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日陰男と高嶺の花の恋愛ジジョウ  作者: ナナモヤグ
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EP2

――カランカラン


 店の扉につけてある飾りが音を立てて来客である事を従業員に知らせる。


「いらっしゃいませ」


「いらっしゃいませ、本日はお一人様ですか?こちらへどうぞー」


 にこにこと笑顔を振りまく木下さんが本日一人目となる婦人の客を招き入れて業務が開始した。


「今日はいつにもまして落ち着いてますね」


「これでも昼間はそれなりに忙しかったんだけどな、駅中に新しい店が出来たろ。今はそっちに捕られちまってんだな」


「あぁ、そういえばあそこもう開店してたんですか」


 現在時刻は午後1時と30分を回ったところ。


 サラリーマンが多い昼休憩の時間帯が終えて、これからは奥様方が集中する時間なのだがいつもより手持ち無沙汰となっている。


 というのも、ここバードも店長の個人店ながらこの商店街の中ではそれなりの人気を博しているのだが如何せん今回ばかりは相手が悪いようだ。


「"メトロ"ですよね。都心でも有名らしくて私も気になってて先週行って来たんですよ。お洒落な店舗でしたよ。お菓子の味も店長には負けますけど悪く無かったですね」


「ちーちゃんは本当に煽て上手だなぁ、今日のまかない何がいいか決めとけよ」


 さりげなく褒め言葉を入れた木下さんに気を良くしたのか店長は嬉しそうに言った。


「有名店だったのか」


 メトロという店名に聞き覚えがなく、僕は誰に言うでもなく呟いた。


 その呟きが聞こえたのか木下さんが瞬時に反応して人気の理由を語る。


「えーっ、もしかして斉藤さん知らないの!?メトロといえば今や都心ではイケメンと美人が多くてお菓子が美味しいお店ってことで有名だよ!?」


「いや、うん、初めて聞いたかな」


 木下さんの勢いに押されながら頬をかきながら、落ち着いてという意味を含めて応えた。


 競争率が高いであろう都心でお菓子が美味しいと評判なのはたぶん、それはきっと凄いことなのだろう。いいことだよね、珈琲が美味しいお店やお菓子が美味しいお店という評判を貰えるということは。


 まぁ、この店ではプロレスラーの店長がいる店と別の意味で一部では有名になっているのだけれど。


 それは置いておくとして、イケメンと美人の多いお店って一体どういうことだろうね。


 面接に行って落ちたら顔のせいとか一生立ち直れなさそうだ。


 仮に要とか遠藤さんみたいなのが沢山居ると思うと、いくら上等な珈琲やお菓子を口に含んだとしても気が休まる気がしないのだけれど。


 これはもはやメイド喫茶や執事喫茶なるものを名乗ったほうがいいのではないだろうか。


 しかし一体全体どうしたものか。この時間帯のメインとなる奥様方をイケメン喫茶なるものに捕られてしまい、今までに無いほど時間がゆっくりと流れていた。


 どうやら本当に影響が出ているようだと実感する。


 いつもはオーダーを取ったり、珈琲メーカーの管理をしたりと片付けなどでそれなりに追われることになるのだがカウンターから店内を見渡しぼーっと過ごしていた。


「斉藤さん、斉藤さん」


 ちょんちょんと後ろから背中を突かれ小さな声でささやかれたので、なんだろうと後ろを振り向いた。


 すると木下さんが身長差からくるかもしれないが、こちらを見上げるようにしているではないか。


 あざとい、しかし可愛い。でもあざとい!!


