豊田京介 7
200X年 8月23日 ドイツ フランクフルト マイレンダー通り10-12
坑道から地上に出てビルに向かう。植え込みの葉っぱが袖や襟に張り付いているのをタニアが取ってくれる。
「この建物の正面に黒いベンツが停まってるでしょ?あれが今回の対象ののってる車よ。折を見てこれを仕掛けるわ。」
そう言うタニアの手にはハインリッヒが持っていた粘土があった。先ほどから粘土がやたら出てくるが、それがいったい何なのかわからないままだ。わかっているのは爆発するということだ。ビルに入る前にハインリッヒに尋ねてみることにした。
「これか?これはな、トリメチレントリニトロアミン、界面活性剤、セバシン酸ジオクチルなんかを混ぜて作ったー…あー…『燃料』だな。このままだと。」
先に坑道の格子の扉を破ったときは爆発していたのに燃料という説明を受け、一層疑問が増えた。疑問を残したままビルの正面に歩いて回り、全員で周りを見渡す。通行人もおらず、時折車が通るだけだ。すかさずタニアが粘土を車体の下、トランクとキャビンの間あたりに貼り付ける。するとハインリッヒがにやつきながらやってきて
「トヨタ、いいこと教えてやるよ。」
と言ってベンツの方に呼ぶ。それから粘土を貼り付けたあたりを見るように言う。
「これがさっきあいつが貼り付けた粘土な。これだけじゃただの燃料だ。これにこのマッチ箱と信管を差し込むと爆弾として使えるようになる。マッチ箱の中身は起爆装置な。」
ハインリッヒが説明しながら粘土に起爆装置と信管を取り付けていく。取り付けと言っても差し込んでいくだけだ。爆弾の設置はものの十数秒で終了した。ハインリッヒがタニアに小さな腕時計を投げる。
「タニア、奴が乗り込んだら竜頭を押せ。景気よく吹き飛ぶぜ。」
渡されたタニアは表情を変えることなく「ええ」と言い、腕時計を身に着けた。
皆ビルの入り口に立ち、深呼吸をする。タニアがインターホンを押すとスピーカーから「どうぞ」と声が聞こえた。同時に入り口ドアからガチッと音がした解錠されたようだ。ドアを押して中に入っていくと広いエントランスがあり、床は一面大理石だ。その先にステンレス製のエレベータードアがあり、それが勝手に開く。ホール内に「エレベーターにてお進みください」と言う音声が響く。エレベータに乗り込むとき、ヴェルナーだけ乗らずにエントランスに残った。
「ヴェルナー、ここは任せたわ。」
タニアの呼びかけにヴェルナーが頷く。エレベーターの扉が閉まり、静かに昇り始める。
ブウゥゥゥゥゥン…
エレベーターの中はいたって静かだ。シュテファンが咳払いをして足を2回踏み鳴らす。するとタニアとハインリッヒがシュテファンの顔をバッと見る。シュテファンが顔をしかめながら天井を指さし、それからタニアを指さし、さした指の先端に握り拳を作って見せる。タニアは頷いて懐からハンドガンを取り出しサプレッサーを装着した。次にハインリッヒを指さし、両掌を下に向け2回ひらひらとして見せた。ハインリッヒは親指を立てた。
エレベーターが最上階に到着してドアが開く。タニアが外を覗き込み。確認が取れると飛び出して跪いて銃を構える。
「トヨタ、早く出なさい。」
タニアがそう促す。慌てて外に出ると、合わせてシュテファンも出てきた。
「タニア、俺はエレベーターシャフトに向かう。ゴンドラ天井裏の『ネズミ』を始末してから追いかける。」
