強くも脆い華 そのに
「ほら、ユーリ。お前の武器だ」
リンを立ち上がらせたところでクロウが私の武器を手渡してくれた。次の番なのだろう。相手は見知らぬ他クラスの男子生徒。クロウに「頑張って下さいね」と礼と共に告げて皆の元へ戻る。
先程の試合を話題に話しつつ、クロウの試合を観戦。
しかし決着はすぐに付く。予想外にもクロウが大鎌を巧みに使い、槍である相手を圧倒して終わった。
「えっ、えっ?」
扱うのすら困難い思えた武器。それをクロウはあっさり使う。そのことに驚きを覚える。
「そっか、ユーリは知らないか。クロウは元々大鎌を使うんだよ。昨日買いに行ったのは武器の新調と、あの武器を売ってるのがこの辺だとあの店しかなかったってのがホントのとこなんだ」
「そう言うことなら納得ですが……それにしても大鎌は珍しいですね」
「父が使ってたんだ」
いつの間にかクロウは戻ってきていて、次の試合が始まっていた。
「クロウ、お疲れ様です。大釜の扱い、綺麗でしたよ」
「ありがとう」
「ところでクロウのお父さんが使っていたと言いましたが、お仕事はなんなのでしょうか?大鎌を使うような職業は滅多に見ることはありませんが……」
「ギルドの職員だよ。確か『黒の薔薇』じゃなかったかなー?」
ひょっこりと、リンが顔を出して代わりに答えてくれる。
「まぁ、そんなところだな」
そう答えるクロウの横顔は何処か寂しそうに見えた。
「行ってきますわ」
しばらく観戦を続けてようやく回って来たレナの番。皆口々に激励して試合が始まる。
相手は他クラスの生徒。小柄な女生徒で、髪型はショートボブ。瞳と髪の色が薄い青なのが印象的で。しかしレナを見据えるその瞳は冷たく、見た目の幼さとは相反していた。
「あれ、スイじゃないかな……?」
「知り合いですか?」
「うん、私の相部屋の人。名前はスイ・アリウス。あの娘口数少ないから話しにくいんだよね……」
しょぼーん、とした様子のリン。どうやったら仲良くなれるかなと考えているのが手に取るようにわかり、クスリと小さく笑ってしまう。ところで――
「アリウスと言えば水の五大貴族じゃなかってか?」
私が聞こうと思ったことを言うより早くクロウに取られてしまった。つーん、と少し不貞腐れてしまう。
「んー、そう言えばそうだったね。でも確か姉がいるから実質の継承権はないとかなんとか」
思い出したように答えるリン。いや、ホントに忘れていたのだろう。そんな感じがする。
改めて模擬戦を見る。レナの武器は恐らく槍なのだろう。恐らく、というのは見た目上剣のようにも伺えるからだ。全長は一メートル半といった槍としてはかなり短い長さ。黄金色で全体的に滑らかな曲線をイメージさせるフォルムを持ち、刃は片刃で剣のように見えるが、切るよりも突き刺すことに特化していた。加えて柄がなく、後方にある円のような形状の中心を持ち手とするようだ。
対する相手、スイの武器は盾。また珍しい武器で、円状のそれは胴体を守れる程度の大きさ。透き通るような青いと光る銀色の二色で作られており、レナの武器の華やかさとは対象に、清楚な美しさを印象付ける。今回は守ることに徹しているようだが、本来の用途は別だろうと私の勘が告げた。盾の青い部分。それがただの鉱石ではないのと、魔法陣に似た配置で装飾されており、何かしらの能力を持っているのだろうと伺える。だが今回は魔法禁止。それは魔武器の能力も含まれてのことなので見ることは叶わないだろう。
戦況はレナが一方的に攻めているのが現状だ。しかしその攻撃は躱され、守られ、反らされてと決定打に欠けている。すると方針を変えたのか、今度は上段からの斬撃を繰り出した。
不意な動きに交わすことも反らすこともできなかったスイはそれを迎え受けるしかない。ズシッとした重さからか、どうやら止めるので精一杯の様子。それが狙いだったのか、レナは身体全体で槍を押仕込み、それにスイは少しずつ押されていく。
それを確認したレナは突然力を抜き、槍を引いた。その所為で完全に上へと仰け反ってしまったスイ。
レナは槍を引いた反動で一気に近づき、スイのお腹を膝で蹴る。スイはそのまま後方に飛ばされ、後は槍で止め……というところでスイが反撃に出た。
スイは槍の軌道を盾に当てることで変え、着地と共に前方へ飛ぶ。どうやら先程の膝蹴りは自ら後方に飛ぶことで威力を抑えていたようだ。
そのまま盾を前に飛ぶ推進力と共にレナへと当てる。槍を放った時の動きが残るレナは当然回避できず、見事なまでに頭を盾へとぶつけてしまう。レナはそのまま仰向けに倒れ、その隙に盾の淵を首元に当てられることで試合は終了した。
