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あの頃と変わったことは、それほど多くはない。
入り口近くに自転車を止めると、あたかも計ったようなタイミングで中から人が走り出てきた。建物から流れてくるかすかな雑音が、彼女がドアを開けた数秒だけ壊れたような騒音となって外へ飛び出す。
そしてまた静かになると、美保は軽く手を振って、聞き取れなかった声にそれとなく応じておく。
「はいこれ」
「サンキュー。助かった~。今日ちょっといい感じのひとりいてさぁ、なんとしても連絡先聞いて帰りたかったの」
「そうなんだ。がんばって」
「なんなら、今からでも美保も混ざってく? 男子ひとり余ってんだよ」
カラオケは嫌いだ。タバコ臭いし、うるさいし。
というのは建前で、本音は音痴だからだけど。
というのも、実を言えば若干ながら建前も入っていて――だから、ほんとうのほんとうは、単純に男子が苦手なのだ。
「いいや。このあと用事があるし。楽しんで」
「そか。じゃあまた二学期にね」
「うん」
美保は建物に戻っていく友を見送ると、まだ熱の冷めやらぬサドルにまたがった。
携帯が鳴る。友の携帯の紛失を知らせてきた真季子だ。
『わざわざごめんね。今度なんかおごる』
別に真季子のせいじゃないのに、と思いつつ、楽しみにしてると返す。
真季子にも都合があることは知っている。
今日の参加者は、そのほとんどを同じ部活動の一年生で集めたものだ。先ほどの友人はクラスではそこそこのポジションでしかないが、部の中では一目を置かれているらしい。同部に属する真季子が逆らえないのも無理はなかった。
気乗りのしない合コンもどきに閉口しているだろう親友に同情する。
とはいえ、と一転して自分の役目は終わったとばかりに携帯をカバンにしまいこんだとき、頭上に影が落ちた。
視線を感じ、何気なく仰ぎ見て、美保は石のように固まった。
(山下……それに、杉原も)
そこには、つい半年前まで同じ教室で授業を受けていた、なじみの級友たちの姿があった。
「なに、おまえらの知り合い?」
美保同様、不自然に一点を見据えたまま身動きの取れない友人を面白がるように、彼らの連れらしい男子の一人が三人を交互に見比べた。
「中学んときのクラスメイト」
答えたのは杉原だった。あの頃よりまたすこし低くなったような声に、不覚にも鼓動が早くなる。
「へえ、北高なんだ。なに、ひとりなの?」
「よかったら一緒に歌ってかない? 杉原たちの友だちなら、俺たちの友だちでもあるよね」
軽々しい口ぶりに背筋が寒い。
丁重に断って早いとこ切り上げようと、美保は口を開いた――開きかけて、
「友だちじゃねぇよ」
それまで黙っていた山下が吐き捨てるように言った。
「さっさと行こうぜ」
杉原の背を押しつつ、他の友人を促すように視線を配る。
「なんだよ山下」
「元同級生に照れてんのか」
囃し立てる友人たちにも山下は黙ったままだ。
それはいいのだが、美保は直前、山下が放った不用意な発言に憤りを覚えずにはいられなかった。
(友だちじゃないって、それ、あなたが言う科白?)
どの立場で物を言っているのだろう。
そう思えば、余計に腹が立ってきた。冗談じゃない。
美保はペダルに載せた足に力を込める。
「あっ、ちょっと待ってよー」
とっさに呼び止められるが、美保は無視して地面を蹴った。そのまま何も聞こえないかのように半ば強制的に男たちを押しのけて駐車場を出る。
「ねえってばー」
つとめて穏やかな風を装いペダルを漕ぐ美保の背に、性懲りもなく馴れ馴れしい声が追ってくる。
これだから男子って……。
いや、と美保は頭の中でかぶりを振る。
考えるだけアホらしい。それでなくても暑いのに、自分から体温を上げてどうする。
美保は雑念を追い払うと、無心にペダルを漕ぎ続けた。