そう言い残してシュテファンは壁を伝って先に進んでいき、角を曲がって姿を消した。タニアが大きなスコープをかけ、銃を構えながら廊下を先に進んでいく。と、足を止め、構えた銃を発砲する。消音された銃声がバシュバシュと2回聞こえると、廊下の突当りの方からドタッと音が聞こえ、床に武装した男が現れた。
「光学迷彩…実験段階だとは聞いていたけど、ここまでやるとはね。さすがに体温までは隠せなかったみたいだけど。」
タニアは倒れた男から装備を奪取し、そのまま引き摺ってシュテファンの曲がった角まで持ってきた。そして角を曲がった先に積んである段ボールの陰に男を隠す。タニアを心配そうに見つめると
「ははは、トヨタ、今の男が死んだと思ってる?眠ってるだけよ。でも3日くらいは起きないけどね。」
それからタニアはハンドガン、ホルスター、スタングレネードをよこしてきた。
「ハンドガンは上着に隠して携帯して。危なくなったら撃ちなさい。スタングレネードはあたしも持ってるからあなたが使うことはないと思うわ。一応持ってて。」
一通り渡すと廊下を進んでいった。坑道の中で簡単なブリーフィングをおこなったのだが、基本的には目標を殺害するだけということだったので乗り込んで始末してしまえばいいのだが、一応ビジネスという体面をつくろうために話だけはしておこうということとなった。
廊下の突当りの扉に到着する。目の前に重厚なつくりの扉があり、それをノックする。「どうぞ」と声が聞こえ、タニアと共に入っていく。50帖はあろうかという広い部屋にぽつんと木製のデスクが置かれ、そこに一人の男が立っている。
「待っていましたよ、トヨタさん。それと…Rache Wölfe!」
男はゆっくりと振り返り薄ら笑いを浮かべながら両手を広げる。タニアは銃こそ構えなかったもののいつでも戦闘態勢にはいれるように構えている。
「あら、自己紹介する手間が省けたわ。どうして私たちの正体がわかったの?」
タニアが語気強く尋ねる。すると男が低い声でゆっくりと話しはじめる。
「カッセルでは随分なことをしてくれたようじゃないか。ん?ダグマルは俺の血の繋がってない弟でな、あそこで起きたことは逐次俺のところに入ってくるのさ。それにこっちだってバカじゃないんだ。諜報班くらいは持ってるさ。」
男はデスクに腰をかけ、ウィスキーを瓶ごとあおりだした。ぐびぐびと音を立てながら半分ほど飲み、再び話し始めた。
「トヨタさん、あんたのところから仕入れた液晶入りスーツは最高だよ!あれを基にして俺たちは光学迷彩の試作品を作った。改良したやつはうちの会社から販売させてもらうよ。もちろん、売り上げの半分はトヨタさんのところにバックさせてもらう。どうだい?悪い話じゃないと思うが。」
一方的に本題に入ったので一瞬半パニック状態に陥ったがすぐに我に返り「そうですね」とだけ答えた。
「光学迷彩…まったく恐ろしいものだよ。見えないんだもんなぁ。中東でコネがある戦争屋がいてな、そこに売り飛ばしたらさぞかし売れるだろうなと思ってるんだ。あそこはすごいぞ、武器は何でも売れる。あそこで殺し合いが起き、殺し合いがビジネスを生み、俺たちがそいつらに商品を売る。人がいる限り殺しあう地域だ。『聖戦』のもとに殺し合いが正当化されるんだ。俺たちはただそこに売るだけで手は汚さない。金さえ手に入れば万々歳よ…」
男はさらにウィスキーをあおっている。タニアがキッと目つきを変えるや上着の中のホルスターにゆっくり手を伸ばした。
「トヨタさん、あんた、俺のところで働かないか?今の給料の10倍は出すぞ?家も通訳も車もつけるぞ?ククク…」
男が言い終わるや、タニアが銃を抜いて男に向ける。トリガーに指をかけぐっと引く。
ダァァァン!!