 そして彼氏持ちなんだよなぁ。


「ん、木下さんどうしたの」


「ふふ、斉藤さん暇すぎて土曜日の時みたいな表情になってるよ」


「おっと」


 咄嗟に僕は眼鏡を外して顔をごしごしとハンドタオルで乾拭きした。


 暇すぎて表情が死んでいたようである。


「いやぁ、ありがとう」


「……」


 お礼を言いながら前を向くと結構近くにいた為、眼鏡を外した状態でも木下さんの顔くらいは認識できる僕の視力が口を開け目を丸々とさせている木下さんの表情を捉えた。


「……木下さん?どうかした?」


 ぽかんとしている木下さんに対して僕までぽかんとしてしまい、何かあったのだろうかと問うてみる。


「え、あああの!!……さ、斉藤さんの眼鏡外したところ初めて見たなぁと思って……っ!!」


 そう言われて確かに眼鏡を手に持ったままであることに気がついた。


「そうだっけ?」


 まぁ、普段眼鏡をかけている人が外してたりしてると新鮮になる気持ちは分からなくもない。


 漫画眼みたいに3の字になったり、糸目になったりと面白おかしい感じにはなれないけれどね。


 僕の場合、至って色素が抜けたような薄い顔になるのである。


 こしこしとついでとばかりに眼鏡もハンドタオルで拭いて再びかけようと縁を摘み、顔に近づけようとした時、腕をがしっと掴まれた。


「な、何?」


 下を向いたまま腕だけがっしり掴まれた僕は思わず驚いてしまい、少々ひっくり返った声を出してしまった。


「……眼鏡外していた方が絶対に良いと思うッ!!」


 ガバッと顔を上げ、言い切った斉藤さんの顔はとてもきらきらしていた。


 そういえば高校生の頃、クラスが同じだったいつもは眼鏡を掛けていた女子が突拍子も無しにコンタクトに変えたことがあった。


 地味さを象徴するお下げの髪もばっさりとショートヘアに変えて、牛乳瓶のような分厚いレンズもどこへやら。


 やがて完璧なイメージチェンジを果たした彼女は瞬く間に注目の的となった。


 しかし性格は変わる事が無かったようで、大人しく可愛い子というポジションを卒業までキープしていたことを覚えている。

 何せ彼女がイメージチェンジする前に、僕が付き合っていた子だからね。


 勿体無い事をしたなとか、色々友人達には散々に言われたけれどこれといった後悔は無かったし、何より彼女を楽しませることが出来なかったのだから、仕方ないだろうと素直に思えた。


 閑話休題、打って変わってどうやら僕にも眼鏡を外したときに訪れるギャップが発生しているようである。


 どことなく木下さんが興奮しているのがひしひしと伝わってくるぞ。


「ありがとう、でもちょっと腕痛い……」


 だからといって、なんと返せば良いのか判断が付かなかった僕はとりあえずお礼を言う事にした。


「あぁ!?ごめんねッ!?でもでも本当だよ!?」


「あぁ、うん。でもほら、コンタクトとか持ってないし眼鏡がないと何も見えないからさ。あと落ち着いて。」


 がしっと掴まれたままの腕を未だに開放してくれない木下さんにありのままを伝える。


 コンタクトにしてみようかと思ったことはあるけれど、実際にやるとなればそれなりに資金もかかるし何より眼に異物を入れるという行為がどうも受け付けない。


 目玉を指で触れることが出来る人が居ると聞くが僕には到底出来ない芸当である。


「じゃあ……こ、今度一緒に買いに行かない?」


 コンタクトに対する僕の認識を改めて確認していると木下さんから一緒に買い物に行こうというお誘いが掛かっていることを鈍感ではない僕は瞬時に理解した。

 そして続けさまにスッと掴んでいた僕の腕を放して、両手を前でモジモジとさせながら控えめな声で訪ねて来るではないか。


 くそう、可愛いなくそう。たまに木下さんの勢いに呑まれそうになることもあるけれど、それさえも許せる気がする。


 だがしかし、これでは木下さんが彼氏に対して浮気することになってしまう。


 それはいけない。絶対にやってはいけない。


 バイト仲間だからと、百歩譲って友達だからと恋人を他所に異性の友達と遊ぶなんてあってはいけないのである。


ここは僕がふせがなければならないという使命感を感じる。

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