豊田京介 5
200X年 8月22日 ドイツ ボルケン上空
カッセルの工場を離れて数十分、ヘリにぶら下げられたワゴンの中で放心していると徐々に高度が下がっていることに気が付く。
「これからこのワゴンを降ろしに行くわよ。いつまでもぶら下げているわけにはいかないもの。」
タニアはそう言うと進行方向を指さす。先には田畑が広がり、更にいくつかの湖が見える。ヘリは速度を落とし始め更に高度を低くする。
「畑の中にこれを降ろすところがあるのか?第一、降ろした後どうするんだよ。」
そう尋ねるとフフフと笑われてしまった。
いくつかの湖のうち、小島が浮かんでいる湖のほとりにぶら下げられたワゴンが『着陸』する。サスペンションがギシリと音を立てて揺れがなくなると、ハインリッヒが無線を使い「ランディング!電源切ってくれ!」と連絡を入れていた。その数秒後、ヘリの音が大きくなりそのまま小島に飛んでいく。すると、タニアが口を開く。
「ここはね、ジングリーザー湖っていうの。私たちが拠点の一つとして構えているのよ。この湖のほとりに小屋があるわ。そこに物資が置いてあるから取りに行くわよ。ついてきて。」
ワゴンはそのまま走り出し、数百メートル離れたところにある小屋に到着した。小屋に入ると中は生活感があった。小屋の中を見渡す限りこれだけの武器やヘリを取り扱っているようには見えないが、テーブルのところどころにある機械油の染みがやけに生々しく感じられた。タニアにまあ座ってと促されて適当に着席する。するとタニアが腰の高さほどの冷蔵庫からガラス製の瓶を取りだし、それを差し出してくる。
「今日はここで夜を明かすわ。さあ宴を始めましょ。この国に来たんならビールくらい飲みなさいよね。」
タニアは自分の分の瓶の栓を開け一気に飲み始める。それを合図にするかのようにヴェルナーが冷蔵庫を開け取り出したビールを飲み始める。周りを観察しながらちびちび飲んでいると、妙なことに気が付く。一緒に小屋に入ったはずのハインリッヒがいないのだ。
「タニア、ハインリッヒは?」
そう尋ねると3本目のビールを手に取りながら
「ああ、そろそろ来るんじゃない?たぶん、シュテファンも一緒にね。そんなことよりあんた飲んでるの?冷蔵庫の中にまだ沢山入ってるんだから遠慮しないでよね。歓迎パーティーも兼ねてるんだから!」
ともう一本取り出しテーブルの上を滑らせてこちらにやる。ちびちび飲んでいたやつをぐいっと飲み干し、次の瓶を開ける。そのとき足元からドンドンと音がした。
「おーい、もう始めているのかー?」
同時に床板がボコッと音を立てて抜け、そこからシュテファンとハインリッヒが出てきた。驚いて素っ頓狂な声を出してしまったのを見たハインリッヒが
「ハハハ、ここと小島は地下で繋がってるんだ。掘るの大変だったんだぞー?なんせここの地盤は緩いからな。工事中に湖底が落ちてきたら一巻の終わりさ。それに…」
「はいはい、ハインリッヒ、残りは後にして乾杯しなおしましょ。トヨタの歓迎会パーティーなんだから!」
タニアがそう遮ると、シュテファンが瓶を持ってきた。ハインリッヒが受け取るや
「Prost!(プロースト!)改めてよろしくな、トヨタ!」
と言って早々に飲み干した。
「ちょっとあんた早いわよ!まあいいわ。トヨタ、よろしくね。Prost!」
タニアもそう言ってまた一本空けた。
日暮れまで飲んで足元がおぼつかなくなったころ、工場で抱いた疑問をヴェルナーにぶつけてみた。
「ヴェルナー、工場で使ってた人形って何だい?なんか藁人形みたいなやつだったけど…」
「ああ、あれは僕の『武器』だよ。ブードゥーの派生のもの。あれで人を操れるんだよ、少しだけね。」
「そうなのか…。そんなに効果のあるものなのか?」
「君も見ただろ?人形を投げたときにつられて5人の男たちが走って行ったのを。僕たちが視界に入っているにも関わらず攻撃してこなかった。それに部屋から出てきた3人が追いかけてこなかっただろ?ククク…」