予想外の結末に唖然としてしまう。これはレナの手が完全に逆手に取られたのだから。スイは策略家なのかな、と思ったところでクロウはレナを迎えに行った。
まだ頭が痛いのだろう、頭を抑えながらクロウに連れられてフラフラに戻るレナは羞恥からか、その他の要因からか顔が真っ赤だ。
誰かが言った「お疲れ様」という言葉に、レナは恥ずかしそうに顔を埋めるだけだった。
「シン・バルツァー、ジーク・ヴァイザー」
模擬戦は後半に移り、残りは両手で数える程。その頃になってようやくシンは呼ばれる。
相手は赤髪赤目の高圧的な青年。腰に掛ける両刃剣が彼の武器なのだろう。その赤みを帯びた鋭い刃――それは狙った獲物は逃さない、貪欲さを連想させる赤黒い血のようにも伺えた。
対して、私たちに送り出されたシンは意気揚揚と昨日購入した大剣を肩に乗せ、どこか楽しそうにジークを見据えている。
その様子にジークは不愉快そうに顔をしかめて腰の剣を抜いた。
そうしてレノン先生の合図の元、模擬選が始まる。
先ず先に動いたのはシン。大剣を正面に構え、一気に前進した。そのまま伸びのある縦方向の斬撃を放つが、見え見えの動きとばかりにあっさりと躱される。
そうしてさらけ出した背後をジークは一突き。シンは体を急反転させ、剣で守ることでそれを防ぐ。
もっともそれも予想されていたようで、そこから何度も剣を振られ、防戦一方に。
「らぁぁぁ!!」
そうなったところでシンは声を張り上げて相手の剣を巻き込むよう大振りに大剣を振るった。その勢いに押されて体勢を崩したジークの腹に蹴りをお見舞い。
そのまま倒れるジークに大剣を振りかぶるが、ジークは剣で弾いてそれを防ぐ。
それでもシンは体制を崩さずに今度は薙ぐように振る。ジークは何とか受け止めたようだが、それが限界だったようで勢いに負けて横に飛ばされた。
このままシンの優勢かと思われたところで、ジークは体勢を整え一閃。予想より速い攻撃だったのかシンは防御に間が合わない。狙われた小手をかばうよう中途半端に動いてしまった結果、弾かれて得物を手放してしまう。
形勢は逆転。ジークは追い打ちを掛けるように利き肩を狙った鋭い一突き。それを間一髪でシンは躱し、懐に潜り込んで下方から頭部を殴った。俗に言うアッパーカット。利き手とは逆手だったのものの綺麗に決まり、ジークがふらつく隙を得て得物を取り戻す。
そんなシンを調子が戻ったジークは不愉快そうに睨み付けたが、これで試合は振り出しに戻ったと言えよう。
「アッパー、綺麗に決まったねー」
暢気に口の中で飴玉をコロコロ転がしながら隣に座る赤髪の彼女。その半ば関心なさそうな態度に私は苦笑い。
「シンも頑張っているんだからちゃんと応援してあげないと可哀想だよ」
「そんなもんかなー?」
「そんなものですわ。それとリンさん、ちゃんと座ってください。はしたないですよ」
私が試合をよく見るように注意。レナが胡坐で座るリンをなんとか真っ直ぐに座らせる。誰も気付いてなかったようだけど、前から見ればリンの下着が見えてしまっていただろう。そのことにやれやれと二人して溜め息を吐く。気付かぬは本人ばかりかと、リンは頭に疑問符を浮かべていた。
その様子を見てくすくす笑っているクロウ。全く、気付いていたのなら手伝ってほしい。
改めて試合を見るが一進一退、攻防が目まぐるしく変わる。二人とも戦闘スタイルが似ているのだ。必然的に互いの動作を察知し易く、それが戦況が変わらない大きな要因となっている。
しかしそれも長くは続かないだろう。そろそろ二人とも体力が切れる頃合い。剣の太刀筋も体の動きの切れも落ちている。残るは体力勝負と言ったところだろうか。
何度か激しく剣が衝突したところで遂にシンが押し勝った。ジークの身体が弾かれるように後方に数歩よろける。その隙を見逃すシンではない。空いた脇腹に剣の腹をぶつけた。剣の腹にしたのは殺傷を避けるためだったのだろう。何にせよ、これでシンの勝ちだった。
皆がそう判断しレノン先生が終了の合図をする寸前、異変が起きる。
「シン、避けて!!」
私が身を乗り出して叫んだ瞬間、拳サイズの赤く光る光線がシンの腹を突き破った。
急速に音が失われる世界。誰もが止まる世界で私だけがシンの元に駆ける。
シン、シン、シン――
何が起こったのか、それすらわからずに崩れていく彼。飛び散るはずの血肉は消失し、瞳の色は急速に色褪せ、握られた剣は滑り落ちた。
ドサっと鈍い音を立てて地に仰向きに倒れ伏せる彼。少し遅れて赤黒い血液がドバドバと流れ出す。それは瞬く間に彼の背を赤く染めた。
「――シン!!」
私が辿り着き、抱きしめ、彼の名を呼んだところで世界はようやく動き出す。慌ただしく動く世界を無視して私は彼の名を呼び続ける。シン、シン、シンと。
