豊田京介 8
200X年 8月23日 ドイツ フランクフルト マイレンダー通り10-12
こちらに向けられた対戦車ミサイルはシューと音を立てて発射体制に入る。キャノピーが開き中の男がはっきりと見えた。その顔は邪悪な笑顔で満ちている。疲弊と絶望で動くことができない状態で攻撃を受けそのまま死ぬなんてこんなに理不尽な死に方はないと悔やみながら、一方で生存を諦めていた。
そのとき、パワードスーツの向こうで電源の落ちたエレベーターの扉がゆっくりと開き、大きな電磁的な音が部屋に響き渡る。
キュィィィィィィ…
「伏せてください!」
叫び声で皆我に返り、一斉に身体を床に伏せる。パワードスーツが踵を返しエレベーターの方を向く。
向き終るか終らないかの瞬間、近くに雷が落ちたような大きな音が劈き、頭の上に強い衝撃を感じた。数秒後、ちらりと顔を上げるとパワードスーツはこちらを向いて倒れており、そのコックピットに穴が開き、男の上半身と下半身が分断されていた。
驚きながら体を起こしゆっくりとパワードスーツに近づいていく。パワードスーツから時折スパークがいたがそれ以上動く気配がない。そして男は絶命しかけている。男が口をパクパクさせているので耳を澄ます。
「俺の計画もこれでお釈迦になったな…最期だから教えてやる。俺の名前はモーゼス・アドラー、先に死んだあいつも同じ名前だ。同じ人間はこの世に二人以上存在してはならないが、そのツケが回ってきたようだ。まさか同じ日に二人とも死ぬとはな…ククク、『二人』は死んだがプロトタイプのクローンがあとはやってくれるだろ。」
シュテファンがアドラーの喉元にナイフを突きつけ問いただす。
「それはどこにある!」
アドラーは笑いながら答える。
「殺せよ。俺はもう助からん。心配しなくてもいい。この近くのどこかにそれはある。そんなに遠くはないぞ?案外足元にあったりするもんさ。潰すなら勝手にすればいい…勝手に…な…」
そう言い残してアドラーはがくりと項垂れる。シュテファンがアドラーの首を触り脈をみる。死亡したらしくシュテファンが首を横に振る。
「みんな、大丈夫でしたか?」
そう言いながらエレベーターの方から近づいてきたのはヴェルナーだ。
「ヴェルナー!お前がやってくれたのか!」
ハインリッヒがヴェルナーの肩に腕を回しがしっと組んだ。
「ええ、下で光学迷彩の敵と交戦したときに鹵獲した武器を使ったんです。見えない敵がこいつを撃つなんてえげつないですよね。」
その手にはとても大きなライフルともマシンガンともはたまたロケットランチャーともつかないものが握られていた。
「それは何?」
タニアが興味津々でその武器を見て「貸して」とジェスチャーで伝える。武器を渡しながら、
「レールガンってやつです。思ってたより威力ありますね。正直驚きました。」
と答える。
タニアは渡されたレールガンを手にした瞬間に「重っ」と呟きバランスを崩したがすぐに持ち直し構えては実戦さながらの動きをして取り回しを確認している。ひとしきり動くと目つきを変え、
「プロトタイプ、潰しに行くわよ。」
と威勢よく声をかける。皆頷いてエレベーターシャフトに向かう。シュテファンとハインリッヒは上へ、タニアとヴェルナーは下へ1フロアずつ調べていくことになり、
「じゃあ、トヨタはここで無線の中継をしててちょうだい。大丈夫、このフロアにはヴェルナーとハインリッヒに『結界』を張ってもらうわ。」
という具合でタニアに指示され、ヴェルナーから予備の弾薬や無線機器などを受け取る。そして皆で無線の周波数を合わせ、それぞれがエレベーターシャフトに入り込み調査を始める。みるみる間に姿も声も消えてしまい、激しく戦闘したフロアにひとり取り残されてしまった。
「とりあえず…広げるか。」
無線機器が入ったボックスを開くと蓋の裏にモニターが付いており、ボックス本体にはスピーカーや格納されたアンテナなどが入っている。一通り広げ終わるとモニターの電源が入る。画面が4分割されており、それぞれの目線の映像が流れてきている。スピーカーからはタニアの声が聞こえていたが、本体のダイヤルを回すとほかのメンバーや全員分の声が聞こえてきた。そして時折銃声と断末魔がスピーカーから鳴っていた。ただ画面を見ることしかできない状況に苛立ちを覚えながら補充で受け取った弾薬をマガジンに込めていく。
「俺は、日本からやってきた。仕事で。それがパソコンを盗まれたことから始まって、気が付けば銃を持ってこうして戦っている。しかもたったの数日で。どうしてこうなった…」
