豊田京介 4
200X年 8月22日 ドイツ カッセル ハーゼンヘッケ トリフト通り150B 倉庫
大きな鉄製のドアが軋みながら開いたその先にスーツ姿の男が立っている。両腕を大きく広げてこちらに歩み寄ってくる。
「やあやあ、遠路はるばるようこそ!さあ、どうぞ中へ。」
男はそう言って中へ促す。手が指し示す方には木製の扉がある。男と3人はその扉に向かう。倉庫の中には大量のドラム缶や木箱が積まれている。自分たちの足音に混じって背中の方で扉が閉まる音が聞こえる。音でよく聞こえなかったのだがタニアが「…5人」と呟いていた。
男が木製の扉を開く。中には絨毯が敷かれ、重厚な作りのテーブルセットとデスク、大きな絵画、壁にかけられた動物の剥製…絵に描いたような金持ちの部屋が広がってる。そしてがたいのいい男が2人、部屋の扉を挟むように立っている。
男と3人とがテーブルを挟んで着席する。
「ああ、申し遅れましたね。僕はダグマル・フォン・リヒトホーフェンです。よろしく。」
と、手を差し出し3人と握手をする。
「豊田京介です。」
「タニア・シュテルケルよ。よろしく。」
「ヴェルナー・ゲルハルト…」
それぞれと握手をしたと思うとダグマルが勢いよく立ち上がる。同時にヴェルナーが「トイレを貸してくれ」と頼み、部屋を出ていく。
「せっかくだからプレッツェルでもつまみながら話しますか。ビジネスは楽しくなくっちゃ!」
そう言ってダグマルはカウンターへ行き、皿に山盛りのプレッツェルとペットボトルの水を持ってきた。それらをテーブルに置くなり「さて…」と言いながら腰をおろす。
「新しい製品を見せてくれるんだっけね。もともとの製品もよかったが…何がよくなったのかね?」
ダグマルは顔の前で手を組みながらずいとこちらに身を乗り出してくる。返してもらったパソコンを開いてダグマルに見せる。画面には『製品』のシルエットが表示されている。
「ふふっ、また物騒なものを開発しているんだねトヨタさん。おたくのもの、使い心地がよくってね。重宝してるよ。」
「ありがとうございますダグマルさん。今回お持ちした情報は試作段階を終えている製品のものです。ほぼ完成形でうちの方で最終チェックをしています。機構自体は大きな変更はしていませんが、耐久性を上げるために素材とパーツの形状を変えました。それではこちらをご覧ください。」
エンターキーを押すと画面の中のシルエットに色が付く。
「これが一番初め、ベースとなったシュタイアー AUG です。私たちはこの銃をライセンス生産していましたが、顧客のニーズに応えるため各部に改良を加えました。これが『AUG改』です。そしてこれをさらに改良したのが現行型の『AUGアドヴァンス』です。大きな改良点は3つ。1つ目、プラスチックパーツの強化。2つ目、ライフリングと銃身の見直しで精度と有効射程距離のアップ、3つ目はスコープの精度…」
話の途中でダグマルが「もういい」と遮る。
「つまり、びっくりするような変化はないってことだよね?だったら腕でカバーするからいいよ。僕たちは時間がないんだ。現行型を1000丁、オーダーするよ。」
遮られたのには些か腹が立ったが、契約をとることができた。結果オーライというところだろうか。
「ヤウミア、こちらの会社の口座に振り込んどいて。今すぐに。」
ダグマルが部下らしき男にそう指示すると、ヤウミアと呼ばれている男は電話をし始める。電話はすぐに終わり、ダグマルのもとに歩み寄り「完了です。確認してもらってください。」とひそひそとダグマルに伝える。
「トヨタさん、入金いたしました。確認してください。」
とダグマルが言うのでネットに接続して口座を確認すると、AUG1000丁の金額に加え6000ユーロが振り込まれていた。
「わざわざここまで来ていただいたんだ。一人あたり2000。ほんの気持ちだよ。」
ダグマルはそう言って煙草に火をつける。
「ありがとうございますダグマルさん。では、品物の運搬についてはこちらで手配した業者に依頼します。日にちやルートが決定したら連絡しますのでお待ちください。」
ピリリリリリリ…
タニアの携帯が鳴る。ダグマルが「どうぞ」と手を差し出し、タニアが席を外す。と、20秒ほどでタニアが席に帰ってくる。