絶え間なく流れ続ける赤黒いものは私の身体も赤く染めあげる。
彼の右脇腹が円を描くように抉り取られていた。そこから血だけでなくぐちゃぐちゃとした細長いもの、丸みを帯びたもの、果ては白い硬質のそれまでが外気に曝されている。同時に肉が焼けるような臭いと共に触れた私の手を熱く焦がす。熱線だ。超高温の熱源が放たれたんだ。
私は歯を食いしばる。口の中で鉄の味がした。
「“天翔る者よ、福音を灯す者よ、我が袂にその祝福と柔らかな息吹を灯した光を降ろせ――天使の光”!!」
私は早急に唱え、柔らかな光を彼の脇腹に当てる。対象の状態を回復させる、光の初級治癒魔法であるが、これでは足りない。この魔法では対象の軽い怪我や風邪などの症状を直すことしかできなかった。現状では血液の流出を止めるぐらいしかできない。もっと私に魔力があれば、もっと高位の魔法であれば治るというのに。右薬指に収まる銀色の指輪を恨めしく見てしまう。しかし、思い直して顔を横に振り、魔法を行使することに集中する。
「……ユー……リ」
少しだけ魔法が効いた影響か、シンの瞳に色が薄らと灯った。
「シン、少しだけ待ってて下さい。すぐ保健室連れて行きます」
「あり……がと……な」
そう言うシンは辛そうで、私の心をいっそうきつく締め付ける。
「シン、死んじゃダメ!!」
いつの間に側に来ていたのか、リンは涙で顔をぐちゃぐちゃにして呼びかけた。その隣で支えながら歯を食いしばるクロウ。二人の姿に、いっそう私の涙腺が刺激される。
「これ……くれぇじゃ……死なねえ……よ」
途切れ途切れに、シンは笑ってリンに軽口を叩く。もっともその笑顔は苦痛にまみれて歪んでいたけど。それを恐らく自覚していて。それでもシンは私たちに心配かけまいとしてくれた。
「あいつが悪いんだ!俺を殴りやがって。たかが平民の分際で。この俺に恥をかかせやがって!てめえらさっさと離せぇ!離せつってんだろうがぁ!あいつを殺さなきゃ俺の気が済まねぇんだよ、あぁ!?」
離れたところではジークがレノン先生と数名の男子生徒によって取り押さえられている。自分がやったことに後悔どころか反省の色が見えず、まるで自分がすべて正しいような物言いに私は怒りを覚えた。こんな人間がいるから……。
パンッ、子気味良い音が訓練場に響いた。そのことに私の思考は打ち止められ、それは私だけでなくこの場の全てを巻き込んで空白の時を作ってしまう。
「ジーク・ヴァイザー。貴方は貴族として、人として恥ずかしくないのですか!」
レナだった。降ろされるその手とジークの顔から、先程の音はジークの顔を平手打ちした音なのだろうと容易に推測させる。そして凛とジークを見据えるその姿。それは普段のレナとは全然違っていて、貴族――その姿を余すことなく彷彿とさせる不思議な威圧感を纏っていた。
ここに来てようやく思い出す。ヴァイザー家。火の五大貴族であるその家は、五大貴族の中で最も力を所有するものだ。権力で言うならば王位の次席。そんな名家には最近、一つのよくない噂が流れていた。ご子息の蛮行があまりに酷い。曰く、街で気にいらない者に暴力を振るう。曰く、使用人には服が気に入らないとか前を歩いていたとか料理が不味いと適当で勝手で気分次第で解雇処分。曰く、奴隷を飼って嗜虐趣味で痛めつけている等々。どこまで嘘か誠かもわからないような悪評。それがジークだった。
「ふんっ、えらく大層なこと言ってくれるねぇ。全く、貴族としての恥さらしはどちらか……忌み子のイレーナさんよぉ?」
ドスを効かせたその言葉に、レナは顔を俯かせて先程の威勢が失われてしまう。
レナ……
ブルブルと小刻みに震える肩。固く握り締めたその手。それから影が射すその横顔に、私は何もできない。
「黙って。それは禁止語に抵触する」
レナと、彼女を鼻で笑うジークに横槍が入った。割り込んだのは小柄な青髪の女生徒。
「ヴァイザー。それを破るなら私も黙っていられない」
「っち、お決まりの規則に凝り固まったお嬢様が何を今更……はぁ、わーったよ。もう言いません。あぁ、興が削がれた。おい、テメェら。そこの奴にももう何もしねぇからさっさと退きやがれ」
彼女の言葉に悪態をつくものの、ひと睨みされるとこれ以上の諍いは無益と判断したのか、取り押さえていた人達が呆気に取られていた隙を縫ってそれから逃れる。
どうやら本当に殺る気が削がれたようで、こちらを見ることなく訓練場を退出した。
「スイ……」
今しがた庇ってくれた者の名をレナは呼ぶ。するとスイはレナの耳元で何かを囁いてその場を去る。その後ろ姿を見るレナの表情は恥ずかしいのか、微妙な表情で。しかし先程よりはいい顔をしていた。