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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
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EP3

 だけれど、ここで愚直にせっかくのお誘いに断りを入れようものならば少なからず木下さんのステイタスに支障をきたすことになるかもしれない。


 "パッとしない男子に断られた"


 可愛い子に誘われたけど断ってやったぜなんてこと、実に勘違い甚だしいことこの上ない。


 言い換えるならこっちが親切心で言ってあげてるのにと、なに真に受けてるんだなんて思われかねない。


 であるならばここは一つ、穏便に済ませるためにも約束の日時を指定せずに答えることが最善の選択になるだろう。


 互いに嫌な思いをすることなく終えることが円満の秘訣なのだ。


「じゃあ、また今度お願いしようかなぁ」


「うん!」


 木下さんは僕の返事に短く応えると、満面の笑みを浮かべながら厨房へと歩を返した。


 数歩進んだところでくるりとこちらへ振り返り「斉藤さん、絶対。だからね?」と、念を押されてしまった。


 その微妙にかがんだ様なポージングに一種の萌え的なインセンティブが働く。


 あぁ、でももしその時が来るのであれば要も連れて行こうと思う。そうすれば彼氏さんはきっと僕なんかよりも要に目をやるに違いないからだ。


 諦め半分期待半分に木下さんの行動はいちいち可愛いなと、厨房へ消えていく背中を見送りながら思い浸る。


 自分を良く見せる方法を知っているというか、あれが天然であるならばとんでもないジゴレットである。僕の心は徐々に掴まれつつあるよ木下さん。


 それでも僕は己の感情よりも君の体裁を守りたいと思う。


 任しておきなよ、これでも僕は割と気が利くほうなのさ。


――カランカラン


 ニヒルな思考を抱きながら厨房へ消えていく木下さんの背中を見送ったところで、店のドアが開かれる音がした。


 どうやらお客様が来たようである。


「いらっしゃいま――げっ」


 振り返りながらもてなしの言葉をかけるが、相手を見ると最後まで言葉は続かなかった。

 

 それもそのはず見知った顔がそこにはあったから。


「客に向かって"げ"はないだろ、一樹。ほら、笑顔笑顔」


「なんかあの店員かなり嫌そうな顔してるけど、要君、本当にこのお店で良いの?駅中のメトロの方が良いと思うけどなぁ」


 ニコニコとしながら僕に店員としての在り方を説く男性、要と大学で何度か要といるところを見かけた事がある女子が二名。


 つまり計三名のお客様がお越しになったわけだ。


 客が少なく静かだった店内に少しの温もりが出来た様な気がしないでもないが是非ともお帰り願いたい。


 しかし、僕は店員。彼らはお客様なのだからそうは言っていられない。


 であれば、店員として出来うる限りの抵抗をしてみせようではないか。


「三名様で宜しいですか?あちらの"隅"のお席へどうぞ」


 スッと右手で奥のほうへ手をやって、あっちに行けと誘導する。

 

「じゃあ、ここで」


 カウンターからは視界に入らない角のテーブル席をオススメするが要はカウンター席に堂々と腰を下ろし、女子たちも続いて座った。


 この野郎。


 僕の額にはほんのり青筋が浮かんでいるのではないだろうか。


「やぁ、要君。一ついいかい」


 仕方なく僕の立つカウンターの前に座った要に声をかける。


 ええい、相も変わらずニコニコと爽やかな笑顔をしているな君は。


「一樹、俺、珈琲。いつもの微糖で頼む。君たちはどうする?」


「じゃあ私はカプチーノで」


「私もソレでいいかなー」 


 ところが僕の言葉に耳を貸すこともなく勝手に注文を始める好き勝手なお客様たち。ちょっと、まだメモ取る準備してないんだけど?


「店長、珈琲とカプチーノ2つ。珈琲は微糖にカプチーノは少し甘めでお願いします」


「おう」


 注文を覚えている内に厨房に向かってオーダーを伝えると店長から受領の返事が返ってきた。


「はぁ……、ねぇ要。僕の認識が間違っていなければ君は月曜日の今時分、事業構想概論の講義を受けていないとおかしい時間帯だと思うのだけれど?」


 時刻は午後14時を回ろうかというところ。


 今頃大学ではお昼休憩が終わり3時限目が折り返し地点に入った頃合となっているはずである。


 しかしその授業を受けているはずの人間が今、喫茶店のカウンターに座っているのだから如何なものか。


 大きく分かりやすい溜め息をついて、カウンターで頬が緩んでいる要に僕は現実を突きつけたのだが、彼はあっけらかんとしてこう答えたのだ。


「あぁ、レポート提出は先週だったからピッしてきた」


 "ピッしてきた"