「すみません、次の仕事がありますので私たちはこれで失礼いたします。トヨタが申しあげたとおり後ほどご連絡いたしますので。」
タニアがそう言いなら視線で「表に出るよ」と訴えてくる。
「そうですか、ではよろしくお願いします。そこまでお見送りいたしますよ。」
ダグマルの申し出にタニアは「いや結構よ」と断りを入れたが「まあまあ」とあしらわれ部屋を出る。
部屋の扉を開け、10歩ほど歩いたときだ。足元にポリタンクと3体の植物と布でで作られた人形が置いてあるのに気が付く。来るときはそんなものは置いてなかった。気味の悪い人形に寒気を覚えながら先へ進もうとしたとき、開かれた鉄製のドアのところに武装した男が5人あらわれた。手にはAUGが持たれている。そして、その銃たちはこちらに向けられた。タニアが懐からスモークグレネードを取り出し5人の方に投げる。
「走りなさい!!」
タニアが叫んだが急なことで事態が呑み込めず動くことができない。すると後ろから背中を強く押されてその反動で前に転がってしまった。地面に身体を強く打ち付けた瞬間、劈く炸裂音と同時に銃声が鳴り響いた。
「てめえら何の真似だ!!」
ダグマルが懐からハンドガンを取り出しタニアを狙う。ダグマルが発砲するタイミングでタニアが反転し、足元に隠し持っていたポケットナイフを投げる。放たれたナイフはダグマルをかすめるように飛んでいきダグマルの後ろの木箱に刺さる。
「さあ、早く行こう。置いて行かれる…っていうか、死ぬよ?」
どこから現れたのかヴェルナーが手を引っ張りながら扉へ誘導する。
「ヴェルナー!今までどこに…!」
「まあそれは後でいいじゃないですか。今は生きて出るのが優先です。」
ジグザグに走って隠れながら銃撃をかわしていく。大きな木箱に隠れたとき、ヴェルナーが「すぐ終わるからそこで少し見ていてください。」そう言って鞄から人形5体と葉巻を取り出す。葉巻に火をつけ人形に煙を吹きかけると銃撃がぴたっと止む。
「さあ、今のうちに脱出を。」
銃撃の止んだ様子を伺いながら扉に向かって走る。すると5人もこちらに向かって走ってきた。
「これやばいんじゃないか?こっち向かってるよ!」
「大丈夫です。これでおわりにしますから。」
ヴェルナーが葉巻と一緒に人形を後ろに投げる。すると5人は人形の方に走っていく。すると5人は人形を銃撃し始めた。
数十メートル走り出口から出るとタニアが白いワゴンの後部座席に乗り込んでいた。その真上にはCH-46がホバリングしている。
「早く乗りなさい!」
言われるがままにワゴンに滑り込む。すると運転席にハインリッヒがいた。
「よう!生きて帰ってきたな?ハハハ!上出来上出来!」
「いいから早く出しなさい!」
タニアに叱咤されたハインリッヒは「はいはい」と言いながら無線を手に取る。
「シュテファン!いいぞー、揚げてくれー!」
「了解した。すぐ揚げる。」
合図とともにヘリの音が大きくなる。
ガコン!ギシギシ…
ワゴンが軋みながら宙に浮く。50メートルほどあがったとき、ハインリッヒが窓からライフル(FN FAL)を出し工場に銃口を向けた。
「みんな掴まってろよ?今日も頼むぜ『相棒』。 …Auf Wiedersehen!」
一言残して発砲する。
グワアァァァァァァン!
轟音とともに工場が爆発し火が上がる。爆風でワゴンとヘリが大きく揺れる。
「ハハハ!大成功!離脱だ離脱!Foooooo‼」
「あんた、黙ってやれないの?」
「っせー!結果オーライだクソ〇ッチ!」
「死ね腐れチ〇ポ!」
ハインリッヒとタニアが大声で罵り合っているが、お互いに笑っている。するとタニアが顔を覗き込みながら
「トヨタ、大丈夫?びっくりしたでしょ。今日の仕事はこれで終わり!さあ、飲みに行くわよー!」
と話しかけてきた。今日イチの笑顔だ。しかし、現状が把握できてないのでただ「…はい」としか出てこなかった。
ヘリはどんどん高度を上げていく。燃える工場と川が小さくなっていく。
「はあ、ビール…飲むか。宿に着いたら。」
そう呟きながら窓の外を見る。加速しながら遠ざかっていく景色に目を細めてため息をつく。