豊田京介 9
200X年 8月23日 ドイツ フランクフルト マイレンダー通り10-12
シュテファンとハインリッヒを囲んだクローンたちは目標を中心の二人に絞って矢継ぎ早に遅いかかる。やられまいと反撃を開始する。二人のFALが次々に弾丸を吐きだし、クローンたちの脳を確実に撃ちぬいていく。クローンたちの後ろからは残りのメンバーで援護射撃している。
「ヴェルナー!FALの予備くれ!」
ハインリッヒの声に応えヴェルナーがFALのマガジンを二人の位置に投擲する。ハインリッヒが受け取り、リロードしながら残りのマガジンを腰のポーチに突っ込む。そこからシュテファンが自分の分を抜き取り撃ち続ける。
「伏せて!」
タニアが叫びながらレールガンを発射する。轟音と共に群衆に向かって弾丸が飛び、クローンをなぎ倒していく。一発で相当数倒すことができたが、装填やチャージに時間がかかるためその隙に次の敵がどんどん出てくる状況に焦りを覚える。
「ハインリッヒ!これが最後だ!」
ヴェルナーがFALのマガジンを投げ込む。しかし手が滑り二人に届くことなく手前に落下してしまった。
「ヴェルナー、何やってんだ!」
補給を受けられなかった二人は撃ち尽くしてしまい、仕方なくFALで殴り応戦する。援護側もそろそろ残弾数がまずい状況になってきた。必死にもがくシュテファンとハインリッヒ、焦りが照準を狂わせ無駄弾を撃ってしまう援護側。そしてついに最後の一発を撃ってしまい全員身動きが取れなくなってしまった。どれだけ探してももう弾薬はどこにも残っていない。
「僕が上手く渡せなかったばっかりに…」
ヴェルナーが項垂れ涙をこぼす。仲間の危機と涙に何かできないかとポケットを漁る。出てきたのはスタングレネード。タニアから渡されたものだ。
「おい!これ使えないか!?」
声をかけるとタニアがきっとこっちをみて「あっ」と思い出したように声を出す。
「あんた、よく思い出したわね!いいみんな、私とトヨタで同時にこれを投げるわ。炸裂したら私の背面にあるはしごですぐに上に上がるわよ!」
タニアはスタングレネードで怯ませてその隙に離脱する計画を打ち出し、皆それに従うことにした。
「トヨタ、いい?私と同時にこれを天井に向かって投げて。ただし、3秒後に天井に到達するようにね。そして投げた2秒後にあなたは耳を塞いであのはしごに向かって走って。炸裂したところで上がり始めて。いい?」
突然のオーダーに混乱しかけたがやらないと助からないので従った。
「いくわよ!せーの!!」
タニアと二人で同時にスタングレネードを投擲する。長めの滞空時間を持たせて投げたそれは天井付近で炸裂する。はしごを昇りながら背中越しで炸裂を感じる。強烈なフラッシュと甲高い音で鼓膜が無くなってしまうんじゃないかと思うくらいだったが怯んでいる暇はなかった。どんどんはしごを昇りたどり着いた先で皆を待つ。ヴェルナー、タニアが昇ってきて少し間をおいてハインリッヒが昇ってくる。
「シュテファン!早く!」
タニアが叫ぶ。状況を見るために下を覗くと、シュテファンがはしごを昇り始めていた。その足元には既にクローンが追いついてシュテファンの足にしがみついていた。必死に蹴り飛ばし振り払おうとするが、クローンの力が強くなかなか上がってくることができない。
「どいてくれ!吹っ飛ばしてやる!」
シュテファンがレールガンに弾丸の代わりにFALの空のマガジンをセットしチャージを始める。チャージが終る頃、突然レールガンから煙が上がりチャージ量を示すメーターが低下していった。
「ちっ、コンデンサーが飛んだか!?」
完全に攻撃の手段を失った。もうこれまでかと絶望した。下の階からシュテファンの唸る声とクローンの騒ぐ声とが混ざった地獄のような音がずっと聞こえている。
「みんな、行け!もういい!」
クローンに襲われるシュテファンがもがきながら言う。その一言で誰もがもう助けることは断念した方がいいと思い、彼をおいて先に進もうとした。
「僕に考えがあるんだけどさ…」
ヴェルナーが口を開く。
「説明するよりぶっつけ本番でやった方がいいと思うから僕に従ってください。」
仲間を助けるためならと皆その不透明の計画に乗ることにした。考えている余裕などないからだ。ヴェルナーが壊れたレールガンを床にたたきつけ外カバーを破壊する。レールガンの高圧電流が通る回路が露出する。ザイルを取り出し、体に巻き付けながら口を開く。
「トヨタ、僕がここを降りだしたらこいつをチャージしてください。そしてチャージ量が落ちる手前でこの電極をはしごに叩きつけて、叩きつけると同時にみんなでこのザイルを思いっきり引っ張ってください。」
返答する間もなくヴェルナーははしごを降りだした。否応なくやるしかなくなったのでレールガンのチャージを始める。その間十数秒。ハインリッヒがヴェルナーの状況を見るために下を覗き込んだ。ヴェルナーはシュテファンにしがみついてさらに自分のザイルで自分の体に結束している。結び付け終った頃、ヴェルナーが見上げて親指を立てた。
「トヨタ!やってくれ!」
ハインリッヒの合図とともにチャージされたレールガンの電極をはしごに叩きつる。
バリバリバリ!!!!