銃声が部屋に響く。タニアの銃が弾き飛ばされる。
「…っなっ!!!」
タニアが驚いていると男が大笑いしながら話し始める。
「おいおい、光学迷彩の兵が入り口だけだと思ったか?諜報活動はまだまだだな。この部屋にはまだ沢山いるぞ?下手なことはしない方が…」
男が話し終る前にタニアが叫ぶ
「出るよ!」
同時に勢いよく入り口ドアが開きアサルトライフルの音が響く。何もないところから悲鳴と血しぶきが飛ぶ。男がデスクの陰に一旦身を隠し、すぐに出てきた。手にはミニミが握られている。
「トヨタあぁぁぁぁぁぁぁ!!お前が俺のところに来ていればぁぁぁぁ!!!」
男がミニミをこちらに向けたとき、タニアが男に向けて発砲する。男は防弾ベストを着こんでいたらしく動じていない。
「何やってるの!トヨタ!撃ちなさい!」
タニアに言われ自分が銃を持っていたことを思い出す。
「うわぁぁぁぁ!」
叫びながら男に向けて発砲する。もう何発撃っただろうか、気が付いたらスライドが引かれた状態でロックしていた。顔を上げると男の顔が蜂の巣になっていた。
「離脱するわよ!早くしなさい!」
タニアに言われるがまま部屋を出る。出口にはスコープをつけたシュテファンがおり、その援護のもと走ってエレベーターに向かう。エレベーターは解放状態で中にハインリッヒが待っていた。ハインリッヒの周りには大量の薬莢とマガジン、そして血だまりがある。
「よう!無事なようだな!こっちも大変だったぜー天井裏のネズミ退治が…」
「いいから早く下におろしなさい!」
タニアに叱咤され苦笑いしながら「はいはい、下にまいりまーす」とボタンを押す。ガコンと一度音を立てたあとすーっと静かに下がっていくエレベーター。ハインリッヒが静寂に耐え切れず話し始める。
「じゃあ、あとはヴェルナーを拾って引き上げですかね。あービール飲みてぇ。」
ケタケタと笑うハインリッヒをシュテファンが諌めたとき
ゴォォォォン!
エレベーターが急停止する。ゴンドラ内の照明が落ち闇に包まれる。すかさずシュテファンがサイリウムをたく。とにかくエレベーターから脱出するために皆で扉をこじ開ける。開けきると目の前にコンクリートの壁があり、腰から下の高さに空間が見えた。順番にローリングしながらゴンドラから脱出する。
ギ…ギギギ…ギギィィィィ………ドォォォォォン!!
さっきまで乗っていたゴンドラが急上昇を始め、エレベーターシャフトの頂上に衝突して粉々になって降ってくる。
「あ…危なかった。日本じゃありえねぇ。」
キン〇マの縮みあがる思いだ。
真っ暗なフロアにシュテファンが大量のサイリウムを投げ込む。そこは3メートルほどの天井と建物の1フロアすべてを使った広さの空間だった。その空間の真ん中に大きな機械が置いてある。皆銃を構え機械に近づいていく。
ピピピ…ブゥゥン…
機械が起動する。皆足を止めて構える。
「ヴォルフガングの犬たちよ!」
広い空間に聞き覚えのある声が反共している。皆が背中を合わせ互いを守る体制に入った。機会が向きを変え正面を見せる。
「…!あんたは!!」
タニアが絶句する。さっき蜂の巣になったはずの男が機械に乗っているのだ。
「驚いたか?無理もないな。同じ顔の人間がさっき死んでるんだもんなぁ。」
機械の男は薄ら笑いを浮かべながら話を続ける。
「俺はあいつの兄弟でも親でも子供でもない。あいつは俺自身で、俺はあいつなのだ。」
銃を構えたまま、シュテファンが「どういうことだ」と声を荒らげる。
「俺はあいつの肋骨から生まれ、試験管の中で育った。いうなればあいつのクローンなのだよ。骨格、筋組織、血液、それから記憶や経験、感情も共有している。ただのクローンではなくて劣化のないコピーとして存在している。実体験や感情は体内に注入されたナノマシンによってリアルタイムで共有されているのだよ。身体で得た情報はナノマシンを経由して相互の情報交換の他、ホストサーバーに蓄積され必要な時に情報を閲覧できるようになっている。そうすれば…」
