週末は空いていますか、空いてますよね、そうですか
今現在、表情としては鋭い目つきで品定めしているかのような眼差しに、形の良い細い唇が少し釣りあがっているそんな表情。
左肘をテーブルについて手の甲に頬を当てながらやや上目遣いで遠藤さんは僕と対話……というべきなのだろうか、客と店員としての関係で接している。
誘惑というよりも捕食という言葉がこの場において最も適切なんじゃないかな。
「良かったら貴方も一口どう?」そう言い放つ遠藤さんは自身が口を付けた珈琲の入ったカップを差し出してくる。
「いえ、業務中なので」
「連れないのね」
当然、僕は遠藤さんの申し出には速やかに断りを入れた。いや、別に業務中じゃなければ飲んでたとか、飲み口が気になるとかそんなんじゃないからね。うん、決して。
しかし彼女が今、上機嫌であることは様子から簡単に見て取れる。
仕草の一つ一つがイキイキとしているのだ、目も死んでいないしあの貼り付けたような素敵な笑顔も見当たらない。
どちらかと言えば、素の彼女は"ドS"というジャンルに含まれるのではないだろうか。実際大手企業の令嬢らしいしどこの女王様だろうか。
「ちょっと貴方!」
そろそろカウンターに戻ってもいいかなと思っていたら少し大きめの女性の声が目の前のテーブル席から上がった。
ガンッとテーブルを叩いて立ち上がったものだから食器が揺れてこぼれはしないが少々危ない音がする。
その声の発信源を目で辿ると、これまたキャスケットを深く被った有名人らしき女性からのようであった。
「お呼びでしょうか」
何やら少々御冠になられているけれど、メニューの注文かな、おかわりの注文だよね?注文じゃないよね、お願いしますね。
少し声が荒いし大体の見当は付いているけれど、希望くらいは持たせて貰いたいものである。
出来ればゾウの様に長い耳を使って閉じたいが残念なことに僕はヒューマン。
ピクピクと微弱な運動させることはできれど閉じることなど出来ないので気持ち半分、穴を塞いだつもりで返事を待った。
話は変わるけれど、耳をパタパタと蝶の羽のように動かせることが出来る人って素直に凄いと思うよね。僕はどう頑張っても変顔になるばかりだ。
「随分、晴香と親しいようだけど一体何様のつもりよ!?」
淡い僕の希望と余談は一切の無視をされ、あげくの果てには随分と酷い言われようだった。
「はぁ、別に親しくはしていないと思いますが……」
僕は苦笑いを作りつつ直ぐに事実を返事をした。
「この晴香が男と話すこと事態おかしいのよ!」
いやいやいや。どの晴香さんかは存じませんがこの前のインターンシップの集まりの中、沢山のイケてるメンズと話されておりましたよ。あれが談笑であったのかどうかは僕には定かではないけれどさ。
「美里、落ち着きなさい。彼とは特別何も、これっぽっちもこれといった関係を持っていないわ」
息を荒げているキャスケット……、美里と呼ばれる女性を遠藤さんが宥める。
まるで僕の存在を全否定するかのような言い回しだね、というかちょっと酷くない?
よくもまぁそんな語呂がつらつらと出てくる物であると、自身が咎められているのにも関わらず遠藤さんの語彙力に感心していた。
「でもいつもより晴香ったら楽しそうにしていたじゃない」
「ええ、それはね。先日お世話になった彼にお礼を言いに来たのよ。お礼をしに来たのに無愛想にしていたら申し訳ないでしょう?当然久方ぶりになる美里との会合も楽しみにしていたのよ。本当よ?」
再びキッと睨みつけてくる美里さん。何で僕はこの子にこんなにも妬まれてるのさ、全く心当たりがないのだけれど。
原因となっている遠藤さんも別にお礼なんてしなくていいのにちゃっかりしていらっしゃる。何なら店先で言葉を交わすだけで十分だったのに。
それから遠藤さんが先日あった出来事の説明を要約して簡単に美里さんに伝える。
ようやっと僕と遠藤さんの間柄に納得してくれたのか、「こんなオタクみたいな奴が……、でもいいわ。許してあげる」と高圧的な態度は変わらなかったけれど眼を付けられる事は無くなった様である。
「はぁ、ありがとうございます……?あと遠藤さんも別にお礼とか、いいですよ。あれは僕が勝手にやったことですし」
「ごめんなさいね、昨日貴方の"勇姿"を父親に話してしまったところ色々と、そう"色々"と拗れてしまったのよ」
参ったわぁと口にしながらも全然参って無い様にしか見えない遠藤さん、むしろ燦燦としていらっしゃる。
やめて、そのワザとらしい儚げで悲しそうな表情を作らないで、それ……わざとなんでしょう?