はしごに電気が走り、衝撃ではしごの周辺に群がっているクローンたちが吹き飛ぶ。同時に3人で一気にザイルを引っ張る。男二人分の重量はさすがに重かったが、火事場の馬鹿力なるものが働いて引き上げることができた。引き上げられた二人は気絶していた。電撃が走った衝撃ではしごの留め具が破壊されたのではしごを引き上げておいた。これで下にクローンが取り残されたような形となった。
「誰か水持ってない?顔にぶっかけて起こすわ。」
タニアが水を探すが、どこにも見当たらない。誰も飲料水を持っていなかった。
「仕方ないなぁ…」
にやにやしながら下半身を漁りだすハインリッヒを見て嫌な予感がした。そしてそれは的中する。
ジョジョジョジョジョ…
ハインリッヒのハインリッヒから勢いよく放たれた黄色い液体はシュテファンとヴェルナーの顔に見事に命中。時折、鼻や口にも入り込んでいる。そして一通り出し終えたハインリッヒはふぅとため息をつき『息子』をしまった。
「うーん…」
二人が目を覚ます。
「よう、お目覚めかな?」
相変わらずニヤニヤしているハインリッヒと頭を抱えるタニアの間に挟まれて笑いをこらえるのに必死だった。
「作戦大成功ですね!ありがとうございました!…で、なんか顔が濡れてるんですが、何かありました?」
「聞かない方がいいわよ。精神衛生上。」
タニアが頭を抱えながら言う。ハインリッヒはたまらず吹き出す。そんなやり取りを見て力が抜けていくのが感じられた。
下の階で蠢くクローンたちを殲滅しておく必要があるが武器がない状況になってしまい、ひとまず鹵獲する班とはしごでクローンを突っついて阻止する班とに分かれることにした。タニアとハインリッヒは阻止する役に、残りは鹵獲に回った。
クローンの制御をおこなっていたいたであろう制御室の簡易ロッカーにH&K G36と予備の弾が見つかり、別れてからものの5分で人数分の銃と十分な弾薬が手に入った。それを持ってタニアとハインリッヒのもとに戻ると、二人はかったるそうにはしごで応戦していた。ハインリッヒは煙草を吸いながらの応戦だ。上に立っていることがかなりのアドバンテージとなり、突くだけで効果的な攻撃となっていたのだ。
各々鹵獲してきた武器を持ち一斉掃射しようとしたとき天井にある配管に目が留まった。『ボイラー室』と書いてある。
「なあ、あれって中にボイラー用の重油とか流れてるのかな?」
「トヨタ、いいもの見つけたな!あれ撃って穴開けて燃料のプールにしようぜ!」
ハインリッヒが配管を銃撃する。しかし穴が開くだけで中から燃料は出てこない。配管を辿っていくと自分たちのすぐ脇に大きなコックがあった。それをシュテファンが捻る。すると配管の穴から重油がダバダバと下の階に流れ込んでいく。吐出量が意外と多く、下の階の床が重油で見えなくなるのはあっという間だった。ぬるっとする床に滑りながら蠢くクローンたちがどんどん重油にまみれていきぬらぬらと鈍く光っている。
「気持ちわりぃんだよ。作りモンが。」
ハインリッヒが吸っていた煙草を下の階に投げ込む。床いっぱいに広がった重油に火が付きめらめらと燃え出す。熱さのせいでクローンたちが「ギャアァァァァァ!!」と悲鳴をあげ、その肉体はみるみる間に焼けていく。クローンとはいえ人間の形をしたタンパク質が燃えていくのは気分のいいものではなかった。
「人間の腹から生まれてくれば、人生は真っ当なもんだったかもな。さあ、酸素が無くなる前に早くここから出て行こうぜ。」
ハインリッヒの顔を伺うと、若干ニヤニヤしたままだった。重油に焼かれるクローン、そしてそれがあげる悲鳴…地獄のような光景を目の前にして笑っていられる神経がどうしてもわからなかった。皆、エレベーターシャフトに向かう。各々垂れ下がったザイルにウインチのような金具を取り付け昇って行く。金具のおかげで下がることはなく力もさほど要することなく昇ることができた。昇りながらシュテファンが声をあげる。
「地下で火災があると建物の鉄骨が弱る。早く出てしまわないと建物ごと潰されてしまうぞ!」
「あとはここから脱出するだけよ!表のベンツを拝借するわ!」
タニアが答え終る頃、1階のエレベーターの扉の前に到着した。ハインリッヒがザイルから鉄骨に飛びつき扉の開閉装置に爆薬を仕掛け発破する。ぐにゃりと曲がった扉に手をかけ思い切り引っ張り落とす。エレベーターシャフトの壁にガンガンとぶつかりながら落ちていき、最後にガシャンと音を立てた。扉のあった場所からは見覚えのある景色があった。
「さあ、とっとと出るわよ!ヴェルナー、先に出てベンツをお願い。」
ヴェルナーはタニアの呼びかけに頷き、鉄骨に飛び移りエレベーターシャフトから出る。そして周りを見渡すと「クリア!」と声を出し小走りで去って行った。後に続くように皆エレベーターシャフトから出ていった。