのだから。
僕は知っているぞ、木下さん。君には彼氏がいるということを。
実はこの前、その手の話をバイト先の休憩室で木下さん達が話し込んでいるところを聞いてしまったんだ、聞く気は無かったのだけれど。
「一樹ぃ、何楽しそうなことしてんだ」
そんな端から見ると初々しいやり取りを繰り広げていたら、見事に勘違いをなされている要がニヤニヤと醜態を晒しながらこちらへと歩み寄ってくる。
せっかくのイケてる顔が台無しになっているよ要君。
僕が女の子と話しているのがそんなに珍しい光景なのかい。
「やぁ要君。こちらの木下さんとはバイト仲間でね。どうやら偶然にも君とインターンシップ先が一緒だったらしい」
君の考えている事とは全く持って違うのだという意味を込めて僕は説明を施した。
「あ、そうだったのか。へぇ、一樹とバイト先が同じだったのか……って、お前いいのか?」
僕が置かれている状況に納得がいきながらも、僕がバイト向けの姿じゃないことを知っている要は体裁を心配をする。
お前、いつもの"やる気のない姿"になってんぞと。
「まぁ、過ぎたことは仕方ないよねと思ってさ」
「あ、そうなの」
だけれど、僕が予想外に楽観的な返事をするものだから意外そうな顔をしながらも「あ、いいんだ」と認識したようだ。
自分でも案外、気にする程の物でもなかったんだなと驚いているよ。
驚きと焦りこそはしたものの、意地というものは諦めればどうでも良くなるものなんだね。
「で、どうだったのさ」
女子グループへと出向させた要の結果報告を僕は催促する。
「これからボウリングに行ってから店に行って打ち合わせをするとのことだ」
簡単に要約された本日のプランを要から言い渡される。
「そうかい」
本当にありきたりなプランであると同時に、本日に限りぼっちの僕にとってはなかなか辛い試練を神は与えてくれたようである。
え?一人でボウリング場の1レーンを独占しろっていうの?
ネームボードに「1.サイトウ 以下無名」ってなにそれイジメかな?
カラオケであったなら隅に座って存在を消すことだって出来たのだけれど。
「メンバーはクジで決めるらしいから安心しろって」
「いや、僕がこの中で知っているのは要と木下さんくらいなのだけれど」
つまりどちらかと同じメンバーになる為には2/15の確率でくじを当てなければならないのだ。
あぁ、無理だ。
確率がゼロではないとはいえ、引きたくて引けるものではない。
「一樹はいい奴だってことはさっき俺なりに伝えてきたからさ。あとは他の男子とも一緒になる機会があるだろうし、相応に対応してもらえれば助かる」
「本当、僕って何しにここに来たのか分からないよね」
今日は君の話し相手だよね?違うの?と問い詰めたくなるのも時間の問題だよ要君。
僕は別に遊びたくて来たわけじゃないのだよ。
「そういえば、斉藤さんはどうしてここに?」
木下さんは至極当然の質問を今更ながら投げかけた。
僕は間を置かずに答えた。
「こちらの要君が寂しいとかなんとかでね、話し相手に同行させらむぐっ」
その至極当然な質問に嘘偽り無く答えようとしていたら途中で誰かに後ろから口を抑えられた。
「お前は余計な事を言わなくて良い!」
顔を赤くしながら僕の口撃を往なす要。
そんなに恥ずかしいのなら僕を連れて来なければ良かったのに。
なんせ君の恥ずかしい話を僕は何個も知っているのだからね。
まぁ、少しの間だけだったけれど様子を見ていた感じだと、女子と男子の分裂こそあれど充分に君はこの中で良くやれていると思うけれどね。
立ち回りとしては中立ポジションに立てているんじゃないかな。
「確かに男子は全員"あっち"だし、橋爪君にとっては女子ばかりだと居辛いよね」
そう言いながら木下さんは男子の群がるあっち、遠藤さんのいる方向へと視線を移す。
女子だらけでも要は気にしていないと思うのだけれど。
「あれはあれで相当ストレス溜まるだろうなぁ」
要も遠藤さんの方を向いて声を漏らした。
そこそこイケてる系の男子が周囲に集まっているといえど、限度ってものがあるだろう。
まるで祭りの神輿を担ぐかの様だ。
そこまで必死に掴みたい、お近づきになりたいものなのだろうか、僕には分からない光景である。
未だ姿が見えない遠藤さんとやらの方向を眺めながら、僕もその競争心というか、闘争心を分けていただきたいものであると冗談ながらも思ったりした。
「仕方ないよ、遠藤さん綺麗だし可愛いもん」
髪をクルクルと弄りながら木下さんは少しだけ羨ましそうにその様子を見ていた。
「仕方ない、ね」
僕はその木下さんの言葉に少々否定的な感情を抱いて、眉間に皺を寄せながら小さく呟いた。