本当、色々とナニを何してくれちゃったのか僕は気になって気になって仕方がないよ遠藤さん。
「ところで斉藤君。今週の日曜日は時間あるかしら?」
そして唐突な、勢いに身を任せるかのような怒涛の"休日空いてますか"というお誘いがかかるのだからまさに確信犯、計画犯その他諸々を詰め合わせているエキゾチックボックスである。
しかし遠藤さん、申し訳ないのだけれど。いや本当、大変に申し訳ないのだけれどこんな僕にも先約がいるのさ。
「ありがたいお誘いの申し出なんですけど、生憎と日曜日は用事がありまして」
木下さん、僕は君に決めようと思う。
「そう……、なら仕方が無いわね」
なんだか遠藤さんから放たれる随分と残念そうな雰囲気が空気を惑わせるが不思議と罪悪感は出てこなかった。
本当に残念なのだろうか、遠藤さんの小さな肩が下りたような気がした。
「ちょっと貴方!晴香からの誘いを断るなんて言語道断よ。あり得ないわ!」
すると逸早く遠藤さんの異変を感じたのか美里さんが人差し指を指しながら僕に食いかかってきた。
えぇ……、貴方もさっきまで関わるな的なことを言っていたじゃあないか。
行くって言ってもどうせ怒られるんでしょ?正しい選択肢を教えて欲しいものである。
それに君は3歩ならぬ1歩もその場から動いていないというのについさっきの出来事を忘れてしまったのかい。鶏もアヒルもびっくりだよ。
これにはどうしたものかとさすがの僕も頭を悩ませた。
ううむ、まさか要より扱いが難しい人種がこんな身近いたとは……、世の中はまだまだ知らないことで満ち溢れているよ要君。
「ちょっと美里、落ち着きなさい。別に今回は彼が悪いわけではないわ」
三度、どうどうとあらぶるキャスケットを遠藤さんが宥める。
「でも晴香、あんなに悲しそうな顔していたじゃない!悔しくないの?こんな男に……」
えらくこの美里という女性は遠藤さんにお熱のようであるが、僕のことを再び否定的に発言しようとした時、彼女は言葉を濁らせるのであった。
罵声やら批判的な言葉は聞きなれてきた僕は今回も極々自然に受け流そうとしていたら遠藤さんの様子が少々冷たい。
「美里、あまり人様の悪口は易々と言う物ではないわ。それに言ったでしょう?今回は"私"が"彼"にお礼を言いにきたのだと。だからあまり無理強いをするものではないの。理解いただけるかしら」
遠藤さんの機嫌が少し悪くなっていることくらいは直ぐに把握することができた。
どうやら美里と呼ばれる女性の言動に思うところがあったらしい。
「でも私は晴香の事を思って――っ!!」
「えぇ、判っているわ。美里のそういうところ好きよ。でも、私のことばかりを優先してしまって他の事が疎かになってしまうのは些かどうかと思うわ」
ん……?なにこの展開。
木下さんからマグカップの乗ったトレーを受け取り、この席にたどり着いてから約3分、いや5分ほどが経過しただろうか。
この短時間の間に様々な展開が繰り広げられすぎてまるで異次元に一人ポツンと取り残されてしまったかのようになんだか無性に孤立感が漂った。
美里さんの御付らしきマネージャーさんに遠藤さんの執事である日笠さんはウンウンと頷いているが本当に理解しているのだろうか。
もう僕にはわけがわからないよ。
だからそっと僕はその場を退場し、カウンターへと戻るのであった。