 このワード、今の大学生であれば大抵の人に通じる言葉なのではないだろうか。


 どうやら要の受けている講義のレポート提出イベントは先週行われたとのことで今週は休んでも安全であると踏んだようである。


 ピッとは学生に手渡されている身分証明カードを各教室に設置してある専用の機器に翳す事で出席確認を行う行為である。


 講義開始前に学生がカードを通す事でその授業に来たというデータが自動的にシステムに残るという寸法だ。


 しかしこれには色々と穴が多く、今現在目の前にいるサボリ魔たちのように出席履歴だけを残して講義を受けない学生が多発しているのだ。


 だからこそ、教員側からの対策として突発的なレポート提出イベントが組み込まれているのだけれど。



「で、なんでわざわざ休んだのにここに来るのさ」


 頬杖をつきながらカウンター越しで要に言う。


「ここの珈琲が一番おいしいから」


「あぁ、そう……」


 ニコニコと言って見せるイケメンの顔にどうでも良くなって適当な言葉を僕は吐いた。


 前々からここの珈琲が美味しいとは言っていたから本当のことなんだろうけど、わざわざ僕のバイトの時間に合わせてこなくてもいいじゃないか。


 見ている側としては楽しいかもしれないけれど、働く側としては業務がやりにくい。ただただそれだけである。


「ねぇ要君、その店員さんと知り合いなの?」


 店員としてあるまじき態度で接しているからか、同じくカウンターに座っている女子の一人が要に問うた。


「あぁ、こいつとはいつも俺と一緒に講義を受けている仲なんだ」


 その紹介はどうかと思うがね、要君。


 時折感じるのだけれどまるで恋人を紹介するような扱いはやめてもらえないだろうか、とその都度思っている。


「えー、そんな人居たっけ?」


「さぁ?」


 僕の顔を再確認するように二人はまじまじと見つめてくる。


 やだ、正面切って見られるとか恥ずかしい。


 しかしどうやら僕の羞恥心もお構い無しに彼女達からしてみると僕は眼中に無かったようで、全く記憶に無いといった様子である。


「ほら、いつもジャージにパーカーの奴だよ。見覚えない?」


「「あー」」


 これにはピンと来た様で二人して残念そうな声を上げた。


 僕のトレードマークはジャージにパーカーですよね、そうですよね。


 別に意図してやっていることだから良いのだけれど、肩を落としてまで落胆することなのかい。


 やめて、まるで僕が残念な人みたいじゃないか。


「カズ、珈琲とカプチーノ置いとくぞ。それとお喋りもほどほどにな」


 カチャンと食器が置かれる音と共に厨房の窓から店長の腕だけが伸びてトレーに並べられた綺麗なコーヒーカップが3つ。


 もくもくと上がる湯気から広がる香ばしい香りが鼻をくすぐる。


「あ、はい。すみません、ありがとうございます」


 トレーを受け取り、要と女子二名へと振り返る。


「珈琲とカプチーノ、お待たせいたしました」


 ほらよ。と渡してやってもいいのだけれど後で怒られてしまうからね、仕方ないよね。


 淹れ立てでカップも熱々であることを気にもせず、要は取っ手を摘んで一口飲んだ。


「あぁ、うん。やっぱりここの珈琲が一番美味しい」


 ふぅ、と脱力するように要は呟く。


 このイケてるメンズは本当に何をやらせても様になっているな。


 その様子を見ていた女子たちも一先ず出されたのだからとカプチーノを手に取りズズッと一口含む。


「わっ、何これ!!甘くておいしーい!!」


「ねー!可愛い絵が描かれたものなら飲んだことあるけどこっちのが美味しい!」


 ふふん、そうだろうそうだろう。


 シナモンやキャラメルで香りや味を甘くしているカプチーノも存在するが、うちの店では香りを殺さないよう専用のハチミツで甘さを引き立てているのだ。


 おそらく彼女達はキャラメルマキアート的なものを連想していたのだろうけれど、普通にカプチーノと頼んでしまうとただ苦いエスプレッソに泡立てたミルクが乗っているだけなのである。


 それもそれで美味しいが、おそらく彼女達が望んでいる物がそれではないとなんとなく察した僕は甘目をチョイスしたのである。


 これまでに何度か女性の方が想定していた味と違ってカプチーノに砂糖をガンガン入れているところを見たことがあるからね。


 それでは本来の味を殺してしまうことになるし、せっかくの淹れ立てが勿体無い。


 苦いから。と残されてしまっては、頼んだのはそちらの方だろうと言いたくもなるが再び厨房へ返す時に残念な気持ちになってしまうのだよ。


 もう少しちゃんとオーダーを取っていれば良かったなってね。


 まぁ、それをしていい相手かどうか見極めないと駄目だから一概には言えないのだけれど。あまりにお節介が過ぎると親切心から来るありがた迷惑というやつになってしまうのだ。


「ははは、一樹が甘めにしといてくれたんだよ。普通のカプチーノはそこまで甘くはないからさ」


 通常のカプチーノの味を知っている要が嬉しそうに珈琲を二口、三口と含みながら彼女達に言った。


「へー」


 一度僕の事を思い出したこともあって、意外なことだったのか少し感嘆とした声を漏らしながら僕に目を向けた。


 こんな時、どや顔していればいいのだろうか。


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