シュテファンが顔色を変えることなく
「優秀な兵士を一人育成すれば、クローンとナノマシンによって同じ兵士を作ることができる。」
と、呟くと男は「ご名答」と返し、さらに話を続ける。
「ナノマシンには抑制機能が付いている。痛みや恐怖を感じたとき、脳内麻薬を出させることで痛みを和らげたり恐怖を消したりして最高のコンディションを維持できるようになる。活動を阻害する痛みや恐怖がなくなれば手加減なしで突撃できるだろ?それとこのパワードスーツ。出力の増幅の他に耐熱、耐塵、耐衝撃機能がついている。更に20mm機関砲、対戦車ミサイル、場合によってはレールガンも装備できる。ナノマシンを使った強化兵とパワードスーツを組み合わせれば最強の実動部隊を編成することができる。俺はこれを量産し、求められたところに提供する。戦争にカネとしての価値を見出し強力なビジネスとする。」
「このクズが…!」
シュテファンがギリっと歯を食いしばりながら怒りで肩を震わせている。男がパワードスーツの出力を上げる。キュイィィィィンと不気味な機械音が大きくなる。
「トヨタさん、ここに来てもらったのは液晶スーツの追加発注ではないのだよ。ここで人間を殺し、そのデータが欲しかっただけなのだ。さあ、そろそろお前ら全員、まとめてデータにしてやる!死ねぇぇぇぇ!!」
パワードスーツのキャノピーを閉めると悲鳴にも似た咆哮を浴びせてきた。
「総員散開!各方向より攻撃開始!!」
タニアの号令で皆部屋中に広がる。散開していく皆を追うように20mm機関砲が地面を叩く。
「トヨタ!あなたはこれを叩き込んで!」
銃声と着弾する音が入り混じる中、そう言って渡されたのはMG42だ。極度の興奮状態にあったので何の疑問もなく撃ち込んだ。しかしあまりの反動と発射速度に上ずってばかりでなかなかピンポイントで当たらない。見かねえたハインリッヒが「こいつを使え!」とよこしてきたのはカールグスタフだった。
「キャノピーは防弾使用で歯が立たん!脚部とキャビンの間を狙え!」
シュテファンからのアドバイスを受け、パワードスーツの後ろに回り言われた場所を狙う。緊張で震えていた手がカールグスタフの重みで抑えられている。衝撃に備えて膝をつき、照準を合わせて発射する。バシュという音と煙と閃光を感じたすぐあと、強烈な爆発音が部屋に響く。パワードスーツがバランスを崩し大きく傾く。作動油なのだろうか赤い液体がドバドバと流れている。それはさながら血液のようだ。
「総員叩けぇぇぇ!!!!」
シュテファンの合図で一斉に攻撃を加えはじめる。ありったけの弾薬をパワードスーツにぶち込んでいく。何度もリロードを繰り返し最後の弾薬をとうとう使い切った。硝煙のにおいと散らばった空薬莢が見渡す限りに広がっている。
煙が晴れ始める。
「やったか!?」
ハインリッヒがそっと銃を降ろす。
…ダン!
パワードスーツの機関砲が一発発射した。そしてハインリッヒが後ろに飛ばされた。
「ハインリッヒ!!」
タニアが血相を変えてハインリッヒに近づこうとすると、パワードスーツがタニアを狙って撃ちはじめる。
「総員エレベーターシャフトに退避!」
タニアの号令でエレベーターに向かう。しかし向かおうと動いた瞬間機関砲で動きを抑えられエレベーターに行くことはできなかった。弾薬を失い逃げることしかできない皆は部屋の隅に追いやられてしまった。パワードスーツの咆哮が耳を劈き、それからキャノピーが開く。中から男が顔を見せる。
「はい、お疲れさんでした。じゃあ、最後にデータになってくれや。」
パワードスーツの背面のハッチが開き対戦車ミサイルの弾頭が顔を出す。
「逝っちまいな!!」
皆が覚悟を決めた。