ため息交じりで一人で愚痴をこぼしていると無線が鳴りだす。
「タニアから各員、方通話で送る。地下2階にて研究施設と思われる部屋を発見、引き続き捜索する。」
モニターを見ると大きなガラスの向こうにグリーンの液で満たされた透明な筒の中に人が浸されているのが見えた。その画面を見ていると再び無線が鳴る。
「タニアから各員、地下2階の施設にあってはアドラーの言っていた施設で相違ないと思慮される。総員集合せよ。」
各々「了解」と無線を入れ地下へ降りだす。するともう一度無線が鳴る。「シュテファンとハインリッヒはトヨタを援護しながら来い」とのことだ。無線が鳴ってから1分ほどでエレベーターシャフトの中で二人がロープで降りてきたのが見えた。急いで無線機をまとめてシュテファンのもとに向かうとひょいと抱えられそのまま地下へ降りて行った。地下に着くとエレベーターホールにタニアとヴェルナーが待っていた。到着するなり「行くよ」と合図されそのまま奥へ向かう。いくつかの死体が転がっていたがそれももう慣れてしまっていた。ガラスを越えて緑の液体に満たされた容器の前まで来る。映像で見たものと同じだが、やはり目の前にすると大きい。
弾痕と血しぶきで汚れた廊下をすたすたと歩き一番奥のジュラルミンの扉を開け中に入ると無線機のモニターで見たのと同じ景色があった。唯、無線と違ったのはガラスに銃撃の痕いくつかあるのと死体が2、3転がっていることくらいだ。ハインリッヒが容器に向かいシュテファンとヴェルナーが背中を固める。ハインリッヒが容器に手のひら大の例の粘土を貼り付け、容器の表面にダイアモンドカッターで傷をつけていく。そして皆容器から少し離れたところでハインリッヒが起爆スイッチを押す。爆発音のあと、容器の表面にひびが入り中の液体が噴きだす。タニアがひびの中心に弾丸を撃ち込むとガシャンと容器が割れ中身がすべて流れ出てきた。床に大きめの塊がボテッと落ちた。それは裸のままのアドラーの顔をした男だった。横たわるそれの表面は緑色の液体でぬらぬらとしていた。タニアがそれの頭部を複数回撃ちぬき生体反応がなくなったことを確認する。
「おーい!こいつを見てくれ!」
いつの間にか編隊を離れたハインリッヒが皆を呼ぶ。そこに向かいハインリッヒが指さす方を見る。
「うわ…なんだこれ。」
飛び込んできた光景に眉間に皺を寄せながら嫌そうな声を上げてしまう。
もう1フロア下がったところに100坪はあろうかというスペースがあり、そこに先ほどの容器がスペースいっぱいに並んでいた。気味の悪いグリーンの液体が光を反射しスペース全体が緑色に照らされさながらオズの魔法使いの世界のようだ。
「さっさと片付けて帰ろう。気味が悪くて吐きそうだ…」
屈強なシュテファンが珍しく弱音を吐いている。まずは容器を破壊しなければならないので皆下の階に降りる。整然と並ぶ容器の足元を辿るとスペースの奥の方に配電盤があるのに気が付きひとつ提案してみる。
「あの、奥の配電盤。あれ壊したら電源の供給が止まって一掃できるんじゃ…」
「トヨタ、頭いいな!」
タニアに尻を叩かれる。
「どうせ壊すんなら派手にやろうぜ!」
ハインリッヒがカールグスタフを取り出し配電盤に向かって発射する。部屋の奥の方で大きく炸裂する。するとグリーンの明かりが消え、天井から吊るされた電球に切り替わる。馴染みのある明かりの色にほっと胸をなでおろし、続いて容器の破壊に取り掛かる。作業はシュテファンとハインリッヒが行い、残りはその場で待機といった具合だ。容器のひとつひとつにハインリッヒが「粘土」をセットし、その後ろをシュテファンが付いていきながら信管などを取り付けていく。息の合った二人を見てタニアは「あの二人、結婚したらいいのにね。」と茶々を入れる。順調にセットしていきハインリッヒがバックパックから追加の粘土を取り出したとき、電源を断ったはずの容器たちが一斉に光を取り戻す。
「ちっ、予備電源か!総員構え!」
シュテファンの一声で皆銃を構える。ハインリッヒとシュテファンとが入り口近くで待機するメンバーと合流するために構えながら動き始める。
ビィィィィィ!!
けたたましい警報音と共に一斉に容器のガラス部分が上昇し、中身がドバーっと流れ出す。無論、中のクローンたちもだ。床にベチャベチャとクローンが落ち、数秒後にむくりと順々に立ち上がる。立ち上がったクローンたちは悲鳴をあげ、シュテファンたちに襲い掛かってくる。
「ハインリッヒ、叩け!タニア、援護頼む!」
おびただしい量のクローンとの戦闘が始まった。