口元を歪ませて笑っているが目が全く変わっていない。気味の悪さを覚えていると
「僕ね、呪術で殺すことができないんだ。だからせめて人を操って隙を作ってその隙に作戦を遂行してもらおうって思ってさ。ようやく見つけられた居場所だから役に立たなきゃね。昔ね、孤児院にいたんだ。両親が早くに…」
話の途中でシュテファンが「暗い過去は今はナシでいいじゃないか」と遮り、そして地下室に案内すると言って半ば無理矢理連れていかれた。
地下への入り口はさっきシュテファンたちが出てきたところ以外にもあり、小屋の奥の小部屋から人力の簡易的なエレベーターで行くことができた。地下室はコンクリートが打ちっぱなしになっており、そこにパイプのベッドが6床、洗面台にシャワー室、トイレ、それから金属製の大きな棚が見える。シュテファンが
「ここがお前のベッドだ。好きに使うといい。」
と指さしたところには真っ白なシーツや毛布が置いてある。すると真上から「それからなー!」と大きな声がする。見上げると一人が飛び降りて来ている。「うわっ」っと声をあげながら避けると、そこに着地したのはハインリッヒだ。
「そこの金属製の棚があるだろ?それをどかしてみろよ。面白いモンが入ってるぜ。」
言われるがままに棚を部屋の奥に向かってスライドさせてみる。下にはレールが入っており動かすのは容易だった。そこには船の入り口のような大きなハンドルが付いた扉があった。「さあ開けてみろよ」と言われハンドルを回し扉を開ける。重厚なつくりの扉がゆっくりと開くと勝手に明かりが灯る。
「うわ…なんだこれ…」
明かりに照らされたものたちが黒光りしている。ハンドガンやらアサルトライフルやらがびっしりと並べられている。その奥には射撃場が見える。
「ここは俺たちの武器庫だ。自由に使うといい。使い方がわからなかったら俺たちに聞いてくれ。もっとも、日本人のほとんどはわからないと思うけどな。仕方ない。」
シュテファンが肩を叩きながら銃たちを指差す。「あとはアレだ」と顔を覗き込んでくる。
「ペリカンを止めた島があっただろ?そこの部屋から地下道を通って行くことができるんだが、あそこには近づかない方がいい。身を守るためにもな?」
不敵な笑みを浮かべながら扉を閉めて、皆、1階に戻った。
1階ではタニアがずっと飲み続けている。顔を真っ赤にしながら鼻歌交じりで瓶をカチンカチンと鳴らしている。
「へへへー、ヴェルナーとトヨタ!へへへー…」
…バタン!
タニアが椅子から転げ落ちる。同時に顔が青ざめる。
「うえぇ…ぎもぢわるい…無理!!」
タニアは小屋を飛び出し湖に向かう。
ヴォエエエエェェェェェ…ビチャビチャ……
聞きたくない音が静寂を邪魔する。皆はタニアに背を向けてハァとため息をつく。タニアに歩み寄り「大丈夫か?」と聞くと「大丈夫よ。いつものことなの。」と返ってきたが、顔が崩れまくっている。おまけに涙目だ。タニアを担ぎ上げ地下のベッドまで運ぶとき、目に入った小島を見て「そういえば」と疑問に思っていたことを思い出す。
「なあシュテファン。あのヘリ、どこから持ってきたんだ?軍用だろ?」
「ああ、ペリカンか。あれは去年スウェーデン海軍から譲り受けたんだ。古いが使い勝手はいい。」
「軍隊からどうやって…まあいいや。どうしてペリカンなんだ?」
「譲ってもらったとき、コックピットにペリカンの写真とぬいぐるみが置いてあったんだ。なんでも、最後のパイロットのペットだったらしい。それに、ペリカンは口の中にものを沢山入れることができるだろ?輸送機にはもってこいの愛称じゃないか。」
妙に納得がいく由来だったのでそれ以上は突っ込まなかったが、正直、ダサい。
ヴェルナーがぼっそっと「今、ダサいと思いましたね?」と呟く。
タニアを運んで皆が落ち着いたころ、各々シャワーを浴び床に就いた。明日はフランクフルトで一仕事だ。