己の無力さ、怠慢さから来る結果は致し方ないし受止めるしかなく、いうところの自業自得であるが、意図せず降りかかる物に関しては別物だと僕は考える。
「まぁ、あれだ。一樹は遠藤さんを見たことがないからな」
そんな僕の言葉を聞き取ったのか要が反応した。
何度目になるだろうか、前にも似たような事を要から言われた気がする。
しかし、実物を見た事があるのと無いのとではそんなに意見が変わるものなのだろうか。
前評判から想像できるのは凄く可愛く、綺麗でミスコンの受賞者であることを聞けば有名芸能人くらいを思い浮かべていれば間違えはなさそうであるが。
でも写真と実物が違うという話は良くある話しだし、そうなのかもしれない。
「え?斉藤さんって、遠藤さんと同じ大学じゃなかった?会ったことないの?」
「そうだよ、だけど一樹って普段"こんな"だからさ、バイトか大学か家か。この三拍子しか生活の中には無くてさ、その中でもバイト中が一番生き生きしてるんだよな!」
ニシシッと笑いながら、何故か自分のことの様に意気揚々と僕の事を話し始める要。
バシッと背中を叩くの辞めてくれないかな、割と痛い。
あと、ついでに君からの発言は本当に…、本当に色々と誤解を生むから辞めて頂きたい。
主に女子達からね、今日に限らず日々色々な思念が込められた視線が飛んでくるのだよ。
まぁ、僕も便利な授業対策をそう易々と渡すつもりはないけれどね。
「へー、そうなんだー、なんだかいつもの斉藤さんを知っているせいか二重人格者みたいだね!」
そして木下さんは物珍しそうに僕の事を見つめ……、もとい観察し終えたのかそう言ってみせた。
「一樹はオン・オフの切り替えの差が激し過ぎるんだよなぁ」
「君達、あのね……」
何故か僕のことについては意見が合致する二人に少々納得がいかないままでいると、この企画の幹事だろう女子が声を上げる。
「はーい!!それじゃあ同朋社のインターンシップに参加されてた方々!移動しますので遅れずについて来てくださいねー!」
声のする方を向くとショートカットの髪型に、少し肌寒くなりつつある秋の中、ハーフパンツにストッキング、上には気持ち程度のパーカーを羽織った元気ハツラツしている女子が目に入った。
片手を上げてぶんぶんと振り、駅の中心だというのに大胆なアピールをしてみせる。
この度のインターンシップ生である対象の学生は、その声にざわざわとするものの次第に行動を起こしていった。
「今日も津田さん元気そうだね」
へぇ、彼女は津田さんというのか。
木下さんの言葉から僕は彼女の名前を特定した。
だからいって何かあるわけでもないけれど、本日の幹事ならばお世話になることがあるかもしれない。
覚えておこう。
「インターンシップでも津田さんがこのメンバーのリーダー役として動いてくれたんだよ」
「意識が高いのはいいことだね」
みんながやりたがらない事を率先して引き受ける、まさに生徒の鏡ともいえよう。
そのリーダーに率いられ、ぞろぞろと集団移動を始める我々大学生。
向かう先は、そう。ボウリング場、その後はなんと居酒屋である。
「バイトに明け暮れてた僕の認識が甘かったのかもしれないのだけれど、君達っていつもこんなにお金を使う様な遊びをしているのかい」
少なく見積もってもボウリングで2000円、居酒屋で3000円といったところだろう。
一日で5000円といえば、半日のバイト代の稼ぎ+αくらいはあるではないかと換算してしまう僕はいけないのだろうか。
一体、どこからそのお金沸いてきているのさ?
「そんなわけないだろ。俺だって今回の出費のせいで今月はピンチだしさ」
そうは言うけれど要君や。
その最新の、つまるところトレンドの衣服に身が包まれた君の姿を見て誰が金欠だと思うだろうか。
否、美の為の出費は致し方ない犠牲だとでも言うのかね。
だったら一度ジャージとパーカーの着心地の良さ、コストパフォーマンスを体感すべきである。
僕が先導者になってあげてもいいくらいだ。
言っておくけれど、ジャージの上下セットでも1万円はするんだからね?
いわば高級ファッションと言っても過言ではないのだよ。
――
実のところ僕の遅刻のせいで出発が遅れたのかと思っていたが、単に話し込んでいるグループが思うようにまとまらなかったという結果で杞憂に終わった。
これならもう少しまともな格好をしてこればよかったよ。と今更に思っても仕方が無い、いわば後悔先に立たずである。
なにより元よりサボる予定だったのだから、仕方ないね。
そして着実に近づいて来るはボウリングのチーム分けの時間だ。
僕がボッチと化すか、はたまた要か木下さんと一緒になれるか。
一緒になったところで窮屈なことには変わりないが、まさに天国……は言いすぎなので及第点か地獄か。
運命?かかって来い。
神様?お願いします、本当に。